縁結びオメガと不遇のアルファ

くま

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73.涙

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「や、弥生!?」
 突然こぼれた涙に父が慌てる。
 オメガという事でずっと苦労をかけてきた事もあって、親の前ではどんなに辛くても泣いたことはない。
 父が慌てるのは当然の事だった。

 篠宮はハンカチを取り出し弥生の目元に当てる。
「ごめん。」
「大丈夫ですよ。」
「さっきまで大丈夫で……」
「弥生さん、なんの心配もいりません。」

 ね。と微笑まれていたたまれなくなる。
 自分はこんなに弱かっただろうか。
 この場所に篠宮が現れて名前を呼ばれない理由は気がついていたけど、ちょっと寂しかった。
 でも、納得しない父の懸念を払拭しようとしてくれて嬉しかったけど、なんの力にもなれない事が辛かった。
 父が認めてくれる以外、一緒になるには辛い決断も必要な事はわかっているけど、どちらも捨てたくない。

「俺、欲張りで。」
「はい。」
「両親とも別れたくなくて。」
「ご両親思いなんですね。」
「篠宮さんとも一緒になりたくて。」
「嬉しいです。」
「問題がたくさんで。」
「弥生さん、問題があるなら2人で解決していけばいい。」
 そう言う篠宮の表情に曇りはなく、どちらかと言うと晴れやかだった。

「お父さん、もういいでしょう。」
 母が父に話しかける。
「だ、だが。」
「篠宮さんは弥生の事を想ってくれてるのは分かるじゃない。」
「でも。」
「でも、じゃないでしょう。篠宮さんは婿養子になってもいいって言ってくれてるし、弥生に会えなくなる事はないわよ。」
「しかし、ほら弥生には運命がいると言ってたじゃないか、そいつが現れたら。」
「お父さん!」
 母が止めてくれたが遅かった。

 今1番、篠宮に聞かせたくなかった言葉だ。
「いない!そんな人いない。」
 篠宮の胸に縋る。
 嫌わないで
 捨てないで
 気持ちが溢れる。
 今なら、ずっと佐藤に嫌われたくないと必死な美穂の気持ちがよくわかる。

「わかってます。わかってますから。」
 篠宮は、そんな弥生の心情を本当にわかっているかの様に優しく声をかけてくれた。
 ほんとに?と、篠宮を見つめる。
「弥生さんの運命は私ですから。」
 そういってくれてうれしい。
 でも、そうだけど、そうじゃない。
 弥生自身は篠宮が運命だと思うが、佐藤の話だと、別に出会いがあった。
 その話が間違った、誤解を招くような伝わり方をするのは避けたい。

「俺、俺記憶喪失でその、その時……」
 今言っておかないといけない事だと自分を叱咤するが声が小さくなっていく。
「はい、カレーパンは今も大事に保管してます。」

「………カレーパン?」
 なんの事かわからず涙が止まった。
「はい、ホテルの中庭であなたはカレーパンを食べていました。」
 誰か別の人と間違ってないだろうか?
「?」
「最初は近寄りがたいほど美しく、紙袋をのぞいて一喜一憂する姿はとても愛らしい。一度も忘れた事はありません。」
「もしかして、記憶がない時に会ったのは。」
 息をのみ希望的観測を口にする。
 期待半分、不安半分。
 そんな弥生の気持ちを篠宮はにっこり微笑んで受け止める。
「はい。私です。」
「西園寺って。」
「私の旧姓は西園寺です。」
「探してるって。」
「祖父の方ですね。」
「次期総帥?」
「捨てました。私には必要ない。」
 そんなことがあるのだろうか?
 大富豪のグループをまとめる総帥というのはのどから手が出るほど欲しい地位じゃないだろうか?

 いいの?いいの?大丈夫なの?と視線で問いかけると、篠宮はふっと笑う。

「何も問題はありません。両親はこちらの味方ですし、祖父に対抗できる手段は揃いました。やっと。」
 両手で包み込むように弥生の手を取り祈るように額をつける。
「やっと、なんの憂いもなくあなたを迎えに来れた。」
 弥生も額を握り込まれた手に当てる。
 顔を上げると優しく微笑む篠宮に弥生はひどく安心する。
 身を預けようと体を倒そうとした時だった。
 ゴホン。
 咳払いが聞こえハッと我に返り急いで体を離す。

 目の前には渋い顔をした父とにこにこの母と2人の子供。
 佐藤夫婦は自分達の世界に旅立っている。
 弥生は真っ赤になって篠宮から離れた。

 父も落ち着いたようなのであとは話がしやすいように、男性と女性に分かれ食事をする事になったが、弥生は母に引っ張られて女性の方に連れて行かれた。

「俺も男なんだけど。」
「何言ってるの、今回はあんたが嫁なんだからこっち、あっちは旦那組。」
「えー、あっちがいい。」
「あのねぇ、あんたがあっち行って篠宮さんとイチャイチャして、お父さんが焼き始めたら進む話も進まないでしょ。」
「イチャイチャなんて………」
「してたじゃない。」
 してた?
 篠宮が来てからの事を思い出すが、隣に座って、話をしてた、だけ。
 イチャイチャしてたか?
 頭をひねる弥生に2人はあきれている。

「やよいちゃん、やよいちゃん。」
「なあに?美也子ちゃん。」
「おててつないで、なかよしね。」
 カチンと固まった。
「みや、やよいさんけっこんするからちゅーもふつうだよ。」
 ガチンと固まった。
 してない、してないよな。俺。
 え?無意識にしてたか?だからイチャイチャって言う事?
「ちゅーはしてなかったから安心しなさい。」
 笑顔で固まる弥生に母は苦笑いで教えてくれたが、、という事は他の事をやらかしたのか。

「おててにぎってかおくっつけてたよ。ちゅーぅ?」
 文面だけ聞くとキス
「ミヤ、ちがうよ。おくちとおくちがくっつくとちゅーなんだよ。」
 確かにそれもキス。
 なんだろう、子供のキスへの理解度が高すぎないだろうか?
 佐藤君、こんな小さい子にいったいなに教えてるの?
 なんだか、母も美穂もそうだったがなんでキスにご執心なんだろうか?
「キス以外なんて深堀されたら困るでしょう。」
 バッと口を押える。
「顔に出てるわよ。」
「う~、人のキス談なんて聞いたって面白くないよね。」
「何言ってるの、キスまでなら愛情表現の一つじゃない。あんたの場合うれし恥ずかしエピソードが少ないんだからキス談くらい惜しみなく提供しなさい。」

 いやいや、正論を言ってるようで全く正論じゃないから。
「お、俺だってエピソードくらい「あるの?」……ないです。」
 ちょっと、考えてみたが二人が、いや目を輝かせて弥生を見上げる小さなを含めると4人が納得するようなエピソードははっきり言ってない。
 見合いにこだわっていた弥生は、恋愛から程遠い存在じゃないだろうか?
 甘酸っぱい恋愛経験が自分になさ過ぎて人の話を聞くに徹する事は確かに多かったが、実際篠宮に会って恋をした時の感情は恐怖だった。

 それが、甘酸っぱい経験になるか?
 いや、ならない気がする。
 弥生は女性陣の興味津々の視線を避けるように目の前の料理に手を伸ばした。
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