ひっそり静かに生きていきたい 神様に同情されて異世界へ。頼みの綱はアイテムボックス

於田縫紀

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拾遺録6 俺達の決断

5 選択肢

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「俺としては、現状ではなにもしない方がいいと思う」

「どうしてですか」

 サリアにはそう言われると思った。
 だからある程度の説明は、既に考えてある。

「サリアが証拠書類を確保してくれて、正直助かった。これでいざという際は、国王庁に訴え出るという選択肢が出来た。
 それでも今回の事案の当事者は、イレーネとロザンナだ。だからどうするかを決めるのは俺達ではなく、あの2人に任せる方がいいと思う」

「でもそれでは、不正な手段で領主になる者が出てしまう可能性があります。また領条例が改悪され、特定商会が不当な利益を貪り、住民がその被害にあうことにも繋がる可能性が高いです」

 サリアの言う事は正しい。

「それでも自分が領主になるかどうか、領主になる覚悟があるかは、自分で決めるべきだろうと思う。本来は選択肢なんてものはなかったのかもしれない。しかし今なら領主にならずに逃げるという選択肢がある。本人が逃げを選ぶなら、正しさを理由にして領主を押しつけたくない」

 甘い考えと言われるかもしれない。
 しかし領主家の長というのは、何気に重くて面倒な地位だ。

 俺自身もA級冒険者パーティの長として、男爵位を持っている。
 領地は無い単なる名誉職だが、それでも年に何回かは行事に出る義務があるし、それ以外の貴族としての付き合いもしなければならない。

 だが現在、俺は本当に必要最小限以外の行事には出ていないし、貴族的な付き合いなんて事もしていない。
 王都に屋敷を維持し、貴族としての窓口を常設すると共に、緊急時に出頭出来るようにするなんて貴族本来の義務でさえ果たしていない。
 
 名義上の王都屋敷は冒険者ギルドスティヴァレ支部顧問のタウフェン公爵邸内ということにして、連絡も冒険者ギルド経由にしている。
 領地を持たない名誉職であり現役冒険者でもあるという事で、何とか黙認してもらっている状態だ。

 つまり俺自身が面倒や束縛を嫌って、貴族としての立場から逃げている現状だ。
 だから逃げる機会が出来た彼女に、領主になるのが正しいだなんて事は言えない。

 なおパーティの他の皆さんもA級冒険者ということで貴族位を持っているが、準男爵位なので義務はほとんど無い。
 その辺、個人的に何だかなあと思うけれど、それは今回は考慮外として。

「法的、社会的に正しいかどうかは別として、義務を伴う地位の変動には本人の覚悟と認識が必要だ。そのことは理解しました。
 それならイレーネさんとロザンナさんには、証拠を入手した事を話した上で、今後どうするかについて尋ねるべきでしょうか」

 理解したというのは『納得はしていない』という事だろう。
 その上で俺の意見を尊重してもいいと言う意味だ。

 更に言うと、『証拠を入手し……』というのは、その場合にサリアならこうするだろうという意見。
 そして俺の意見が違うだろうという事も、きっと気づいている。

 なら俺は俺で、俺自身の意見を言うべきだろう。
 社会的に正しいかどうかは別として、俺が個人てきにこうした方がいいだろうと思う意見を。

「これから言うのは、あくまで俺個人の意見だ。だから異論があれば言ってくれた方がありがたい」

 まずはそう前置きをして、そして俺は頭の中で言うべき事やその説明を組み立てつつ、その後を続ける。

「証拠を入手した事も、それで何が出来るかについても、何なら俺達の通称の方のパーティ名についても、言わない方がいい。ただ襲撃があったから保護して、代わりに足りない部分を手伝ってもらっている『光のかけら』という冒険者集団クラン。その名目で通したい」

「少なくともイレーネさんの方は、私達が『迷宮ダンジョン消去者イレーサー』である事を知っている。それでもか」

 これはアギラだ。俺は頷く。

「ああ。向こうも俺達の事を知っているし、俺達もイレーネさん達が誰でどういう事情があるのかを知っている。おそらくはお互い、相手が自分の正体を知っている事もわかっている。
 それでもそのことをお互い話してしまえば、選べる選択肢はぐっと少なくなる。さっき言った公的に正しい選択肢しか、立場として選べなくなる。
 だからここは何も言わず、今のままで通したい。その上で向こうが自分について話して協力を求めたなら、それに応えよう。
 甘い考えだとはわかっている。それでも俺は選択肢を最大にした状態で、本人に自分で選択して欲しい。
 俺の意見は以上だ。異論や意見があったら言って欲しい」

 ヒューマがにやりと悪そうな笑みを浮かべる。

「多少領条例をいじられても、商業関係についてならどうにでもなるから問題ありませんよ。こっちは商業ギルド正会員、たかが商業ギルドの地方会員くらい、その気になれば市場でいくらでもぶん殴れますから。むしろ相手が悪い輩の方が僕としてはありがたいですね。ガンガン叩いても罪悪感を覚えずに済みます」

 何というか、ベニーニ商会よりヒューマの方がよっぽど悪役の器という気がする。
 しかし今の状況で、そう言ってくれると俺としてはありがたい。

「私としては、選択肢は最大にして自分で選ばせるというカイルの方針に賛成だ。領主職というのは真面目にやるならそれなりの覚悟が必要だろう。選択肢が無ければ別だが、出来てしまった選択肢を無視した場合、後々まで後悔が続くことになりかねない」

「僕もそれでいいと思うよ。冒険者だから、依頼がなければ動かないというのは正しいと思うしね」

 アギラとレウスからも援護射撃があれば、事実上決まったようなものだ。
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