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覚えられていない。
そんな事実に本当はうろたえたり悲しんだりするところなのだろうが、僕の心はいやに冷静だった。それどころか、ほんのりと熱くなる部分があるように感じた。うまく言葉にはできないけれど、これは歓喜に近い感情だと思う。
このまま啓介が僕のことを思い出さないのをいいことに恋人として接すれば、「兄弟なんかでこんなことはしない。これ以上するなら出ていく」と言った彼の言葉をもう聞くことはないのでは。本当の恋人にだってなれるのでは。
途中で思い出してしまうリスクはあるが、兄弟でいる限り絶対に越えられなかった壁を越えられるチャンスでもある。むしろ、こんなチャンス今しかない。
「この人は君のお兄さんだ」
僕がショックで声を出せなくなっていると勘違いした医者が、そんな紹介をしてしまう。一瞬だけ「何言ってくれてるんだ」と怒りが湧いたが、同性カップルなんてそうそういるものではないから病院ではカモフラージュをしていたとでも言えばいいだろう。
「ちょっと特殊な事情があって、啓介が高校2年生のときから兄になった遥って言います。今は2人で一緒に住んでるんだよ」
人は第一印象が大切だというから、微笑みながら礼儀正しくもやわらかい雰囲気を意識してそう言った。啓介は昔から僕の顔に弱いところがあるし、使えるものは全部使って信頼を勝ち取ろうと決めた。
「そう、なんですね。忘れちゃっててごめんなさい」
「いいよ、全然気にしないで。啓介が無事に戻ってきてくれただけで僕は嬉しいから」
むしろずっと忘れてくれていればいい。そんな思いを少しだけ込めながら、優しく言葉を返す。そうしていたら、医者が無理に思い出させようとしない僕の態度を見て安心したのか、こう言って出ていった。
「念のため今日1日は入院してもらいますが、このまま脳に異常がみられなかった場合、明日の午後には退院してもらう予定でいます。そのつもりで心の準備をしておいてください」
それを聞いて、1日は短いなと思う。家の中から兄弟という痕跡を消して、恋人だったという証拠を作らなければならない。啓介との信頼関係を築くのも大切だが、今日は家での作業に時間をかけた方が得策だと考えた。
「啓介も混乱して疲れていると思うし、僕は帰るからゆっくりおやすみ。いきなり他人と暮らすのは辛いかもしれないけど……別の家は借りられないからそこは我慢してほしい」
「うん、大丈夫。遥さんいい人そうだし、大丈夫だよ」
「じゃあ、おやすみなさい。また明日」
病室を出て、廊下を早歩きで進んでいく。
啓介のつけていた日記は処分して、間に合えば新しい日記を啓介の筆跡を真似てつけておいた方がいいだろう。その他は特に、暮らしていたのが「兄弟」だという証拠になるものはないはずだ。幸いにもカバンが轢かれてしまったはずみで、スマホも壊れているようだし。
夜遅くまでやっている本屋で日記帳を買い込んで、家へと帰った。それからは自分でも驚くほどの集中力で、寝食も忘れて僕たちが「恋人だった証」作りに奔走した。
そんな事実に本当はうろたえたり悲しんだりするところなのだろうが、僕の心はいやに冷静だった。それどころか、ほんのりと熱くなる部分があるように感じた。うまく言葉にはできないけれど、これは歓喜に近い感情だと思う。
このまま啓介が僕のことを思い出さないのをいいことに恋人として接すれば、「兄弟なんかでこんなことはしない。これ以上するなら出ていく」と言った彼の言葉をもう聞くことはないのでは。本当の恋人にだってなれるのでは。
途中で思い出してしまうリスクはあるが、兄弟でいる限り絶対に越えられなかった壁を越えられるチャンスでもある。むしろ、こんなチャンス今しかない。
「この人は君のお兄さんだ」
僕がショックで声を出せなくなっていると勘違いした医者が、そんな紹介をしてしまう。一瞬だけ「何言ってくれてるんだ」と怒りが湧いたが、同性カップルなんてそうそういるものではないから病院ではカモフラージュをしていたとでも言えばいいだろう。
「ちょっと特殊な事情があって、啓介が高校2年生のときから兄になった遥って言います。今は2人で一緒に住んでるんだよ」
人は第一印象が大切だというから、微笑みながら礼儀正しくもやわらかい雰囲気を意識してそう言った。啓介は昔から僕の顔に弱いところがあるし、使えるものは全部使って信頼を勝ち取ろうと決めた。
「そう、なんですね。忘れちゃっててごめんなさい」
「いいよ、全然気にしないで。啓介が無事に戻ってきてくれただけで僕は嬉しいから」
むしろずっと忘れてくれていればいい。そんな思いを少しだけ込めながら、優しく言葉を返す。そうしていたら、医者が無理に思い出させようとしない僕の態度を見て安心したのか、こう言って出ていった。
「念のため今日1日は入院してもらいますが、このまま脳に異常がみられなかった場合、明日の午後には退院してもらう予定でいます。そのつもりで心の準備をしておいてください」
それを聞いて、1日は短いなと思う。家の中から兄弟という痕跡を消して、恋人だったという証拠を作らなければならない。啓介との信頼関係を築くのも大切だが、今日は家での作業に時間をかけた方が得策だと考えた。
「啓介も混乱して疲れていると思うし、僕は帰るからゆっくりおやすみ。いきなり他人と暮らすのは辛いかもしれないけど……別の家は借りられないからそこは我慢してほしい」
「うん、大丈夫。遥さんいい人そうだし、大丈夫だよ」
「じゃあ、おやすみなさい。また明日」
病室を出て、廊下を早歩きで進んでいく。
啓介のつけていた日記は処分して、間に合えば新しい日記を啓介の筆跡を真似てつけておいた方がいいだろう。その他は特に、暮らしていたのが「兄弟」だという証拠になるものはないはずだ。幸いにもカバンが轢かれてしまったはずみで、スマホも壊れているようだし。
夜遅くまでやっている本屋で日記帳を買い込んで、家へと帰った。それからは自分でも驚くほどの集中力で、寝食も忘れて僕たちが「恋人だった証」作りに奔走した。
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