縁結びオメガと不遇のアルファ

くま

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23.5.電話

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 部屋に入り、ソファに座った弥生の前にカップが差し出された。
 優しいミルクの香りにほっと息をつく。
 受け取り一口含むと緊張が和らいでいく。

「少し落ち着かれましたか?」
「仁さん、ありがとうございます。」
 いつの間にか板垣の姿がなくなっていたが、いつからいないのかまったく気が付かなかった。
 確か洋服の店に入ったときにはいたはず。

 いっぱいいっぱいだった自分が恥ずかしい。
「今日はありがとうございました。」
 座ったままで、失礼かと思ったが立ち上がって姿勢を正す気力もない。
「座ったまま言うことでもないですが。」と付け加えると、
「今日は抑制剤2回の上、パッチの使用もしています。強い薬ですのでお疲れなのは仕方ないですよ。」
 と無作法を許してくれた。

「弥生さん、今日西園寺と接してみて何か感じる事ってありました?」
「何かって?」
「普段と違う何かですよ。」
 佐藤もはっきりしたことがわからないのか、適当だった。
「一緒にいたい。って思ったかな。」
「そうでしょうけど、弥生さん気が合う人にはいつもそうですよね。」
 確かに、知人として好感が持てて友人関係を続けたいと思った事は何度もあって離れがたいと思ったことは何度もある。

 ただ、決定的に今回のは違った。
 一緒にいたいと言う定義が
 ただ、一緒にいて遊びたい
 ではなく

 一緒にいて、
 触れたい
 喜ばせたい
 いろんなものを感じあいたい
 守りたい守られたい
 という今まで経験したことのないものだった。
 それを佐藤にいうと思いっきりため息をつかれた。

「抑制剤飲んでてよかったですね。」
「うん?」
 気持ちの話から一気に抑制剤の話に飛んで、?マークが飛ぶ。

「それ、運命にあったときに感じる初期の感情ですよ。こないだの突発性発情期のこともおそらく無意識に西園寺に惹かれたことが原因で、今日なんてあそこまでぴったりくっついてきてたら、抑制剤飲んでなかったら一発で発情期突入でしたよ。」
「へぇー」
「弥生さん危機感ないですね。」
 冷たく言っている様に聞こえるが、アルファの威圧なしでも相手を怯えさせる事が出来るのは知っているので、ただ単に感想を言っただけというのは分かる。
「そりゃ、何事もなかったら実感も湧いて「ヤバかった」って思うかもしれないけど、それどころじゃなかったし」

 佐藤に釘を刺されて、今後どうしたらいいか必死に考えていたのだ。
 蒼紫を傷つけたくないし、かといって今までの人間関係や生活を考えると、蒼紫とこのまま縁付いてしまうのは違う気がする。

 蒼紫がサイガに2度目連れて行かれて帰って来たときグイグイくるのがなくなっていて正直助かった。
 もし、ここぞとばかりに来られたら弥生は逃げ帰っていたと思う。
 それが、戻ってきた蒼紫は弥生を気遣いカフェに、散歩に穏やかに付き合ってくれた。

 それに対して弥生の態度は最低だったと思う。
 よそよそしくなり、もの思いにふけり最後はプレゼントの拒絶。
 そんな弥生に、弥生の事が知れて嬉しいと言ってくれた。
 弥生が受け取らざるを得ない状況に追い込む事で弥生が自主的に受け取ったわけじゃないと言ってくれてるようだった。

 捨てられるならもらわないと仕方ないと自分を納得させてしまった。
 卑怯者だなと思う。
 蒼紫ではなく自分が。
 彼からの好意が嬉しくて贈られるものは全てほしいと思うほど強欲になってる。
「佐藤君が、」
「俺ですか?」
「初日泣いてわびてたのって何だったんだろう。」
 意地の悪いことを言ってると思う。
 スマホをつついていた手を止めてこちらを見る佐藤に「運命に出会ってほしかったみたいな感じだと思ったんだけど。」といつもなら突っ込まない事を突っ込んでしまう。

 自分でも不思議な感覚。
 けんかを売るような事は極力避けて生きてきたのに、指摘されたくないことを指摘して”なんで!!”と詰め寄りたくなるのを、まるで第3者のように感じてる。

「……出会ってほしかったですよ。運命に。」
 佐藤は怒りもせず淡々と返してきた。
「彼がこちらの提示する通りに動いてくれれば何の問題も……、いえ、まあ、弥生さんが今日突き放してくれたので、明日からの対策が練れます。」

 対策ってなにと聞きたいのをぐっと我慢する。
「じゃあ、弥生さん今日は疲れてるみたいだから帰ります。」
「ああ、うん。」
 帰って行く佐藤に声をかけるべきかと思ったが、何も言葉が浮かばず見送った。

「柊さん。」
「はい。」
「私もお暇しようかと思いますが、ルームサービスなど頼まれる予定はありますか?」
 弥生は緩く首を振り、抱え込んでいた紙袋を横に置くと姿勢を正した。
「ありがとうございます、大丈夫です。仁さん今日はお世話になりました。」
「いえ、お役に立ててよかったです。」
「奥様にもよろしくお伝えください。」
 ぺこりと頭を下げ、上げたときに仁がスマホを弥生に差し出していた。
「あの?」
「こちらを持っていてください。」
 疑問はあったが真剣な仁に押されるように、スマホを手に取った。
「この電話はあなた専用です。」
「はい。」
「この後もしかしたら電話がかかってくるかもしれません。」
 誰からとはいわなかったのは、誰がかけて来るかわからないからだろう。
 じっと仁を見ていたのが不安がっていると思われたのか、仁は厳しい表情からふと柔らかい表情にかえ、弥生の頭をなでた。

「あなたのことは妻から聞いています、あなたは何も心配せず思うままに行動すればいい。」
「……ありがとうございます。」
 多方面に迷惑をかけてるなぁと実感しながらも蒼紫との事を否定せず背中を押してくれたことが嬉しかった。
 明日のこともあるので、さっさとシャワーを浴び、ベッドに潜り込む。

 その手には仁から受け取ったスマホが握られていた。
 ”かもしれない”と仁は言ったが、弥生には確信があった。
 ドキドキして胸に抱く。

 もし、かかってこなかったとしてもいい夢が見られそうだと思ったときだった。
 着信音がなり、飛び起きた。画面には数字のみが表示されていた。
 通話をタップすると向こうから聞こえてきたのは、今日あった人だった。

「蒼紫さん。」
 つい名前で呼んでしまい口を押さえる。
「弥生」
 お互いに名前を呼び合う形になって蒼紫の、電話越しでも分かる喜色に満ちた声に名前で呼んでしまった事を後悔する。
「西園寺さん。」
「残念ですね。元に戻ってしまいましたか。」
「すみません。」
「名前で呼んでほしいと言った所であなたは呼んではくれないでしょうね。」
「………」
「今日は会っていただいてありがとうございます。」
「お見合いですから。」
「はい、ですがあなたから断る事もできたはずです。」
「親御さんの娘とお見合いする事になるとは思いませんでした。」
「よかったです。」
 噛み合ってないような会話に淡々と答える弥生、でも蒼紫はずっと上機嫌だ。
「もっと激しく攻められる事も予想していました。」
 ーー今だけ恋人の様に振る舞ってもバチは当たらないんじゃないかな。
 少しだけ、ほんのちょっとだけ。
 冷たく接するのをやめて温かい彼の声に包まれたい。
 眠る前の夢だと思っていいかな。
「この電話だけ、ちょっと夢をみませんか?」
「夢ですか?」
「はい」
「いいですね。極上の夢が見られそうだ。」
「今日は俺も会えてうれしかった。」
「………結構きますね。」
「そう?驚いた声も素敵だって言ったらもっときます?」
 いたずらっ子の様に言うと「きますね。」と笑った。
 そこから他愛もない会話をしていく中、いつの間にか弥生も蒼紫を呼び捨てにしていた。
 何の考慮を一切取り払った会話は楽しくて、切りたくなくて、それでもその時が来る。

 きり上げる間際、蒼紫が言ったのは一言好きを飛び越えた「愛してる」だった。
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