婚約破棄に異議を唱えたら、王子殿下を抱くことになった件

雲丹はち

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02 真相

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(本当に申し訳ないことをした……)

大広間を抜けたレオンハルトは人知れずため息をついた。
この回廊は王族専用であり、何人(なんびと)も立ち入ることはできない。
冷たい月の光が降り注いでいた。自分の足元がやけに頼りなく見える。

(ふふ。ダーナより年上だというのに、情けない……)

婚約破棄を言い渡した時の彼女の態度は、それはもう見事なものだった。
できるものなら自分もこうありたい。
誰にも媚びず、へこたれず、目は誇りに満ちていた。
自分もあんな人間になりたい。
そう思ったのに、このざまだ。

(……本当に、私にはもったいない女性だった)

そこへ足音が聞こえた。
主は分かっている。
この国で王家の直系となれば、いまや自分と叔父の二人しかいない。

「やあ。今宵は良い月だ。甥御よ」

きれいに整えられた口ひげを手でなぞりながら、叔父が近づいてくる。
豪奢(ごうしゃ)な外套(ローブ)をまとった国王気取りの叔父。

「ええ全く。父上が亡くなられた夜もこんな月夜でしたね」

父と母は早くに亡くなった。
噂では毒殺だと聞いている。
でなければあれほど健康であった両親が突如、夕食後に急死するなどありえない。

「ふむ。そうだったかな」

自分より首ひとつ背の高い叔父が顔を近づけてきた。悪びれもしない。
これがレオンハルトの敵だった。
この世に生まれてからずっと、この叔父は敵だ。

「ずいぶんと古い話をする。それよりも今夜は一年前に婚約した伯爵令嬢をようやっと捨てたと聞いたが?」

相変わらず耳が早い。

(いやな男だ……)

数分前の毅然(きぜん)とした彼女の態度を思い出す。
今だけでもいい。
彼女の気品がほしかった。

「……っ私にはもったいない女性でした。彼女と話し合った末に今回の婚約破棄を決めたのです」

にこやかで晴れやかな笑みをたたえる。
決してこの男に悟られてはならない。
今回の婚約破棄が『彼女を守る』ためのものだとは。

「そうか? そのご婦人は憲兵に拘束を受けたと聞いたが。
 我が甥もなかなか罪深いことをするようになったではないか」

ぽん、と肩に手を置かれた。
それだけでレオンハルトの全身に虫酸(むしず)が走った。

「それとも『あのこと』を知られて、お前が彼女に捨てられたのではないか?」
「っ。……なんの、ことでしょう?」

叔父の手が肩から腰へとすべりおちる。尻をなでられた。

「男にしては本当に柔らかくて良い臀部でんぶだ。腹には子どもを宿せる部屋もある……。
 そんな甥と結婚してくれる女性がいるとは、到底思えなくてな」

叔父のかわいた手のひらが何度も、何度も尻たぶを持ち上げ、なでまわす。

「もうそろそろ諦めるのも手だぞ? わたしとならば王家の血をより濃くすることができる。
 お前の体のこともよく知っているしな」

耳元にそそがれる囁きはまるで毒だった。

「なんならここで抱いてやってもいい。もうお前の手札はないだろう? レオン」

叔父の手に抱き寄せられ、頬を舌でなめられる。

くちゅ。
唾液が頬をしたたり落ちる。

(なんておぞましい……!)

きゅっと唇をきつく結んで、叔父の遊びに耐えた。
すげなく袖で頬についた唾液をふきとって、睨み付ける。

「結構です……っ……」

乱暴に叔父の手をはねのけて、体を離した。
足早に自室へ戻ろうとすれば、手を掴まれた。

「もう期限は近いぞ。レオンハルト。お前の婚約者がこのまま決まらねば、王家の血を絶やすことになる。
 そうなる前にやることは分かっているだろう? 甥御よ」

叔父が笑う。
己の勝利を信じてやまない顔だった。

(ああ憎らしい。殺せるものなら、いっそ殺してやりたい)

だがそれはできない。
今の王国を支えているのは国王代理を務める叔父だ。
王太子である自分にその権限はない。
花冠の儀を迎え、成人となるまでは。
十八歳となれば叔父から権限を継承し国王となれる。

(だがその前にあの問題を片付けなければ、国王になることも、成人を迎えることもできない!)

レオンハルトは叔父の手を引き剥がして、自室に向かう。
叔父の声が後ろからついてきた。

「時間はまだある。よく考えることだ。我が愛しい甥御よ!」

その言葉にほぞを噛んだ。

──王は国の父であり母でもある。
それは建国神話として今も語られている一節だ。

事実、ブルーム家には三百年に一度、王室に男性と女性の器を両方もつ子供が生まれてくる。
その子は必ず王国に栄光の時代を築いたと言われる。
幼いレオンハルトにとってそれは胸踊る予言だった。
王族である誇りと自信を根付かせるには十分な内容で、普通の男と少し違う『体』なのも全く気にならなかった。

しかし両親が殺されてから事態は一変した。
頼れる人は遠からず自分から去っていく。
乳母も、従者の少年も、護衛の武官もみな王宮にいることはできなくなり、今では叔父の息がかかった者しかいない。
初めは父の弟である叔父を信じようと考えたこともあった。
しかしそんな考えはすぐに打ちのめされた。

『義姉上に本当によく似ている。生き写しのようにそっくりだ』

王家の者しか出入りできない部屋で叔父に唇を奪われた。
そうして叔父が母への恋慕をとくとくと語り出した。

その話によると当初、叔父は母を助けようと思っていた。
だが母は叔父への想いを一蹴し、父が飲まされた毒をあおってともに死んだという。

『だからレオンハルト。わたしと契りを結べば、義姉上と一緒になれる。
 だから早く子をなせる体になれ。
 神話によると十八になればお前の赤ちゃんをつくる部屋は完成するという。
 それまで楽しみに待っていてやるからな』

以来、叔父に何度も関係を迫られてきた。必死にかわして逃げては、子どもながらに策を練った。

(なにか、なにか手はないのか?)

このままでは叔父の子を孕まされる。
王国の栄光は確実だ。
けれど自分の誇りは殺される。
そんなのは嫌だった。

叔父との契りを回避する方法。
それは婚約だ。
叔父の息がかかっていない貴族の令嬢と婚約し、彼女を王妃に迎えればいい。
──しかし。

叔父の手の者は予想以上に多かった。
何度も裏切られ、陥れられるたび、もう叔父の妻になるしかないかと思った。
そんななか、やっと出会ったのだ。
ダーナ・フォン・アルブレヒト伯爵令嬢と。

奇跡だった。
神の采配はあるのだと信じた瞬間だった。
まあ、彼女と婚約するのは骨の折れる難行だったが、実際に付き合ってみると驚くほど面白かった。
五歳も年上の自分にもの怖じせず、言いたいことはズバズバと言う。
頭の回転は恐ろしいほど早かった。

このまま彼女を王室に迎え入れる。
そうすれば叔父に脅されることもない。
そう思っていた。
彼女の肖像画を描かせた画家の手が切り落とされ、叔父からプレゼントと称して贈られてくるまでは。

それはかつてないほど本格的な脅しだった。
彼女が近い将来こうなることは想像にかたくない。
いつだって簡単に人は死ぬのだ。
父と母の死が頭をよぎった瞬間、もう限界だった。
そして今夜、彼女への婚約破棄を申し出た。
完全なる敗北だった。

「……すまない。ダーナ」

ついぞ彼女に言い出せなかった言葉が、夜の回廊に虚しく響いた。




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