彼が獣になる瞬間

高福あさひ

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その日も、くだらない話をしていた。ああだこうだと言い合いながら、どうでもいいことを延々と電話で語り合っていて明け方までずっと笑い合っていた。きっと深夜テンションで頭がその時はおかしかったのだろうと今なら言える。

「ねえ、馨。私さぁ、処女じゃん?そろそろそういう経験しとかないと話描けなくなるって担当さんに言われちゃった」

私は田辺凜たなべりん、27歳の処女で恋愛漫画家の「りんと馨」としてそれなりに売れている。どれくらい売れているかというと、まあ漫画だけで食べていけるくらいかな。そんな私は経験がないにもかかわらずそういう描写も含む恋愛漫画を描いている。担当さんにはなんで描けるのかといつも首を横にかしげられているけれどね。そして私は自分のことに関してはものすごく無頓着で、ご飯作るのも、食べるのもめんどくさい、そう思っている人間だった。大学時代に出会った馨のおかげで生きているようなものだ。渡辺馨わたなべかおる、性別はれっきとした男だけれどなぜか私の前では女の子口調のイケメン優秀男。男女の間に友情は成立しないって言うけれど、この馨とだけはなぜか成立していて私にとっても彼にとっても互いが恋愛感情抜きの特別な関係性であると認識していた。

「そうねぇ、表現の幅は広がると思うわよ。ただし相手は選びなさい、ロクでもない男に捕まっちゃったら良い思い出は作れないし最悪の処女喪失間違いなしね」

「え、馨って経験あるの!?ちなみにどっち、掘られた?」

「あるわよ、というか掘られたとか言わないで!!私が好きなのは女の子よ、当然私が気持ちよくする側に決まってるでしょ!!」

電話口で猥談に発展してもゲラゲラ笑って流していた内容なのに、今回だけはなぜか流せる内容ではなかった。きっと私が今の表現に限界を感じていたのもあったからだろうと思う。だから何でも言い合える馨に相談しようと考えた。

「あ、そっか。馨は女の子好きだって言ってたもんね…。その、聞いて良い?」

「内容によるわね」

「あ、のさ。処女って、やっぱりめんどくさいかな?」

ずっと疑問だった。恋愛漫画を描いているとキスシーンなんかも描かないといけないけれど私はキスすらしたことのない鉄壁の処女。そんな鉄壁の処女である私からすれば、初恋同士が、とか片方は経験豊富でもう片方は処女、そんな組み合わせでいきなり気持ちよくなれるのかなって。そりゃいきなりは無理だって分かってるからその、ね、痛くないように前戯を施したりとかはもちろん描いている。だけれど経験がないから私には想像でしか描けない。

「うーん、それは人によるんじゃないかしら。私はそうは思わないわよ、嬉しいじゃない。どんなときだって一番の男になれるのは。でも初めてヤって気持ちよくなれるのは本当に珍しいと思うわ。最初は慣らすところから始めるから、挿入ってところまで行かないと思うわね」

「えっ、そうなの!?」

馨からの目から鱗な話に私は慌ててメモを取った。知らないことが多すぎる、未知の世界の話だ。やっぱり経験っているんだって改めて思った。けれど、その経験をする相手がいない。

「そのさ、避妊とかもあるわけじゃん。馨はどうしてた?」

「もちろんゴムは使ってるし、相手に負担を掛けないように丁重にするわ。男はね、突っ込んで出せば終わりかもしれないけど、女の子ってそうはいかないでしょ?女の子はいつだって優しくしてあげないと」

もう私に正常な判断はできなかったと言って良い。いや、そう思わないと私が恥ずかしさで死んじゃう。

「馨、私とセックスしてほしい」

「いいけど、別に」

「えっ、軽くない!?」

そんなこんなで、私は特別な友人関係の馨と関係を持つことが決まった。







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