婚約破棄に異議を唱えたら、王子殿下を抱くことになった件

雲丹はち

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01 宣告

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「ダーナ・フォン・アルブレヒト。私は貴女との婚約を、今日この場をもって破棄させてもらう」

婚約者である王太子からの一方的な宣告。
それはダーナにとって待ちに待った言葉だった。

(これでクソ姉貴の身代わりをもうやらずに済む!)

人目がなかったらガッツポーズを取りたい気分だった。
あのクソ姉貴ことダーナは、それはもう子どもの頃から我がままし放題、
父も母も彼女の言いなりだった。

双子の弟として、何度クソ姉貴の尻ぬぐいをさせられてきたことか。
しかも今年に入ってからは、子爵家の次男坊と結婚したいと言って聞かない。
王太子殿下との婚約が決まってもクソ姉貴の発言は変わらず、結果、両親の方が先に折れた。
クソ姉貴にそっくりなぼくを替え玉にして、やり過ごそうというのだ。

(どこの世界に王家を騙して、娘の幸せをとる親がいるんだ!)

そもそも姉がぞっこんな子爵家の次男はプレイボーイと名高い。
ちょっと舞踏界で聞き耳を立てていれば、五股、六股、果ては恋人に刺されかけたといった情報が手に入る。

どう考えても、王太子殿下と正式な婚約を結び、玉の輿に乗る方が正解だ。
しかし恋は盲目と言ったもので、十三歳の姉は王太子より子爵家のプレイボーイを取った。

(いっそ七股でもされて、悲惨な愁嘆場を繰り広げればいいんだ!)

エリックはドレスの袖のなかでぎゅっと拳をにぎりしめた。
何はともあれ、これで目的は達した。
バカ姉貴がどうなるかは知らないが、これでぼくの役目はおしまいだ。

名だたる貴族たちの衆目が集まるなか、ぼくはドレスの裾を広げ、優雅におじきをした。
王太子に捨てられて嘆き悲しむ伯爵令嬢を演じるのは性に合わない。
夜空を思わせる藍色のドレスを揺らし、これ以上ないほど晴れやかな笑みを浮かべてやる。

「かしこまりました。殿下がそう仰るのでしたら、私、ダーナ・フォン・アルブレヒトはその婚約破棄を受け取るのみにございます」

今日のために引いた、とびきりのルージュに満面の笑みを乗せる。
変声期前―十三歳の少年の声が高らかに響く。

周囲を取り囲む貴族令嬢たちの忌々しげな目が見えた。
殿下に捨てられて泣きもしない伯爵令嬢を、気味悪いとさえ思っているのかもしれない。
貴族たちのどよめきがさざなみとなって大広間に伝播した。
この頭を上げれば、五歳年上の王太子殿下にもうつくり笑顔を浮かべて近づかずに済む。綿をたっぷりつめこんだ胸を押しつけたり、女性らしい振る舞いからも解放される。

(もうぼくは自由だ……!)

たっぷりと時間をとってから頭を上げた。
しかし彼は違った。

なにか─。
巨大な責務を押し付けられて、心底苦しげな顔を浮かべていた。

『すまない……』

レオンハルトの声が聞こえた気がした。
それほど彼の表情は暗かった。

(なんだよ。
 もっと嬉しがれよ。
 ぼくが偽物のおっぱい押し付けた時、まっかな顔して怒ってきたくせに。
 女性がそのようなはしたない真似をすべきではない!
 と懇切丁寧に説教してくれたお前はどこにいった? 
 名門貴族どもに押し付けられた婚約者をやっと捨てられる。せいせいした顔をすべきだろ!)

五歳年上の元婚約者の顔は暗い。
少し笑うだけで他人の視線をかっさらえるほどの美貌を持っているクセに。
金髪碧眼の王子様はこれ以上ないほど、苦しげな顔を浮かべていた。
まるでこの婚約破棄は本意ではない、と――。

(なんでだよ……)

レオンハルトと付き合って以来、はじめて困惑した。
一瞬、アルブレヒト家はじまって以来の神童と謳われ続けた脳みそがイかれたのかと思った。

そうじゃない。
彼はぼくの知らない『何か』が原因で、今夜この婚約破棄を言い渡したのだ。

クソ姉貴の行状を知ったから?
――いいや違う。

ぼくの正体がバレたから?
――いいや変装は完璧だった。

考えろ。
考えろ。
もっと違うなにかだ。
ぼくたち伯爵家とは違う別の家の思惑が動いている。

今日、この場でぼくを、『ダーナ』を、王太子殿下が切り捨てる理由はなんだ? 
そもそもこれは『切り捨て』なのか?

あのなにかに打ち負かされたようなレオンハルトの表情。

(―これは切り捨てじゃない。婚約者を『危険から遠ざける』ための婚約破棄だ……)

「待っ―!」

手をのばそうとした瞬間、即座に憲兵に囲まれた。
あっという間に拘束される。
レオンハルトの目が再び申し訳なさそうに伏せられた。
従者にうながされるまま、彼は広間から出て行く。

(なんで! なんでだよ……!)

「こら、殿下の御前であるぞ。分をわきまえろ」

憲兵の叱責と貴族たちの失笑が広間に響きわたる。
そうしてレオンハルトが退出すると、何事もなく楽団が演奏を再開する。

今回の婚約破棄は成功だ。
それは間違いない。
バカ姉貴の代役をみごとつとめあげ、王家を騙したきったんだ。
なにもかも大成功だ。
なのに、心は晴れない。

口のなかに苦いものが残っていた。
とても後味の悪い果実酒を飲まされたかのように、胸のイガイガが取れない。

(くそっ……)

大理石の床をきつく握りしめた拳で叩くことしかできなかった。


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