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「夫候補に名乗りあげようかな」

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「は?」


この、精巧に作られた椅子に座らされて早一時間とちょっと

私は今しがた言われた言葉の意味を頭の中でリピートしてた

ーーー君は何人居るの?夫ーーー


この言葉に思わず「...一人」だと言ってしまい、ポカンと見つめる私に更なる爆薬を投下するユリウスさん

「ふぅーん、じゃぁ夫候補に名乗り上げようかな?」

の言葉に対しての「は?」だった




一時間とちょっと前、私は隠しても意味が無いだろうと日本と言う国から来た異世界の専業主婦だと説明した

信じて貰えるかは半々だったけれど

この世界はどうやらそう言った異世界人が度々居たらしく、私の言葉に驚きながらも信じてくれた三人だった

ただ、度々居たらしくと言う所がミソで、今はそう言った異世界人が居ると聞いた事も、見た事があると言う事も無いそうで、最後にこの国に居たと聞いた事があるのは今から85年前の事らしい

85年前....生きていても老人

その人が生きているかもわからないし、男なのか女なのかも知らないと言う三人

ごめんね?と謝るユリウスさんにとんでもないと返す

そして、そんな事を聞くと言う事は帰りたいと、言う事なんだねと聞かれ、当たり前です!!!と返した

一日、一秒でも早く旦那様の元へ帰る所存だと意気込んで話せば、親身に聞いてくれるユリウスさん

「うんうん、旦那様を愛してるんだね」

と言われた時は恥ずかし過ぎて頬を染めた私

それから始まる以下に私が旦那様の事が大事で大好きで掛け替えの無い大切な家族で愛しい夫なのかと言う事と、以下に旦那様が優れていて、どんなにカッコイイのかと言う事を興奮気味に話すも、嫌な顔せずウンウンと相槌打ち、親身に聞いてくれるモノだから私もつい、喋りすぎるのだった

所謂、惚け話だ

友人に話せばリア充爆発しろで終わる話しを興味深そうに聞いてくれるユリウスさん

私の中でユリウスさんの好感度がグンッと上がった瞬間だった

だってユリウスさんったら

「じゃぁ旦那様はこんなに君に想われて幸せ者だね」何て言うんだよ?

俺もそんな完璧な人なら一度逢ってみたいなと、言われた時は是非会わせたい!と、異世界なのも忘れて身を乗り出した

旦那様を思い出し、うっとり顔の私にニコニコ笑うユリウスさん

一方アレスさんはと言うと、私の旦那様自慢が始まった時までは起きてたのに、いつの間にか壁にその背中を預け、腕を組み瞳を瞑りピクリとも動かない銅像に御成になりました

まぁ無理もない

聞きたく無い人に無理矢理聞かせる話しでも無い

それを無理矢理聞けとは、人の話などに興味無さそうな人に言え無い

この人にそんな話しをしようものならアイスブルーよりも冷たく、深すぎる紺青に一瞬で氷漬けされそうだ

そして、リアムさんはと言うと先程から必死にペンを動かしていた

何やら話しを記録に取って置くらしくて、キリリと真面目な顔をして紙に書いてる

そんな真面目な顔してどう言う風に書いてるのか気になり、ソッと覗くと、まさか私の旦那様自慢を1字1句間違わず書いてるとは思わなかった

寧ろ私の様子や仕草まで書いてるなど、知りたく無かった

以下、リアム作~異世界人めぐみさんについての記述~

夫の話しをしてる時の異世界人めぐみさんは頬を赤より明るいピンクに近い色に染めて恥ずかしいのか俯いていた

夫の話しをするめぐみさんは今でも夫に恋をする乙女の様に初々しく可憐で可愛らしい

ある日の夫との出来事を話すめぐみさんをここに記す~以下略



と、1字1句、達筆な字で書かれてるとわかった瞬間、うぎゃーと叫び、その紙をグチャグチャに丸め思わず食べてしまいたい衝動に駆られた


私の話す単語で、わからない事が有れば手をソロソロと上げて聞いてくる

そんな姿は真面目な好青年に見える

日本風で言うなら優しげな癒し系男子

フンワリした表情、相談に親身に乗ってくれる年上のお兄さん

そんなイメージだ


「彼は...きっと素晴らしい人なんだね」

この言葉はとても嬉しく、私を喜ばせるのは充分で頬を染めてコクコク頷く

「ここで、もう一度聞きたいんだけど、君は元の場所へ帰るつもりなんだね?」

「はい、私は夫の待つ所へ帰りたいです」

「そっか...帰った事のある人物の話しは聞かないけれど、文献として、最初の異世界人についての記録はあるんだけど...」


その言葉に「本当ですか!?」と身を乗り出した

すると少し慌てて顔を背けるユリウスさん

「ち、近い...」

先程までのキラキラしい王子様フェイスを崩し、瞳を見開き、少し頬を染めるユリウスさんは思ったよりも良い人みたいで私はニコニコ笑う

「あ、ごめんなさい!で、その文献はどうしたら見れますか?」


身体を元に戻し、座り直すと真っ直ぐユリウスさんを見つめる


私の言葉に一瞬、躊躇う様に瞳を彷徨わせるユリウスさんに代わり声を出したのはアレスさんだった


「無理だな」

「アレス!!!」

慌ててアレスさんに向き直るユリウスさん


私を気遣う様に大丈夫だからと笑うユリウスさんには悪いけれど、私は立ち上がりアレスさんの元へ向かう

「無理とはどう言う事でしょう?」


見上げれば遥か彼方のアレスさんの顔

真っ直ぐ見つめてキリリと言う私に深いため息を吐き出し、その海よりも青黒い瞳で見下ろして来る

漆黒の髪が頬に掛かりサラリと揺れる

「正確に言うと今は無理だ」

話しを聞けば文献とやらは五つ有るらしく、その五つの文献は各国の王家と神殿が所有していると言う

そこから始まるこの世界の成り立ちと歴史


この世界は四人の神によって作られたと言う

ここからが長かった

長すぎるのでザックリ省くと、こう言う事らしい

四人の神によって作られた世界に人間と魔物、魔法を授けた四人の神様達

しかし色々あって(此処はサックリ省く)神は天界へ帰って行く

神が居なくなった事によって世界は闇に落とされる

それを見かねた神の一人が地上に舞い戻る

その神と人間の間に出来た四人の子供が各地に散らばり四つの国に別れ、今に至ると言う

何処に異世界人と言う存在登場かと言うと

神と契った最初の人間と言うのが異世界人と言う話しで、王家に連なる血筋は全て神と異世界人との混血だと言う

異世界人についての記述を文献として各国にて厳重に保管してるらしい


四つの国と一つの神殿で大切に保管された文献は一年に一度集められ、見る事が出来ると言う

ただ...と、言いにくそうに続きを言い渋ったのはユリウスさんだった

「今年はもう終わって...来年かな」

の言葉に私は呆然としながらユリウスさんを凝視する

呆然とする私をヒョイと抱え椅子に降ろしたのはアレスさんだった

呆然とする私に更にユリウスさんが言うには


「今年もだけど神殿側が難色を示しているんだよね」

だから来年は難しいかもしれないと、ユリウスさんが残念そうに呟く

ユリウスさんが悪いわけでも無いのに、ごめんねと謝りながらすまなそうに笑う

「あ、あの少しでも見る事は...」

「無理かな」

「絶対?」

「絶対」

「死んでも?」

「死んで....「あ...」


ユリウスさんの言葉を途中で止めたのはリアムさんだった

「何か考え付いたんですか?」

私はガバッと向き直り、テーブルに乗り上げる様に身を持ち上げペンを持ったままへラリ笑うリアムさんに向きなおる

「いや...うーんこの国の文献なら何とかなるかもだけど、他の文献は各王家にしかわからないかな


それに神殿は確実に無理かな」


文献一つだけ見ても、どうにもならないでしょ?と、人の良い顔をクシュリと歪めるリアムさん

しかし、諦め切れない私は文献一つだけでも!と、いつの間にかテーブルに乗り上げてリアムさんに躙り寄る


「わ、わわわ!ちょ!近いっ!か、顔がっ!」

「リアムさんっ!一つだけでも!お願いします!」

「ちょ!まっ!!!ギャッ、匂いがっ....お、俺、もう...」

「はぁーい、少し離れようね」

テーブルを乗り上げ、リアムさんの首元をグイグイと引っ張る私の腰ごと持ち上げるユリウスさんと、リアムさんを羽交い締めするアレスさん

「ユリウスさんっ!!!離してください!」

「ちょっと落ち着こうか?」

でもっ!と唇を引き結ぶとしょうがないなと、頭をクシュリ撫でられる

頭を撫でるなと、睨み付ければ困り顔のユリウスさん

「ホント...イケない子」

ムムムと眉を寄せると良いから大人しく座る!と、椅子に降ろされる

「リアムが言った通り一つだけ見ても意味無いでしょ?」

五つ揃わないと意味が無いと、何度も言われ、渋々納得する私(本当は全然納得してないけど)

そんな私にユリウスさんがハーッと大きな溜め息を吐き出し、聞き分けの無い子供を見る目付きで見つめて来る

おい、何気に失礼だなコイツ!!!

さっきは良い人かもと思ったのにと、そっぽを向く私にリアムさんがボソッと何かを呟いたけれど聞き取れなかった

ユリウスさんがしょうがないなーと息を小さく吐き出し指差したのはアレスさんだった

「そんなに見たいならアレスに頼んだ方が良いよ」

その言葉に私はガバッとアレスさんに向き直る


何でアレスさん?と顔に書いてあった私の心を呼んだのかユリウスさんが爆薬を投下する

「アレスはこの国の第三位の王位継承者だから」

ハハハとカラ笑いのユリウスさんと何故か嫌そうな顔をするアレスさん

フィッと顔を逸らし、俺は何も知らない、聞いてないと、知らん顔

リアムさんが「ユリウスも王位継承権は持ってないけどその血筋なのは確かだよ」

何て言うものだから私は口から魂を吐き出し白目を向く

王位継承と言う事は

「り、リアル王子様...」

私の呟きが耳に届いたのか益々嫌そうに顔を歪めるアレスさん

そして私はアレスさんの元へ飛んで行く

顔を上げると高過ぎてアレスさんの顔が見えない為、一歩下がる

そして唇を開いた

「嫌だ」

「まだ何も言ってない!」

「言う事はわかってる」

グヌヌと顔を歪めギロリ睨み付ければ「何だその顔は?少しも怖くない」と返される

私は悔しくて思わず地団駄を踏む

すると呆れ顔のアレスさん

そしてまるで近所の子供でもあやす様に優し気な声色で話し出す

「いいか?よく聞け、先程話した神の話しは覚えてるか?」

コクコク頷く私にアレスさんは続きを話す

「魔法がある事は言ったよな?」

魔法?

そうだっけ?と、頭の中をグルグル回転させ思い出す

あ、確かに魔法を授けた神様が居た!と思い出した所で私はハイッと勢い良く手を上げる

魔法!!!と、聞くだけで興奮しないなど人間じゃない!


「魔法!!!私にも使えますかっ!!!」

一度は使ってみたい夢の魔法!!!


ワクワクしながらどうやったら使えるのか模索する私に呆れ顔のアレスさん


魔法さえ使えたらもしかして空間魔法とかで帰れたり、念話なんかで旦那様と話せたり!!!

どこまでいっても旦那様に結び付く私


そんな私の思考に気付かずクスリ笑うのはユリウスさんで私の顔を覗き込み、ふふふと小さく笑うユリウスさんはきっと自分の容姿を理解出来てないと思う

そんなキラキラした王子様フェイスで異性を覗き込むなど言語道断!


まぁ、リアル王子様はそこの壁で呆れ顔で寄り掛かるアレスさんだけど

その立ち姿や如何に高貴な佇まいに見えるから不思議だ


ユリウスさんもアレスさんも迂闊すぎる!

私だから良かったものの!と、頬を膨らませる

わたしは人妻で子持ちの範囲外だから変な勘違いもしなくて良いし、それに旦那様一筋だしね!と、ユリウスさんを見つめる

ユリウスさんは話しが長くなるので、また今度、とそんな私の頭を撫でてくる

あのですね、私は子供じゃないんです!

まぁ、幼稚で幼く見えるとよく言われるけど(私のコンプレックス)私は一児の母で人妻、そして24歳の立派な大人の女性なんです!無闇矢鱈と頭を撫でないで頂きたい!

と、キリリと言えば、笑いながら眩い笑顔を振り撒き、少しも心の籠らないごめんねを返される

更に頭を撫でられたのは言うまでもない

たたき落とす私の手をあろう事かガシッと掴み持ち更にチュッと指先にキスされ、思わずギャァァと悲鳴を上げる


「こんな反応されたの初めて...」

「ふざけんな!クソっ」

「今...クソって言った?」

ボーゼンと呟くユリウスさんを無視して指先をゴシゴシと拭う


呆れ顔のアレスさんが私にソッと濡れタオルを渡してくる

私の中でユリウスさんはヤケに女慣れした要注意人物になった


そしてアレスさん曰く、文献には数多くの魔法が掛かっており、迂闊に開けなくなってると言う


その魔法の解除が出来る人も一握りで現在この国には居ないと言う


落ち込んだのは言うまでもない

ガクッと落ち込む私にユリウスさんが手を伸ばす

再び頭をポンポンと撫でられるも落ち込み過ぎて払い除ける気力が無い

「文献の事はちゃんと考えるとして、これからの事を考えようか?」

頭を撫でられながら言われた言葉にそうですねと、言い椅子に座り直す

そして始まるこの国の男女の事情

「じゃぁ君は何人居るの?夫」

「え...ひと、り」

「ふぅーん、じゃぁ夫候補に名乗り上げようかな?」

「は?」


こうして始まる私と息子の異世界生活
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