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2巻
2-3
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そんなことがありながらも、私たちはアコチェーノに到着した。筋肉痛でボロボロの足を引きずりつつ、なんとか冒険者ギルドへ。
受付嬢さんに案内してもらって別棟の保管庫でインゴットと依頼書を渡して、カウンターへ戻って椅子に腰かけ……ようと思ったが、一度腰かけると、もう立てない。なので座ったまま魔獣や魔物を出して、受け付けしてもらう。
今は計算書と褒賞金を待ちながら、魔法で足腰を治療回復させているところだ。
「今日は早く休もう」
リディナの言葉に私は頷く。疲れた。もうボロボロだ。
「宿、取る?」
リディナは首を横に振る。
「お家の方がいい。お風呂があるから」
うんうん、それはわかる。しかしお家は街中では出せない。
「場所は?」
「ここで聞いてみる。どうせこの街で新しい家を頼むんだよね。ならバレても問題ないかなって」
本当に問題はないのか微妙に怪しい。
しかし私も疲れていた。だからつい頷いてしまう。
受付嬢さんが戻ってきた。
「お待たせしました。こちらが褒賞金と計算書になります。確認をお願いします」
さっと見る。合計で正銀貨三十二枚ちょい。計算もあっているようだ。リディナに頷く。
「大丈夫です。ところでこの辺で野営できるような場所はありませんか。できるだけここから近いところで」
「そうですね。トランダ川の河原でしたら問題ないかと思います。この季節は水が溢れることもありませんから。前の道を左に行けばすぐです」
おお、近いのはありがたい。
「ありがとうございました」
「こちらこそ。またよろしくお願いいたします」
ギルドを出て左へ。
わずかな上りでも足が厳しい。リディナと二人でずるずる足を引きずりながら歩く。
街が途切れて堤防が現れた。これもずるずると上る。
酷使した足の筋肉が悲鳴をあげる。治療魔法を何度もかけているのだが、効果はほとんどない。
堤防を登ると川が見えた。川とだだっ広い河原。
川に近い場所に丸太が置いてある以外は、砂利と草で平らな場所だ。
「ここならお家を出しても大丈夫だね」
私は頷く。
堤防を下りるときは後ろ向き。筋肉がまっすぐ坂を下りることを拒否している。
しかし下り坂は後ろ向きに歩けば、なぜか足が少し楽。これは山を下りる途中リディナが発見した歩き方だ。
坂を下りてすぐの平らな場所を、地属性魔法で整地して、家を出す。
「お風呂、フミノが先に入って。ちょっと私、もう動きたくないから」
リディナが靴を脱いだすぐ先で、ばたっと床に倒れた。
とりあえずリディナの前に皿とコップを出し、サンドイッチと乳清飲料を出しておく。
皿などを置いたのは床だ。椅子に座れる気力と体力がなさそうだから。
「ありがとう」
そして私は風呂へ。
服を脱ぐのも面倒で辛い。だから着た状態でアイテムボックスにそのまま収納。
今度着るときには結び目をほどかないとならない。
でもそのときは今より疲れていないだろう。だから面倒な作業はそのときへと回す。
魔法でお湯を出してそのまま浴槽へ。うん、ぬるめの湯が身体にしみわたる。
あまりの快適さに思わず寝てしまいそうになるが、なんとか堪える。寝ると死ぬぞというやつだ。
やばい。また眠気が。耐えろ私。眠気に負けるな。
こういうときは何かするに限る。そうは言っても疲れることはしたくない。だから魔物捜しをするために、偵察魔法の視点を動かしてみる。
おっと、空属性がレベル4になっていた。移動中、常に起動していたおかげだろうか。今まで以上――二離以上離れたところまで視点を動かせそうだ。
しかも視点をもう一つ出せそうな感じだ。早速試してみる。
視点二つ目を出すことができた。この二つ目の視点も自由に動かせる。一つを自分の直近にして、もう一つを二離先なんてことも可能だ。
これは便利かもしれない。そう思ったときだった。
偵察魔法の家に近い方の視点が、危険を察知。
人だ。それもがっしりとした体格の中年男が、この家に向かっている。
どうしよう。相手は人間だから、穴に埋めるわけにはいかない。土を出してもいけない。
どうしよう。とりあえず早く服を着なきゃ。お湯を収納して、服を着ようとする。
そう言えば着たまま収納したんだった。着るのに結び目が邪魔だ。
こういうときに限って結び目がほどけない。引っ張るだけでほどけるはずが、なぜか固結びになってしまった。
ほどこうとあがきながら必死に考える。どうしよう、どうしよう……
私が焦っている間にも、おっさんは近づいてくる。紐がほどけない。人が近づいてくる。
この家が目的ではなく、単に近くを通っているだけであってくれ。
そんな半ばパニック状態の私の思考を無視して、おっさんはこの家に近づく。
ついにこの家の玄関前へ立った。扉をノックする。
「はい」
入ったところで倒れたままのリディナが返事した。
「フェルマ伯領森林組合の者です。この場所は当ギルドの管理地なのですが。失礼ですがこちらはなんの建物でしょうか」
どうしよう、どうしよう……
私はいまだパニック状態だ。服の紐がほどけない。
「すみません。冒険者ですけれど、宿に泊まるお金を節約しようと思って、一時的に場所をお借りしました。冒険者ギルドで野営できる場所と聞いてここへ来たのですが、駄目だったでしょうか」
駄目だったら出ていかなければならない。
だから服を……ああ紐がほどけない。
「ああ、それなら大丈夫です。ここは春の雪解け時期になると洪水で溢れます。そして他の時期は森林組合で管理しています。ですから恒久的な建物なら注意をしようと思っただけです」
大丈夫か、これは? 一筋の光明が見えた気がする。
「もしお邪魔でしたら早急に移動させますけれど」
「いえ、問題ありません。ですがこの建物、そんな簡単に移動が可能なのですか」
「専用の大容量特製自在袋を持ち歩いているものですから。ただ東の魔法の国で作ってもらったものですので、他の人は使えないんです」
「これが入る自在袋ですか。それは凄い。わかりました。それでは失礼しました」
おお、危機は去った。
気がつくと苦しいことに気づいて深呼吸を三回。くらくらして浴槽に両手をついてしまう。
そして思う。さすがリディナだと。
あと今になって気づいた。紐がほどけないなら、別の服を出して着ればよかったと。
アイテムボックスに服はまだ、三着入っているのだ。焦っては何もできない。反省。
そうして落ち着くと、案外固結びも簡単にほどけてしまうのだ。なんだったんだろう、焦って苦労していたあの時間は。
しかしとりあえず今は、リディナに感謝しよう。
「ありがとう、リディナ」
「ううん、大丈夫よ、これくらい。食べるもの食べてここで休んだら、少し楽になったしね」
よし。それでは気分を入れ替えよう。
とりあえず風呂を交代だ。
浴槽をアイテムボックススキルで清掃。新しい服を出して着替える。
「お風呂交代」
「ありがとう」
さて、風呂に入ったおかげで、かなり楽になった。
私は椅子に座り、テーブル上にサンドイッチと乳清飲料を出す。
ああ、サンドイッチが乳清飲料が、身体に吸収されていくのを感じる。大げさに聞こえるが確かにそう感じるのだ。飯が美味い。
美味いついでに思い出した。全然関係ないことだけれども。
新しい家、大きい方ではなく道端でも出せるサイズの家のことを考えておかないと。
それがないと、ローラッテに行くのが辛い。今回の山越えで、そのことがよくわかった。
紙と鉛筆を出して私は考えはじめる。まず大きさはどれくらいにしようか。
どこでも出せるサイズということは、縦横一腕くらいが限界だろうか。
それくらいならどこでも置けそうだ。極端な話、山道の途中、少し太くなっているところでも。
そして小屋に必要なのはベッドと食事場所。トイレは外でいいだろう。
風呂は欲しいけれど我慢するか。いや二階建てにすれば大丈夫かも。ならついでにトイレも……
「フミノ……」
うん、二階建てにすれば、トイレも風呂もなんとか入る。二階に二段ベッドがあるリビングを設ければいい。
「フミノ、フミノ……」
でもこのままでは、大風が吹くと倒れそうだ。なら下の地面に埋める支えを作っておくか。
設置する際は最初に穴を作って、家を出してから支え部分の周りを埋めて、家全体を倒れないように固定する。その後に、トイレ穴と排水用の穴を新たに開ければいいだろう。
なんなら、今使っている平屋と組み合わせられるように作ってもいい。そうすればこっちの家に風呂とトイレがいらなくなる。リビングと個室が広くとれる。
でもやっぱりもう少し広い方がいいかな、個室もリビングも。
そう思ったとき、突然肩に何かが触れた。
「うにゃっっつ!」
思わず変な声が出てしまう。視線を上げて確認。リディナだった。
「集中しているときは周りに気づかないのね。本に限らず」
「敵なら気づく。リディナは別」
敵が来た場合は、監視魔法レベル2で自動的に気がつく。しかしリディナは敵ではない。ゆえに気づけない。
うむ、完璧な三段論法だ。違うか。
「それで、今描いているのは新しい家?」
うんうん、私は頷く。
「狭い場所でも設置可能。二階建て風呂トイレ付」
「狭くても風呂をつけるのがフミノだよね。でも賛成」
よしよし、リディナも賛成してくれた。
「でもこれっていくらくらいかかるのかな。二階建てだと結構するよね」
あっ、そう言えば……確かにかかるかもしれない。
つい欲望に負けて、風呂とかトイレとかを作ってしまったけれど。
「風呂、トイレ、作り付け二段ベッド、はしごは私が作る。作ってもらうのは二階建ての箱と床だけ。これでいくらになるだろう」
「確かにそうすれば少しは安いかな。でもその辺は聞いてみないとわからないね」
「なら念のため、最小構成も考えておく」
こっちは簡単だ。トイレと風呂抜きの一階建て。二段ベッドを私が作るとしたら、扉があるだけのただの箱。
ただこれだけではあまりに悲しい。やっぱりお風呂とトイレは欲しい。
だって女の子なんだもん。そんなことを私が言っても似合わないけれど。
「とにかく明日はその辺プロと相談だね。見積もりだけでもお願いすれば、大きい方の家もいくら稼げば大丈夫かわかるよね。あと明日は市場も回って買い物かな。依頼を受けるのはその後でいいよね」
私はうんうんと頷く。
「それじゃご飯を作ろうか。お風呂に入って少し復活した。それにフミノに前に作ってもらった料理があるじゃない。あれを食べて思いついたメニューがあるの。今日はそれを作ってみようかと思って」
おっと、それはそれは。
「楽しみ」
ならこのテーブルはリディナに明け渡そう。私は個室のベッドへ移動して読書だ。
なんならここがどんな場所なのか、調べてみてもいいかな。国勢図会とボンヘー社の方の百科事典を棚から取り出し、個室へ向かった。
第二話 お家のお値段
百科事典と国勢図会をある程度読んだ結果、私はここフェルマ伯領の状況を理解した。
どうやら領主であるフェルマ伯爵は有能だし頑張ってもいるようだ。
まず地形的条件。
フェルマ伯爵領はザムラナ山系と、それを挟んだ二つの盆地というか谷からなっている。
二つの谷間を直接結ぶ道はない。山越えをするか、東の海岸近くまで回り道をする必要がある。
ゆえに二つの谷の間には、同じフェルマ領といえど一般の行き来はない。
また領地全域が山と谷で、平地が少なく畑に適した土地が少ない。必然的に農作業の効率も悪い。
そのため農作物を他と同じ値段で買い取った場合、農家がやっていけなくなる。しかし領内である程度穀物を生産できないと、いざ飢饉などになった場合に悲惨なことになりかねない。
だから、領主家で他よりやや高い買い取り金額を決めて、一括で買っているようだ。
また領地がそういった環境なので、食料や生活必需品の大部分は他から買ってくることになる。しかし商人に任せたら、輸送料金などでどうしても高くつく。
そこで領主が直接運搬を手配することによって、価格を抑えている。領内で生産する鉄鋼や木炭、木材加工品などの運搬の帰路でそれらを運ぶことにより、経費を可能な限り圧縮して。
結果として、これら食料や生活必需品確保に要する経費は、領主家にとってかなりの負担になっている模様だ。
代わりに、北側の谷にあるローラッテの西側の山では、鉄鉱石を産出する。
そしてザムラナ山系の主稜線から南側には、生育が早いアコチェーノエンジュの生育地がある。
つまり鉄鉱石と木材を産物として利用できるわけだ。
鉄鉱石は製鉄してインゴットなどに、木材は材木、木炭、その他製品に加工して出荷される。
とはいえ製鉄に必要な木炭の供給は、現在冒険者任せ。だから鉄鋼生産量は、以前に比べ大幅に低下している。
木材関係についても質は評価されているものの、南部の安い木材に押され気味。
木炭も質はいいのだが、この付近は概して気候が温暖だ。だから需要は、料理や真冬の暖房程度。しかもこちらも、安い南部材の木炭に押され気味だ。
うーむ、ここの領主、苦労している。
それでも食料や生活必需品の物価を上げたりしないのは立派だ。実際は物価を上げた際、労働者が領内から流出するリスクを考慮したからだろうけれど。
ただそういった、まともな計算ができるというのは悪いことではない。
少なくともロレンツォ伯爵とかオッジーモ子爵よりは数十倍まし。
そんな結論が出た頃だった。
「フミノ、ご飯できたよ」
リディナの声。
「今行く」
本をたたんでリビングへ。
おっと、今日の夕食はご飯だ。食事という意味ではなく、米を炊いたものという意味のご飯。
おかずは刺身とスープ。しかし刺身といっても日本風の盛り合わせではない。野菜やチーズと一緒にカラフルに盛りつけられ、何かドレッシング風のものがかかっている。
地球で言うところのカルパッチョとかいうものに似た感じかな。日本にいた頃は、見たことも食べたこともないのだけれど。
わかるのは、間違いなく美味しいやつだということだ。
「これはね、この熱いご飯の上にまずこのラルドを載せてね、前にフミノが作っていた魚醤ソースを少しアレンジしたものをちょっとかけて、それで食べてみて」
ご飯にラードか。厳密にはラルドはただのラードではなく、香草と塩味をつけて熟成したものだ。大丈夫だろうかと思いつつ、言われた通りにして食べる。
香草交じりのラードがご飯の熱で溶けていく中に、魚醤ドレッシングをちょっとかけて、ご飯といっしょに口へ。
口の中に入った次の瞬間、理解した。これは美味しい。無茶苦茶美味しいと。
ものは全然違うのだけれど、味は卵かけご飯を最高級にしたような感じ。
思わずかっ込んでしまう。
「あとは同じようにこのお魚や野菜と、やっぱりラルドを一緒に食べてみて。ラルドにほんの少し魔法で熱を通して透明になったくらいが美味しいから」
なんというか背徳的な美味しさだ。
ラードを食べていると考えると。
でも赤身がトロっぽく感じたり、野菜が濃厚になったりして、確かに美味しい。
ついさっきまで、山越えで思い切り働いた後だから、今回はいいだろう。
ご飯がなくなったらまた盛って、その上に刺身や野菜を載せて。さらにラルドを載せて、魔法で熱を通してかっ込む。ああラルドの塩味もいいし、魚醤ソースも美味しいし……
気がついたらもう危険なくらいにお腹がいっぱいだった。やばい。
「美味しかった。食べすぎた」
「よかった、喜んでもらえて」
うん、やっぱり料理はリディナには敵わない。美味しすぎた。
でもこれ絶対後で気持ち悪くなる気がする、食べすぎたのは間違いないし、脂たっぷりだし。
「それじゃ明日はお家の見積もりをとって、それからお買い物でいいかな」
うんうん頷く。この程度の動きでも食べすぎのせいで厳しい。
これは駄目だ、もう今日は終わりにしよう。アイテムボックスでお皿を綺麗にして、そして私は立ち上がる。
「食べすぎた。動けない。もう寝る」
昔話なら牛とか豚になりそうだと思いつつ、個室へと撤退。
翌日。昨日夕食を食べすぎたくせに、朝食もまたしっかり食べる。
私は太れないし大きくもならない体質だから問題ない。そう自分に言い聞かせて。実情はリディナの朝食が美味しいだけ、だけれども。
朝食を片づけついでに部屋の掃除なんかもした後、家を収納して街へ。
「まずはお家の見積もりとお願いだよね」
私は頷く。
「ここは領主家が経営している森林組合が、木工ギルドの仕事も取り扱っているみたい。だから森林組合の事務所に向かうね」
その辺は昨日、本で調べたのだろうか。誰かに聞いたところを見ていないし。
わからないけれど、とりあえず迷わず歩いていくリディナにひっついていく。
リディナは大きな建物の前で立ち止まった。
「森林組合だから、相手が男の人かもしれないけれど大丈夫?」
そうか、そんな可能性もあるのか。少しだけ考えて答える。
「カウンターかテーブル越しで、リディナがいてくれれば、なんとか」
私のぎりぎりの妥協点だ。
「わかった。基本的に私が全部説明するけれど、もし何か言いたいことがあったらお願いね」
私が頷いたのを見て、リディナは一歩踏み出した。私も遅れないようについていく。
中は冒険者ギルドに比べるとやや狭い。カウンター二カ所とテーブル席一カ所。奥は事務所のようだ。
「はい、なんのご用件でしょうか」
よかった。受付はお姉さんだ。
しかし油断は禁物、途中で男の人に代わるかもしれない。
だからここで安心しないようにしよう。
「実はこちらで作っていただきたいものがありまして。まずはいくらくらいかかるか、見積もりを取ってもらおうと思いまして」
「わかりました。こちらにどうぞ」
テーブル席ではなくカウンターを案内される。これもありがたい。テーブル席よりも相手が遠い気がするから。
そして向かい側にはお姉さんが座る。よしよし、今日はついているぞ。
「それで、どのようなものを作られるのでしょうか」
私は紙をアイテムボックスから出した。今まで描いた大きい家、小さい家のラフスケッチや概略図だ。
リディナがささっとまとめて、まずは小さい方の二階建てから出す。
「まずはこれです。二階建ての箱のような建物になります……」
小さい二階建て、大きい二階建て、そして最小一階建て。
私は三種類の説明をなんとか無事終え、ほっと息をつく。
大きい二階建て案は組み合わせられるタイプではない。単独で広い個室に、そこそこ広いリビングダイニング、風呂、トイレ付きだ。
組み合わせられるタイプだと接合させるのが面倒だ。土地も同じ高さに整地しなければならない。さらに組み合わせた際、余分な力がかかって傷むかもしれない。そう判断したから。
小さい一階建ては作り付け二段ベッドの棚部分もお願いする。このサイズなら、お金が足りないということはないと思いたい。
それにプロが作るなら私が作るよりも、頑丈でいいものになるだろう。
なおベッドのマットは持っているものを使う予定。
「わかりました。それでどの程度の見積もりをいたしましょうか。簡単なものでよければ一時間程度で一件小銀貨三枚となります。外見や内装のイメージまで描いたものでは半日、今からなら午後三の鐘までお時間をいただいて一件正銀貨一枚となります。並行して作業するので一件でも三件でもかかる時間は同じです」
「どうする?」
そう尋ねるリディナに小声でお願いする。
「簡単な方で三件とも」
本当は小さい方の二階建てを、すぐ作ってもらいたい。
しかし今の所持金では足りない可能性がある。その場合は仕方がないから、一番小さいの優先だ。
「三件とも、簡単な方でお願いします」
リディナの台詞にお姉さんは頷いた。
「わかりました。それでは一時間後、十の鐘が鳴り終わった頃までに仕上げておきます」
「お願いします」
私たちは森林組合を出る。ほっと一息。
相手がお姉さんでも顔を突き合わせているのは、やっぱり怖いから。
「フミノ、それでどうする? 一時間だと買い物も中途半端になるし、なんなら冒険者ギルドの方を見てみない?」
「なぜ?」
「討伐以外に何かできそうな依頼がないか見てみようと思って。この時間ならそれほど冒険者もいないでしょ」
なるほど。
もちろん、運搬と討伐以外の依頼を受ける気はない。
しかし、もし一番小さい方の野宿小屋を建てる料金が今の持ち金より高ければ、運搬以外の方法でお金を稼ぐ必要がある。
それにどうせ半端な時間だ。なら少しでも知っている場所の方が安心できる。
もちろん、冒険者が大勢いるなんてことがなければだけれども。
こうやって街中を歩くと思い知らされる。私は冒険者にも向いていないなと。
人が怖いだけではない。方向音痴でもあるらしいのだ。
私は偵察魔法を常時展開している。自動で危険を知らせるモードだけではない。自分の上空から下に向かって眺める形で、周囲の状況も意識下に置いている。
だから街の外で迷うことはまずない。川や海が見えるし、道を外れても街道の場所ははっきり上から見えるから。
しかし街の中ではそうでもない。一回行っただけの場所なんて、覚える方が難しい。建物って上から見たらどれも同じように見えるし。
ゆえに私は、街の中では道がわからなくなる。
アレティウムではその辺を深く考えなかった。
街に慣れているリディナが自由に街を歩けて、私がそれをできないのは慣れのせい。そうだとばかり思っていた。
しかし旅に出て気がついた。
リディナは一度行った場所には、次も行くことができる。
私はどっちに歩いていいか、まるでわからない。リディナについて歩いているから結果的に迷わないだけ。
人間相手と料理の他、こういった面でもリディナに頼らざるを得ないとは。我ながら悲しい。
なんてことを思っているうちに、無事冒険者ギルドへ到着。
受付嬢さんに案内してもらって別棟の保管庫でインゴットと依頼書を渡して、カウンターへ戻って椅子に腰かけ……ようと思ったが、一度腰かけると、もう立てない。なので座ったまま魔獣や魔物を出して、受け付けしてもらう。
今は計算書と褒賞金を待ちながら、魔法で足腰を治療回復させているところだ。
「今日は早く休もう」
リディナの言葉に私は頷く。疲れた。もうボロボロだ。
「宿、取る?」
リディナは首を横に振る。
「お家の方がいい。お風呂があるから」
うんうん、それはわかる。しかしお家は街中では出せない。
「場所は?」
「ここで聞いてみる。どうせこの街で新しい家を頼むんだよね。ならバレても問題ないかなって」
本当に問題はないのか微妙に怪しい。
しかし私も疲れていた。だからつい頷いてしまう。
受付嬢さんが戻ってきた。
「お待たせしました。こちらが褒賞金と計算書になります。確認をお願いします」
さっと見る。合計で正銀貨三十二枚ちょい。計算もあっているようだ。リディナに頷く。
「大丈夫です。ところでこの辺で野営できるような場所はありませんか。できるだけここから近いところで」
「そうですね。トランダ川の河原でしたら問題ないかと思います。この季節は水が溢れることもありませんから。前の道を左に行けばすぐです」
おお、近いのはありがたい。
「ありがとうございました」
「こちらこそ。またよろしくお願いいたします」
ギルドを出て左へ。
わずかな上りでも足が厳しい。リディナと二人でずるずる足を引きずりながら歩く。
街が途切れて堤防が現れた。これもずるずると上る。
酷使した足の筋肉が悲鳴をあげる。治療魔法を何度もかけているのだが、効果はほとんどない。
堤防を登ると川が見えた。川とだだっ広い河原。
川に近い場所に丸太が置いてある以外は、砂利と草で平らな場所だ。
「ここならお家を出しても大丈夫だね」
私は頷く。
堤防を下りるときは後ろ向き。筋肉がまっすぐ坂を下りることを拒否している。
しかし下り坂は後ろ向きに歩けば、なぜか足が少し楽。これは山を下りる途中リディナが発見した歩き方だ。
坂を下りてすぐの平らな場所を、地属性魔法で整地して、家を出す。
「お風呂、フミノが先に入って。ちょっと私、もう動きたくないから」
リディナが靴を脱いだすぐ先で、ばたっと床に倒れた。
とりあえずリディナの前に皿とコップを出し、サンドイッチと乳清飲料を出しておく。
皿などを置いたのは床だ。椅子に座れる気力と体力がなさそうだから。
「ありがとう」
そして私は風呂へ。
服を脱ぐのも面倒で辛い。だから着た状態でアイテムボックスにそのまま収納。
今度着るときには結び目をほどかないとならない。
でもそのときは今より疲れていないだろう。だから面倒な作業はそのときへと回す。
魔法でお湯を出してそのまま浴槽へ。うん、ぬるめの湯が身体にしみわたる。
あまりの快適さに思わず寝てしまいそうになるが、なんとか堪える。寝ると死ぬぞというやつだ。
やばい。また眠気が。耐えろ私。眠気に負けるな。
こういうときは何かするに限る。そうは言っても疲れることはしたくない。だから魔物捜しをするために、偵察魔法の視点を動かしてみる。
おっと、空属性がレベル4になっていた。移動中、常に起動していたおかげだろうか。今まで以上――二離以上離れたところまで視点を動かせそうだ。
しかも視点をもう一つ出せそうな感じだ。早速試してみる。
視点二つ目を出すことができた。この二つ目の視点も自由に動かせる。一つを自分の直近にして、もう一つを二離先なんてことも可能だ。
これは便利かもしれない。そう思ったときだった。
偵察魔法の家に近い方の視点が、危険を察知。
人だ。それもがっしりとした体格の中年男が、この家に向かっている。
どうしよう。相手は人間だから、穴に埋めるわけにはいかない。土を出してもいけない。
どうしよう。とりあえず早く服を着なきゃ。お湯を収納して、服を着ようとする。
そう言えば着たまま収納したんだった。着るのに結び目が邪魔だ。
こういうときに限って結び目がほどけない。引っ張るだけでほどけるはずが、なぜか固結びになってしまった。
ほどこうとあがきながら必死に考える。どうしよう、どうしよう……
私が焦っている間にも、おっさんは近づいてくる。紐がほどけない。人が近づいてくる。
この家が目的ではなく、単に近くを通っているだけであってくれ。
そんな半ばパニック状態の私の思考を無視して、おっさんはこの家に近づく。
ついにこの家の玄関前へ立った。扉をノックする。
「はい」
入ったところで倒れたままのリディナが返事した。
「フェルマ伯領森林組合の者です。この場所は当ギルドの管理地なのですが。失礼ですがこちらはなんの建物でしょうか」
どうしよう、どうしよう……
私はいまだパニック状態だ。服の紐がほどけない。
「すみません。冒険者ですけれど、宿に泊まるお金を節約しようと思って、一時的に場所をお借りしました。冒険者ギルドで野営できる場所と聞いてここへ来たのですが、駄目だったでしょうか」
駄目だったら出ていかなければならない。
だから服を……ああ紐がほどけない。
「ああ、それなら大丈夫です。ここは春の雪解け時期になると洪水で溢れます。そして他の時期は森林組合で管理しています。ですから恒久的な建物なら注意をしようと思っただけです」
大丈夫か、これは? 一筋の光明が見えた気がする。
「もしお邪魔でしたら早急に移動させますけれど」
「いえ、問題ありません。ですがこの建物、そんな簡単に移動が可能なのですか」
「専用の大容量特製自在袋を持ち歩いているものですから。ただ東の魔法の国で作ってもらったものですので、他の人は使えないんです」
「これが入る自在袋ですか。それは凄い。わかりました。それでは失礼しました」
おお、危機は去った。
気がつくと苦しいことに気づいて深呼吸を三回。くらくらして浴槽に両手をついてしまう。
そして思う。さすがリディナだと。
あと今になって気づいた。紐がほどけないなら、別の服を出して着ればよかったと。
アイテムボックスに服はまだ、三着入っているのだ。焦っては何もできない。反省。
そうして落ち着くと、案外固結びも簡単にほどけてしまうのだ。なんだったんだろう、焦って苦労していたあの時間は。
しかしとりあえず今は、リディナに感謝しよう。
「ありがとう、リディナ」
「ううん、大丈夫よ、これくらい。食べるもの食べてここで休んだら、少し楽になったしね」
よし。それでは気分を入れ替えよう。
とりあえず風呂を交代だ。
浴槽をアイテムボックススキルで清掃。新しい服を出して着替える。
「お風呂交代」
「ありがとう」
さて、風呂に入ったおかげで、かなり楽になった。
私は椅子に座り、テーブル上にサンドイッチと乳清飲料を出す。
ああ、サンドイッチが乳清飲料が、身体に吸収されていくのを感じる。大げさに聞こえるが確かにそう感じるのだ。飯が美味い。
美味いついでに思い出した。全然関係ないことだけれども。
新しい家、大きい方ではなく道端でも出せるサイズの家のことを考えておかないと。
それがないと、ローラッテに行くのが辛い。今回の山越えで、そのことがよくわかった。
紙と鉛筆を出して私は考えはじめる。まず大きさはどれくらいにしようか。
どこでも出せるサイズということは、縦横一腕くらいが限界だろうか。
それくらいならどこでも置けそうだ。極端な話、山道の途中、少し太くなっているところでも。
そして小屋に必要なのはベッドと食事場所。トイレは外でいいだろう。
風呂は欲しいけれど我慢するか。いや二階建てにすれば大丈夫かも。ならついでにトイレも……
「フミノ……」
うん、二階建てにすれば、トイレも風呂もなんとか入る。二階に二段ベッドがあるリビングを設ければいい。
「フミノ、フミノ……」
でもこのままでは、大風が吹くと倒れそうだ。なら下の地面に埋める支えを作っておくか。
設置する際は最初に穴を作って、家を出してから支え部分の周りを埋めて、家全体を倒れないように固定する。その後に、トイレ穴と排水用の穴を新たに開ければいいだろう。
なんなら、今使っている平屋と組み合わせられるように作ってもいい。そうすればこっちの家に風呂とトイレがいらなくなる。リビングと個室が広くとれる。
でもやっぱりもう少し広い方がいいかな、個室もリビングも。
そう思ったとき、突然肩に何かが触れた。
「うにゃっっつ!」
思わず変な声が出てしまう。視線を上げて確認。リディナだった。
「集中しているときは周りに気づかないのね。本に限らず」
「敵なら気づく。リディナは別」
敵が来た場合は、監視魔法レベル2で自動的に気がつく。しかしリディナは敵ではない。ゆえに気づけない。
うむ、完璧な三段論法だ。違うか。
「それで、今描いているのは新しい家?」
うんうん、私は頷く。
「狭い場所でも設置可能。二階建て風呂トイレ付」
「狭くても風呂をつけるのがフミノだよね。でも賛成」
よしよし、リディナも賛成してくれた。
「でもこれっていくらくらいかかるのかな。二階建てだと結構するよね」
あっ、そう言えば……確かにかかるかもしれない。
つい欲望に負けて、風呂とかトイレとかを作ってしまったけれど。
「風呂、トイレ、作り付け二段ベッド、はしごは私が作る。作ってもらうのは二階建ての箱と床だけ。これでいくらになるだろう」
「確かにそうすれば少しは安いかな。でもその辺は聞いてみないとわからないね」
「なら念のため、最小構成も考えておく」
こっちは簡単だ。トイレと風呂抜きの一階建て。二段ベッドを私が作るとしたら、扉があるだけのただの箱。
ただこれだけではあまりに悲しい。やっぱりお風呂とトイレは欲しい。
だって女の子なんだもん。そんなことを私が言っても似合わないけれど。
「とにかく明日はその辺プロと相談だね。見積もりだけでもお願いすれば、大きい方の家もいくら稼げば大丈夫かわかるよね。あと明日は市場も回って買い物かな。依頼を受けるのはその後でいいよね」
私はうんうんと頷く。
「それじゃご飯を作ろうか。お風呂に入って少し復活した。それにフミノに前に作ってもらった料理があるじゃない。あれを食べて思いついたメニューがあるの。今日はそれを作ってみようかと思って」
おっと、それはそれは。
「楽しみ」
ならこのテーブルはリディナに明け渡そう。私は個室のベッドへ移動して読書だ。
なんならここがどんな場所なのか、調べてみてもいいかな。国勢図会とボンヘー社の方の百科事典を棚から取り出し、個室へ向かった。
第二話 お家のお値段
百科事典と国勢図会をある程度読んだ結果、私はここフェルマ伯領の状況を理解した。
どうやら領主であるフェルマ伯爵は有能だし頑張ってもいるようだ。
まず地形的条件。
フェルマ伯爵領はザムラナ山系と、それを挟んだ二つの盆地というか谷からなっている。
二つの谷間を直接結ぶ道はない。山越えをするか、東の海岸近くまで回り道をする必要がある。
ゆえに二つの谷の間には、同じフェルマ領といえど一般の行き来はない。
また領地全域が山と谷で、平地が少なく畑に適した土地が少ない。必然的に農作業の効率も悪い。
そのため農作物を他と同じ値段で買い取った場合、農家がやっていけなくなる。しかし領内である程度穀物を生産できないと、いざ飢饉などになった場合に悲惨なことになりかねない。
だから、領主家で他よりやや高い買い取り金額を決めて、一括で買っているようだ。
また領地がそういった環境なので、食料や生活必需品の大部分は他から買ってくることになる。しかし商人に任せたら、輸送料金などでどうしても高くつく。
そこで領主が直接運搬を手配することによって、価格を抑えている。領内で生産する鉄鋼や木炭、木材加工品などの運搬の帰路でそれらを運ぶことにより、経費を可能な限り圧縮して。
結果として、これら食料や生活必需品確保に要する経費は、領主家にとってかなりの負担になっている模様だ。
代わりに、北側の谷にあるローラッテの西側の山では、鉄鉱石を産出する。
そしてザムラナ山系の主稜線から南側には、生育が早いアコチェーノエンジュの生育地がある。
つまり鉄鉱石と木材を産物として利用できるわけだ。
鉄鉱石は製鉄してインゴットなどに、木材は材木、木炭、その他製品に加工して出荷される。
とはいえ製鉄に必要な木炭の供給は、現在冒険者任せ。だから鉄鋼生産量は、以前に比べ大幅に低下している。
木材関係についても質は評価されているものの、南部の安い木材に押され気味。
木炭も質はいいのだが、この付近は概して気候が温暖だ。だから需要は、料理や真冬の暖房程度。しかもこちらも、安い南部材の木炭に押され気味だ。
うーむ、ここの領主、苦労している。
それでも食料や生活必需品の物価を上げたりしないのは立派だ。実際は物価を上げた際、労働者が領内から流出するリスクを考慮したからだろうけれど。
ただそういった、まともな計算ができるというのは悪いことではない。
少なくともロレンツォ伯爵とかオッジーモ子爵よりは数十倍まし。
そんな結論が出た頃だった。
「フミノ、ご飯できたよ」
リディナの声。
「今行く」
本をたたんでリビングへ。
おっと、今日の夕食はご飯だ。食事という意味ではなく、米を炊いたものという意味のご飯。
おかずは刺身とスープ。しかし刺身といっても日本風の盛り合わせではない。野菜やチーズと一緒にカラフルに盛りつけられ、何かドレッシング風のものがかかっている。
地球で言うところのカルパッチョとかいうものに似た感じかな。日本にいた頃は、見たことも食べたこともないのだけれど。
わかるのは、間違いなく美味しいやつだということだ。
「これはね、この熱いご飯の上にまずこのラルドを載せてね、前にフミノが作っていた魚醤ソースを少しアレンジしたものをちょっとかけて、それで食べてみて」
ご飯にラードか。厳密にはラルドはただのラードではなく、香草と塩味をつけて熟成したものだ。大丈夫だろうかと思いつつ、言われた通りにして食べる。
香草交じりのラードがご飯の熱で溶けていく中に、魚醤ドレッシングをちょっとかけて、ご飯といっしょに口へ。
口の中に入った次の瞬間、理解した。これは美味しい。無茶苦茶美味しいと。
ものは全然違うのだけれど、味は卵かけご飯を最高級にしたような感じ。
思わずかっ込んでしまう。
「あとは同じようにこのお魚や野菜と、やっぱりラルドを一緒に食べてみて。ラルドにほんの少し魔法で熱を通して透明になったくらいが美味しいから」
なんというか背徳的な美味しさだ。
ラードを食べていると考えると。
でも赤身がトロっぽく感じたり、野菜が濃厚になったりして、確かに美味しい。
ついさっきまで、山越えで思い切り働いた後だから、今回はいいだろう。
ご飯がなくなったらまた盛って、その上に刺身や野菜を載せて。さらにラルドを載せて、魔法で熱を通してかっ込む。ああラルドの塩味もいいし、魚醤ソースも美味しいし……
気がついたらもう危険なくらいにお腹がいっぱいだった。やばい。
「美味しかった。食べすぎた」
「よかった、喜んでもらえて」
うん、やっぱり料理はリディナには敵わない。美味しすぎた。
でもこれ絶対後で気持ち悪くなる気がする、食べすぎたのは間違いないし、脂たっぷりだし。
「それじゃ明日はお家の見積もりをとって、それからお買い物でいいかな」
うんうん頷く。この程度の動きでも食べすぎのせいで厳しい。
これは駄目だ、もう今日は終わりにしよう。アイテムボックスでお皿を綺麗にして、そして私は立ち上がる。
「食べすぎた。動けない。もう寝る」
昔話なら牛とか豚になりそうだと思いつつ、個室へと撤退。
翌日。昨日夕食を食べすぎたくせに、朝食もまたしっかり食べる。
私は太れないし大きくもならない体質だから問題ない。そう自分に言い聞かせて。実情はリディナの朝食が美味しいだけ、だけれども。
朝食を片づけついでに部屋の掃除なんかもした後、家を収納して街へ。
「まずはお家の見積もりとお願いだよね」
私は頷く。
「ここは領主家が経営している森林組合が、木工ギルドの仕事も取り扱っているみたい。だから森林組合の事務所に向かうね」
その辺は昨日、本で調べたのだろうか。誰かに聞いたところを見ていないし。
わからないけれど、とりあえず迷わず歩いていくリディナにひっついていく。
リディナは大きな建物の前で立ち止まった。
「森林組合だから、相手が男の人かもしれないけれど大丈夫?」
そうか、そんな可能性もあるのか。少しだけ考えて答える。
「カウンターかテーブル越しで、リディナがいてくれれば、なんとか」
私のぎりぎりの妥協点だ。
「わかった。基本的に私が全部説明するけれど、もし何か言いたいことがあったらお願いね」
私が頷いたのを見て、リディナは一歩踏み出した。私も遅れないようについていく。
中は冒険者ギルドに比べるとやや狭い。カウンター二カ所とテーブル席一カ所。奥は事務所のようだ。
「はい、なんのご用件でしょうか」
よかった。受付はお姉さんだ。
しかし油断は禁物、途中で男の人に代わるかもしれない。
だからここで安心しないようにしよう。
「実はこちらで作っていただきたいものがありまして。まずはいくらくらいかかるか、見積もりを取ってもらおうと思いまして」
「わかりました。こちらにどうぞ」
テーブル席ではなくカウンターを案内される。これもありがたい。テーブル席よりも相手が遠い気がするから。
そして向かい側にはお姉さんが座る。よしよし、今日はついているぞ。
「それで、どのようなものを作られるのでしょうか」
私は紙をアイテムボックスから出した。今まで描いた大きい家、小さい家のラフスケッチや概略図だ。
リディナがささっとまとめて、まずは小さい方の二階建てから出す。
「まずはこれです。二階建ての箱のような建物になります……」
小さい二階建て、大きい二階建て、そして最小一階建て。
私は三種類の説明をなんとか無事終え、ほっと息をつく。
大きい二階建て案は組み合わせられるタイプではない。単独で広い個室に、そこそこ広いリビングダイニング、風呂、トイレ付きだ。
組み合わせられるタイプだと接合させるのが面倒だ。土地も同じ高さに整地しなければならない。さらに組み合わせた際、余分な力がかかって傷むかもしれない。そう判断したから。
小さい一階建ては作り付け二段ベッドの棚部分もお願いする。このサイズなら、お金が足りないということはないと思いたい。
それにプロが作るなら私が作るよりも、頑丈でいいものになるだろう。
なおベッドのマットは持っているものを使う予定。
「わかりました。それでどの程度の見積もりをいたしましょうか。簡単なものでよければ一時間程度で一件小銀貨三枚となります。外見や内装のイメージまで描いたものでは半日、今からなら午後三の鐘までお時間をいただいて一件正銀貨一枚となります。並行して作業するので一件でも三件でもかかる時間は同じです」
「どうする?」
そう尋ねるリディナに小声でお願いする。
「簡単な方で三件とも」
本当は小さい方の二階建てを、すぐ作ってもらいたい。
しかし今の所持金では足りない可能性がある。その場合は仕方がないから、一番小さいの優先だ。
「三件とも、簡単な方でお願いします」
リディナの台詞にお姉さんは頷いた。
「わかりました。それでは一時間後、十の鐘が鳴り終わった頃までに仕上げておきます」
「お願いします」
私たちは森林組合を出る。ほっと一息。
相手がお姉さんでも顔を突き合わせているのは、やっぱり怖いから。
「フミノ、それでどうする? 一時間だと買い物も中途半端になるし、なんなら冒険者ギルドの方を見てみない?」
「なぜ?」
「討伐以外に何かできそうな依頼がないか見てみようと思って。この時間ならそれほど冒険者もいないでしょ」
なるほど。
もちろん、運搬と討伐以外の依頼を受ける気はない。
しかし、もし一番小さい方の野宿小屋を建てる料金が今の持ち金より高ければ、運搬以外の方法でお金を稼ぐ必要がある。
それにどうせ半端な時間だ。なら少しでも知っている場所の方が安心できる。
もちろん、冒険者が大勢いるなんてことがなければだけれども。
こうやって街中を歩くと思い知らされる。私は冒険者にも向いていないなと。
人が怖いだけではない。方向音痴でもあるらしいのだ。
私は偵察魔法を常時展開している。自動で危険を知らせるモードだけではない。自分の上空から下に向かって眺める形で、周囲の状況も意識下に置いている。
だから街の外で迷うことはまずない。川や海が見えるし、道を外れても街道の場所ははっきり上から見えるから。
しかし街の中ではそうでもない。一回行っただけの場所なんて、覚える方が難しい。建物って上から見たらどれも同じように見えるし。
ゆえに私は、街の中では道がわからなくなる。
アレティウムではその辺を深く考えなかった。
街に慣れているリディナが自由に街を歩けて、私がそれをできないのは慣れのせい。そうだとばかり思っていた。
しかし旅に出て気がついた。
リディナは一度行った場所には、次も行くことができる。
私はどっちに歩いていいか、まるでわからない。リディナについて歩いているから結果的に迷わないだけ。
人間相手と料理の他、こういった面でもリディナに頼らざるを得ないとは。我ながら悲しい。
なんてことを思っているうちに、無事冒険者ギルドへ到着。
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