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2話 捕食者を喰らう者
VS圧倒的な脅威
しおりを挟む「―――帯びよ、炎。集え、猛火の精霊。大気を喰らいて成長し、我に仇名す敵を討て!」
絶体絶命の中、軽やかに紡がれる詠唱。オリビアさんの手のひらに火の玉が生み出されます。
呪文が繋がるごとに炎が勢いを増し、完成した〝火球〟の魔法。
一直線に放たれ、巨大スライムを直撃します。
スライム相手に火炎系統の魔法は効果的な一撃、そのはずでした。
「なんで、効いてないわ!」
オリビアさんが悲鳴のように叫びます。
敵を焼き尽くすはずの炎は、しかし巨体に飲まれて鎮火してしまい、彼の者の命に届きません。
返す刀で反撃が来ます。鋭い槍の如く触腕を伸ばし、巨大スライムは二匹の獲物を捕えようとします。
どうにか回避できたのは私だけでした。
「ぐ……っ、いやっ、離して!」
魔法の反動でわずかに動きが鈍っていたのでしょう。
オリビアさんは逃げ足を掬われ、あっけなく転倒。為すすべなく、巨大スライムの身の内へと引きずり込まれていきます。
「あ―――っ、ぎぃいいいいいああああああああああああああああっ!!!!」
そして、身の毛もよだつ叫喚が弾けました。
半壊した装束など何の役に立ちません。あっという間に溶かされ、晒された素肌が強力な酸に包まれます。
全身の皮膚を焼かれ、肉を溶かされ、じゅううっ、と白い煙を上げながら、オリビアさんが消化されていきます。
「う、ううっ、こんのー!」
見捨てて逃げる。そうすべきでした。
武器が通らず、魔法も通用しない。そんな怪物を相手にできることなどありはしない。
頭ではよく分かっていて、それでも足は自然と前に。
やけっぱちでした。
「これでも、喰らいなさい!」
手元に残っているのは、ギルドから贈呈された掃除用具ひとつ。もう賭けるしかありません。
接近と同時に送風口をスライムの体内へずぶりと突っ込み、出力最大で引き金を引きます。
生み出された突風は核を直撃し、もの凄い勢いで身体の外へと吹き飛ばしました。すぐ向かい側の壁にべちゃりと叩きつけられ、水路を流れる水の中へ落ちていきます。
「や、やった?」
これぞ、ビギナーズラック。束の間、湧き上がる歓喜に任せて握った拳を振り上げました。
中心の支えを失い、どろりと溶け崩れたスライムの肉体の中から、溶けかけたオリビアさんを引っ張り出します。
「しっかり!」
衣服はなく、肌も焼け爛れ、素手では滑って抱えて持つことは困難です。
私は小刀でワンピースの裾を引き裂き、即席の紐を用意します。オリビアさんの脇の下に通し、そのまま引きずります。
幸い、水路は石畳で整えられているので、私の腕力でも何とか引っ張れました。
多少お尻が削れたところで焼け石に水です、気にせず全力で引きずって逃げます。
私の体力を考慮しても、とにかく彼女を安全な場所まで引っ張っていって、助けを呼びに行くしかないでしょう。
果たして間に合うのか。既に意識はなく、ひゅうひゅう、とか弱い喘鳴を零すばかりのオリビアさんを横目に、最悪の結末が脳裏を過ぎります。
ひとつの命の瀬戸際で、必死に抗う私とオリビアさん。
己の命を賭して冒険に挑み、傷つきながらも勝利を手にして帰還する。それはまさに、話に伝え聞く"冒険者"そのもの。
今日のこの日の冒険譚を肴に、乾杯の音頭を打ちながら、皆で豪快に笑い合う。
それでこそ、真に命を張る意味がある。そんな時間を夢見るからこそ、ここで諦めるわけにはいきません。諦めるわけには、いかなかったのです。
しかし。
……―――べちゃん、という不快な粘着音が私の耳に届いてきました。
理不尽にも、行く手を阻む者が現れたのです。
先程倒した巨大スライムでした。
「な……っ、復活早すぎ!」
吹き飛ばされた核が落ちた先は流水。スライムにとってこの上ない養分。
つまりは、絶望的に運がなかったのです。
「これが天罰……っ」
だとしたら、女神様は随分陰険なお方に違いないでしょう。
よりにもよって、動けるのが私の方とは。迫られた命の選択を選ぶ権利が、私の方にあるとは。まったく笑えない冗談でした。
クリーナーの送風口を向けますが、所詮はかっこばかり。
不意打ちは、初手だからこそ通じるもの。事実、巨大スライムは少し距離を保ったまま油断なく構え、こちらの出方を伺っています。
驚いたことに、知性があるのです。
大量の水分を吸収してでっぷりと水気に富んだ巨体が前方を塞ぎ、わずかな隙間もありません。
―――……万事休す。
私が心を屈した次の瞬間。
スライムは巨体を瑞々しく震わせて、私たち目掛けて跳び上がり、
「―――…っ。……え?」
瞬きする間に、跡形もなく消え去ってしまいました。
「一体、何が……」
私は唖然として呟きを漏らします。
目の前には、スライムの代わりに神官服の女性が立っていました。
困惑が押し寄せる中、つい今しがた瞳に映した光景を思い返します。
スライムの巨体が襲い来る刹那、突如背後から飛び出してきた彼女は、私たちを庇ってスライムの眼前に立ちはだかりました。
そのままスライムの餌食になるはずだった女性は、しかし健在で。
巨大スライムの核だけが空中に残され、地面に落ちて潰れたような鈍い音を響かせました。
「わたしの前で女神様を愚弄しようとは。良い度胸ですね」
はっ、として忘却しかけていた時間の概念を引っ張り戻します。
神官の女性が私を真っ直ぐ見つめていました。
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