兄をたずねて魔の学園

沙羅

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その日、俺が自分の部屋に帰ることは許されなかった。荷物を取りに行くことすら彼の取り巻きが勝手にやったようで、俺は彼……篠原天と生活を共にすることとなった。先輩でもあるし生徒会長でもある偉い人みたいだけれど、どうしても尊敬できないので心の中だけでは呼び捨てをすることにする。
まぁもちろん、小さな抵抗で口に出すことまではできないのだけど。

「俺は別に君自体に執着してるわけじゃないから、授業とかは好きに出ていいよ。ただ、俺以外の飼い主を作ったら……ムカついて何するか分かんないかも」
「飼い主?」
聞きなれない言葉を、思わず反復する。

「君の行動の指針を決める人。例えば、俺たちに嘘をついたみたいな。あれって全部君が考えたわけじゃなくて、朝陽と郁夜の入れ知恵だったんでしょう?」

妙な圧を感じる彼の言葉に、肯定すべきか否定すべきか悩む。口から出てきたのは、ほぼ肯定の「なんで知ってるんですか」の一言だけだった。

「君の同室だった人をさっき荷物を持ってきてくれた子に聞いたんだよ。そしたらビンゴだった。あの2人はなんだかんだ俺たちの間では有名でね」

どういう意味かと質問をすると、天はご丁寧にもこの学園の派閥について解説をしてくれた。この学園のほとんどの人は、生徒会に対して好意的、あるいはわざわざ勢力ある者に歯向かおうなんて思わない生徒会派か日和見派に分かれる。
しかし、これだけの権力を持つ生徒会だ。もちろん中には憎んだり恨みを向けたりする者もいる。そういう奴らが集まってできたのが反生徒会派で、実際に生徒会の人間が暴力沙汰に巻き込まれたりしたこともあるようだった。

「常識を持って入る1年生はこの学園の生徒会の崇め方に異常は感じるけれど、異常を感じるからこそ大体が日和見派になるんだよね。もしくは先輩が俺らのファンだと一緒に染まるか。だから、君がどうしてそのどちらでもなかったのかなって思って同室者を聞いたの」
「……先輩たちは、反生徒会派ってこと……?」

朝陽先輩たちが言っていたことが本当なら、確かに生徒会は恨みを買ってもおかしくない。特に郁夜先輩なんて、自分の親友にまで影響があったのだから怒って当然だ。
でも、暴力を持ち出すほどに、というのは先輩たちからは感じられなかった。

「そうだけど厳密には違うかな。彼らは他の奴らとは違って、徒党を組まずに理性的に立ち向かってくる反生徒会派だよ。だから俺たちも一目置いてる。……それでもね、舐めた真似をされると腹が立つには立つんだ」

にこやかに説明をしていた天の空気が変わる。語尾の柔らかい感じがなくなって、声が少しだけ低く男らしくなった。
怖いと瞬間的に思ったけれど、ここまで彼の怒りを買う理由が本気で分からなくてつい疑問を口にしてしまう。

「どうして、嘘をついたくらいで」
言い訳とかではなく、純粋な疑問だった。それがちゃんと伝わったのか、彼も怒らずにただ質問に答えを返してくれる。
「大きな反逆の芽は、いつだって小さな嘘から始まるからだよ」

聞いたのは自分なのに、いざ答えが返ってくるとどう返していいか分からない。ほとんどの人に愛されている生徒会長とはいえ、学園の中に自分を恨んでいる人がいるという状況は思ったよりも苦しいものなのかもしれないと感じた。

「生徒会も、大変なんですね」
やっと返せた言葉は、月並みな言葉だった。しかもあんまり感情がこもっているようには自分でも思えなくて、やっぱり言うべきではなかったかもしれないと彼の方を見る。

でも彼は、予想に反して柔らかい笑顔を浮かべていた。
「生徒会経験者以外からそんなこと言われたの初めてかも。変な子だね」

この生徒会長サマは、確かにどこか怖くて暴君なところがある。いつもはニコニコしている癖に、自分に対しての攻撃には敏感すぎるくらいに敏感だ。
それでも、生徒会の人たちの中ではそんなに悪い人ではないのかもしれないと、少しだけそう思い直した。「天先輩」と、心の中での呼び方を改めようと思うくらいには。
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