婚約破棄に異議を唱えたら、王子殿下を抱くことになった件

雲丹はち

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03 追憶

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婚約破棄を言い渡された我が家は、この世の春を謳歌していた。

「どいつもこいつも、くたばれっ!」

ようやっと戻ってきた我が家で吐き捨てるなり、ぼくは部屋にこもった。
ストライキである。

少しは腹を痛めて生んだ息子の怒りを思い知るが良い。
同い年の姉に代わって、なにが楽しくてこの一年女装して過ごさなきゃいけないんだ!
窮屈なドレスに、バランスの取りにくいヒール、果ては侍女たちのおもちゃにされた化粧!

「なにがお似合いです、だ! ぼくは男なんだよ! 十三歳でようやっと精通もしたれっきとした男なんだよ!
 あのクソばか姉貴! 今すぐ捨てられろ!
 そんで、王太子からも子爵からも捨てられた女っていう称号を受け取れ!」

枕を天蓋つきの寝台に放り投げる。

「うわー。荒れてますねー。坊ちゃん」

ノックもなしに入ってきたのは、執事のベルナールだった。
いつもにやけ面を浮かべていて、本心が読めない。
しかし侍女たちにはそこが受けている。
癖の強い赤毛の頭に勢いよく枕を投げつけたが、届かずに床に落ちた。

「まあまあ。無事に王太子殿下から婚約破棄は取り付けたんでしょう?
 これで休学していた学院にも戻れるじゃないですか」

慣れた調子でなだめてくるのが、癪に障る。

「姉貴の件がなかったらそもそも休学せずに済んだんだよ! ぼくは!」
「あぁ、その件で進展が」

にこやかな顔で枕をひろい、ベルナールが近づいてきた。

「例の子爵家のプレイボーイですけどね。おもしろい筋から金を借りてるらしくて」
「へえ」

それは朗報だ。
父も母も姉に甘いが、金に関してだけは厳しい。
王国の財政を司る任務に就いているからか、父は金が絡む話にはうるさい。
先代が浪費家だったせいだ。
こうなれば姉に鉄槌がくだされるのは間もなくだった。

「今ちょっかいをかけてる女全員に最近は金の工面を要求しているらしく、姉君が伯爵さまを頼ってくるのは間違いないですよ」
「ふうん。そうなったら姉貴もとうとう勘当だな」

帰宅してからずっと収まらなかった腹の虫がほんの少し落ち着いた。
ベルナールがにこやかな笑みを深める。
彼の思惑にはめられた気がしないでもなかったが、それより今は別の問題がある。

「なあ今回の婚約破棄……本当に王太子殿下主導のものだったか?」
「もちろん。伯爵家には殿下から直接断りのお手紙が届いていますし、
 王宮の知り合いからは殿下が言い出したことだと聞いてますよ」
「ふぅん……」

事前に得ていた情報と何ら変わりはない。
なのに、どうにもレオンハルトの表情が気にかかった。
彼が主導して婚約破棄を進めたのなら、どうしてあんなにも暗澹とした顔を浮かべていたのだろう。

(話がつり合わない……)
「なにか気にかかることでも?」

ベルナールがしぜんと声をひそめた。
屋敷には三重の結界が張られてあるとは言え、完璧ではない。
王太子との婚約が決まって以来、何人もの『ネズミ』が屋敷に侵入してきた。
すべてベルナールたち侍従の手によって排除されてきた。
だからこそ、ぼくの女装も一年間バレずにやってこれたのだ。

口をひらく。
発音はせず、ベルナールに唇だけを読ませた。
この弱冠二十歳にして伯爵家の執事を務める男は、読唇術に長けている。

『王太子殿下とぼくが出会える機会をつくれ』

読ませた唇の言葉にベルナールが眉をひそめる。意外な申し出だったらしい。

『今回の婚約破棄、殿下の意思ではなく何者かの意向がからんでいる。殿下自身の反応を見てみたい』

しかしすでにダーナ・フォン・アルブレヒトは王太子の婚約者ではない。
会おうと言って会える人物ではない。
ベルナールの目にはそう書かれていた。
ニッとほほえむ。

『王太子殿下おつきの近衛兵の中でうちに借りのあるヤツがいただろう?』

ベルナールはそこでようやく合点(がてん)がいったようで、頷いた。
唇を読ませるのをやめると、ベルナールはずっとニコニコしていた。

「いやあ、坊ちゃんにも人の心があったと知って、ほっとしましたよ。
 なんだかんだで気に入ってらっしゃいましたよね。殿下」
「はあ? なんだよそれ」
「初デートの日に馬車に乗り込む時、王太子殿下をリードしていたでしょう?
 あの時の顔まっかにした殿下の顔が可愛いってずっと仰ってたじゃないですか」
「……言ってない」
「またまた~。五歳も年上の殿下に頭をなでてもらって嬉しそうにしてたくせに」
「……してないって言ってるだろ!」

からかってくるベルナールを部屋からたたき出した。
静寂が戻る。

(ったくベルナールが変なこと言うから、思い出してきたじゃないか!)

『幼くとも君は立派な騎士だな。私の部下にも見習わせたい』

初めてデートで訪れた離宮の庭園で彼はそんなことを言った。
くすくすと笑う彼の耳元にバラの花弁がくっついて、どんな女よりもきれいに見えた。

五歳年上ならもっと男性的な体つきをしていいはずなのに、浮き世離れしているせいか彼の妙に細い腰つきにどぎまぎさせられた。

初めての女装、初めてのデートに気を張り詰めて、夕暮れ時には彼のひざを枕にして眠ってしまっていた。
そんな自分をとがめることもなく彼は膝を貸してくれて、か細い子守歌を歌ってくれた。
子ども扱いされるのが大嫌いだったのに、彼にだけは許してしまっていた。
そんな彼が婚約破棄の場であんな暗い顔をしていたのだ。
少しは手を貸してみたっていいだろう。
失って困るものは何もない。それに……、

「別れる時くらい、もっとイイ顔しろってんだ……」

初デートの時に見せた彼の微笑が脳裏に強く浮かんだ。


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