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2話 捕食者を喰らう者
今日も今日とて、楽しい冒険に出かけましょう
しおりを挟むここ、アクアマリンが水の街と呼ばれているのは、街門を東へ抜けた先に巨大な湖が広がっているためです。
この美しく壮大な光景は見る者を楽しませる観光スポットとして有名であると同時に、街の住人にとっては大きな水質資源となります。
街の地下には碁盤状に整えられた水路が張り巡らされ、湖水は生活用水として活用されます。
湖の一部は街の港と隣接しています。
渡し船が行きかい、商人と品物が溢れ、様々な言語が入り乱れ、この街の日常はいつも混沌かつ華やか。
道を行く人々の衣服や装飾は、流行りを取り入れ洗練され、洒落ています。
山間の村々を転々としてきた私からすると、生れて始めて見る都会の風景でした。
湖と反対側、街の西には緩やかな丘が連なる草原が広がり、陸路を通って王都へ向かう者たちの宿泊と観光の街として知られています。
主要な街路には左右に旅客目当ての出店が並び、食欲をそそる食べ物から、異国情緒溢れる土産品まで様々。
商人たちが威勢よく張り上げる声が途絶えることはありません。
彼らの声がそのまま、街に朝を知らせます。
「……んん」
街を流れる河沿いの、とある宿屋の一室にて。
私は目を覚まし、大きく伸びをします。
ベッドとクローゼットしかないこの手狭な部屋は、冒険者ギルドと併設された建物で、宿無し冒険者に格安で一部屋提供してくれます。
太っ腹、と言いたいところですが、これは治安維持のための処置だそうで。
出稼ぎのために都会に出て冒険者になる者は数多いますが、言うほど楽な仕事ではありません。
彼らは当然持ち家などなく、寝泊まりするには街の宿屋を借りるしかありませんが、そんな余裕のある者はそもそも冒険者などに身を落とすことはないのです。
では仮に、そんな最底辺の職業にさえあぶれてしまった者がいたとしたら、果たしてどうなるのでしょう?
彼らは一体どうやって、日銭を稼ぐことができるでしょう?
冒険者という枠からはみ出して、本当のならず者になられては困るのです。
そうした最悪の事態を避けるため、駆け出し冒険者は多少優遇してもらえます。
「ただし、安値で貸し与えられるのにも条件はあるの。ひと月に三つ以上の依頼を達成すること。当たり前だけど、法に触れるような真似を仕出かさないこと。あくまでも立派な冒険者として独り立ちするための支援だということを忘れないように」
リオンさんから頭が痛くなるほどに言いつけられています。
きちんと守らなくては。
簡素なベッドから降り、カーテンを開きます。
縦横無尽に走る運河を渡し船がいくのを横目に朝の支度を整え、部屋を出ます。
さあ、今日も今日とて、楽しい冒険に出かけましょう。
「と言っても、隣の建物に移動するだけ」
楽ちんです。
冒険者ギルドは街門のすぐそばに立つ、街で一番目立つ建物と言えるでしょう。
余所の土地からやって来る旅客が多い中、冒険者の目に留まりやすくするためか、正面には街のシンボルである水瓶を描いた赤の旗が翻ります。
リオンさんによれば、冒険者志望の無法者を必要以上に街へ入れさせないためでもあるとか。
物々しい装備の無頼漢が、赤や白のドレスを纏ったお嬢様に混じって街路を歩く様など、考えるだけカオスです。
「まあ、都会の街なんてそういうもんかな」
冒険者となって早三か月。
こうして改めて街を見回していると、どこか懐かしく。
盗賊に襲われた荷馬車に乗って、すぐそこの街門をくぐったのが昨日のことのようです。
助けてくれた操者のおじさんは元気にしているでしょうか。
荷馬車の荷物から服やらお金やらちょろまかし、後の面倒な処理をすべて押し付け、混乱に乗じて逃げたことを思うと、もう二度と会いたくありません。
「どうか会いませんように」
門に掲げられた紋章には、ギルドの旗と同じ水瓶が描かれています。
水を司る女神様の象徴だそうで、この街では至る所でこの紋章を見ることができます。
中央区にある神殿には女神像が祭られているらしいので、いつか見に行きたいものです。
所詮建前であったとしても、人々はいざという時縋ることのできる存在を欲し、神の威光があるからこそ安心して日々を生きていくことができるのです。
であれば、私もそれに肖りましょう。
まだ見ぬ女神様に祈りを捧げ、私はギルドの扉を開きます。
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