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しおりを挟む「君が騒げば、誰かにこれが刺さるかもね」
僕が取り出したのはバタフライナイフ。その言葉は、半分以上がハッタリだった。でもこういう状況に慣れていない君は、すぐにその言葉を信じてくれる。
「ついてきて」
ナイフは左の袖に仕舞い込んだまま、右手で君の腕を掴んで歩き出した。
思いの外遠くまで走ってきてしまったようで、歩く道のりは長い。狭い歩幅が更に歩く時間を伸ばして、緊張が高まっていった。
「入って。ここが今日から僕らの家だよ」
そう言っても君はなかなか玄関に踏み込んでくれなくて、可哀想だと思いながらもナイフの切っ先を背中へとあてる。
僕が君を刺すはずなんてないのに君は素直に従ってくれて、きっとこれは演技なのだろうと感じるようになった。
確かに、無抵抗でついてきてしまっては君の世間体まで悪くなってしまう。だって君は、本物の父親を裏切って僕と暮らそうというのだから。あえて嫌がるフリをして罪悪感を拭おうとしているのなら、それに乗ってあげようと思った。
「心配いらないよ。ここはもう僕の家なんだから。君の本当の気持ちを言うといい」
鍵を閉めて、拘束を解いて。そう優しく問いかける。演技の上手い君はそれでも怯えた表情を崩さず、期待していたものとは違う言葉を発した。
「貴方は誰なんですか……?どうして僕に構うんですか……!」
それを聞いて、やっと僕は重大なことに気付いた。もしかしたら君は、僕があの雨の日の男と同一人物だということを知らないのではないかと。
それならこれほど怯えるのも無理はない。あの出逢いを忘れているならば、僕らは初対面も同然なのだから。
「7年前の雨の日、君は僕に傘を貸してくれただろう?それがすごく嬉しかった。見返りを求めず僕に優しさをくれたのは、君が初めてだったから」
懐かしげにそう言えば、君は目を瞬かせた。
「それ、だけ……?」
「それだけ、なんて酷いね。僕はその出逢いから7年間、ずっと君のことだけを想って暮らしてきたのに」
「そんなの、頼んでません……!」
「そんなはず無い。君は僕と母親を重ねた。寂しかったんだろう?僕は、その寂しさを埋めるために君に会いにきたんだ」
そう言って手を伸ばせば、また「嫌だ」と叫んで振り払われた。感動の再会なのに、どうして伝わらないんだろう。
「大丈夫。君の父親にだっていい就職先を紹介してあげる。君とはもう会えないだろうけど……それ以上の幸せを提供してあげる」
「何、言ってるんですか……?」
「君こそ、どうして僕を拒むの?」
伝わらない。あの時と同じ艶やかな黒髪と、丁寧な言葉遣い。それは変わらないのに、少しだけ君は悪い子になってしまったようだった。
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