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番外編 IF 野猿な囚人 19.決意
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翌日、アジトの屋敷に泊まったリーリア達は、セリウスとの話し合いの場をあらためて、その屋敷の居間に設けた。
もちろん、リーリア側は、保護者としてメナード公爵、 王妃関係者としてルクレナとローエリガー伯爵、そして、万が一、リーリアがまたパニックに陥った際の宥め役にミランダも一緒である。
今日のリーリアは、昨夜、皆で話し合い、セリウスに言うべきこともまとまり、気持ちの整理がついたためか、落ち着きを取り戻していた。
その状態になるまで、リーリアは、3人前のご飯を平らげたおかげもある。
一方、セリウス側は、セリウス本人と、爆走していたセリウスにいち早く追いついた従者のマルセルが一緒であった。
「リーリア!」と居間に入るなり、また懲りずにリーリアに近づこうとするセリウス。
「まあ、落ち着いてください、セリウス殿下。
こちらのお席にどうぞ」とローエリガー伯爵が穏やかにセリウスを止めて、ソファに座らせた。
そのお向かいにリーリアとメナード公爵が座った。
「リーリア!本当にすまなかった。
操られていたとは言え、君をあの監獄に送り、辛い目に合わせてしまった。
今は、身体の不調や怪我とかないだろうか?
昨日のリーリアの様子からも、自分がいかに酷いことをしたかを自覚したよ。
僕は君の身も心も傷つけてしまったね……。
だから、一生をかけて、リーリアへ償う覚悟だよ。
どうか、僕に責任をとらせて欲しい」
そう言うとリーリアに向けて頭を下げてから、また顔をリーリアに向けて、キリッとした表情でリーリアを見つめるセリウス。
そして、今度はメナード公爵の方を向いて謝罪した。
「メナード公爵。
自分は婚約者でありながら、しかも冤罪で、あなたの大事な娘リーリアをあなたの許しもなくアウスフォーデュ修道院に送るなどという暴挙にでたことについて、心より謝罪いたします。
そして、リーリアを心身ともに傷つけてしまいましたが、一生かけてそれを償います。
今度こそ必ず、リーリアを幸せにする覚悟です」
セリウスは、絶対、リーリアの心を自分のものにすると決めていた。
だから、まずは許されようと、心から謝罪をしたつもりである。
しかも、責任を取るという方向に持って行き、何とかリーリアをまた自分の伴侶にしようとしている。
そして、その後でもいいからリーリアの心を得られるならば、どんなことでもするし、どんな方法も使おうとも考えている。
たとえ、それまでに何年かかろうとも、どちらかが死に至る瞬間まで、あきらめないつもりである。
そんな意気込みでこの場に来たセリウスであったが、リーリア達の返答はあっさりしたものであった。
「……はい。セリウス殿下。
殿下の謝罪を受け入れます。
アリーシアのことは、私が力不足で防げなかったせいや、殿下からの断罪前に実家に戻るなどの対処をしていれば、このようなことにならなかったかも知れません。
これは自業自得な面も持ち、セリウス殿下が悪いばかりではないでしょう」とリーリアは言って、父親のメナード公爵の方をみる。
「セリウス殿下。
メナード公爵家として、養女のアリーシアをきちんと管理できず、その落ち度や責任はこちらにございます。
リーリアの件に関しては、殿下の謝罪を正式に受け入れます」と返答するメナード公爵。
二人の返答に、拍子抜けしたセリウスは、抵抗されたり、糾弾されることを考えていたので、それらの対処方法も頭から抜け、珍しく素をだしてしまう。
「えぇ、本当に!?
リーリアもメナード公爵も、許してくれるの?
昨日は、あんなに拒否していたのに?
一晩で何かあったのか……。
でも、じゃあ、また婚約者になってくれるんだね!」と驚いた後、嬉しそうにするセリウス。
「いいえ、決して婚約者には戻りません」
「え?許してくれたんだよね?
それなら、また婚約を……。
わかった!
婚約者になるには、条件というか、試練を与えるつもりなんだね?
リーリアのためなら、僕ができることを何でもするよ!
でも、言っておくけど、君と永遠に関わらない等の条件はのめないけどね」と究極的に前向きな話に持って行こうとするセリウスであったが、それに首を横に振るリーリア。
「いいえ、条件も試練もございませんし、再度の婚約も致しません。
これから、私は王子妃になるような表舞台に立つことなく、生きていくつもりですので……」
「は?何?
これからどうするつもりなの?」
「私は、今後、ルクレナ様の部下になりたいと考えております」
「……ルクレナだと?」と言って、ちらっとリーリアの後ろに立つルクレナを見た後、「ああ、母上の仕事関係か……」とつぶやき、(お前がリーリアに余計な事を言ったのか!?)とルクレナを睨むセリウス。
そして、セリウスはすばやくメナード公爵の方に向き直り、焦った口調でメナード公爵に詰め寄る。
「メナード公爵!リーリアがルクレナの部下になるなんて、いいのですか!?いや、絶対、駄目ですよね!?
だって、リーリアは罪人でなくなりましたよ!」
「……これはリーリアの希望であり、私はできればリーリアの希望に沿うようにしたいと考えております。
とりあえず、本当にそうできるかは王妃様のご意向等もございますが、メナード公爵家として、少なくともリーリアをセリウス殿下の妃にすることは、考えておりません」
「そんな!今回、せっかくリーリアに反感を持つ貴族共も一網打尽にできて、より一層、リーリアと僕は結ばれやす環境になれたのに!」
「大変申し訳ないことですが、それ以上に、私の失態に加えて、リーリア自身がやらかしたことの方が上回っておりますので、リーリアが王子妃という表立った立場になるのは、ランダート王家にとっても不利になると思われます」
メナード公爵の言葉に、納得できないとばかにり、今度はリーリアに詰め寄るセリウス。
必死になったセリウスは、思わず座っているソファから立ち上がり、目の前のリーリアの両手を取ろうとするが、さっと避けられ、メナード公爵が間に割り込み、ガードする。
またリーリアに避けられて、ぐっとこぶしを握り込み、耐えるセリウス。
「僕はリーリアだけを愛しているんだ!
……操られていたとはいえ、別の女性に心うつした僕が憎いの?」
「いいえ、憎んでなんかいません」
「じゃあ、好きなんだよね?」
「……以前の私は、セリウス様のことを好きだったみたいです」
「それなら、いいでしょう!
僕なんて誰よりもリーリアを愛しているから!
よし、すぐに結婚だ!!」
「いえ、しませんよ。
しかも、好きだったのは過去形です。
もうセリウス様の伴侶にならないと決めましたから」
「その決定は覆して!頼む!!」
「いいえ、今はそのようにしか答えられません」
「どうして?僕が本当にリーリアを愛しているのは知っているよね?
もうリーリア以外の人を伴侶に持つ気はないから、僕を一生、独身にする気?」
「他の良い方をお探しください」
「無理だよ!僕のリーリアへの愛は不滅なんだから!
どうして断るか、本当の理由をはっきり教えて!」と必死に食い下がるセリウスに、深いため息をついてリーリアは答えた。
「……私は今までセリウス様に当然のように愛されて、思いあがっていたのだと思います」
「ええ!?そんなことは全くないよ!
リーリアはどちらかというと、自分を過小評価しているタイプだよ」
「いえ、そういう意味ではなくてですね。
私は子供の頃から両親や兄、公爵家の人々、婚約者のセリウス様と、みんなに大事にされて育ってきました。
そのせいで、どこかで甘えがあり、今回の事件のようなことがあっても、そこまでひどい目に合わないだろう、もし合ったとしても一時的なことだと高をくくっていたのです」
「ぐっ、本当にすまない。僕がもっとしっかり対策を考えていれば、そもそもこんなことにならず、すくなくとも、もっと早く助け出せるはずだったのに……」
「謝罪はもう十分ですよ、セリウス様。
今、私も家族もこうして無事で元気ですから」
「じゃあ、なんで?」
「……セリウス様は、王族としての資質を十分にお持ちです。
だから、今回、自分がセリウス様の敵側にまわったことで思い知らされました。
セリウス様は、敵には容赦をせず、逃げ道も与えず、自分の望む重い刑をすぐに与えられる立場の方です。
でも、どこかで自分だけはそんなセリウス様に手加減してもらえると思い込んでいたのです。
ああ、いえ、責めている訳ではないのですよ?」と顔を真っ青にするセリウスに非難ではないことを伝えるリーリア。
「リーリア、許してほしい。
あの時はアリーシアに操られて……」
「そうです、あの時のセリウス様はアリーシアの指示でやっておりましたね。
でも、ただ婚約破棄して学院退学だけでも貴族令嬢には大ダメージなのに、それをせずに、入所者に初日から自殺をすすめるようなあのアウスフォーデュ修道院送りで、しかも、王太子殿下が助け出さないように手を回すほどの徹底ぶりでした。
だから、セリウス様の敵に回ることは、決してしないと誓いました。
でも、忠誠は誓えても、伴侶となるような関係になるのは無理です」
「……それは、僕が怖いってこと?信用ならないってこと?」
「いえ、怖いというか、えっと、その、そう言う意味ではなくてですね……」と言って、困った顔をするリーリア。
その顔を見て、セリウスは気づき、そして、冷たい表情になる。
「……今言ったリーリアのセリフは、リーリアの後ろにいる奴らが考えた言葉じゃないのか?
リーリアらしくない難しい表現に冷静な意見だったしね。
例え内容は同じでも、僕は言わされた言葉ではなく、リーリア自身の言葉でそのまま聞きたいんだ」
「そ、それは……」
「不敬は問わないから、正直に!」
「……わかりました。私の言葉ではうまく説明できないので、食べ物のやりとりで例えてもいいですか?」
「えっと、食べ物?
う、うん、わかった、リーリアの言葉で言うならね」
「はい。それでは、私の言葉で例えるとですね。
もしセリウス様が、隣に座る私に渡すはずのお菓子を、アリーシアの言いなりに、席を譲らせ、お菓子を渡さずにそれを落としても、すぐなら包装紙があれば、落とした場所によってはそのお菓子を食べることが可能でした。
でも、セリウス様が実際にやったことは、アリーシアに言われて、私を席から蹴とばして追い出した上に、むき出しのお菓子を虫がいるような土のところに捨てました。
その後、私は飢え死にするような目に合わされました。
今、無事に飢えなくなった私に、またお菓子をあげるから、隣に座わるように言われても、お菓子を捨てた件は許せても、また再び隣に座り、セリウス様からお菓子をもらうことは、胃が受けつけず、お断りしたいと思いました」
一生懸命、わかりやすいように説明したつもりのリーリアであったが、セリウスをはじめとする、他のほとんどの者達にはどうやらうまく伝わらず、戸惑った様子であった。
「えっと……。それがもう僕と婚約しない理由?」
「はい、そうです」と言って、昨夜、みんなにリーリアの気持ちを聞かれて説明した時よりも、上手に説明できたと思い、可愛いどや顔を周囲へさらすリーリアに、ルクレナがため息をついた。
「あのな~、野猿。
食べ物を例えにだして説明するのはやめておけ。
かえってわかりづらいぞ!」
「ええ~?そうですか?
私は食べ物が出たとたん、理解力が倍に上がりますよ!?」
「……それ、おまえだけじゃないか?なあ、ミランダもそう思うだろう?」とリーリアに突っ込むルクレナに、ミランダは「えっと、どちらでもだいたいわかるかな?」と心優しい返答をしてくれて、ローエリガー伯爵まで「私もです」と言ってくれる。
「あ、私は、リーリアの説明の方がわかりやすいと思うが?」とのたまうリーリアパパ、メナード公爵。
「ああ、なるほど。さすが野猿の親玉……。
ってか、野猿がこうなのは、あんたのせいじゃないのか!?」とまたもや不敬も忘れて、思わず突っ込むルクレナ。
そして、ルクレナは、昨夜の出来事も思い出し、ため息をついた。
昨夜、パニックから落ち着いたリーリアは、皆と今後、どうするかの話し合いをした。
リーリアは、あの修道院で一歩間違えれば、死ぬところだった。
それに対するセリウスへの気持ちをリーリアはうまく表現できず、心の中が、悪い感情などでごった煮のような状態になって、胸もお腹もひどく飢えた時のように苦しかった。
野猿が、外敵に殺される以上に最も重要視するのは、餓死することである。
そこで、リーリアは、今の気持ちを食事状況で例えてみたら、よくわかった。
例えるならば、まず、セリウスに出会って、リーリアは「キャロルの店」の王室御用達のお菓子をいつもお腹いっぱいになるまで与えられていた。
それがアリーシアが現れて、リーリアはやった覚えのない罪で、お菓子を取り上げられただけでなく、普通のご飯も食べられず、生ごみを食べさせられ、飢え死にしそうになったようなものである。
リーリアなら、食べられるなら生ごみでも食べて、泥水をすすっても生き残るタイプであるが、その状態からやっと抜け出し、普通のご飯が食べられそうになった矢先に、また王室御用達のお菓子を腹いっぱい食べるように言われても、胸焼けがして、胃が一切、受けつけられなくなった。
リーリアは、そう考えると、今の自分の状態に、胃が受け付けないのなら、しょうがないと納得できて、気持ちが整理できた。
もうあのお菓子を食べずに生きていくべきだと感じる。
だって、下手をすると、またお菓子食べ放題から、生ごみの生活にすぐに戻らされることを学習してしまった。
だから、もうセリウス様からのお菓子は食べない……つまり、セリウス様の手はもう取らない。
ルクレナ様の元で、自分で食べたい物を得られるようにする!
ごった煮のような気持ちから、すっきり消化したような気持ちに変わったリーリアは、その気持ちをそのまま皆に伝えてみた。
それに対するみんなの反応は……。
「う?うーん、リーリアがそう決めたのなら……」と言ってくれるミランダ。
「……悪いけど、野猿。
生ごみのくだりから、よくわからなくなった。
あの修道院での生活が、生ごみ食っているみたいだったと?
それに、飢え死にしそうってどういうことだ?
いつも誰よりもがつがつ、ご飯食べているお前が、どうして飢えるんだよ……。
ああ、愛に飢えているってことか?
まあ、つまり、第2王子とはお別れのまま、私の部下になるってことでいいんだな?」とリーリアの主張を理解してあげようとしたが、野猿的思考について行けず、要点を絞るルクレナ。
他の皆も、リーリアの本当の気持ちはいまいち伝わっていなかったが、セリウスの伴侶になるのではなく、ルクレナの部下になることを選んだことだけはわかってくれたようであった。
とりあえず、皆が一致して思ったことは……。
「「「「野猿って、食べ物の恨みが根深いって本当なんだな!」」」」
ちなみに、アレース地域に生息する野猿の生態を記した著書では、野猿の餌やりの注意に「野猿の餌を奪ってはいけません。また、むやみに餌を与えて、次にその餌を取り上げるということをしてはいけません。なぜならば、野猿は賢い生き物なので、やられたことを忘れず、怯えられたリ、報復されたりすることがあるからです」とも書かれている。
昨夜、リーリアのオリジナルな言い方ではセリウスに通じないかもと、みんなで相談して、セリウスに通じるようにセリフを用意したが、結局、リーリアの言い回しで伝えることになってしまい……。
現在、さすがのリーリアも、セリウスにうまく伝わっていないことが、みんなの反応を見てわかった。
どや顔から、しょんぼりしだしたリーリア。
そんなリーリアを不憫に思い、頭を撫でるルクレナを見て、セリウスは苛ついてきた。
もし、あんな事件がなければ、セリウスが一番、リーリアを愛でる立場だったのに……。
頭を撫でられるリーリアが、やけにルクレナに懐いていることも、セリウスはひどく気にくわなかった。
そして、リーリアがもう自分を受け入れるつもりがないということがよくわかったセリウスは、とっておきの策にでることにした。
「……リーリア、ちょっと耳かして?」となるべく穏やかに言うセリウス。
「え?耳ですか?」と何か内緒話でもするのかと、不思議に思いながらもつい、素直にセリウスの方に耳を傾けるリーリア。
リーリアの耳元で囁くセリウス。
もしその囁き声が誰かに聞こえても、その内容を聞き取れる人間はほとんどいない言葉を囁いていた。
そう、セリウスは、模倣が大変得意で、アリーシアしかできないと思われた人心操作の術が再現できるようになっていた。
リーリアには、薬も魔法も効かない。
それなら、他に何かリーリアの心を、仮でもいいから縛る方法はないかと、セリウスはずっと探していたのであった。
セリウスがアリーシアの罠に嵌ったのは、その術を模倣するために意図的でもあった。
セリウスは、以前、噂だけでリーリアがあっさり自分との婚約破棄を打診してくることがあったため、リーリアはきっかけがあれば、すぐにでも自分の元から離れてしまうと、ひどく不安に駆られていた。
そんな時に、アリーシアの術を見て、リーリアの兄であるアーサーがかかったこともあり、これならリーリアにも通じるのではないかと考えた。
洗脳は、心に不安や疑心、動揺があるほど、かかりやすいものである。
そのため、セリウスはリスクがあっても、アリーシアの術を模倣しようとわざと自分が洗脳されてみたが、セリウス自身が洗脳がかかりやすい不安を抱えた状態で、マルスの予想外な不在や、術にかかった後の解術の対処を頼んでいた部下が、実はすでにアリーシアの洗脳受けていて、予定通り解術できなかった等の不幸と手配不足のせいで、今回の事件に至るような失態を犯した。
「殿下、何をなさっているのですか!?」と怒るメナード公爵。
メナード公爵は、かつてアリーシアに術をかけられたことがあり、それと同じ方法でセリウスがリーリアの心を操ろうとしていることに気づいた。
周囲の者達もマルスも含めて、それに気づき、セリウスを止めようとした。
しかし、セリウスは、にんまりと笑い、「リーリアの気持ちに沿うのですよね?」と言ってくる。
「ねえ、リーリア。
もちろん、また僕の婚約者になってくれるよね?」ともう勝った気になって問うセリウス。
「もちろん……」
「うん、もちろん?」
「もちろん、お断りいたしますよ。
さっきから、そう申しておりますよね?」とあっさり断るリーリア。
セリウスは、ぽかんとした。
(え?まさか、失敗か!?そんなはずは……)と思って首を傾げた。
この術をリーリアに最悪、使うかも知れないと考えたセリウスは、リーリアの元に来る前に、事前に実験をして、その結果、100%の効力があることが確認できていた。
アリーシア以上にその術を使いこなせるようになったセリウスであった。
それなのに、肝心なリーリアには術が効かなかった。
リーリアの方も、自分がたった今、洗脳されそうになったことに気づかず、(セリウス様ってば、何、言ってんの?)と首を傾けた。
周囲の者達は、リーリアにセリウスの洗脳が効いていないことにほっとして、すぐにリーリアをセリウスから離すように移動させた。
「何故だ!?術は間違いなく効果があるはずなのに、リーリアに何故、効かないんだ!?」とセリウスは叫ぶと、他の者達に阻まれながらも、もう一度、リーリアに術をかけようとする。
「お待ちください、殿下。
リーリアにはその洗脳は無理かも知れません」とまだ少し怒っているが、メナード公爵が淡々と言ってくる。
「何故、無理なんだ!?」
「それはアリーシアと同じ手口ですよね?
私にもその術は効かなかったのです。
正直、私もよくわかりませんが、おそらく、リーリアも私と同じで効かない体質というか、たぶん、その意識の領域が違うからですかね?」と言ってくるメナード公爵に、セリウスはもちろん、みんなが納得した。
(((脳筋……、いや、脳までいかずに、延髄反射で物事に反応しているのかな?
結局は、野猿親玉と野猿には効かない高等技術だということか……。
彼らなら普通の人間と違って、意識に関する領域が確かに異なりそう~)))
「くそっ、子供の頃からリーリアの心を得ようと(餌付けと調教だけでなく様々な方法を試して)頑張ってきたのに!」と嘆くセリウスは、orzのまま動けなくなった。
不安に駆られたあげく、セリウスはリーリアの心を得るために、リーリアにも効きそうな術を使えるようにしたら、心どころか、リーリアの伴侶としての立場を失うことになってしまった。
愚かで哀れなセリウスであった。
一方、リーリアは、とりあえず、セリウスに直接、気持ちを伝えられたので、すっきりしていた。
もう、セリウスがいきなり現れても、あんなに取り乱すこともなくなると思われた。
セリウスの方は、まだあきらめきれずに、リーリアが行くアルーテ王国に一緒について行くと言い張ったが、マルスやローエリガー伯爵から王妃様命令の件を伝えられ、渋々、王宮に帰っていった。
そして、メナード公爵やミランダと別れ、リーリアとルクレナ達はアルーテ王国に向かうことになった。
この後、ランダード王国としては、現時点では、リーリアの気持ちを汲み、セリウスの管理下に戻らないことが決定して、リーリアは王妃管理下でルクレナの部下になり、リーリアの直接の管理者はセリウスからルクレナへ移行することになった。
もちろん、リーリア側は、保護者としてメナード公爵、 王妃関係者としてルクレナとローエリガー伯爵、そして、万が一、リーリアがまたパニックに陥った際の宥め役にミランダも一緒である。
今日のリーリアは、昨夜、皆で話し合い、セリウスに言うべきこともまとまり、気持ちの整理がついたためか、落ち着きを取り戻していた。
その状態になるまで、リーリアは、3人前のご飯を平らげたおかげもある。
一方、セリウス側は、セリウス本人と、爆走していたセリウスにいち早く追いついた従者のマルセルが一緒であった。
「リーリア!」と居間に入るなり、また懲りずにリーリアに近づこうとするセリウス。
「まあ、落ち着いてください、セリウス殿下。
こちらのお席にどうぞ」とローエリガー伯爵が穏やかにセリウスを止めて、ソファに座らせた。
そのお向かいにリーリアとメナード公爵が座った。
「リーリア!本当にすまなかった。
操られていたとは言え、君をあの監獄に送り、辛い目に合わせてしまった。
今は、身体の不調や怪我とかないだろうか?
昨日のリーリアの様子からも、自分がいかに酷いことをしたかを自覚したよ。
僕は君の身も心も傷つけてしまったね……。
だから、一生をかけて、リーリアへ償う覚悟だよ。
どうか、僕に責任をとらせて欲しい」
そう言うとリーリアに向けて頭を下げてから、また顔をリーリアに向けて、キリッとした表情でリーリアを見つめるセリウス。
そして、今度はメナード公爵の方を向いて謝罪した。
「メナード公爵。
自分は婚約者でありながら、しかも冤罪で、あなたの大事な娘リーリアをあなたの許しもなくアウスフォーデュ修道院に送るなどという暴挙にでたことについて、心より謝罪いたします。
そして、リーリアを心身ともに傷つけてしまいましたが、一生かけてそれを償います。
今度こそ必ず、リーリアを幸せにする覚悟です」
セリウスは、絶対、リーリアの心を自分のものにすると決めていた。
だから、まずは許されようと、心から謝罪をしたつもりである。
しかも、責任を取るという方向に持って行き、何とかリーリアをまた自分の伴侶にしようとしている。
そして、その後でもいいからリーリアの心を得られるならば、どんなことでもするし、どんな方法も使おうとも考えている。
たとえ、それまでに何年かかろうとも、どちらかが死に至る瞬間まで、あきらめないつもりである。
そんな意気込みでこの場に来たセリウスであったが、リーリア達の返答はあっさりしたものであった。
「……はい。セリウス殿下。
殿下の謝罪を受け入れます。
アリーシアのことは、私が力不足で防げなかったせいや、殿下からの断罪前に実家に戻るなどの対処をしていれば、このようなことにならなかったかも知れません。
これは自業自得な面も持ち、セリウス殿下が悪いばかりではないでしょう」とリーリアは言って、父親のメナード公爵の方をみる。
「セリウス殿下。
メナード公爵家として、養女のアリーシアをきちんと管理できず、その落ち度や責任はこちらにございます。
リーリアの件に関しては、殿下の謝罪を正式に受け入れます」と返答するメナード公爵。
二人の返答に、拍子抜けしたセリウスは、抵抗されたり、糾弾されることを考えていたので、それらの対処方法も頭から抜け、珍しく素をだしてしまう。
「えぇ、本当に!?
リーリアもメナード公爵も、許してくれるの?
昨日は、あんなに拒否していたのに?
一晩で何かあったのか……。
でも、じゃあ、また婚約者になってくれるんだね!」と驚いた後、嬉しそうにするセリウス。
「いいえ、決して婚約者には戻りません」
「え?許してくれたんだよね?
それなら、また婚約を……。
わかった!
婚約者になるには、条件というか、試練を与えるつもりなんだね?
リーリアのためなら、僕ができることを何でもするよ!
でも、言っておくけど、君と永遠に関わらない等の条件はのめないけどね」と究極的に前向きな話に持って行こうとするセリウスであったが、それに首を横に振るリーリア。
「いいえ、条件も試練もございませんし、再度の婚約も致しません。
これから、私は王子妃になるような表舞台に立つことなく、生きていくつもりですので……」
「は?何?
これからどうするつもりなの?」
「私は、今後、ルクレナ様の部下になりたいと考えております」
「……ルクレナだと?」と言って、ちらっとリーリアの後ろに立つルクレナを見た後、「ああ、母上の仕事関係か……」とつぶやき、(お前がリーリアに余計な事を言ったのか!?)とルクレナを睨むセリウス。
そして、セリウスはすばやくメナード公爵の方に向き直り、焦った口調でメナード公爵に詰め寄る。
「メナード公爵!リーリアがルクレナの部下になるなんて、いいのですか!?いや、絶対、駄目ですよね!?
だって、リーリアは罪人でなくなりましたよ!」
「……これはリーリアの希望であり、私はできればリーリアの希望に沿うようにしたいと考えております。
とりあえず、本当にそうできるかは王妃様のご意向等もございますが、メナード公爵家として、少なくともリーリアをセリウス殿下の妃にすることは、考えておりません」
「そんな!今回、せっかくリーリアに反感を持つ貴族共も一網打尽にできて、より一層、リーリアと僕は結ばれやす環境になれたのに!」
「大変申し訳ないことですが、それ以上に、私の失態に加えて、リーリア自身がやらかしたことの方が上回っておりますので、リーリアが王子妃という表立った立場になるのは、ランダート王家にとっても不利になると思われます」
メナード公爵の言葉に、納得できないとばかにり、今度はリーリアに詰め寄るセリウス。
必死になったセリウスは、思わず座っているソファから立ち上がり、目の前のリーリアの両手を取ろうとするが、さっと避けられ、メナード公爵が間に割り込み、ガードする。
またリーリアに避けられて、ぐっとこぶしを握り込み、耐えるセリウス。
「僕はリーリアだけを愛しているんだ!
……操られていたとはいえ、別の女性に心うつした僕が憎いの?」
「いいえ、憎んでなんかいません」
「じゃあ、好きなんだよね?」
「……以前の私は、セリウス様のことを好きだったみたいです」
「それなら、いいでしょう!
僕なんて誰よりもリーリアを愛しているから!
よし、すぐに結婚だ!!」
「いえ、しませんよ。
しかも、好きだったのは過去形です。
もうセリウス様の伴侶にならないと決めましたから」
「その決定は覆して!頼む!!」
「いいえ、今はそのようにしか答えられません」
「どうして?僕が本当にリーリアを愛しているのは知っているよね?
もうリーリア以外の人を伴侶に持つ気はないから、僕を一生、独身にする気?」
「他の良い方をお探しください」
「無理だよ!僕のリーリアへの愛は不滅なんだから!
どうして断るか、本当の理由をはっきり教えて!」と必死に食い下がるセリウスに、深いため息をついてリーリアは答えた。
「……私は今までセリウス様に当然のように愛されて、思いあがっていたのだと思います」
「ええ!?そんなことは全くないよ!
リーリアはどちらかというと、自分を過小評価しているタイプだよ」
「いえ、そういう意味ではなくてですね。
私は子供の頃から両親や兄、公爵家の人々、婚約者のセリウス様と、みんなに大事にされて育ってきました。
そのせいで、どこかで甘えがあり、今回の事件のようなことがあっても、そこまでひどい目に合わないだろう、もし合ったとしても一時的なことだと高をくくっていたのです」
「ぐっ、本当にすまない。僕がもっとしっかり対策を考えていれば、そもそもこんなことにならず、すくなくとも、もっと早く助け出せるはずだったのに……」
「謝罪はもう十分ですよ、セリウス様。
今、私も家族もこうして無事で元気ですから」
「じゃあ、なんで?」
「……セリウス様は、王族としての資質を十分にお持ちです。
だから、今回、自分がセリウス様の敵側にまわったことで思い知らされました。
セリウス様は、敵には容赦をせず、逃げ道も与えず、自分の望む重い刑をすぐに与えられる立場の方です。
でも、どこかで自分だけはそんなセリウス様に手加減してもらえると思い込んでいたのです。
ああ、いえ、責めている訳ではないのですよ?」と顔を真っ青にするセリウスに非難ではないことを伝えるリーリア。
「リーリア、許してほしい。
あの時はアリーシアに操られて……」
「そうです、あの時のセリウス様はアリーシアの指示でやっておりましたね。
でも、ただ婚約破棄して学院退学だけでも貴族令嬢には大ダメージなのに、それをせずに、入所者に初日から自殺をすすめるようなあのアウスフォーデュ修道院送りで、しかも、王太子殿下が助け出さないように手を回すほどの徹底ぶりでした。
だから、セリウス様の敵に回ることは、決してしないと誓いました。
でも、忠誠は誓えても、伴侶となるような関係になるのは無理です」
「……それは、僕が怖いってこと?信用ならないってこと?」
「いえ、怖いというか、えっと、その、そう言う意味ではなくてですね……」と言って、困った顔をするリーリア。
その顔を見て、セリウスは気づき、そして、冷たい表情になる。
「……今言ったリーリアのセリフは、リーリアの後ろにいる奴らが考えた言葉じゃないのか?
リーリアらしくない難しい表現に冷静な意見だったしね。
例え内容は同じでも、僕は言わされた言葉ではなく、リーリア自身の言葉でそのまま聞きたいんだ」
「そ、それは……」
「不敬は問わないから、正直に!」
「……わかりました。私の言葉ではうまく説明できないので、食べ物のやりとりで例えてもいいですか?」
「えっと、食べ物?
う、うん、わかった、リーリアの言葉で言うならね」
「はい。それでは、私の言葉で例えるとですね。
もしセリウス様が、隣に座る私に渡すはずのお菓子を、アリーシアの言いなりに、席を譲らせ、お菓子を渡さずにそれを落としても、すぐなら包装紙があれば、落とした場所によってはそのお菓子を食べることが可能でした。
でも、セリウス様が実際にやったことは、アリーシアに言われて、私を席から蹴とばして追い出した上に、むき出しのお菓子を虫がいるような土のところに捨てました。
その後、私は飢え死にするような目に合わされました。
今、無事に飢えなくなった私に、またお菓子をあげるから、隣に座わるように言われても、お菓子を捨てた件は許せても、また再び隣に座り、セリウス様からお菓子をもらうことは、胃が受けつけず、お断りしたいと思いました」
一生懸命、わかりやすいように説明したつもりのリーリアであったが、セリウスをはじめとする、他のほとんどの者達にはどうやらうまく伝わらず、戸惑った様子であった。
「えっと……。それがもう僕と婚約しない理由?」
「はい、そうです」と言って、昨夜、みんなにリーリアの気持ちを聞かれて説明した時よりも、上手に説明できたと思い、可愛いどや顔を周囲へさらすリーリアに、ルクレナがため息をついた。
「あのな~、野猿。
食べ物を例えにだして説明するのはやめておけ。
かえってわかりづらいぞ!」
「ええ~?そうですか?
私は食べ物が出たとたん、理解力が倍に上がりますよ!?」
「……それ、おまえだけじゃないか?なあ、ミランダもそう思うだろう?」とリーリアに突っ込むルクレナに、ミランダは「えっと、どちらでもだいたいわかるかな?」と心優しい返答をしてくれて、ローエリガー伯爵まで「私もです」と言ってくれる。
「あ、私は、リーリアの説明の方がわかりやすいと思うが?」とのたまうリーリアパパ、メナード公爵。
「ああ、なるほど。さすが野猿の親玉……。
ってか、野猿がこうなのは、あんたのせいじゃないのか!?」とまたもや不敬も忘れて、思わず突っ込むルクレナ。
そして、ルクレナは、昨夜の出来事も思い出し、ため息をついた。
昨夜、パニックから落ち着いたリーリアは、皆と今後、どうするかの話し合いをした。
リーリアは、あの修道院で一歩間違えれば、死ぬところだった。
それに対するセリウスへの気持ちをリーリアはうまく表現できず、心の中が、悪い感情などでごった煮のような状態になって、胸もお腹もひどく飢えた時のように苦しかった。
野猿が、外敵に殺される以上に最も重要視するのは、餓死することである。
そこで、リーリアは、今の気持ちを食事状況で例えてみたら、よくわかった。
例えるならば、まず、セリウスに出会って、リーリアは「キャロルの店」の王室御用達のお菓子をいつもお腹いっぱいになるまで与えられていた。
それがアリーシアが現れて、リーリアはやった覚えのない罪で、お菓子を取り上げられただけでなく、普通のご飯も食べられず、生ごみを食べさせられ、飢え死にしそうになったようなものである。
リーリアなら、食べられるなら生ごみでも食べて、泥水をすすっても生き残るタイプであるが、その状態からやっと抜け出し、普通のご飯が食べられそうになった矢先に、また王室御用達のお菓子を腹いっぱい食べるように言われても、胸焼けがして、胃が一切、受けつけられなくなった。
リーリアは、そう考えると、今の自分の状態に、胃が受け付けないのなら、しょうがないと納得できて、気持ちが整理できた。
もうあのお菓子を食べずに生きていくべきだと感じる。
だって、下手をすると、またお菓子食べ放題から、生ごみの生活にすぐに戻らされることを学習してしまった。
だから、もうセリウス様からのお菓子は食べない……つまり、セリウス様の手はもう取らない。
ルクレナ様の元で、自分で食べたい物を得られるようにする!
ごった煮のような気持ちから、すっきり消化したような気持ちに変わったリーリアは、その気持ちをそのまま皆に伝えてみた。
それに対するみんなの反応は……。
「う?うーん、リーリアがそう決めたのなら……」と言ってくれるミランダ。
「……悪いけど、野猿。
生ごみのくだりから、よくわからなくなった。
あの修道院での生活が、生ごみ食っているみたいだったと?
それに、飢え死にしそうってどういうことだ?
いつも誰よりもがつがつ、ご飯食べているお前が、どうして飢えるんだよ……。
ああ、愛に飢えているってことか?
まあ、つまり、第2王子とはお別れのまま、私の部下になるってことでいいんだな?」とリーリアの主張を理解してあげようとしたが、野猿的思考について行けず、要点を絞るルクレナ。
他の皆も、リーリアの本当の気持ちはいまいち伝わっていなかったが、セリウスの伴侶になるのではなく、ルクレナの部下になることを選んだことだけはわかってくれたようであった。
とりあえず、皆が一致して思ったことは……。
「「「「野猿って、食べ物の恨みが根深いって本当なんだな!」」」」
ちなみに、アレース地域に生息する野猿の生態を記した著書では、野猿の餌やりの注意に「野猿の餌を奪ってはいけません。また、むやみに餌を与えて、次にその餌を取り上げるということをしてはいけません。なぜならば、野猿は賢い生き物なので、やられたことを忘れず、怯えられたリ、報復されたりすることがあるからです」とも書かれている。
昨夜、リーリアのオリジナルな言い方ではセリウスに通じないかもと、みんなで相談して、セリウスに通じるようにセリフを用意したが、結局、リーリアの言い回しで伝えることになってしまい……。
現在、さすがのリーリアも、セリウスにうまく伝わっていないことが、みんなの反応を見てわかった。
どや顔から、しょんぼりしだしたリーリア。
そんなリーリアを不憫に思い、頭を撫でるルクレナを見て、セリウスは苛ついてきた。
もし、あんな事件がなければ、セリウスが一番、リーリアを愛でる立場だったのに……。
頭を撫でられるリーリアが、やけにルクレナに懐いていることも、セリウスはひどく気にくわなかった。
そして、リーリアがもう自分を受け入れるつもりがないということがよくわかったセリウスは、とっておきの策にでることにした。
「……リーリア、ちょっと耳かして?」となるべく穏やかに言うセリウス。
「え?耳ですか?」と何か内緒話でもするのかと、不思議に思いながらもつい、素直にセリウスの方に耳を傾けるリーリア。
リーリアの耳元で囁くセリウス。
もしその囁き声が誰かに聞こえても、その内容を聞き取れる人間はほとんどいない言葉を囁いていた。
そう、セリウスは、模倣が大変得意で、アリーシアしかできないと思われた人心操作の術が再現できるようになっていた。
リーリアには、薬も魔法も効かない。
それなら、他に何かリーリアの心を、仮でもいいから縛る方法はないかと、セリウスはずっと探していたのであった。
セリウスがアリーシアの罠に嵌ったのは、その術を模倣するために意図的でもあった。
セリウスは、以前、噂だけでリーリアがあっさり自分との婚約破棄を打診してくることがあったため、リーリアはきっかけがあれば、すぐにでも自分の元から離れてしまうと、ひどく不安に駆られていた。
そんな時に、アリーシアの術を見て、リーリアの兄であるアーサーがかかったこともあり、これならリーリアにも通じるのではないかと考えた。
洗脳は、心に不安や疑心、動揺があるほど、かかりやすいものである。
そのため、セリウスはリスクがあっても、アリーシアの術を模倣しようとわざと自分が洗脳されてみたが、セリウス自身が洗脳がかかりやすい不安を抱えた状態で、マルスの予想外な不在や、術にかかった後の解術の対処を頼んでいた部下が、実はすでにアリーシアの洗脳受けていて、予定通り解術できなかった等の不幸と手配不足のせいで、今回の事件に至るような失態を犯した。
「殿下、何をなさっているのですか!?」と怒るメナード公爵。
メナード公爵は、かつてアリーシアに術をかけられたことがあり、それと同じ方法でセリウスがリーリアの心を操ろうとしていることに気づいた。
周囲の者達もマルスも含めて、それに気づき、セリウスを止めようとした。
しかし、セリウスは、にんまりと笑い、「リーリアの気持ちに沿うのですよね?」と言ってくる。
「ねえ、リーリア。
もちろん、また僕の婚約者になってくれるよね?」ともう勝った気になって問うセリウス。
「もちろん……」
「うん、もちろん?」
「もちろん、お断りいたしますよ。
さっきから、そう申しておりますよね?」とあっさり断るリーリア。
セリウスは、ぽかんとした。
(え?まさか、失敗か!?そんなはずは……)と思って首を傾げた。
この術をリーリアに最悪、使うかも知れないと考えたセリウスは、リーリアの元に来る前に、事前に実験をして、その結果、100%の効力があることが確認できていた。
アリーシア以上にその術を使いこなせるようになったセリウスであった。
それなのに、肝心なリーリアには術が効かなかった。
リーリアの方も、自分がたった今、洗脳されそうになったことに気づかず、(セリウス様ってば、何、言ってんの?)と首を傾けた。
周囲の者達は、リーリアにセリウスの洗脳が効いていないことにほっとして、すぐにリーリアをセリウスから離すように移動させた。
「何故だ!?術は間違いなく効果があるはずなのに、リーリアに何故、効かないんだ!?」とセリウスは叫ぶと、他の者達に阻まれながらも、もう一度、リーリアに術をかけようとする。
「お待ちください、殿下。
リーリアにはその洗脳は無理かも知れません」とまだ少し怒っているが、メナード公爵が淡々と言ってくる。
「何故、無理なんだ!?」
「それはアリーシアと同じ手口ですよね?
私にもその術は効かなかったのです。
正直、私もよくわかりませんが、おそらく、リーリアも私と同じで効かない体質というか、たぶん、その意識の領域が違うからですかね?」と言ってくるメナード公爵に、セリウスはもちろん、みんなが納得した。
(((脳筋……、いや、脳までいかずに、延髄反射で物事に反応しているのかな?
結局は、野猿親玉と野猿には効かない高等技術だということか……。
彼らなら普通の人間と違って、意識に関する領域が確かに異なりそう~)))
「くそっ、子供の頃からリーリアの心を得ようと(餌付けと調教だけでなく様々な方法を試して)頑張ってきたのに!」と嘆くセリウスは、orzのまま動けなくなった。
不安に駆られたあげく、セリウスはリーリアの心を得るために、リーリアにも効きそうな術を使えるようにしたら、心どころか、リーリアの伴侶としての立場を失うことになってしまった。
愚かで哀れなセリウスであった。
一方、リーリアは、とりあえず、セリウスに直接、気持ちを伝えられたので、すっきりしていた。
もう、セリウスがいきなり現れても、あんなに取り乱すこともなくなると思われた。
セリウスの方は、まだあきらめきれずに、リーリアが行くアルーテ王国に一緒について行くと言い張ったが、マルスやローエリガー伯爵から王妃様命令の件を伝えられ、渋々、王宮に帰っていった。
そして、メナード公爵やミランダと別れ、リーリアとルクレナ達はアルーテ王国に向かうことになった。
この後、ランダード王国としては、現時点では、リーリアの気持ちを汲み、セリウスの管理下に戻らないことが決定して、リーリアは王妃管理下でルクレナの部下になり、リーリアの直接の管理者はセリウスからルクレナへ移行することになった。
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