縁結びオメガと不遇のアルファ

くま

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4.弱さ

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 弥生の部屋に入るまで誰も何も言わなかった。
 重苦しい空気と気持ちを落ち着けようとする佐藤と八重垣。

 ため息が出るのをなんとか我慢する。
 実は今の状況になるまで、さっきのような役場職員は実際にいたのだ。
 地元職員はわりといい人が当たっていて、逆に慰められる事が多かったが、マッチングが決まり現地に行ったり、来てもらったりしているとアルファ側の担当者がアルファの目のない所で居丈高な態度を取り、オメガ側の担当者とオメガに辛く当たられているのは普通の事だった。
 自分の為に理不尽な言いがかりや要求に頭を下げる担当者をみるたび、あまりにも辛くて何度登録解除をしようと思ったかわからない。

 もういいです。
 やめたいです。

 その一言で自分も担当者も楽になれるのに、必ず「次頑張りましょう!」「きっと見つかりますから!」と優しく声を掛けてくれて、どうしても”やめます”が言えなかった。

 お見合い相手のアルファに都合よく見つかる”運命の人”。
 いつのまにか縁結びオメガと呼ばれ、特別な立場になってからは、正面からアルファ側の担当者に侮られる事はなくなった。
 しかし、時が経つにつれてオメガ側の辛い体験をした経験のない人間が増え、逆にアルファ側の担当者はこちらを下に見る人間が増えた。

 今回のようなアルファの威圧を武器に優位に立とうとする人は過去にいなかったが、それも、”まさかそんな事する人はいないだろう”と言うことを前提に研修時のカリキュラムに組み込まれなくなった可能性が高い。

 いつの間にか部屋についていて八重垣がドアをあけて、佐藤がエスコートしてくれた。
 今までエスコートなんてしたことがなかったのに。
 大抵ドアが開くと同事に飛び込み、歓声を上げ”弥生さん、弥生さん”と部屋探索に連れ回す、それがデフォルトだった。
 それが、佐藤なりの気遣いだったのだと思う。
 流石にそれすら出来ない程の精神状態なのだろう。
 弥生は部屋に入って数歩歩くと足が折れる感覚に”やばい”と思ったが力が入らず、倒れる様にその場に座り込んでしまった。
「柊さん!!」
「弥生さん!!」
 佐藤と八重垣は駆け寄った。
「あー、ははは、ごめんごめん、ちょっと気が緩んだわ。」
 声の震えも、声を出してみてはじめて気がついた。
 もっと気丈に二人を慰めて、明るく今日は早めに切り上げるつもりだったのに、これだと心配かけてしまう。
 困ったなぁと思いながら視線を前に移すと、佐藤は目の前に正座し膝の上で手を握りしめていた。
「弥生さん、すみません。」
「ん?」
「俺は、弥生さんのっ」
「俺の?」
「出会いを邪魔して……」

 うなだれてつむじの見える頭をポンポンと叩く。
「佐藤君ってかっこ良かったんだな。」
「え?」
 意味が分からないと声を上げた佐藤にニッと笑うと「かっこ良かった。」と続けた。

「ビシッ!と決まってた。部屋に入る時のエスコートも上手いしな!」
 佐藤は何か言おうと口を開きかけたが、言葉が見つからなかったのか何も言わず口を閉じた。
「サンキューなぁ、マッチングキャンセル、マジで助かった。」
「そ、んなの、当たり前です。あんな……」
「俺一人だとあっちの言いなりになるしかなかったからほんと助かったよ。」
「でも!でも!弥生さんの可能性をつぶしました!」
 佐藤が言う事は確かで、でも間違いだ。
 確かに今回のマッチングで伴侶が見つかる可能性もあったかもしれない。
 でも、飲み込めない条件を突き付けられて伴侶だと言われるのも微妙だ。
 感情が先立って自分と相性のいい相手でも無理だと思う。
 八重垣は弥生を抱き上げるとソファにそっと下ろした。
「話をするならこちらの方がいいでしょう。」
「うん、そうだね。八重垣さんありがとうございます。佐藤くんも座ったら?」

 神妙な顔で向かいのソファに腰を下ろす。
「佐藤くんはさ、今回マッチングしたほうがよかった?断った事で、あーほら、査定に響くとかない?」
「ありません!」
「ほんとに?」
「本当です! 第一、マッチングは弥生さんが嫌だといえば断れるんです。」
「えっ?そうなの?」
「そうです、だから選出をやり直ししたんですよ、本当なら同じ人間が2回出ることはないはずなんです。」
「そうなんだ、一度決まったものは変わらないと思ってたよ。……システム異常かな。」
「それは…いま調査中です。」
 言い淀む佐藤の様子に詳しい事は言えないんだろうという雰囲気を感じ取った弥生は「明日はさ」と言葉を続ける。

「休ませてもらっていいかな?」
 久しぶりの攻撃にちょっと疲れてしまった。痛ましそうな顔の佐藤は「……もちろんです。」と言うとまた深く頭を下げた。
動けないので、出て行く佐藤をソファから見送る。
八重垣は備えつけのバーカウンターで飲み物を用意してくれた。
「食事を今晩用に頼みましたが明日の朝食分はどうします?」
「んー、食べたい時に頼むよ。」
「では、頼まれる前にラインに連絡して下さい。」

お見合い時の連絡用にその都度組まれるM様用のグループラインがあり、弥生が行動を起こす時には必ず連絡を入れる事になっている。
一度ルームサービスの時を狙って突撃された事があり、今では連絡が徹底される様になった。

「弱いなぁ」
ポツリとこぼす独り言に留まらなくなる。
「歳とると強くなれると思ってたけど。」
「そんな事はないでしょう。」
「そうかな?」
「人間、歳をとれば臆病になって弱くなりますよ。」
なるほど、そういう考え方もあるのか。
ルームサービスが来て弥生が動けるようになると、八重垣も帰っていった。

≫≫≫≫≫

弥生と別れてから一人で飲んでいたのかカウンター席で静かに飲む佐藤を見つけ近づく。
「隣、いいか?」
声をかけると動揺するそぶりも見せず、「どうぞ」と、淀みなく答える佐藤に自分を待っていたのだと確信する。
「バーボンをトゥワイスアップで。」
「へぇ、八重垣さんはストレートで頼むかと思いました。」
「あまり強くなくてね、ストレートではあまり飲まないんだ。」
”特に今日みたいな日はね”、と付け加えると”今日みたいな日に飲まなくてどうするんですか。”と返ってきた、どうやら相当参っているらしい。

立場的にはお互い馴れ合う事は考えられないが、今日1日一緒にいて彼は”こちら側”の人間だと予感めいたものがあったが、確信に変わった。
「八重垣さんは、なんでMに登録したんですか?」
一口飲み喉を潤わす
「恩を返すためかな。」
「恩ですか。」
「私はね、彼に出会う前はひどく傲慢な人間だったんだよ。」
「はぁ。」
八重垣は「Mの殆どが彼とのマッチングがきっかけで、私もその一人だ。」と話し始めた。

付き合いのない人間は今の八重垣を”人間のできた人物”と評価する人も少なくない。
だが、それ以前の八重垣はそうではなかった。
自分以外は家族でさえ敵。
自分の会社の人間は全員駒でしかなかった。

そこに、信頼関係などの感情は伴わず恋人になった相手すら欲を満たす道具だった。
そんな八重垣でも心のどこかが乾いていて、何かを満たしたくて、でも何を求めているのかわからなくて苦しんで常にイライラしていた。
その時に降って湧いたマッチングの話に最初は渋ったが、話を持ってきた相手の会社との取引に必要だったこと、、相手とは会って観光案内をするだけという話だったこともあって了承した。
進めてきた相手がオメガに傾倒しているという話を聞いていた為、自分にもオメガをあてがい仲間を増やしたいだけで、オメガに傾倒などとは考えられないが話のネタになると引き受けた。

相手のオメガのご機嫌を取るくらいなら簡単で、もし、乗っかられても楽しめばいいだけだと。
しかし、観光案内といってもそういったことに興味を持っていなかった八重垣は、秘書に調べるように言ったが、相手の情報が極秘扱いになっていて、好むようなスケジュールが難しいといってきた。

仕方なく、紹介者に連絡を取ると送られてきたのが今の八重垣の妻だった。
彼女はベータだったが気が利き人を楽しませることに生きがいを感じている人だった。
そばにいて鬱陶しくもなく、かといって主張する場所では主張し、八重垣と衝突することも珍しくなかった。
そんな中迎えたマッチング当日。

彼女にできれば近くにいてこっそりアドバイスをしてほしいと頼み、できるだけ視界に入る範囲で待機してもらっていた。
そして、会ったのが柊弥生だった。
社長の言っていたとおり顔見せから始まり、観光案内。
朝から晩まで彼に付き添い、彼の発言に価値観がどんどん崩され、迎えた3日目。
その日は、待機していたはずの彼女の姿が途中から見えなくなり落ち着かず集中力が欠けていた。

弥生は初日から彼女に気が付き、そして、彼女に付きまとう男がいる事にも気が付いて護衛をつけていてくれていた。
だが、隙を突かれ連れ去られた彼女を、本来使われるべきではないMの力を使って探し出してくれた。

八重垣が部屋に乗り込んだ時、彼女は押し倒され首を絞められていた。

その時の八重垣の取り乱しようは尋常ではなかったと言われた。
男を引き剥がすと、馬乗りになり殴り続け、Mの護衛が2人がかりでやっと止められた状況だったと。
本来警察に突き出されてもおかしくない状況だった八重垣を各方面に働きかけ取り成して、しかも、彼女の側にいられる様にしてくれた。
八重垣は失うかもしれない状況になって初めてその存在の重さを知り、その時からしばらく彼女を離さず、姿が見えなくなれば取り乱す。
そんな事を繰り返しやっと落ち着いたのは彼女との結婚が決まってからだった。

落ち着くまで柊の存在さえ思い出さなかった。しかし気が付いてお礼をしようにも既に接触が出来る状態ではなく、
世話になったにも関わらず、柊にはお礼を言う機会すら与えられなかった上に、勝手に接触もしないようにと念を押された。

もしも、次に彼に会う機会があれば必ず力になりたいと、Mへの加入はその時決めたのだ。


話を聞き終えた佐藤は最後の一口を飲み干すと封筒をいじりながら「明日の護衛って決まってるんですか?」と切り出した。
「ああ、ただ本人以外には知らされないからわからない、私の所に連絡はないから別の人間がなるだろうな。」
「……この封筒明日絶対要るんですよね。なくしたりしたら、弥生さんの担当から外されるか、最悪クビです。」
そう言うと、佐藤は立ち上がり「部屋に戻ります。」といって封筒を残したまま八重垣の後ろをすり抜けていった。

八重垣は残された封筒を手に取り部屋に戻るとMの代表に連絡を取った。
封筒の中には本来外部に漏れることのない弥生の見合い相手の情報が入っていた。

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