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一 章 ・ 女 中
参. 答えの出ない悩み
しおりを挟む朝から慌ただしかった。
先週、会津藩主松平容保からクーデターの誘いが来たらしい。
そろそろ来るだろうとは思っていたけど、みんなの反応の凄さに驚いた。
嬉しさのあまり酒を飲み踊り出す隊士数人。
嬉しすぎて眠れない者や鍛錬に励む者もいる。
更に見廻りに集中せず、切り傷(喧嘩じゃなくて転んだりぶつかったりで)ができている者もいる。
前日になれば静かになるだろうと予測してたのに裏切られてしまった。
原田「桜!前祝いだ、呑むぜえ!」
「まだ勝ってもいませんよ!先走り過ぎです!」
永倉「俺達が負ける訳ねえだろ!」
酒を片手に大はしゃぎする左之さんに突っ込んでみるけど、新八さんが笑いながら勝気に答えた。
(確かに負けないけど… でも、この後が大変なんだよ…)
未来に関する情報を伝えられないので、盛大な溜め息を漏らして台所に逃げる。
残り少ないお酒を一升瓶に入れて湯で温め始めた。
藤堂「明日は忙しくなるだろうから先に寝ろよ」
台所の入口付近から声を掛けられ視線を向けると、平助くんが苦笑を浮かべていた。
「じゃあ、お願いしちゃおうかな…」
後のフォローは任せろってことだろうか、酔っ払いの相手はしたくないので平助くんの言葉に甘える事にした。
藤堂「ああ、任せな。桜、お休み」
「平助くんも無理しないでね。お休みなさい」
そう伝えると、了解とばかりに片手を軽く上げ微笑む平助くんの横を通り過ぎて自室に向かった。
とうとう私専用の部屋を作ってくれた土方さん。
私に宛がわれた部屋は末端。
部屋に行くには近藤さんや土方さんの部屋の前を通らなくてはいけない。
恐怖の対象である二人にバレる可能性のある行動を起こしたくない隊士たちは、部屋に行こうとは微塵にも思わない。
部屋に戻ると蝋燭に灯りを燈して、端に寄せた布団を抱き抱え中央の畳に布団を敷く。
着物を脱ぎ、寝間着に着替えると布団に寝転び天井を見つめた。
(危険を承知で隊士になるか…)
そう思いながらも、真剣で浪人を斬った時に感じた感触を思い出してキュッと眉を寄せる。
(人間を斬りたくない…)
日常的に本物の刀で父と稽古をしていたので刀を扱う事も重さにも慣れていた。
しかし、それは稽古であって斬る為ではない。
生きる為であっても、人間を斬りたいとは思わなかった。
(でも、みんなを守りたい。怪我もさせたくない。死なせたくない…)
寝転んだままの体勢で、ぎゅっと掌を握り締めた。
矛盾する気持ちの答えなど出てくる筈もない。
戦わなければ、 待っているのは死のみ。
死にたくなければ、殺したくないのなら、女中のままでいれば良い。
(お父さん、お母さん、私はどうしたら良いの…?)
父なら答えを教えてくれるかもしれない。
母なら答えを導いてくれるかもしれない。
そう思ったら、両親に会いたくなってしまった。
たまに隊士たちに両親を捜して貰ってるのに、今現在見つかってもいない。
両親がこの世界にいたら必ず生き残っている筈なのは分かっている。
この世界に、両親は居ないのだと私は気付いていた。
(お父さん、お母さん…っ)
両親のいる場所に帰りたい。
愛情のこもった眼差し、笑顔が見たい。
父の、時には厳しく時には優しい手で頭を撫でられたい。
母の、優しい手で抱き締められたい。
ずっと思っていて秘めていた願いだった。
両親を思い出して涙が溢れる。
(…帰れないのは、ここに理由があるからなんだよね…)
帰りたいと願っても、うんともすんとも言わない。
それは、この幕末が私を必要としているからかもしれない。
幼少の頃から見る夢が幕末に来た理由だとしたら、両親のところに戻ることは出来ないのかもしれない。
私は、覚悟しなくてはいけなくなるかもしれない。
(怖いけど、私は知りたい)
涙を拭いながら決意するように呟く。
蝋燭の火を消して真っ暗闇になった部屋の天井に、二度と会えないかもしれない両親の顔が浮かんだように見えた。
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