とある令嬢の華麗なるドロップキック

夜桜

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静かな日常と、不穏な影

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朝の庭は、静かだった。
ジュピター家の庭園は、昔から花が多い。

父が戦場から戻るたびに植えたものだと、昔聞いたことがある。
わたしは、花に水をやりながら、深く息を吸った。

……平和だ。

あれほどのことがあったのに、世界は変わらず回っている。
鳥は鳴き、風は優しく、花は何事もなかったように咲いている。

「変なの」

わたしは、小さく呟いた。
死んで、埋められて、甦って。
ドロップキックで断罪して。
それでも、朝は来る。
父は忙しそうに動き回っていた。
レイド・アストレイの処遇。
亡命したとはいえ、帝国は騒然としている。

「マロナ、無理はするな」
「大丈夫です」

そう答えながら、嘘だと自分で分かっていた。
無理をしていないわけがない。
ただ、立ち止まると、また土の感触を思い出してしまうから。
……だから、動く。
庭仕事を終え、屋敷に戻ろうとしたとき。
門の方が、少し騒がしくなった。

「?」

使用人の声。
そして、聞き覚えのある低い声。


「……あ」


思わず、声が漏れた。
門の向こうに立っていたのは、ロナンだった。
相変わらず、軍服寄りの貴族服。
金の腕輪。
少し気まずそうな顔。

「……邪魔だったか」
「いえ!」

即答してしまった。

……しまった。

「いえ、その……どうぞ」

言い直すと、ロナンは小さく笑った。

「元気そうだな」
「おかげさまで」

一瞬、沈黙。
その沈黙が、妙に心地よかった。

「……その後、どうだ」
「帝国は、大変そうです」
「そうだな」

それだけ。
なのに、胸が少しだけ温かくなる。
ロナンは、庭を見渡した。

「花、好きなんだな」
「はい。昔から」
「……似合ってる」

その一言に、心臓が跳ねた。
理由は分からない。
分からないけれど、視線を逸らしてしまう。

「今日は、様子を見に来ただけだ」
「それだけ、ですか?」

聞いてから、少し後悔した。
ロナンは、首を傾げる。

「不満か?」
「いえ、違います!」

……違う。
でも、少しだけ。


「……助言役として、責任を感じているだけだ」


そう言って、ロナンは庭の端に腰を下ろした。
二人で、並んで座る。
会話は途切れがちだったけれど、不思議と居心地が悪くない。

「……怖くないのか」

ロナンが、ふいに言った。

「また、狙われるかもしれない」

わたしは、少し考えてから答えた。

「怖いです」

正直に。

「でも……逃げるほうが、もっと怖い」

ロナンは、黙って頷いた。

「……強いな」
「強くなっただけです」

土の中で。
一度、死んで。
その言葉は、飲み込んだ。
そのとき。
使用人が、慌てて駆け寄ってきた。


「マロナ様! お手紙が……」


胸が、嫌な音を立てた。
封蝋。
見覚えのない紋章。
——でも、嫌な予感は、的中する。
紙を開いた瞬間、空気が冷えた。


『次は、騎士ロナンだ』


短い一文。
名前はない。
けれど、誰のものか分かる。

「……レイド」

声が、低くなる。
ロナンが、立ち上がった。

「脅迫か」
「はい」
「俺の名が出ているな」

わたしは、紙を握りしめた。
怒りより先に、焦りが来る。
——巻き込みたくない。

「ロナン、これは……」
「俺が関わった以上、無関係じゃない」

即答だった。
その強さに、胸が痛む。


「守る」
「……え?」
「助言役だ。逃げる気はない」


わたしは、思わず笑ってしまった。

「それ、助言じゃないです」
「……そうか」

ロナンは、少しだけ困ったように笑った。
その笑顔を見て、胸の奥がきゅっと締めつけられる。
危険なのに。
怖いのに。
この人と一緒にいると、心が落ち着く。


「……ありがとうございます」


小さく言うと、ロナンは目を逸らした。

「礼を言われるようなことじゃない」

夕暮れが、庭を赤く染める。
影が、長く伸びる。
——その影の向こうで。
何かが、こちらを見ている気がした。
わたしは、無意識に拳を握る。
次は、誰を守るために跳ぶのか。
次のドロップキックは、まだ温存だ。
でも。
必ず、来る。
戦いは、静かに——続いている。
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