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第5話 逆襲のはじまり
重たい足音が遠ざかっていくのを、わたしは部屋の奥からじっと聞いていた。
屋敷に満ちていた張り詰めた空気が、ようやく少しだけ緩む。
「……行ったか」
ジョイの声が低く響く。
それから扉が静かに閉まり、彼がこちらへ戻ってきた。
「大丈夫だ、ルイン。父上は仕事へ戻った」
「……将軍様、なんて言ってたの?」
わたしがそう尋ねると、ジョイは少し考えるように目を伏せ、それから率直に答えた。
「俺に頼まれて、コルサ議員を揺さぶった。表向きは“調査の一環”だが、向こうは相当焦っている」
「……焦ってる?」
「ああ。失踪届を出した直後から動きが乱れている。父上の話では、顔色も最悪だったそうだ」
その瞬間、胸の奥がざわりと揺れた。
コルサ議員――
その名前を聞くと、なぜか胸が苦しくなる。
「……ジョイ。変なこと、言っていい?」
「なんだ」
「わたし……もしかして……その人と、関係があったのかな……」
言葉にした途端、頭の奥がきりっと痛んだ。
光が弾けるように、いくつかの断片が浮かぶ。
堅い声。
眼鏡越しの視線。
冷たい手の感触。
――婚約。
「……っ」
「無理に思い出さなくていい」
ジョイがすぐに言った。
「だが、勘は間違っていない。父上が掴んだ情報がある」
ジョイは机に置かれた書類を一枚、わたしの前に置いた。
「コルサ議員は、この一年で複数の貴族女性と“婚約”している」
「……複数?」
「そうだ。だが、その後――その女性たちの身に、必ず不幸が起きている」
胸が、ひどく冷えた。
「事故、病、失踪……どれも決定的な証拠はないが、共通点が多すぎる。父上は“偶然ではない”と判断した」
「……失踪……」
その言葉を反芻した瞬間、わたしの中で何かが繋がりかける。
夜会。
冷たい空気。
視線を逸らした誰か。
「……わたしも、その中の一人……だったのかな……」
ジョイは答えなかった。
それが、答えだった。
◆ ◆ ◆
次の日。
屋敷が騒がしくなったのは、昼を少し過ぎた頃だった。
「ディーヴァ辺境伯閣下へ! セリエ・アルコバレーノ嬢がご訪問です!」
その名を聞いた瞬間、心臓が跳ね上がる。
セリエ……アルコバレーノ。
頭の奥が、じんと熱を持った。
「……ルイン、隠れろ」
ジョイは即座に言った。
「わたし……」
「いいから」
強い声。
わたしは頷いて、奥の部屋へ下がる。
――でも。
扉の向こうから聞こえてきた、甲高い声。
「……いるんでしょ? 分かってるのよ!」
その瞬間、記憶が弾けた。
紫の髪。
勝ち誇った笑み。
わたしを見下ろす視線。
――ああ。
わたし、この人を知ってる。
「やっぱり生きてたのね! このブス!!」
セリエが部屋に突撃してきた。
わたしの視界に、怒りで歪んだ紫の瞳が映る。
その瞬間、はっきりと思い出した。
――わたしは、彼女に、ディアベル・コルサを取られた。
かもしれない。
「どきなさいよ! あんたのせいで計画が全部めちゃくちゃなのよ!!」
セリエの手が、振り上げられる。
――叩かれる。
そう思った瞬間。
「……甘いわね」
わたしは、腰のポーチから小瓶を取り出した。
朝、護身用に作ったもの。
ジョイに勧められて、試しに調合したポーション。
まさか、あっさりできるとは思わなかったけれど。
「なっ――」
小瓶が床に叩きつけられる。
ぱんっ、と弾けて、白い霧が広がった。
「きゃあああ!? な、なにこれ!? 目が……目がぁっ!!」
催涙ポーション。
セリエは顔を押さえて床に転がる。
わたしは息をつき、震える手を握りしめた。
怖かった。
でも――逃げなかった。
「……わたしは、もう黙ってやられない」
その言葉を聞いたジョイが、すぐに前に出る。
「十分だ、ルイン」
赤い瞳が、確かな誇りを宿してわたしを見た。
「お前は……本当に、とんでもない才能を持ってる」
胸の奥が、熱くなった。
まだ全部は思い出していない。
でも、確信だけはあった。
――コルサ議員は、危険だ。
――そして、わたしはこのまま終わらない。
床で呻くセリエを見下ろしながら、わたしは静かに息を整えた。
もう戻れないところまで進んでいる。
屋敷に満ちていた張り詰めた空気が、ようやく少しだけ緩む。
「……行ったか」
ジョイの声が低く響く。
それから扉が静かに閉まり、彼がこちらへ戻ってきた。
「大丈夫だ、ルイン。父上は仕事へ戻った」
「……将軍様、なんて言ってたの?」
わたしがそう尋ねると、ジョイは少し考えるように目を伏せ、それから率直に答えた。
「俺に頼まれて、コルサ議員を揺さぶった。表向きは“調査の一環”だが、向こうは相当焦っている」
「……焦ってる?」
「ああ。失踪届を出した直後から動きが乱れている。父上の話では、顔色も最悪だったそうだ」
その瞬間、胸の奥がざわりと揺れた。
コルサ議員――
その名前を聞くと、なぜか胸が苦しくなる。
「……ジョイ。変なこと、言っていい?」
「なんだ」
「わたし……もしかして……その人と、関係があったのかな……」
言葉にした途端、頭の奥がきりっと痛んだ。
光が弾けるように、いくつかの断片が浮かぶ。
堅い声。
眼鏡越しの視線。
冷たい手の感触。
――婚約。
「……っ」
「無理に思い出さなくていい」
ジョイがすぐに言った。
「だが、勘は間違っていない。父上が掴んだ情報がある」
ジョイは机に置かれた書類を一枚、わたしの前に置いた。
「コルサ議員は、この一年で複数の貴族女性と“婚約”している」
「……複数?」
「そうだ。だが、その後――その女性たちの身に、必ず不幸が起きている」
胸が、ひどく冷えた。
「事故、病、失踪……どれも決定的な証拠はないが、共通点が多すぎる。父上は“偶然ではない”と判断した」
「……失踪……」
その言葉を反芻した瞬間、わたしの中で何かが繋がりかける。
夜会。
冷たい空気。
視線を逸らした誰か。
「……わたしも、その中の一人……だったのかな……」
ジョイは答えなかった。
それが、答えだった。
◆ ◆ ◆
次の日。
屋敷が騒がしくなったのは、昼を少し過ぎた頃だった。
「ディーヴァ辺境伯閣下へ! セリエ・アルコバレーノ嬢がご訪問です!」
その名を聞いた瞬間、心臓が跳ね上がる。
セリエ……アルコバレーノ。
頭の奥が、じんと熱を持った。
「……ルイン、隠れろ」
ジョイは即座に言った。
「わたし……」
「いいから」
強い声。
わたしは頷いて、奥の部屋へ下がる。
――でも。
扉の向こうから聞こえてきた、甲高い声。
「……いるんでしょ? 分かってるのよ!」
その瞬間、記憶が弾けた。
紫の髪。
勝ち誇った笑み。
わたしを見下ろす視線。
――ああ。
わたし、この人を知ってる。
「やっぱり生きてたのね! このブス!!」
セリエが部屋に突撃してきた。
わたしの視界に、怒りで歪んだ紫の瞳が映る。
その瞬間、はっきりと思い出した。
――わたしは、彼女に、ディアベル・コルサを取られた。
かもしれない。
「どきなさいよ! あんたのせいで計画が全部めちゃくちゃなのよ!!」
セリエの手が、振り上げられる。
――叩かれる。
そう思った瞬間。
「……甘いわね」
わたしは、腰のポーチから小瓶を取り出した。
朝、護身用に作ったもの。
ジョイに勧められて、試しに調合したポーション。
まさか、あっさりできるとは思わなかったけれど。
「なっ――」
小瓶が床に叩きつけられる。
ぱんっ、と弾けて、白い霧が広がった。
「きゃあああ!? な、なにこれ!? 目が……目がぁっ!!」
催涙ポーション。
セリエは顔を押さえて床に転がる。
わたしは息をつき、震える手を握りしめた。
怖かった。
でも――逃げなかった。
「……わたしは、もう黙ってやられない」
その言葉を聞いたジョイが、すぐに前に出る。
「十分だ、ルイン」
赤い瞳が、確かな誇りを宿してわたしを見た。
「お前は……本当に、とんでもない才能を持ってる」
胸の奥が、熱くなった。
まだ全部は思い出していない。
でも、確信だけはあった。
――コルサ議員は、危険だ。
――そして、わたしはこのまま終わらない。
床で呻くセリエを見下ろしながら、わたしは静かに息を整えた。
もう戻れないところまで進んでいる。
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