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66.電話
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弥生が部屋に帰るとなんだかふっと肩の力が抜けた。
知らず知らず緊張してたんだ、と実感する。
スクールバスで帰ってきた子供達と美穂を母と一緒に実家に送り届け部屋に戻って一息ついた所だった。
あと2時間ほどで夕食に出るのでざっとシャワーを浴びてベッドに横になると、無意味にスマホを見つめていた。
今日の事は一生忘れない。
優しい手の感触、トワレの香り、年下なのに包容力もあって安心して寄りかかれる。
何より弥生の事を心から好きになってくれてる、弥生の理想そのまま。
モテるだろうなと思う。
ベータとみられがちといっても、優良物件である事は変わらない。
彼はないと言っていたけど、もし、彼に運命の人が現れて去っていく日が来たら俺は見送ることしか出来ない。
泣いて喚いて縋って、多分俺はしない。
自然と溢れてきた涙をタオルに押し付ける。
いつも、一人になると悪い方に考えがちで、悪いクセだとわかっているが直しようがない。
佐藤君達に会うことになっているから早く目と鼻の頭の赤みを消すために、顔を洗おうと立ち上がった時にラインの通知が届いた。
ーーお疲れ様です。電話してもいいですか?
少しとはいえ泣いてしまって鼻声になっている事もあってラインでの会話を考えたが、やめた。近くにいない分、近くに感じたい。
ーお疲れ様です。大丈夫です。
「もしもし。」
「も、もしもし。」
篠宮の声を聞いてさっきまでの不安が消えて、ドキドキに変わる。
「弥生さん。今日はすみませんでした。」
「え?」
何か謝るような事があっただろうか?
「途中で退席してしまって。」
「いえ!仕方ないですから!」
これで弥生優先だったほうが気が咎める。
あっ!?と本当なら最初に言うべきことを言っていないことに気がついた。
「あの!お仕事お疲れ様でした。」
「ありがとうございます。すみません、実はまだ終わってなくて。」
「そうなんですか。」
「どうしても、弥生さんの声が聞きたかった。」
「あ……、俺も篠宮さんの声が聞きたかった。」
本当は会いたかった。
でも、そんなことを言っても困らせるだけだし、今日は夕食後実家に行く事になるだろうから、仕事終わりの話も出来ない。
「弥生さんはこれから食事ですか?」
「いえ、7時くらいに友人家族と一緒にとる事になっていてそれまで部屋で休憩中です。」
「外食ですか、友人家族というと?」
「今日一緒だった女性の家族なんですが、旦那さんが俺のマッチング担当者で、あの、お世話になったので今日の事を言っとこうと思って。」
「今日の事ですか?ランチの話を?」
「いえ、あの篠宮さんとの事を。」
「私との?なんでしょうか?」
「………篠宮さんは意地悪なんですね。」
「ふふ、すみません、ついあなたの口から聞いて幸せを噛み締めたかったんです。」
「っ、し、篠宮さんとお付き合いを始めた事の報告です。………少しは幸せになれました?」
面映ゆいというのはこういうのを言うんだろうか、今誰か訪ねて来たら恥ずかしすぎて死ぬかもしれない。
「ないですね。」
予想外の答えにちょっと落ち込む、ううん、ちょっとどころじゃないかもしれない。
そうですよね。と返そうとした時だった。
「かなり幸せです。」
「え?かなり?」
「はい、かなり。」
「……やっぱり篠宮さんは意地悪です。」
現金なもので彼の言葉にすっかり元気になってしまう。
「こんな私はお嫌いですか?」
「嫌いじゃ、ないです。」
二人で笑いあい、そこからはたわいない話をした。
大家さんの話、ゴミ出しの話、時々アパート近くをうろうろする若者の話など何気ない日常の事だったが、それが楽しくてずっと話していたかった。
でも、篠宮も仕事中で自分ももう少しで出ないといけない、迫る時間に気がそぞろになっていた時だった。
「どこに食事に行くんですか?」
「どこ……あ、焼肉のお店です。」
「ありましたっけ?」
「高速に入る道沿いにあるんですよ。アパートから車で20分くらいのところです。」
近所ですら数メートル先にあったり、車で行くのが普通なくらい離れていたりする上に、お店ともなるとその店を目指して行って車で10~20分は平気でかかる道のりだ。
地図で調べていかない限り店にたどり着けるのは奇跡に近い。
篠宮はこちらに来て仕事が忙しかったといっていたので、飲食店の事はあまり知らなかった可能性がある。
「今度、一緒に行きませんか?」
「はい!ぜひ。」
即答で返ってきた答えに、誘った事を喜んでくれているとわかって心が温かくなる。
「ああ、もう時間ですね。」
「はい。」
時計を見るとさすがに出ないと間に合わない。
「また、会ってもらえますか?」
遠慮がちな申し出に「はい。」と迷いなく答える。
「俺も会いたいです。」
素直な気持ちが意図せずにぽろっと出た。
その瞬間、電話越しでもわかるくらいに篠宮が上機嫌になったのがわかった。
お互いの予定があるので惜しみつつ電話を切った後、弥生はスマホを抱きしめ楽しかった余韻に浸った。
電話を切った後の篠宮の雰囲気はガラッと変わった。
触れたら切れそうな刃のような鋭さを持った篠宮は目の前で地に這いつくばっている女に凍りつきそうな視線を向ける。
篠宮が弥生と別れた後に向かったのはこれから建つマンションの敷地だった。
研究所のあった敷地は整備されマンションの基礎を打つ段取りが組まれていた。
そこに数名の人間が入り込み、爆弾のようなものを仕込もうとしていたと連絡が来て楽しい時間を切り上げる羽目になった。
爆弾のようなものは時間が来たら導火線に火がつくように調整された大量の花火だった。
ただ、騒ぎを起こすには十分な上、風向きによっては山火事さえ引き起こす可能性があり、いたずらとするには少々たちが悪かった。
「沙苗。」
名前を呼ばれてびくりと震える女は自分のやっていることがわかっていないのか、篠宮をにらみつける。
「お前はいったい何をしたいんだ?」
何度目になるかわからない質問を投げかけるが沙苗はそっぽを向いて話そうとしない。
沙苗を確保した後夫である実海棠に連絡をとり迎えに来てもらう事になっているので、それまでには理由を聞き出したい。
ただ、床に転がされるだけで暴力を振るわれないという確信でもあるのか何も言わずだんまりを決め込まれていた。
そんなときに、弥生たちのいる施設の方に元婚約者が突撃してきたと連絡を受けあまりのタイミングに二人の関係性も疑った。
「ここの事はどこで知った?」
まだ公表をしてない施設の情報、蒼紫の不在の有無など知っていなければおかしいタイミングで二人は現れた。
「水万里と連絡を取り合いでもしてたのか?」
水万里の方は別の部屋に拘束してある。
「お前は実海棠と蜜月を過ごしていたはずだろう。」
驚愕の視線を向ける沙苗に、はぁ、とあからさまにため息をついてみせる。
「蜜月?あれが?」
「蜜月だろう、誰にも邪魔されることなく愛を語らえる。蜜月と言わずなんというんだ?」
「外に出る事も、誰に会う事も出来ないのに、何が蜜月よ!」
まさか、元妹は蜜月中に外に出れるとでも思っていたのだろうか?
夫以外の人間と接触できると思っていたのだろうか?
アルファとオメガの蜜月など終始二人だけの世界だ。
身の回りの世話はもちろん、食事もアルファが用意し口に運ぶ。
オメガはアルファに世話をされ、他者と視線さえ交わさない。
ベータのように一緒に外に出かける事も、お互いの意思を尊重することもない。
アルファの一方的な愛をオメガは持ち前の包容力で包み込みお互いの愛に育てていく。
その時初めてアルファはオメガの意思を尊重し始める
その蜜月を結婚してからこの夫婦は過ごしていなかった。
ひとえに沙苗の理解しがたい不可思議な思考ゆえの事だった。
時事のオメガ保護を声高らかにうたう団体の思想を自分の都合の良いように脳内変換し、蜜月よりも自己満足の為だけに伴侶になるアルファをないがしろにし続けた。
普通なら強引にでも蜜月に引き込みそうだが、実海棠がいらない理解を示した結果蜜月なしの夫婦になったのだ。
そのせいで沙苗はずっと実海棠の愛を疑っていた。
周りのオメガはみんなアルファと幸せになっているのに、自分は違う、愛されてない。
だから、仕事に邁進するんだと言っているのを聞いて、沙苗をかわいがっていた祖父は涙していたが、蒼紫は白けていた。
することもせず、愛を疑い。
愛を確かめる為と言って他の男に言い寄る。
仕事と言って家に帰らない。
すべては伴侶をオメガ保護団体から守るため。
まったくもってわからない。
どこをどうしたらそうなるのか。
先に進まない話と、今更蜜月が何なのかを理解もしていない元妹に眉間をもんでいると、ドアの外がざわめいた。
到着したであろう、沙苗の伴侶を迎えるべく部屋のドアを蒼紫自ら開けた。
知らず知らず緊張してたんだ、と実感する。
スクールバスで帰ってきた子供達と美穂を母と一緒に実家に送り届け部屋に戻って一息ついた所だった。
あと2時間ほどで夕食に出るのでざっとシャワーを浴びてベッドに横になると、無意味にスマホを見つめていた。
今日の事は一生忘れない。
優しい手の感触、トワレの香り、年下なのに包容力もあって安心して寄りかかれる。
何より弥生の事を心から好きになってくれてる、弥生の理想そのまま。
モテるだろうなと思う。
ベータとみられがちといっても、優良物件である事は変わらない。
彼はないと言っていたけど、もし、彼に運命の人が現れて去っていく日が来たら俺は見送ることしか出来ない。
泣いて喚いて縋って、多分俺はしない。
自然と溢れてきた涙をタオルに押し付ける。
いつも、一人になると悪い方に考えがちで、悪いクセだとわかっているが直しようがない。
佐藤君達に会うことになっているから早く目と鼻の頭の赤みを消すために、顔を洗おうと立ち上がった時にラインの通知が届いた。
ーーお疲れ様です。電話してもいいですか?
少しとはいえ泣いてしまって鼻声になっている事もあってラインでの会話を考えたが、やめた。近くにいない分、近くに感じたい。
ーお疲れ様です。大丈夫です。
「もしもし。」
「も、もしもし。」
篠宮の声を聞いてさっきまでの不安が消えて、ドキドキに変わる。
「弥生さん。今日はすみませんでした。」
「え?」
何か謝るような事があっただろうか?
「途中で退席してしまって。」
「いえ!仕方ないですから!」
これで弥生優先だったほうが気が咎める。
あっ!?と本当なら最初に言うべきことを言っていないことに気がついた。
「あの!お仕事お疲れ様でした。」
「ありがとうございます。すみません、実はまだ終わってなくて。」
「そうなんですか。」
「どうしても、弥生さんの声が聞きたかった。」
「あ……、俺も篠宮さんの声が聞きたかった。」
本当は会いたかった。
でも、そんなことを言っても困らせるだけだし、今日は夕食後実家に行く事になるだろうから、仕事終わりの話も出来ない。
「弥生さんはこれから食事ですか?」
「いえ、7時くらいに友人家族と一緒にとる事になっていてそれまで部屋で休憩中です。」
「外食ですか、友人家族というと?」
「今日一緒だった女性の家族なんですが、旦那さんが俺のマッチング担当者で、あの、お世話になったので今日の事を言っとこうと思って。」
「今日の事ですか?ランチの話を?」
「いえ、あの篠宮さんとの事を。」
「私との?なんでしょうか?」
「………篠宮さんは意地悪なんですね。」
「ふふ、すみません、ついあなたの口から聞いて幸せを噛み締めたかったんです。」
「っ、し、篠宮さんとお付き合いを始めた事の報告です。………少しは幸せになれました?」
面映ゆいというのはこういうのを言うんだろうか、今誰か訪ねて来たら恥ずかしすぎて死ぬかもしれない。
「ないですね。」
予想外の答えにちょっと落ち込む、ううん、ちょっとどころじゃないかもしれない。
そうですよね。と返そうとした時だった。
「かなり幸せです。」
「え?かなり?」
「はい、かなり。」
「……やっぱり篠宮さんは意地悪です。」
現金なもので彼の言葉にすっかり元気になってしまう。
「こんな私はお嫌いですか?」
「嫌いじゃ、ないです。」
二人で笑いあい、そこからはたわいない話をした。
大家さんの話、ゴミ出しの話、時々アパート近くをうろうろする若者の話など何気ない日常の事だったが、それが楽しくてずっと話していたかった。
でも、篠宮も仕事中で自分ももう少しで出ないといけない、迫る時間に気がそぞろになっていた時だった。
「どこに食事に行くんですか?」
「どこ……あ、焼肉のお店です。」
「ありましたっけ?」
「高速に入る道沿いにあるんですよ。アパートから車で20分くらいのところです。」
近所ですら数メートル先にあったり、車で行くのが普通なくらい離れていたりする上に、お店ともなるとその店を目指して行って車で10~20分は平気でかかる道のりだ。
地図で調べていかない限り店にたどり着けるのは奇跡に近い。
篠宮はこちらに来て仕事が忙しかったといっていたので、飲食店の事はあまり知らなかった可能性がある。
「今度、一緒に行きませんか?」
「はい!ぜひ。」
即答で返ってきた答えに、誘った事を喜んでくれているとわかって心が温かくなる。
「ああ、もう時間ですね。」
「はい。」
時計を見るとさすがに出ないと間に合わない。
「また、会ってもらえますか?」
遠慮がちな申し出に「はい。」と迷いなく答える。
「俺も会いたいです。」
素直な気持ちが意図せずにぽろっと出た。
その瞬間、電話越しでもわかるくらいに篠宮が上機嫌になったのがわかった。
お互いの予定があるので惜しみつつ電話を切った後、弥生はスマホを抱きしめ楽しかった余韻に浸った。
電話を切った後の篠宮の雰囲気はガラッと変わった。
触れたら切れそうな刃のような鋭さを持った篠宮は目の前で地に這いつくばっている女に凍りつきそうな視線を向ける。
篠宮が弥生と別れた後に向かったのはこれから建つマンションの敷地だった。
研究所のあった敷地は整備されマンションの基礎を打つ段取りが組まれていた。
そこに数名の人間が入り込み、爆弾のようなものを仕込もうとしていたと連絡が来て楽しい時間を切り上げる羽目になった。
爆弾のようなものは時間が来たら導火線に火がつくように調整された大量の花火だった。
ただ、騒ぎを起こすには十分な上、風向きによっては山火事さえ引き起こす可能性があり、いたずらとするには少々たちが悪かった。
「沙苗。」
名前を呼ばれてびくりと震える女は自分のやっていることがわかっていないのか、篠宮をにらみつける。
「お前はいったい何をしたいんだ?」
何度目になるかわからない質問を投げかけるが沙苗はそっぽを向いて話そうとしない。
沙苗を確保した後夫である実海棠に連絡をとり迎えに来てもらう事になっているので、それまでには理由を聞き出したい。
ただ、床に転がされるだけで暴力を振るわれないという確信でもあるのか何も言わずだんまりを決め込まれていた。
そんなときに、弥生たちのいる施設の方に元婚約者が突撃してきたと連絡を受けあまりのタイミングに二人の関係性も疑った。
「ここの事はどこで知った?」
まだ公表をしてない施設の情報、蒼紫の不在の有無など知っていなければおかしいタイミングで二人は現れた。
「水万里と連絡を取り合いでもしてたのか?」
水万里の方は別の部屋に拘束してある。
「お前は実海棠と蜜月を過ごしていたはずだろう。」
驚愕の視線を向ける沙苗に、はぁ、とあからさまにため息をついてみせる。
「蜜月?あれが?」
「蜜月だろう、誰にも邪魔されることなく愛を語らえる。蜜月と言わずなんというんだ?」
「外に出る事も、誰に会う事も出来ないのに、何が蜜月よ!」
まさか、元妹は蜜月中に外に出れるとでも思っていたのだろうか?
夫以外の人間と接触できると思っていたのだろうか?
アルファとオメガの蜜月など終始二人だけの世界だ。
身の回りの世話はもちろん、食事もアルファが用意し口に運ぶ。
オメガはアルファに世話をされ、他者と視線さえ交わさない。
ベータのように一緒に外に出かける事も、お互いの意思を尊重することもない。
アルファの一方的な愛をオメガは持ち前の包容力で包み込みお互いの愛に育てていく。
その時初めてアルファはオメガの意思を尊重し始める
その蜜月を結婚してからこの夫婦は過ごしていなかった。
ひとえに沙苗の理解しがたい不可思議な思考ゆえの事だった。
時事のオメガ保護を声高らかにうたう団体の思想を自分の都合の良いように脳内変換し、蜜月よりも自己満足の為だけに伴侶になるアルファをないがしろにし続けた。
普通なら強引にでも蜜月に引き込みそうだが、実海棠がいらない理解を示した結果蜜月なしの夫婦になったのだ。
そのせいで沙苗はずっと実海棠の愛を疑っていた。
周りのオメガはみんなアルファと幸せになっているのに、自分は違う、愛されてない。
だから、仕事に邁進するんだと言っているのを聞いて、沙苗をかわいがっていた祖父は涙していたが、蒼紫は白けていた。
することもせず、愛を疑い。
愛を確かめる為と言って他の男に言い寄る。
仕事と言って家に帰らない。
すべては伴侶をオメガ保護団体から守るため。
まったくもってわからない。
どこをどうしたらそうなるのか。
先に進まない話と、今更蜜月が何なのかを理解もしていない元妹に眉間をもんでいると、ドアの外がざわめいた。
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