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一 章 ・ 女 中

陸. 一喜一憂

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最近、土間で食事する左之さんの様子がいつもより大人しい。
何かに悩んでるようで何度も溜息を付いてる姿を見かけた。


「何か悩んでるのかな?」
「きっと腹痛。なかなか治らないとか体調管理がなってないよね」


隣で皿洗いを手伝ってくれてる総司さんに聞いてみるけど、欲しい回答とは程遠くて苦笑してしまった。


「それか……」
「知ってるの!?」



手を止めた総司が思い出したように呟きながら食事の手が止まっている左之さんを眺める。
箸を落とした事にも気付かない程ぼーっとしている左之さんをハラハラと見ていたけど言葉に反応して顔を向けた。


「これは僕が言ったとか言わないでね?」
「うん!教えて!!」


総司が苦笑を浮かべながら確かめるように視線を向けられると、左之さんが心此処に在らずの理由を知れる嬉しさで笑顔で頷いた。


「桜、可愛いけど…弛み過ぎだよ…」


総司に注意をされて、慌てて両手で頬をフニフニ摘んで直してみる。
その姿を見ていた総司が顔を隠して悶絶していたのだが、本人は必死で気付いていなかった。


「まあ、それは置いといて…左之に意中の者がいるんじゃないかな?」


一息付いて気持ちを落ち着かせた総司さんがにっこりと笑う。
総司さんの笑顔は何かを企んでいそうな感じなのだけれども私は気付かず、言われた言葉を頭の中で反復させていた。


「意中の人…そっかー…」
「恋愛云々に首突っ込むと大変。何もしないで見守ってるのが一番だよ」


史実で左之さんがお嫁さんを娶っていた事を思い出して態度の理由に納得する。


「わかってるよ…」


突発的に動いてしまいそうな私を諭すような発言をする総司さんに拗ねたような返事を返して皿洗いを再開させる。
濡れた皿を総司さんに差し出すと、手拭いを手に取って渡された皿を拭き始めた。


「総司さん、手伝ってくれてありがとう」
「桜の頼みならいつでも手伝うよ」


後片付けが終わると隣にいる総司さんにお礼を言う。
総司さんは湿った手拭いを捻り絞っていたけど、お礼の言葉が聞こえると顔を上げて微笑んだ。


「さっきは…ごめんね」
「何かあったかな?それより、美味しい甘味処に行かない?」


総司さんの優しさに拗ねた自分が恥ずかしくてそっぽを向いて謝ると、総司さんは微笑んで忘れたフリをしてくれた。
そんな所が、やっぱり大人だなって思わせる。
そう思ってしまう私は、自分がまだまだ子供なんだと実感した。


「行きたい!!」


その後のお誘いの言葉、甘い物が不足していたので喜んで総司さんの誘いに乗った。


「じゃあ、長屋門で待ってるよ。あ、桜柄の着物を着て来てくれたら嬉しいな」
「あれだね。着替えてくるから待っててね!」


手拭いを台所に広げて置きながら笑顔を浮かべた。
すぐに総司さんの言ってる着物が分かって、嬉しそうに笑うと急ぎ足で部屋に向かう。
桜の後ろ姿を見送った総司は、腰を抜かしたようにうずくまり片手で顔を覆い隠した。


「本当、桜の笑顔は殺人級に可愛いなぁ…」


盛大な溜息を漏らしながら呟く。
人には見せられない程、今の総司の頬は弛み、にやけた顔をしていたのだった。
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