スライムイーター ~捕食者を喰らう者~

謎の人

文字の大きさ
20 / 78
2話 捕食者を喰らう者

VS圧倒的な脅威

しおりを挟む

 
「―――帯びよ、炎。集え、猛火の精霊。大気を喰らいて成長し、我に仇名す敵を討て!」


 絶体絶命の中、軽やかに紡がれる詠唱。オリビアさんの手のひらに火の玉が生み出されます。

 呪文が繋がるごとに炎が勢いを増し、完成した〝火球ファイアボール〟の魔法。
 一直線に放たれ、巨大スライムを直撃します。

 スライム相手に火炎系統の魔法は効果的な一撃、そのはずでした。


「なんで、効いてないわ!」


 オリビアさんが悲鳴のように叫びます。
 敵を焼き尽くすはずの炎は、しかし巨体に飲まれて鎮火してしまい、彼の者の命に届きません。

 返す刀で反撃が来ます。鋭い槍の如く触腕を伸ばし、巨大スライムは二匹の獲物を捕えようとします。

 どうにか回避できたのは私だけでした。


「ぐ……っ、いやっ、離して!」


 魔法の反動でわずかに動きが鈍っていたのでしょう。
 オリビアさんは逃げ足を掬われ、あっけなく転倒。為すすべなく、巨大スライムの身の内へと引きずり込まれていきます。


「あ―――っ、ぎぃいいいいいああああああああああああああああっ!!!!」


 そして、身の毛もよだつ叫喚が弾けました。

 半壊した装束など何の役に立ちません。あっという間に溶かされ、晒された素肌が強力な酸に包まれます。
 全身の皮膚を焼かれ、肉を溶かされ、じゅううっ、と白い煙を上げながら、オリビアさんが消化されていきます。


「う、ううっ、こんのー!」


 見捨てて逃げる。そうすべきでした。

 武器が通らず、魔法も通用しない。そんな怪物を相手にできることなどありはしない。
 頭ではよく分かっていて、それでも足は自然と前に。

 やけっぱちでした。


「これでも、喰らいなさい!」


 手元に残っているのは、ギルドから贈呈された掃除用具ひとつ。もう賭けるしかありません。

 接近と同時に送風口をスライムの体内へずぶりと突っ込み、出力最大で引き金を引きます。
 生み出された突風は核を直撃し、もの凄い勢いで身体の外へと吹き飛ばしました。すぐ向かい側の壁にべちゃりと叩きつけられ、水路を流れる水の中へ落ちていきます。


「や、やった?」


 これぞ、ビギナーズラック。束の間、湧き上がる歓喜に任せて握った拳を振り上げました。

 中心の支えを失い、どろりと溶け崩れたスライムの肉体の中から、溶けかけたオリビアさんを引っ張り出します。


「しっかり!」


 衣服はなく、肌も焼け爛れ、素手では滑って抱えて持つことは困難です。

 私は小刀でワンピースの裾を引き裂き、即席の紐を用意します。オリビアさんの脇の下に通し、そのまま引きずります。

 幸い、水路は石畳で整えられているので、私の腕力でも何とか引っ張れました。
 多少お尻が削れたところで焼け石に水です、気にせず全力で引きずって逃げます。

 私の体力を考慮しても、とにかく彼女を安全な場所まで引っ張っていって、助けを呼びに行くしかないでしょう。

 果たして間に合うのか。既に意識はなく、ひゅうひゅう、とか弱い喘鳴を零すばかりのオリビアさんを横目に、最悪の結末が脳裏を過ぎります。

 ひとつの命の瀬戸際で、必死に抗う私とオリビアさん。
 己の命を賭して冒険に挑み、傷つきながらも勝利を手にして帰還する。それはまさに、話に伝え聞く"冒険者"そのもの。
 
 今日のこの日の冒険譚を肴に、乾杯の音頭を打ちながら、皆で豪快に笑い合う。
 それでこそ、真に命を張る意味がある。そんな時間を夢見るからこそ、ここで諦めるわけにはいきません。諦めるわけには、いかなかったのです。

 しかし。

 ……―――べちゃん、という不快な粘着音が私の耳に届いてきました。

 理不尽にも、行く手を阻む者が現れたのです。
 先程倒した巨大スライムでした。


「な……っ、復活早すぎ!」


 吹き飛ばされた核が落ちた先は流水。スライムにとってこの上ない養分。

 つまりは、絶望的に運がなかったのです。


「これが天罰……っ」


 だとしたら、女神様は随分陰険なお方に違いないでしょう。
 よりにもよって、動けるのが私の方とは。迫られた命の選択を選ぶ権利が、私の方にあるとは。まったく笑えない冗談でした。

 クリーナーの送風口を向けますが、所詮はかっこばかり。
 不意打ちは、初手だからこそ通じるもの。事実、巨大スライムは少し距離を保ったまま油断なく構え、こちらの出方を伺っています。
 驚いたことに、知性があるのです。

 大量の水分を吸収してでっぷりと水気に富んだ巨体が前方を塞ぎ、わずかな隙間もありません。

 ―――……万事休す。

 私が心を屈した次の瞬間。
 スライムは巨体を瑞々しく震わせて、私たち目掛けて跳び上がり、


「―――…っ。……え?」


 瞬きする間に、跡形もなく消え去ってしまいました。


「一体、何が……」


 私は唖然として呟きを漏らします。
 目の前には、スライムの代わりに神官服の女性が立っていました。
 
 困惑が押し寄せる中、つい今しがた瞳に映した光景を思い返します。

 スライムの巨体が襲い来る刹那、突如背後から飛び出してきた彼女は、私たちを庇ってスライムの眼前に立ちはだかりました。

 そのままスライムの餌食になるはずだった女性は、しかし健在で。
 巨大スライムの核だけが空中に残され、地面に落ちて潰れたような鈍い音を響かせました。


「わたしの前で女神様を愚弄しようとは。良い度胸ですね」


 はっ、として忘却しかけていた時間の概念を引っ張り戻します。

 神官の女性が私を真っ直ぐ見つめていました。
 
 
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。

カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。 だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、 ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。 国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。 そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

少し冷めた村人少年の冒険記 2

mizuno sei
ファンタジー
 地球からの転生者である主人公トーマは、「はずれギフト」と言われた「ナビゲーションシステム」を持って新しい人生を歩み始めた。  不幸だった前世の記憶から、少し冷めた目で世の中を見つめ、誰にも邪魔されない力を身に着けて第二の人生を楽しもうと考えている。  旅の中でいろいろな人と出会い、成長していく少年の物語。

処理中です...