彼が獣になる瞬間

高福あさひ

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10 Kaoru.W

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馨視点です







「なにか、あったんだね」

そう、静かにつぶやいた目の前にいる凛を抱きしめた。今日はとても嫌な気分にさせられた。その気分を洗い流したくて傘もささずに帰って、凛のところに来た。本当は来るつもりなんて毛頭なかったけれど、気が付けば凛の部屋の前に立っていた。

「今日、ひどいこと言われた。凜はこんなにもいい子なのに!!」

「そっかぁ、私のことで何か言われちゃったんだねぇ」

抱きしめた俺の背中に凜の腕が躊躇いがちに回される。

「なんで!!何も知らない奴らなんかに凜のこと悪く言われなくちゃならないのよ!!」

荒れ狂った気持ちを必死で押さえつけて「俺」という言葉が出ないように気を付ける。元々の口調は「私」が多いけど荒れた時は「俺」になることが多い。だが凜の前でだけはどれだけ気持ちが荒んだって「私」という姿を崩さなかった。この間、凜を抱いたときはちょっと押さえられなかったけどな。凜が必要としているのは「私」という姿の馨であって「俺」という姿の馨ではない。必要ではない姿をさらすことはしなくていい、むしろしないほうがいい。あまりにも人に群がられて嫌になった「俺」は言葉遣いを女の子のみたいにして「私」と言うようにした。そうしたら驚くくらい、近寄ってくる人が減って、特に女の子からの恋愛的な面では効果抜群だった。ほかの男子たちにはいつも通り話したり口調を変えたりしても特にメンツに変わりはなかったからどちらで話しても問題はない。大学の時は凜と出会ってからは凜と一緒に行動していたからきっと女の子口調な男子なんだという印象が根付いているだろう。

「私は気にしないよ。だって言われても仕方ないとは自分でもわかってるし。自分の魅力をわかってくれてる人のそばで一緒にいるほうが気が楽、だから馨も嫌なら付き合わなくていいんだよ、そんな人と。まあ、私が馨の交友関係にまで口を出すつもりはないけどね」

「俺」が欲しい言葉をくれる凛により一層、抱きしめる腕が強くなる。人の悪口を言うやつが嫌いだと知っている凜がそういうなら交友関係を狭めたって俺は何ら構わない。それが女ならなおさらだ、俺に必要なのは凜だけだ。凜さえいればそれでいい、ほかの女なんかどうだっていい。

「私、どうしても許せなくて。何にも凜のこと知らないのにあんなに言われて頭に血がのぼっちゃってね…。ダメだってわかってたんだけど、凛のトコ来ちゃった」

「私は、馨に頼ってもらえて嬉しいなぁ。いっつも私が頼ってばかりでしょ?馨ってお姉ちゃんみたいに話しやすいし、頼りやすいから。お姉ちゃんがいたらこんな感じなんだろうなぁって思っちゃう」

「うん、ありがと」

ほら、ほらまただ。「お姉ちゃんみたい」その言葉が俺を縛る。本当は「俺」を見てほしいのに凜が「俺」を必要としてはいないから「私」でしか姿を見せられない。こんなにも、好きなのに。









「あ、馨。明日なんだけどね…」

ひとしきり抱きしめあって、ゆったりと凜のベッドに二人して腰掛ける。穏やかな時間が俺たちの間に流れて荒んださっきまでの気持ちがゆっくりと癒されていく。

「いいわね、お昼も外で食べて少しショッピングでもしましょ」

「えー、今ショッピングしたら荷物多くなっちゃうよ!!」

笑いあえるこの環境が好きで、ずっとこの時間が続けばいいのにと、叶うことのない願いを思う。

「ちょっとくらいいいわよ。さ、早く決めましょ」

凛と二人で明日の予定を立てて、凜に客用布団を出してもらって寝た。徹夜はお肌の大敵ですもの。

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