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しおりを挟む今度は俺が自分の幸せについて語る番だった。縛れるものがなくて怖かったの真意はまだ伝わっていないようで、不思議そうな顔をしてこちらを見てくる。俺はできるだけ彼を傷つけないように言葉を選んで、こうなった経緯を話した。
「まず、誠司に相談しなかったことについてはごめんなさい。副作用が強いことはどこのサイトにも書いてあったし、言ったら止められると思った」
「ああなることも、わかってたの」
「……うん。でも、俺は自暴自棄になってあんなことしたわけじゃないよ。今まではβの自分を否定してΩだったらって思ってたけど、今回はほんとにΩが羨ましくて、ただただΩになりたかったんだ。だから今回は……実行までしちゃった」
「充希は、充希のままで十分なのに」
もうそれは十分に伝わってるから大丈夫だよという気持ちを込めて、誠司の厚い身体にすり寄る。彼はすり寄った俺の手に手を添えて、自分の身体へと巻き付けた。それはまるで、俺が本当に存在していることを確かめてるみたいだった。
「だから今回は違うんだ。今までは足りないものを埋めようとしてただけだけど、今回は俺ももっと幸せになりたかったの。お金のリスクを負ってまで誠司が家にいることを選んだように、俺だってリスクを負ってでも得たいものがあった」
「でも……苦しそうだった」
「うん。目的があったとしても、払っちゃいけないリスクだったのは自覚してる。でも俺、幸せが怖かったんだ」
誠司の行動や言動に不安を感じたからではないと前置きをしてから、自分なりの理論を語る。めちゃめちゃな理論だけど、誠司は否定することなく聞いてくれた。
「もし誠司が迎えに来てくれなかったら、自分はどうなるんだろうって不安になった。そんなことあるわけないって頭では分かってるのに、どうしても不安で。だって誠司は、俺がいなくなっても生きていけないわけじゃない。もちろん気持ちの面で苦しんでくれるっていうのは分かってるけど、それ以外は何も変わらない。俺だって生きていけないわけじゃないけど……家も学校も変わるか諦めるかしなきゃいけなくなるだろうし、誠司に比べたら生活がガラリと変わる」
それはもう、彼が大人で自分が子どもであるというだけで生じてしまう差だった。ましてや自分は、誠司が半分親代わりみたいなもんだ。恋人として対等であるとはいっても、どうしても生活の基盤自体を誠司に依存せざるをえなかった。
「この差は、考え方や自分の努力で埋められるものじゃないなって思った。じゃあ俺が『生』の根幹を握ることができるものはなに?って考えたときに……俺は、文字通り生物的な面に目をつけて、それがΩになることだった。Ωになれば、もし、もし誠司と俺が離れることになったとき、誠司にもダメージがいくと思った」
よく考えたら、最低なことを言っている。別れる時のことを想像して、その時に最大限に傷つけてやろうと言ってるのだから。要約すれば自分だけが傷つくのは嫌だから、もしもの時は一緒に傷ついてと言っているようなものなのだから。
どう思われているのだろうと不安になって、彼の方を覗き見る。それに気づいて向けられた瞳には、うぬぼれでなければ愛しさがのっていた。
「気持ち悪く、ないの」
「充希の気持ちは、わかるって言っていいのか分からないけど分かるよ。むしろ僕は、今までワガママを言ってこなかった充希がそんなにドロドロした愛を抱えてるって知れたことが嬉しい」
「なに、それ……」
「僕が充希と同棲を始めて、最近ではご飯も作ったり送り迎えをしたりもしてたのは、限りなく今の充希が話した理由と似てるから」
――僕がいなきゃ生きていけないって、思わせようとしてた。だから充希も同じ理由でここまでしてくれたのだと思うと、すごく嬉しい。
穏やかな声のトーンで、顔には本当に微笑みを浮かべながら、彼はそんなことを言う。その言葉の意味を咀嚼して、俺は顔が真っ赤になった。
だって、こんな。こんなドロドロした愛が、大好きな人に正しく伝わるなんて。それ以上の重さで、大好きな人も返してくれるなんて。そんな、幸せなことはない。
「充希の願い、叶えてあげるから。落ち着いて深呼吸をして」
言われるがままにゆっくりと息を吸い込む。すると、誠司の、最愛のαの香りが鼻の奥へと流れ混んできた。
いい、におい。
それを感じた瞬間、まるでお酒に酔ったように頭がぽーっとする。身体もどんどん熱くなっていくのが、自分でも感じ取れた。
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