雰囲気で読む話

塩バナナ

文字の大きさ
6 / 9
彼とあの子

綺麗なあの子と思い出の僕

しおりを挟む
あ、また眉を寄せてる。綺麗な顔なのにもったいない。
近寄ってその顔をまじまじと見るのだけどあの子は気にすることなく僕を見つめる。何を考えているんだろう。

声をかけた瞬間、猫のようにピャッと跳ねて驚くもんだからこっちがビックリする。
僕が近付いたことも気付いてなかったんだ。
僕って影薄いかな?
あの子は何事もなかったかのように淡々となんですかって聞くもんだから、ちょっと意地悪して今の話、君はどう思う?って聞いてみる。それでサラサラっと答えるところがなんだか面白くて可愛いなって思った。
話は聞いてるんだ。端に居ないで一緒に話せばいいのに。

あの子は自分のこと地味だとでも思っているんだろうか。そんなことないのに。
むしろ顔立ちやオーラだけで言えば目立つなんてもんじゃない。
少し幼さの残る涼しげな顔は形の良い輪郭に寸分の狂いもなく乗せられていて、それぞれのパーツもとても丁寧に作られたんだろう。長いまつげに縁取られた深い緑の瞳。スッと通った鼻梁に固く結ばれた薄いピンクの唇は透き通るような白い肌に蕾のように映える。
更に育ちも良いのか所作の一つ一つが流れるように綺麗だ。なんと言ったっけ、立てば何とか座れば何とか、歩く姿は何かの花。全くもって覚えていないけどその言葉があの子にぴったりなのは知っている。

あの子はよく人の目を引き付けておいてそれに気づくとさらりと躱し、気づかないとより深く入れ込ませるように無意識に魅せる。
分かっているようで分かっていなくて、それでいて人を寄せ付けないようにする様はまるで猫のよう。それもまだ未成熟な成猫になりきれてない仔猫。
本人は大人だと思い込んでいるから余計なプライドも相まって、つけ入る隙が多くて困る。


僕はあの子のことが好きだったのかって聞かれたら答えは考える間もなく是だろう。
それほどあの子は魅力的だった。
もしかしたら今はあれ以上に魅力的な人になっているかもしれない。今ならあの頃のようなしがらみもなく恋仲なんかにもなれるかもしれない。

そんな邪な思いが全くなかったとは言えないが、でも理由もなく欠席とは少し酷くないか。
クラス同窓会の便りの往復葉書。幹事である僕の手元に帰ってきたそれはいずれも出席か欠席のどちらかに丸がつけてあり、近況の欄に欠席の理由を書いているものもある。寧ろあの子以外の欠席者はマメな者ばかりなのか、全員どこかしらに理由を添えている。

「……あの子がクラスで一番真面目だったのに………」

思わず出た言葉は驚くほどに弱々しく、あの子の返事が本当に残念だったことに気付く。
せめてあの子自身の言葉が欲しかった。今はどんな仕事をして、どうしているのか。女々しいとは思うけど、あの子に少しでも近づきたかったんだ。
学生の頃は大の仲良しとまではいかないけど、ただのクラスメートと呼ぶには仲が良すぎるといった具合だった。それなりに話もするし、互いに色んな表情を見たし、見せた。
あの子はよく、僕のもとに訪れては悩みを打ち明けていた。ちゃちゃも余計な言葉も言わない僕は愚痴を言いやすかったのだろう。本当は何も言えなかっただけなのだけれど。
それでも信頼する相手として選ばれていたことはとても嬉しく、誇らしかった。

はぁ…と力なく息を吐いて、机の上に乱雑に撒かれた葉書たちを集め名簿に出欠を記入していく。静かな部屋にはシャーペンが紙を滑る音しか聞こえない。
葉書を眺めると丸だけで結構性格が出るなと少し懐かしくなる。
字が汚かった少年も一所懸命頑張ったというような少し緊張した文字で僕の名前の下に様を付けている。
自己中心的だった少女は人の前に立つ仕事だからと周りを見るようにしているらしいが近況は同窓会での要望ばかりで彼女らしい。
話がうまかった少女も相も変わらず、近況ではクスッと笑えるエピソードを添えていて、一人だというのに思わず声に出して笑ってしまった。
いつも遅刻していた少年は同じクラスだった少女と結ばれ、葉書にも遅れないように連れていくという旨が書かれていた。
もう皆三十路も近い年だというのに、本当に変わらない。僕だけが変わらないのかと思う閉鎖感がスウっと消えて安心した。

葉書を一つにまとめると、宝物箱と汚い字で書かれた木箱を開ける。すると音楽が鳴り始めるから僕は一小節もならないうちに葉書を滑り込ませて木箱を閉じた。
オルゴールを内蔵した木箱は不満を漏らすようにカチッと音を立てて音楽を止める。僕はごめんと言う代わりに汚い字を撫でた。

宝物箱は多くの思い出を詰めた箱。
段ボールの中にもアルバムという思い出は詰まっているけど、この箱は誰かからの手紙やなくせない贈り物という“思い”が詰まっている。
これは僕がいつか死ぬとき、いや、死んだ後で開けて、オルゴールが鳴り響くときにゆっくり眺めるんだ。これはこうだった。あれは面白かった。なんて考えながら、成仏したいから。……最期まで、あの子のことを考えていたいから。

ほとんどあの子への“思い出”ばかりの宝物箱に苦笑しながら、さて、と席を立つ。
同窓会の催し物は何がいいかと考えながら。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

10年前に戻れたら…

かのん
恋愛
10年前にあなたから大切な人を奪った

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

笑う令嬢は毒の杯を傾ける

無色
恋愛
 その笑顔は、甘い毒の味がした。  父親に虐げられ、義妹によって婚約者を奪われた令嬢は復讐のために毒を喰む。

月弥総合病院

僕君☾☾
キャラ文芸
月弥総合病院。極度の病院嫌いや完治が難しい疾患、診察、検査などの医療行為を拒否したり中々治療が進められない子を治療していく。 また、ここは凄腕の医師達が集まる病院。特にその中の計5人が圧倒的に遥か上回る実力を持ち、「白鳥」と呼ばれている。 (小児科のストーリー)医療に全然詳しく無いのでそれっぽく書いてます...!!

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない

了承
BL
卒業パーティー。 皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。 青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。 皇子が目を向けた、その瞬間——。 「この瞬間だと思った。」 すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。   IFストーリーあり 誤字あれば報告お願いします!

処理中です...