縁結びオメガと不遇のアルファ

くま

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23.喫茶

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「弥生さん。」
「はい」
 名前を呼ばれ、振り向いた弥生は蒼紫に微笑んでくれた。ただ、板垣の言う通りさっきまでとは明らかに様子が違っていて、一本線を引いたような、よそよそしさを感じる。
 蒼紫があまり晴れない顔をしていたのが気になったのか「どうしました?」と気遣ってくれる。
「いえ、弥生さん、すこしお茶でもしませんか?ここはカフェスペースもあってゆっくり出来るようになっています。」
「洋装店なのにカフェがあるんですか?」
 通常、洋服が汚れる恐れがあるのでカフェを併設している店はほぼない。
 あっても、テナントビル内の別のところが営業してたりする。

 サイガの店は元々会員制ということもあって客が商品を汚すようなことはないし、汚れても買って帰るのでクレーム問題が起こりにくい。
 それに加えて服を感じながらリラックスしてほしいとカフェを併設したのはサイガ自身だ。
 紅茶から珈琲までいろいろな種類をとりそろえている上に専門のカフェスタッフも入れている力の入れようだった。

 蒼紫は弥生の手を引き店内のカフェスペースに移動する。
 店の中央部分が長方形に中抜けしていて庭になっている。
 季節ごとに植え替えられる花や計算されて枝が伸びるように剪定されている木を望みながらお茶の出来るスペースが店外から見えにくく作られていて、人目を気にせずお茶を楽しむことが出来るようになっていた。

 初めて見る光景にキョロキョロと見回しながら、ガラス張りの庭に夢中になっている。
 蒼紫は弥生を椅子に座らせるとメニューを渡した。
 目を輝かせてメニューに見入る弥生に先ほどの憂いは見当たらない。
 ただ、こういった事に慣れているんだろうなとも思う。
 何度もマッチングを行う中で自然に相手に不快な思いをさせないように、憂いを完全に隠してしまう。

「好みのものがありますか?」
「あ、はい、じゃあコーヒーを。」
 閉じようとしたメニューを閉じる前に弥生の手からゆっくり引き抜き熱心に見ていたページにさっと目を通す。
 開かれていたのは紅茶のメニューページだったが、弥生が注文したのがコーヒーという事はあまり詳しくないのかもしれない。
「コーヒーはアイスですか?」
「すみません、ホットで。」
 にっこり微笑むと「浅煎りのモカとミスティのホットで。」と本当はコーヒーが苦手かもしれないという事を考慮してコーヒーの苦味の少ないものを注文した。

 不思議そうにしている弥生を見て「モカはお嫌いですか?」と尋ねる。

「いえ、あまりこだわりがなくて。」
「そうですか、勝手に注文しましたが私のおすすめのコーヒーです。」
「そうなんですか、あのミスティっていうのは?」
「私がいつも頼む銘柄です。マスカットフレーバーの紅茶なんです。もしよろしければ味見なさってみませんか、ポットでくるので一緒に。」
「いえ、大丈夫です。」
 まさか勧められると思っていなかったのか、目を丸くしているがもうすでにサイガが2人で飲めるようにしているのだろう。

「弥生さんは普段どんな飲み物を?」
「普段は、そうですね、水、ですね。」
「水ですか?」
「あまりこだわりがなくて、家族と住んでた時は母がお茶を淹れてくれていたんですが、ああ、でも職場ではコーヒーをいれてくれるので飲むくらいですね。」
「なるほど、ミネラルウォーターですか。」
 弥生はちょっと困った様に「水道水です。」と答えた。
「なんか、すいません。でも、嘘というほどではないのかもしれないんですけど、普段飲んでもいないものを飲んでるって言うのもおかしいかなと。」
「いえ、弥生さんの普段の生活が垣間見えて嬉しいです。」
「はは、お茶くらい沸かせばいいですけど。」
「弥生さんのご家族は離れたところに?」
「いえ、同じ町内なんですが一人暮らしがしたくて。」
 すっと、目を伏せる。
 なぜかその動作が気に掛かる。
「そうなんですか、しっかりされているんですね。」
 ちょうど、飲み物が運ばれてきて弥生が飲み物と一緒に運ばれてきたケーキに目を輝かせた。
 本人はすぐに視線を外し冷静を保っている様に見せていたが、興味津々なのが隠せていない。

「ここは、私がきたらちょっとしたエネルギーになるようなものを用意してくれるんです。」
「エネルギーですか?」
「はい、仕事が忙しいとどうしても疎かになってしまって、サイガ……先ほどの友人が見かねて、来るたびにエネルギーになるものを用意してくれるようになったんです。」
「へぇ、そうなんですか、優しいお友達なんですね。」
「ええ、ちなみにこのプレートのケーキは私の好物ばかりです。」
「好物なんですか?」
「ええ。」
 プレートには一口サイズの色とりどりのケーキが並んでいる。
 成人男性が好むと言うにはかわいすぎるラインナップのものばかりなのに、蒼紫が好物といったのが不思議で仕方ないらしく「甘いものですけど。」と再確認するように聞いてきた。

「はい、大好物です。もしかして、弥生さんは好まれませんか?」
「いえ、同じだなと思って。」
「本当ですか?気を遣っていませんか?」
「使ってません、使ってません。笑われた事もあるけど甘いものは大好物です。」
 笑った奴を後で調べておこう、一生糖類にありつけなくしてやる。

 蒼紫は砂時計が落ちたのを確認して、2つ用意されている少し小さめのカップに注ぎ弥生に差し出す。
「ありがとうございます。」

 カップを受け取り口をつけると、鼻に抜けるさわやかな香りに、口に広がるフレーバーのほのかな酸味が紅茶と相性がよく弥生は無意識に微笑んでいる事には気がついていなかった。

 そこから他愛もない話をして、散歩したいという弥生の希望で皇居東御苑を散策した。
 皇居の散策は久しぶりだと明るく振る舞っていたが蒼紫の目が離れる瞬間にどこか心ここにあらずとボーっとしている時がある。
 声を掛けると明るく返してくれるが、それだけだ。

 時間を追うごとに近くにいるのに離れていっている感覚に蒼紫は無力感を感じていた。

 部屋に送り届ける頃には最たるもので沈んだ様子で目すら合わせてもらえなくなっていた。
「弥生さん」
 声をかけ、振り向いてくれた弥生は無理に笑顔を作っていた。
「弥生さんこれを。」
 秘書に持たせていた紙袋を渡そうとするが受け取ろうとはしてくれない。
 少し強引に、手を取り持って握らせる。
「明日、これを着てきて下さい。」
「服はたくさん用意されているので。」
 返そうとする弥生に「では捨ててください。」と彼が絶対にしない事を提案する。
 優しい彼がもらったものを捨てることはないのはこの位置に付き合っただけでもよく分かった。
 眉をひそめる彼を言い聞かせる様に優しく諭す。

「これはあなたの為にサイズを調整してもらいました。他の誰も着る事ができません。」
 サイガは目測でサイズを測る事が出来、微妙な調整を行う事でオーダーの様に仕上げる事が出来る。
 そこを見込み頼んでおいた服だ。
蒼紫は悲しそうに「受け取っていただけないなら捨てるしかありません。」と訴えると弥生は受け取ってくれたが、目線を合わせようとしなかった。
蒼紫が立ち去ろうとしたときだった。
「あのっ、」
意を決したように声をかけてくれた弥生に嬉しくなって数歩開いた距離を縮める。
「はい」
「今日はすみませんでした。」
「何がですか?」
「楽しくなかったですよね。」
「いいえ?」
蒼紫の答えにやっと弥生が顔を上げた。
その表情は今にも泣きだしそうで、抱き寄せ慰めたい衝動をなんとか我慢する。

「途中から俺の態度はおかしかったはずです、いつもならもっとうまく出来るはずなのに。あなたに不快な思いを……」
息を詰まらせる弥生が可哀想で仕方なかった。
自分の思いと、周りの思惑に振り回されて身動き出来なくなっている。
だからこそ、何でもないと伝えたかった。
「楽しかったですよ。」
心からの言葉を彼は今は信じる事が出来ないだろう。
「うそです。」
優しさのこもった言葉に自然と笑みが溢れると彼に睨まれてしまった。
「本当です、が、気にしていただけるなら1つお願いがあります。」
「なんでしょう?」
「敬称をつけず呼ばせていただきたい。」
「そんな事して何の意味があるんですか。」
冷たく突き放そうとしたのだろうが、戸惑いが強く出ていてまるで突き放せていない。

「意味ならあります。ね、いいでしょう?」
黙りこんだ事を了承として「弥生。」と呼んでみる。

蒼紫に背を向けてしまったが、耳が赤く染まっているのが目に入る。
「弥生、どんなあなたもあなたで、私はそれを知る事が出来て嬉しい。」
肩が揺れた事で、言葉が彼に届いているのが分かる。
「明日、楽しみにしています。」
そっと閉められたドアに手を当てもどかしい気持ちに蓋をする。
ドアから離れた蒼紫は先程までと全く違う鋭く硬質な雰囲気をまとっていた。

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