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「しつこいぞ、御堂。そちらとの縁談は断っている」

善は急げ、と透さんのいる場所へ行こうとリビングへ行くと、透さんが電話をしているのが聞こえて立ち止まる。結構大きめな声で、それも少し声を荒げている。

縁談、聞こえてしまう言葉にドキッとさせられる。それと同時に、そうだよね、とも思う。だって、透さんは二十四歳で、まだ若いけど結婚する年齢としては適齢期に差し掛かっている。言い方はものすごく悪いけれど、透さんは女性や権力者からすれば超優良物件。

自分とは天と地ほどの差のある人物だ。シンデレラストーリーなど、ありはしない。この世にあるのは、ただのクソみたいな人生と、選択肢にならない選択肢だ。

「彼女のことを悪く言うのは許さない。彼女は俺にとっての全てなんだ。お前たちに何がわかる」

静かに怒りをあらわにしているのがわかる声音。私のことを言っているのだろうというのは想像にたやすい。やはりというべきか、私の存在は道宮透という人を取り巻く周囲の人物からすれば、どこの馬の骨とも知れぬ得体のしれない人間。

そんな人間の存在を許すほど、彼の周囲は甘くない。

そっとリビングから離れる。廊下で立ち聞きしているのも悪いし、これ以上聞きたくない。心のどこかでは、少しくらい甘えてもいいかな、と思っていた。でもやっぱりそれはダメだ。

私は、何がしたいのだろうか。私は、私を愛してほしいの、それとも、捨ててほしいの。わからない、どうしたいも、なにも。

だって私はいつも搾取される側で、選ばれない側だった。置いて行かれる側だった。今世に入って理不尽な扱いを受けたことなど、もう数えきれない。前世までの記憶があれば、どんなに辛くとも何とかなると思っていたのに、人生は簡単じゃなかった。

そうして、今世の幼いうちに悟ったのは、所詮選ばれない日陰者は、一生地べたに這いつくばって生きるしかない、だ。

「なん、で」

なんで、私が、泣くの。

生きていたって意味はないのに、選択肢が私を生かす。ううん、違う、今世こそは寿命を全うしたいという思いがあるから、意味もなく生きている。こんなにも生きる価値がないと言われているのに。

生に貪欲なのは、私のほう。死にたくないから、殺されたくないから生きている。

「千鶴、ちょっといい、か、千鶴!?」

「っあ」

「どうしたの!?」

「なにも、ありません」

「何もないことない。どうして泣いてるの?」

「なにも、本当に、なにもないですから」

見られたくない場面を見られてしまった。ドアを開け放っていたのがいけなかった。私に用事があったらしい透さんに見られた。一番、見られたくなかったのに。

この人は、私が欲しいと思うものを簡単に与えてくるから、近づきたくない。それなのに、近づいてしまう。だって、甘い蜜のような人だから。

「離してください。何も、ないので」

「言わないつもりなんだね」

「言わないって、言うものがなければ言えません」

「強情だな」

「別に、本当に何もないので」

全ての疑念を押し切ってごまかし、透さんを部屋から追い出すことに成功した。ものすごく聞きたがっていたけれど、今このぐちゃぐちゃになってしまった感情など言えるわけがない。

「千鶴、抱え込まないで」

その言葉を残して渋々去った透さん。その姿を見送って、私は考え事を辞めるようにスマホの検索画面を見る。その画面は、さきほど私が透さんに伝えようとした画面のままで。

「馬鹿なのは、私のほうね」

勝手に期待して、裏切られたと勝手に勘違いする。本当の私に、意思がないことを、あの人は知っているのだろうか。何度も理不尽に殺されてきた、どうせ死ぬのならもう自分らしく生きる必要なんてない。

自分の意思は、この人生に必要がない。だから、もう考えることを辞めてしまった。そんな私が他人に期待するだなんて、ばかげている。

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