月が出ない空の下で ~異世界移住準備施設・寮暮らし~

於田縫紀

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第22章 外出予定が続く週

121 舞台がはじまる前に

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 水着を買った翌日の、4月21日第2曜日の朝。
 予定通り今日はアキトと演劇鑑賞。
 いつもと同じようにドリンクを確保して、席についたところだ。

「同じ値段でも、随分と席に差があるな、これは」

「早めに来て良かったね」

 今回はテーブル席がなく、全部が椅子席。
 場所でお値段が違うのだけれど、200CカルクフのB席が圧倒的に多い。
 端の最前列付近である指名席エレクトファも、6列目中央も、14列目中央もB席だ。
 
 今回8時30分の受付開始前に並んだ結果、B席ではおそらくもっともいい席である、6列目中央を確保出来た。
 私たちの前にも何人か並んではいたけれど、C席希望だったりB席でも指名席エレクトファ希望だったりしたおかげだ。

 なお今回はいつものヒリナ演劇ではなく、パニノン劇場。
 広さは同じ程度に見えるのだけれど、これはペルリアの劇場の広さの基準のひとつらしい。

『パニノン劇場もヒリナ観劇も、ペルリア劇場協会の3号基準で設計されています。この3号基準は劇場の規格としてはもっとも一般的なもので、ペルリアに所在する8割以上の劇場は、この基準に準拠しています。
 こうして舞台や観客席部分が同一の大きさと形状で作られていることによって、劇団等が各劇場を巡業する際に、
 ① 大道具等を同じように設置可能で
 ② 場所によって演者の位置を調整することなく
 ③ どの劇場でも同質の舞台を提供することが可能
となっています』

 なるほど、合理的だ。
 なら日本ではどうだったのだろう。
 知識魔法が反応しないので、アキトに聞いてみる。

「ペルリアでは、劇場の大きさが標準化されているみたいだけれど、日本もそうだった?」

「日本の場合はバラバラ。舞台の大きさも客席の構造も全然違う。それに日本の劇団の場合、一部を除いて巡業はやらない。商売と言うよりも表現することに意味がある感じのところが多いから。劇団員のほとんどは演劇では生活出来ずに他の仕事を持っていたりするし。もちろん例外はあるけれど」

「なるほどね」

 ここの演劇は商売だから、採算がとれるようになっているわけか。
 テレビもネットもないこの世界では、活字以外のメディアは舞台関係くらい。
 だからそうなるのは、当然なのかもしれない。

 さて劇場内は、少しずつ人が増えてきた。
 見るとA席、B席の左右端前側、C席出来るだけ前からという感じで席が埋まっていくようだ。
 さて、あとどのくらいで始まるだろう。

『現在はペルリア標準時で8時47分です。パニノン劇場のオープニングアクトは開始時間5分前から始まりますから、あと13分あります』

 あと10分以上あるのか。
 弱った。
 今日は早めに中に入ったし、演劇に来るのももう3回目。
 だからアキトと話せる、適当な話題を思いつけない。

 別に沈黙でも問題ないとは思うのだけれど、これはこれで微妙に落ち着かない。
 我ながら対人スキルがないなと思うけれど、こういう時にどうすればいいのか分からなくなる。
 なんて思った時。

「全然関係ない話だけどさ。第二施設の一部の男子と第一施設の女子とで合コンっぽいのをやったって話、聞いてる?」

 えっ!?
 沈黙でなくなりほっとしたのも一瞬だけ。
 予想外の話がやってきた。

「初耳。いつごろの話?」

「やったのはこの前の第6曜日で、この辺の喫茶店カヘイでやったらしい。気が乗らなかったから断ったけれどさ」

「掲示板にも載っていなかったよね、それって」

 そう、私は全く知らない。

「ああ。第二施設では男子にだけ、口コミ的に回したり誘ったりして集めたらしい。僕もエトから話を聞いたけれどさ。いまひとつな感じの話なんで断った。どんな感じだったのか、女子の間で噂だけでも流れていないかと思ったんだけどさ。やっぱり知らないか」
 
「うん、全然。それに第二施設は男子で、女子は第一施設だけなんだよね、それって」

「その辺もよくわからない。誘われた内容は、第一施設の女子と合コンやるけれどどうだという話と、会費が200Cカルクフって話。男子の会費は女子分のドリンクとデザート込みだから、そんな額らしい。余ったら返すし、足りなかったら後で再徴収だっていっていた」

 なるほど。

「つまり女子はただ飯というか、ただデザートというわけ?」

「らしい。長期課程(Ⅱ)では授業で解説されていない特別科目は取れないから、小遣いがあまりなくて払えないからって言っていた。僕は断ったから、それ以上は知らないけれど」

 なるほど。

「どんな感じでその話が第二施設に回ってきたんだろ。それとも第二施設こっちの誰かが企画したのかな?」

「それも知らないんだ。だから女子の方でそういう噂が流れているかと思って、聞いてみたんだけれどさ。参加者もわからないし、掲示板にもどうだったって記載はないしさ」

 なるほど。
 ところでちょっとだけ気になったことがあるので、自然な感じを装って聞いてみる。

「確かにそれじゃわからないよね。ところでアキトはなぜ気が乗らなかったのか、聞いていい?」

「元々日本でも、合コンとかは得意じゃなかったしさ。何も知らない相手といきなり会話して話題を合わせるなんてスキル、僕にはないから。どうせ5ヶ月で別れるなんてのもあるかな。卒業後のコースが違うだろうから」

 アキトはヒラリア特Aコース希望だ。
 そして長期課程(Ⅱ)から、ヒラリア特Aコースは狙えない。

「あとはセコいと言われそうだけれどさ、女子無料で男子払いというのも、何となく好きになれない。この施設での学習環境は、本人の意思である程度は何とか出来た筈だからさ。だから長期課程(Ⅰ)にいるのも(Ⅱ)になっているのも、結局は本人の選択結果だと思うんだ。なら長期課程(Ⅱ)で奨学金が稼げないから無料ってのは、ちょっと違うんじゃないかって気がして。合コンの相手にそこまで考えるなと言われるかもしれないけれどさ。付き合うかもしれない相手は、自分と対等であって欲しいし」

 なるほど。
 ただ微妙にツッコミたくなったので、言ってみる。

「でもアキトは、長期課程(Ⅰ)でもトップクラスの進度と成績だよね。それと対等となると、かなり厳しいんじゃない?」

「別に成績が同等とかじゃなくて、姿勢が対等という意味で。どうせあと5ヶ月で別れるってのを無視すれば、長期課程(Ⅱ)所属でも別にかまわないんだ、本当は。ただそれを自分で選んだという意思があって、その事を他の人や施設のせいにしない誇りというか自覚というか、責任感があれば。我ながら面倒くさいと思うけれどさ」

 なるほど、アキトはそういう考え方をするのか。
 そう思ったところで周囲がふっと暗くなった。
 代わりに幕が下りたままの舞台にライトがともり、2人が舞台両側からそれぞれ舞台の幕前中央へと出てくる。
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