2 / 9
02 真相
しおりを挟む(本当に申し訳ないことをした……)
大広間を抜けたレオンハルトは人知れずため息をついた。
この回廊は王族専用であり、何人(なんびと)も立ち入ることはできない。
冷たい月の光が降り注いでいた。自分の足元がやけに頼りなく見える。
(ふふ。ダーナより年上だというのに、情けない……)
婚約破棄を言い渡した時の彼女の態度は、それはもう見事なものだった。
できるものなら自分もこうありたい。
誰にも媚びず、へこたれず、目は誇りに満ちていた。
自分もあんな人間になりたい。
そう思ったのに、このざまだ。
(……本当に、私にはもったいない女性だった)
そこへ足音が聞こえた。
主は分かっている。
この国で王家の直系となれば、いまや自分と叔父の二人しかいない。
「やあ。今宵は良い月だ。甥御よ」
きれいに整えられた口ひげを手でなぞりながら、叔父が近づいてくる。
豪奢(ごうしゃ)な外套(ローブ)をまとった国王気取りの叔父。
「ええ全く。父上が亡くなられた夜もこんな月夜でしたね」
父と母は早くに亡くなった。
噂では毒殺だと聞いている。
でなければあれほど健康であった両親が突如、夕食後に急死するなどありえない。
「ふむ。そうだったかな」
自分より首ひとつ背の高い叔父が顔を近づけてきた。悪びれもしない。
これがレオンハルトの敵だった。
この世に生まれてからずっと、この叔父は敵だ。
「ずいぶんと古い話をする。それよりも今夜は一年前に婚約した伯爵令嬢をようやっと捨てたと聞いたが?」
相変わらず耳が早い。
(いやな男だ……)
数分前の毅然(きぜん)とした彼女の態度を思い出す。
今だけでもいい。
彼女の気品がほしかった。
「……っ私にはもったいない女性でした。彼女と話し合った末に今回の婚約破棄を決めたのです」
にこやかで晴れやかな笑みをたたえる。
決してこの男に悟られてはならない。
今回の婚約破棄が『彼女を守る』ためのものだとは。
「そうか? そのご婦人は憲兵に拘束を受けたと聞いたが。
我が甥もなかなか罪深いことをするようになったではないか」
ぽん、と肩に手を置かれた。
それだけでレオンハルトの全身に虫酸(むしず)が走った。
「それとも『あのこと』を知られて、お前が彼女に捨てられたのではないか?」
「っ。……なんの、ことでしょう?」
叔父の手が肩から腰へとすべりおちる。尻をなでられた。
「男にしては本当に柔らかくて良い臀部だ。腹には子どもを宿せる部屋もある……。
そんな甥と結婚してくれる女性がいるとは、到底思えなくてな」
叔父のかわいた手のひらが何度も、何度も尻たぶを持ち上げ、なでまわす。
「もうそろそろ諦めるのも手だぞ? わたしとならば王家の血をより濃くすることができる。
お前の体のこともよく知っているしな」
耳元にそそがれる囁きはまるで毒だった。
「なんならここで抱いてやってもいい。もうお前の手札はないだろう? レオン」
叔父の手に抱き寄せられ、頬を舌でなめられる。
くちゅ。
唾液が頬をしたたり落ちる。
(なんておぞましい……!)
きゅっと唇をきつく結んで、叔父の遊びに耐えた。
すげなく袖で頬についた唾液をふきとって、睨み付ける。
「結構です……っ……」
乱暴に叔父の手をはねのけて、体を離した。
足早に自室へ戻ろうとすれば、手を掴まれた。
「もう期限は近いぞ。レオンハルト。お前の婚約者がこのまま決まらねば、王家の血を絶やすことになる。
そうなる前にやることは分かっているだろう? 甥御よ」
叔父が笑う。
己の勝利を信じてやまない顔だった。
(ああ憎らしい。殺せるものなら、いっそ殺してやりたい)
だがそれはできない。
今の王国を支えているのは国王代理を務める叔父だ。
王太子である自分にその権限はない。
花冠の儀を迎え、成人となるまでは。
十八歳となれば叔父から権限を継承し国王となれる。
(だがその前にあの問題を片付けなければ、国王になることも、成人を迎えることもできない!)
レオンハルトは叔父の手を引き剥がして、自室に向かう。
叔父の声が後ろからついてきた。
「時間はまだある。よく考えることだ。我が愛しい甥御よ!」
その言葉にほぞを噛んだ。
──王は国の父であり母でもある。
それは建国神話として今も語られている一節だ。
事実、ブルーム家には三百年に一度、王室に男性と女性の器を両方もつ子供が生まれてくる。
その子は必ず王国に栄光の時代を築いたと言われる。
幼いレオンハルトにとってそれは胸踊る予言だった。
王族である誇りと自信を根付かせるには十分な内容で、普通の男と少し違う『体』なのも全く気にならなかった。
しかし両親が殺されてから事態は一変した。
頼れる人は遠からず自分から去っていく。
乳母も、従者の少年も、護衛の武官もみな王宮にいることはできなくなり、今では叔父の息がかかった者しかいない。
初めは父の弟である叔父を信じようと考えたこともあった。
しかしそんな考えはすぐに打ちのめされた。
『義姉上に本当によく似ている。生き写しのようにそっくりだ』
王家の者しか出入りできない部屋で叔父に唇を奪われた。
そうして叔父が母への恋慕をとくとくと語り出した。
その話によると当初、叔父は母を助けようと思っていた。
だが母は叔父への想いを一蹴し、父が飲まされた毒をあおってともに死んだという。
『だからレオンハルト。わたしと契りを結べば、義姉上と一緒になれる。
だから早く子をなせる体になれ。
神話によると十八になればお前の赤ちゃんをつくる部屋は完成するという。
それまで楽しみに待っていてやるからな』
以来、叔父に何度も関係を迫られてきた。必死にかわして逃げては、子どもながらに策を練った。
(なにか、なにか手はないのか?)
このままでは叔父の子を孕まされる。
王国の栄光は確実だ。
けれど自分の誇りは殺される。
そんなのは嫌だった。
叔父との契りを回避する方法。
それは婚約だ。
叔父の息がかかっていない貴族の令嬢と婚約し、彼女を王妃に迎えればいい。
──しかし。
叔父の手の者は予想以上に多かった。
何度も裏切られ、陥れられるたび、もう叔父の妻になるしかないかと思った。
そんななか、やっと出会ったのだ。
ダーナ・フォン・アルブレヒト伯爵令嬢と。
奇跡だった。
神の采配はあるのだと信じた瞬間だった。
まあ、彼女と婚約するのは骨の折れる難行だったが、実際に付き合ってみると驚くほど面白かった。
五歳も年上の自分にもの怖じせず、言いたいことはズバズバと言う。
頭の回転は恐ろしいほど早かった。
このまま彼女を王室に迎え入れる。
そうすれば叔父に脅されることもない。
そう思っていた。
彼女の肖像画を描かせた画家の手が切り落とされ、叔父からプレゼントと称して贈られてくるまでは。
それはかつてないほど本格的な脅しだった。
彼女が近い将来こうなることは想像にかたくない。
いつだって簡単に人は死ぬのだ。
父と母の死が頭をよぎった瞬間、もう限界だった。
そして今夜、彼女への婚約破棄を申し出た。
完全なる敗北だった。
「……すまない。ダーナ」
ついぞ彼女に言い出せなかった言葉が、夜の回廊に虚しく響いた。
43
あなたにおすすめの小説
給餌行為が求愛行動だってなんで誰も教えてくれなかったんだ!
永川さき
BL
魔術教師で平民のマテウス・アージェルは、元教え子で現同僚のアイザック・ウェルズリー子爵と毎日食堂で昼食をともにしている。
ただ、その食事風景は特殊なもので……。
元教え子のスパダリ魔術教師×未亡人で成人した子持ちのおっさん魔術教師
まー様企画の「おっさん受けBL企画」参加作品です。
他サイトにも掲載しています。
天使のような子の怪我の手当てをしたら氷の王子に懐かれました
藤吉めぐみ
BL
12/23後日談追加しました。
=================
高校の養護教諭の世凪は、放課後の見回り中にプールに落ちてしまう。カナヅチの世凪は、そのまま溺れたと思ったが、気づくと全く知らない場所にある小さな池に座り込んでいた。
ここがどこなのか、何がどうなったのか分からない世凪に、「かあさま」と呼んで近づく小さな男の子。彼の怪我の手当てをしたら、世凪は不審者として捕まってしまう。
そんな世凪を助けてくれたのは、「氷の王子」と呼ばれるこの国の第二王子アドウェル。
冷淡で表情も変わらない人だと周りに言われたが、世凪に対するアドウェルは、穏やかで優しくて、理想の王子様でドキドキしてしまう世凪。でも王子は世凪に母親を重ねているようで……
優しい年下王子様×異世界転移してきた前向き養護教諭の互いを知って認めていくあたたかな恋の話です。
転生したらスパダリに囲われていました……え、違う?
米山のら
BL
王子悠里。苗字のせいで“王子さま”と呼ばれ、距離を置かれてきた、ぼっち新社会人。
ストーカーに追われ、車に轢かれ――気づけば豪奢なベッドで目を覚ましていた。
隣にいたのは、氷の騎士団長であり第二王子でもある、美しきスパダリ。
「愛してるよ、私のユリタン」
そう言って差し出されたのは、彼色の婚約指輪。
“最難関ルート”と恐れられる、甘さと狂気の狭間に立つ騎士団長。
成功すれば溺愛一直線、けれど一歩誤れば廃人コース。
怖いほどの執着と、甘すぎる愛の狭間で――悠里の新しい人生は、いったいどこへ向かうのか?
……え、違う?
おっさん騎士はお疲れ魔法使いを癒やしたい
丸井まー(旧:まー)
BL
真夏の一人短編祭り第一弾!
スケベのリハビリです。
騎士をしているディオルドには、数年気になっている魔法使いの男がいる。
とある夜。いつでも疲れた顔をしている魔法使いと偶然遭遇し、ディオルドは勇気を出して騎士団寮の自室へと魔法使いシャリオンを誘った。
疲れている魔法使い✕おっさん騎士。
※ムーンライトノベルズさんでも公開しております。
大魔法使いに生まれ変わったので森に引きこもります
かとらり。
BL
前世でやっていたRPGの中ボスの大魔法使いに生まれ変わった僕。
勇者に倒されるのは嫌なので、大人しくアイテムを渡して帰ってもらい、塔に引きこもってセカンドライフを楽しむことにした。
風の噂で勇者が魔王を倒したことを聞いて安心していたら、森の中に小さな男の子が転がり込んでくる。
どうやらその子どもは勇者の子供らしく…
令嬢に転生したと思ったけどちょっと違った
しそみょうが
BL
前世男子大学生だったが今世では公爵令嬢に転生したアシュリー8歳は、王城の廊下で4歳年下の第2王子イーライに一目惚れされて婚約者になる。なんやかんやで両想いだった2人だが、イーライの留学中にアシュリーに成長期が訪れ立派な青年に成長してしまう。アシュリーが転生したのは女性ではなくカントボーイだったのだ。泣く泣く婚約者を辞するアシュリーは名前を変えて王城の近衛騎士となる。婚約者にフラれて隣国でグレたと噂の殿下が5年ぶりに帰国してーー?
という、婚約者大好き年下王子☓元令嬢のカントボーイ騎士のお話です。前半3話目までは子ども時代で、成長した後半にR18がちょこっとあります♡
短編コメディです
ヤンデレ王子と哀れなおっさん辺境伯 恋も人生も二度目なら
音無野ウサギ
BL
ある日おっさん辺境伯ゲオハルトは美貌の第三王子リヒトにぺろりと食べられてしまいました。
しかも貴族たちに濡れ場を聞かれてしまい……
ところが権力者による性的搾取かと思われた出来事には実はもう少し深いわけが……
だって第三王子には前世の記憶があったから!
といった感じの話です。おっさんがグチョグチョにされていても許してくださる方どうぞ。
濡れ場回にはタイトルに※をいれています
おっさん企画を知ってから自分なりのおっさん受けってどんな形かなって考えていて生まれた話です。
この作品はムーンライトノベルズでも公開しています。
悪役令嬢のモブ兄に転生したら、攻略対象から溺愛されてしまいました
藍沢真啓/庚あき
BL
俺──ルシアン・イベリスは学園の卒業パーティで起こった、妹ルシアが我が国の王子で婚約者で友人でもあるジュリアンから断罪される光景を見て思い出す。
(あ、これ乙女ゲームの悪役令嬢断罪シーンだ)と。
ちなみに、普通だったら攻略対象の立ち位置にあるべき筈なのに、予算の関係かモブ兄の俺。
しかし、うちの可愛い妹は、ゲームとは別の展開をして、会場から立ち去るのを追いかけようとしたら、攻略対象の一人で親友のリュカ・チューベローズに引き止められ、そして……。
気づけば、親友にでろっでろに溺愛されてしまったモブ兄の運命は──
異世界転生ラブラブコメディです。
ご都合主義な展開が多いので、苦手な方はお気を付けください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる