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一章

07,対面②

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顔を上げて目の前に座る馬匠の表情が驚愕に変わる。
そして、急にボロボロと涙を流して嗚咽を洩らし始めてしまった。
戸惑ったのは紅雪だけではなく、紅淡も紫攸も戸惑い困惑気に目で会話している。


「…紅雪…っ」
「おじい様…っ…」


馬匠が泣きながら呟いた言葉が聞こえた紅雪からも涙が溢れて頬を伝う。
拒絶されなかった喜びと孫と認めている馬匠の優しい笑みが目の前に現れると抱き締められた。
紅淡以外の家族からの温もり、紅雪はたどたどしく馬匠の背中に腕を回す。
年配の細く骨張った体格、しかし温もりは紅淡や紫攸と同じぐらい優しくて心地良い。
紅雪は抱き締められたまま馬匠の胸で声を出して泣いた。


***


「蒼鳴国皇帝陛下に拝謁致します」
「楽にしろ。今は皇帝ではなく紅雪の旦那として参ったからな。そんな畏まらなくて構わないぞ馬匠殿」
「じい様、陛下の事信じてはいけないよ。紅雪を拒絶したら殺すつも――ッッ」
「紫攸様……」


紅雪の隣に座っているのが、蒼鳴国の皇帝だと気付いた馬匠が深々と頭を垂れる。
にこにこ笑顔を浮かべる紫攸の言葉を背後で聞いてた紅淡が否定してる最中、紫攸の手が勢い良く紅淡の頭を張たいた。
悶絶する紅淡を無視して向き直る紫攸に、馬匠は文句も言えず苦笑を浮かべるしかない。
しかし、紅雪は悶絶する紅淡を心配そうに見つめていたと思ったら、紫攸を不満そうに見つめて名前を呼んだ。


「わかったよ…紅淡悪かったな…」
「…俺も言い過ぎました…すみません」


責めるような視線。通常なら叱咤されても可笑しくないのだが、馬匠の心配も余所に紅雪の視線に負けた紫攸が紅淡に謝罪する。
頭を押さえながら起き上がった紅淡も、謝罪を返すとホッとした紅雪が笑顔を見せた。
笑顔に安堵した紫攸は、紅雪の手を握り締めるそんな遣り取りを見ていた馬匠が頭を床に付ける。


「紅雪、すまなかった…」
「謝らないで下さい。私は、嫌悪されても仕方なかったんです。おじい様のせいじゃありませんから」


急な行動に慌てながら、紅雪は頭を下げる馬匠の上体を起こす。
実際、幼い頃の事は紅雪は殆ど覚えていない。
なのに、そのせいで馬匠に罪悪感が生まれてしまっては元も子もない。
それよりも、紅雪は馬匠が自分を忘れないでいてくれた事が心から嬉しかった。
馬匠の心の声も、謝罪と紅雪の想いでいっぱい。
それに、少しだけ父としての紅銘への愛が伝わる言葉も言っていた。

「……今は幸せか?」
「――はい!!」

少し心配そうな馬匠の言葉に、紅雪は紫攸と紅淡を一度見て直ぐに馬匠に視線を戻すと満面の笑みで答える。
その笑顔を間近で見た馬匠の頬にまた涙が伝うけれど、今度の涙はうれし涙。
しわくちゃな顔で微笑んだ馬匠とにっこり笑う紅雪の二人を見守っていた紫攸が、ホッと胸を撫で下ろした。
紫攸は、紅雪の味方が大きな魚なのを知っていた。
それを得た事で、紫峰国での行動の遣り易さが断然違う事も知っている。
そんなあくどい事を考えている事を悟られないように、紫攸を見て嬉しそうに笑う紅雪に微笑み返した。
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