今日も帰宅は異世界に

於田縫紀

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 そこそこ大きなログハウス、という感じの家だった。

 今いるのは20畳程度のLDKといったところか。ベッドとタンスと台所ととまあ、巨大なワンルームというのが正しいかもしれない。

 俺は彼女とテーブルで向かい合って、入れてくれたお茶らしき飲料を飲む。紅茶とウーロン茶の中間くらいだろうか、悪くはない味だ。

「それでこの、異世界としか思えない場所はどうしたんだ」

 あえて異世界という単語を使ってみた。少なくとも俺が認識している此処は出張所横の公園ではない。とっくに閉園時間で入れないはずだしそもそもこんな場所は存在しない。
 手品の種があるかないかはわからないが、彼女が企図した事には違いないだろう。

「異世界と認めたか。切り替えが早いな」

「植物も星座も全部違う。そう認めたほうが早いだろ」

「だから柏は好きなんだ。感情が論理を上回らないし、ヒントを出すだけでちゃんと理解してくれる」

 彼女はにこっと微笑んで、話し始める。

「僕はずっと、ここではない何処かを探していた。柏は知っているような、僕がよく呼んでいたのは物理関係と魔術の本だって」

 俺は頷く。

「本というか、魔術の方はネットの方が多かったかな」

「高校の頃は外国の魔術書なんて手に入らなかったからさ」

 彼女はそう言って肩をすくめる。

「僕は知識欲さえ満たせれば周りなんてどうでもいいんだ。でも周りの人はそう思ってくれない。色々面倒くさい付き合いとか感情のやり取りとかしなきゃならない。
 だから気がつけば、いつもここではないどこかを探していたんだ。
 高校時代は柏がいてくれたからまだマシだったけどな。中学までは地獄みたいなものだし、大学だって結局1人だった。僕の研究の先が見えてきそうな段階になってからは、欲得ずくで近づいてくる奴もいたけどさ」

「それでこの世界に来る方法を見つけた、という訳か」

 彼女は首を横に振る。

「実はこの世界だけじゃ無い。見つけたのは幾多の異世界を移動する方法だ。そしてここにいるのは、僕が見た中で一番僕にあった世界だったから。
 なので拠点をここと決めて、せいぜい生きやすくするために色々活動もしてみた訳だ。僕らしくもないお世辞とかおべんちゃらとかも使ったんだぜ。
 おかげで今ではここを治める国の王国付魔道士様だ。非常勤だけどさ」

「魔法なんて使えるのか」

 何か現実離れし過ぎている。

「世界を渡る手段を探す過程で見つけた副産物だ。基本さえわかれば実は簡単なんだ。単なる方程式から微分積分を導き出すようなものでさ」

 理論上はそうだが、出来るのは天才だけだ。
 さて、このままでは話がまとまらない。聞きたいことは山ほどある。しかし今はまずこれを確認しておくのが正しいだろう。

「それで困っている事とは何だ。それだけなら順調にやっているようにしか聞こえないが」

「実は生活費に困ってさ」

 彼女は肩をすくめる。

「王国付魔道士なんて肩書はいいんだけれど、実際は名誉職みたいなもので給料が安い。なので日々の糧を得る活動をしなければならないのだが、どうもそういうのが苦手でさ。
 今までは向こうの世界から持ってきた色々を売った金で暮らしていたんだが、いよいよもってお金が無くなってさ。なのでしょうがないから柏を頼ったんだ」

 なんともまあ、現実離れをした現実的な話だ。
 ただ確か松戸は親とも仲はあまり良くはなかった。大学でも今聞いた限りでは決して人付き合い良好ではなかったのだろう。

「俺に頼みたい事って何だ。安月給のリーマンだからあまり大した事は出来ないぞ」

「向こうで買い物をしてきて欲しいんだ。具体的には香辛料とか薬とか。要はこっちの世界で高く売れそうなもの。
 こっちの世界は技術レベルがまだ産業革命前で、交易とかも全然だ。なのでそういった物は高く売れる。ただこっちで売れても、向こうの世界で有効な貨幣は手に入らない。

 そこで柏に相談だ。もし僕が言う事に賛同してくれたら、香辛料や薬を買ってきて貰うかわりに毎日の食事や、もし必要なら家事だって引き受けよう。こっちは食品は安いからさ。それでいいならそうやってお金を貯めて、お金が貯まったら柏もこっちで暮らさないか。そういう訳だ」

 成程、と俺は思う。
 今の話は『僕の当面の生活、うまくいけば僕の老後と、もしよければ君の老後』という向こうで松戸が言った言葉と一致する。
 そしてそれ以上に、いかにもこいつらしい話だなと思えるのだ。

 ただひとつ、確認したいことがあるけれど。

「でも松戸、お前程の能力があればこの世界でもパトロンを見つける事は出来るんじゃないか。それに向こうの世界でも、俺以上に優秀な奴を見つけられるだろう」

 彼女は肩をすくめてみせた。

「僕の頭脳や魔法を利用しようとする奴は山程いる。ここの世界にだっている。でも僕の友達は柏しかいない。悲しいかなそれが現実なんだな」

 彼女がちょっと顔を赤らめたような気がしたのは、俺の気のせいだろうか。

 ◇◇◇

 あれから約1年。昼は会社、夜はこの世界という生活は今のところ順調だ。特に怪しまれる事もない。
 会社では付き合いの悪い奴とは思われているだろうけれど、

 行き来に便利なように俺のマンションとこの家とを魔法で直結してある。今ではあのマンションは今では単なる出入口。俺が住んでいるのは専らこの家だ。

「老後資金、今はどれ位貯まったんだ」

 俺はシチュー風のスープをつつきながら松戸に聞く。

「そうだね、2人暮らしで100年分位かな」

 ちょっと待って欲しい。

「それならもう充分だろ。」

 彼女は首を横に振る。

「甘いね。魔法使いは寿命が長いんだ。せめて500年分位は貯めたいな」

 おいおい。

「俺が死んでしまうがな」

 チイチイと彼女は人差し指を横に振る。

「君は僕のパートナーだからね。既に寿命は強化済みさ。だから下手に向こうで事故にあったりするなよな。車に轢かれた程度なら生き返るけれど」

 いつの間にそんな事を。というかどういう状態なんだ今の俺は。

「だから絶対事故るなよ。生き返るシーンを見られたらもう実験生物か化け物扱いだ。まあそうなったらここに逃げてくればいいけどな」

 何はともあれ、もう手遅れなようだ。深く追求するのはやめて現実的な対処策を考えるべきだろう。

「家を見張られたらどうするんだ」

「その時は迎えにいってやるよ」

 彼女が言うなら、まあその辺は信頼していいだろう。

「それとも僕がパートナーじゃ不満かい」

 俺を覗き込むようにして彼女は言う。一瞬どきっとした自分が悔しい。


「それは無いさ」

「なら良かった」

 彼女は軽く頷き、食事の姿勢に戻る。

 そう、俺もかなりこの生活は気に入っているのだ。
 今の関係のままでも、もう少し彼女との間が近くなっても楽しくやっていける。寿命が500年あろうも。

 そう、彼女とだから、きっと。
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