3 / 9
03 追憶
しおりを挟む婚約破棄を言い渡された我が家は、この世の春を謳歌していた。
「どいつもこいつも、くたばれっ!」
ようやっと戻ってきた我が家で吐き捨てるなり、ぼくは部屋にこもった。
ストライキである。
少しは腹を痛めて生んだ息子の怒りを思い知るが良い。
同い年の姉に代わって、なにが楽しくてこの一年女装して過ごさなきゃいけないんだ!
窮屈なドレスに、バランスの取りにくいヒール、果ては侍女たちのおもちゃにされた化粧!
「なにがお似合いです、だ! ぼくは男なんだよ! 十三歳でようやっと精通もしたれっきとした男なんだよ!
あのクソばか姉貴! 今すぐ捨てられろ!
そんで、王太子からも子爵からも捨てられた女っていう称号を受け取れ!」
枕を天蓋つきの寝台に放り投げる。
「うわー。荒れてますねー。坊ちゃん」
ノックもなしに入ってきたのは、執事のベルナールだった。
いつもにやけ面を浮かべていて、本心が読めない。
しかし侍女たちにはそこが受けている。
癖の強い赤毛の頭に勢いよく枕を投げつけたが、届かずに床に落ちた。
「まあまあ。無事に王太子殿下から婚約破棄は取り付けたんでしょう?
これで休学していた学院にも戻れるじゃないですか」
慣れた調子でなだめてくるのが、癪に障る。
「姉貴の件がなかったらそもそも休学せずに済んだんだよ! ぼくは!」
「あぁ、その件で進展が」
にこやかな顔で枕をひろい、ベルナールが近づいてきた。
「例の子爵家のプレイボーイですけどね。おもしろい筋から金を借りてるらしくて」
「へえ」
それは朗報だ。
父も母も姉に甘いが、金に関してだけは厳しい。
王国の財政を司る任務に就いているからか、父は金が絡む話にはうるさい。
先代が浪費家だったせいだ。
こうなれば姉に鉄槌がくだされるのは間もなくだった。
「今ちょっかいをかけてる女全員に最近は金の工面を要求しているらしく、姉君が伯爵さまを頼ってくるのは間違いないですよ」
「ふうん。そうなったら姉貴もとうとう勘当だな」
帰宅してからずっと収まらなかった腹の虫がほんの少し落ち着いた。
ベルナールがにこやかな笑みを深める。
彼の思惑にはめられた気がしないでもなかったが、それより今は別の問題がある。
「なあ今回の婚約破棄……本当に王太子殿下主導のものだったか?」
「もちろん。伯爵家には殿下から直接断りのお手紙が届いていますし、
王宮の知り合いからは殿下が言い出したことだと聞いてますよ」
「ふぅん……」
事前に得ていた情報と何ら変わりはない。
なのに、どうにもレオンハルトの表情が気にかかった。
彼が主導して婚約破棄を進めたのなら、どうしてあんなにも暗澹とした顔を浮かべていたのだろう。
(話がつり合わない……)
「なにか気にかかることでも?」
ベルナールがしぜんと声をひそめた。
屋敷には三重の結界が張られてあるとは言え、完璧ではない。
王太子との婚約が決まって以来、何人もの『ネズミ』が屋敷に侵入してきた。
すべてベルナールたち侍従の手によって排除されてきた。
だからこそ、ぼくの女装も一年間バレずにやってこれたのだ。
口をひらく。
発音はせず、ベルナールに唇だけを読ませた。
この弱冠二十歳にして伯爵家の執事を務める男は、読唇術に長けている。
『王太子殿下とぼくが出会える機会をつくれ』
読ませた唇の言葉にベルナールが眉をひそめる。意外な申し出だったらしい。
『今回の婚約破棄、殿下の意思ではなく何者かの意向がからんでいる。殿下自身の反応を見てみたい』
しかしすでにダーナ・フォン・アルブレヒトは王太子の婚約者ではない。
会おうと言って会える人物ではない。
ベルナールの目にはそう書かれていた。
ニッとほほえむ。
『王太子殿下おつきの近衛兵の中でうちに借りのあるヤツがいただろう?』
ベルナールはそこでようやく合点(がてん)がいったようで、頷いた。
唇を読ませるのをやめると、ベルナールはずっとニコニコしていた。
「いやあ、坊ちゃんにも人の心があったと知って、ほっとしましたよ。
なんだかんだで気に入ってらっしゃいましたよね。殿下」
「はあ? なんだよそれ」
「初デートの日に馬車に乗り込む時、王太子殿下をリードしていたでしょう?
あの時の顔まっかにした殿下の顔が可愛いってずっと仰ってたじゃないですか」
「……言ってない」
「またまた~。五歳も年上の殿下に頭をなでてもらって嬉しそうにしてたくせに」
「……してないって言ってるだろ!」
からかってくるベルナールを部屋からたたき出した。
静寂が戻る。
(ったくベルナールが変なこと言うから、思い出してきたじゃないか!)
『幼くとも君は立派な騎士だな。私の部下にも見習わせたい』
初めてデートで訪れた離宮の庭園で彼はそんなことを言った。
くすくすと笑う彼の耳元にバラの花弁がくっついて、どんな女よりもきれいに見えた。
五歳年上ならもっと男性的な体つきをしていいはずなのに、浮き世離れしているせいか彼の妙に細い腰つきにどぎまぎさせられた。
初めての女装、初めてのデートに気を張り詰めて、夕暮れ時には彼のひざを枕にして眠ってしまっていた。
そんな自分をとがめることもなく彼は膝を貸してくれて、か細い子守歌を歌ってくれた。
子ども扱いされるのが大嫌いだったのに、彼にだけは許してしまっていた。
そんな彼が婚約破棄の場であんな暗い顔をしていたのだ。
少しは手を貸してみたっていいだろう。
失って困るものは何もない。それに……、
「別れる時くらい、もっとイイ顔しろってんだ……」
初デートの時に見せた彼の微笑が脳裏に強く浮かんだ。
34
あなたにおすすめの小説
給餌行為が求愛行動だってなんで誰も教えてくれなかったんだ!
永川さき
BL
魔術教師で平民のマテウス・アージェルは、元教え子で現同僚のアイザック・ウェルズリー子爵と毎日食堂で昼食をともにしている。
ただ、その食事風景は特殊なもので……。
元教え子のスパダリ魔術教師×未亡人で成人した子持ちのおっさん魔術教師
まー様企画の「おっさん受けBL企画」参加作品です。
他サイトにも掲載しています。
天使のような子の怪我の手当てをしたら氷の王子に懐かれました
藤吉めぐみ
BL
12/23後日談追加しました。
=================
高校の養護教諭の世凪は、放課後の見回り中にプールに落ちてしまう。カナヅチの世凪は、そのまま溺れたと思ったが、気づくと全く知らない場所にある小さな池に座り込んでいた。
ここがどこなのか、何がどうなったのか分からない世凪に、「かあさま」と呼んで近づく小さな男の子。彼の怪我の手当てをしたら、世凪は不審者として捕まってしまう。
そんな世凪を助けてくれたのは、「氷の王子」と呼ばれるこの国の第二王子アドウェル。
冷淡で表情も変わらない人だと周りに言われたが、世凪に対するアドウェルは、穏やかで優しくて、理想の王子様でドキドキしてしまう世凪。でも王子は世凪に母親を重ねているようで……
優しい年下王子様×異世界転移してきた前向き養護教諭の互いを知って認めていくあたたかな恋の話です。
転生したらスパダリに囲われていました……え、違う?
米山のら
BL
王子悠里。苗字のせいで“王子さま”と呼ばれ、距離を置かれてきた、ぼっち新社会人。
ストーカーに追われ、車に轢かれ――気づけば豪奢なベッドで目を覚ましていた。
隣にいたのは、氷の騎士団長であり第二王子でもある、美しきスパダリ。
「愛してるよ、私のユリタン」
そう言って差し出されたのは、彼色の婚約指輪。
“最難関ルート”と恐れられる、甘さと狂気の狭間に立つ騎士団長。
成功すれば溺愛一直線、けれど一歩誤れば廃人コース。
怖いほどの執着と、甘すぎる愛の狭間で――悠里の新しい人生は、いったいどこへ向かうのか?
……え、違う?
おっさん騎士はお疲れ魔法使いを癒やしたい
丸井まー(旧:まー)
BL
真夏の一人短編祭り第一弾!
スケベのリハビリです。
騎士をしているディオルドには、数年気になっている魔法使いの男がいる。
とある夜。いつでも疲れた顔をしている魔法使いと偶然遭遇し、ディオルドは勇気を出して騎士団寮の自室へと魔法使いシャリオンを誘った。
疲れている魔法使い✕おっさん騎士。
※ムーンライトノベルズさんでも公開しております。
大魔法使いに生まれ変わったので森に引きこもります
かとらり。
BL
前世でやっていたRPGの中ボスの大魔法使いに生まれ変わった僕。
勇者に倒されるのは嫌なので、大人しくアイテムを渡して帰ってもらい、塔に引きこもってセカンドライフを楽しむことにした。
風の噂で勇者が魔王を倒したことを聞いて安心していたら、森の中に小さな男の子が転がり込んでくる。
どうやらその子どもは勇者の子供らしく…
令嬢に転生したと思ったけどちょっと違った
しそみょうが
BL
前世男子大学生だったが今世では公爵令嬢に転生したアシュリー8歳は、王城の廊下で4歳年下の第2王子イーライに一目惚れされて婚約者になる。なんやかんやで両想いだった2人だが、イーライの留学中にアシュリーに成長期が訪れ立派な青年に成長してしまう。アシュリーが転生したのは女性ではなくカントボーイだったのだ。泣く泣く婚約者を辞するアシュリーは名前を変えて王城の近衛騎士となる。婚約者にフラれて隣国でグレたと噂の殿下が5年ぶりに帰国してーー?
という、婚約者大好き年下王子☓元令嬢のカントボーイ騎士のお話です。前半3話目までは子ども時代で、成長した後半にR18がちょこっとあります♡
短編コメディです
ヤンデレ王子と哀れなおっさん辺境伯 恋も人生も二度目なら
音無野ウサギ
BL
ある日おっさん辺境伯ゲオハルトは美貌の第三王子リヒトにぺろりと食べられてしまいました。
しかも貴族たちに濡れ場を聞かれてしまい……
ところが権力者による性的搾取かと思われた出来事には実はもう少し深いわけが……
だって第三王子には前世の記憶があったから!
といった感じの話です。おっさんがグチョグチョにされていても許してくださる方どうぞ。
濡れ場回にはタイトルに※をいれています
おっさん企画を知ってから自分なりのおっさん受けってどんな形かなって考えていて生まれた話です。
この作品はムーンライトノベルズでも公開しています。
悪役令嬢のモブ兄に転生したら、攻略対象から溺愛されてしまいました
藍沢真啓/庚あき
BL
俺──ルシアン・イベリスは学園の卒業パーティで起こった、妹ルシアが我が国の王子で婚約者で友人でもあるジュリアンから断罪される光景を見て思い出す。
(あ、これ乙女ゲームの悪役令嬢断罪シーンだ)と。
ちなみに、普通だったら攻略対象の立ち位置にあるべき筈なのに、予算の関係かモブ兄の俺。
しかし、うちの可愛い妹は、ゲームとは別の展開をして、会場から立ち去るのを追いかけようとしたら、攻略対象の一人で親友のリュカ・チューベローズに引き止められ、そして……。
気づけば、親友にでろっでろに溺愛されてしまったモブ兄の運命は──
異世界転生ラブラブコメディです。
ご都合主義な展開が多いので、苦手な方はお気を付けください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる