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2話 捕食者を喰らう者
現れた巨大スライム
しおりを挟む「水音?」
にしてはなんだか重量感があるというか、やけに粘着質な音というか。
まるで、液体の塊が跳ね回っているような感じがします。
「何か来る……?」
後方のオリビアさんに止まれの合図。
ランタンを前方へ突き出し、闇を照らします。
じっ、と目を凝らすと、真っ暗な中に飛び跳ねる何物かのシルエットが浮かび上がります。
不快な水音とともにシルエットが徐々に大きくなり、ランタンが創り出す光の中へその異形な姿を現しました。
「これは……」
巨大なゼリー、でした。
そうとしか表現できないでしょう。
色は半透明の紫。
縦横二メートルくらいに膨れ上がった楕円形状の物体が、軽やかに巨体を弾ませながら、私たちの目の前に躍り出たのです。
驚愕します。
それは紛うことなきスライムでした。
ただし、大きさが桁外れです。
「なん、ですかあれは……」
スライムと言えば、せいぜい拳大程度の大きさで、足元でぴょんぴょん飛び跳ねるくらいしか能がない下級モンスター。
うまく核を叩けば、子供の腕力でも倒せてしまうくらい脆弱な存在。
しかし、四足の大型動物をすっぽり包んでしまいそうなくらいの巨体となると、話は別でした。
これほど化け物じみた巨大なスライムは、未だかつて見たことがありません。
これなら怪物と呼ばれても不思議はないでしょう。
潤いに富んだそのボディは、触れればずぶずぶと沈んでしまいそうなくらい柔いもので、今にも自壊して地面に溶けだしてしまいそう。
よくあんな不安定な形状を維持したまま活動できるものです。
「うっ、何よあれ!」
斜め後方から息を詰まらせる声。
討伐依頼の経験があるオリビアさんでさえ驚いたという事実が、事の異常性を物語ります。
でっぷりと膨れた身体の内側で、ぎょろぎょろと泳ぎ回る球体がひとつ。
私たちをロックオンします。
「下がって。ゆっくりと」
「……何よ、逃げるの? 所詮スライムでしょ?」
倒せって?
「あんなもん、無理でしょうに……っ」
巨大スライムが大きく身を震わせたかと思うと、触腕が飛ぶように伸びてきます。
「伏せて!」
「きゃっ」
咄嗟に倒れ込み、寸前のところで攻撃を回避します。
どうやら巨体であればあるほど持ち前の弾力性を最大限に発揮できるようです。
目を見張る速度で伸縮自在の触腕を繰り出し、数メートルの間合いを一振りで潰してきます。
加えて、スライムはその身に獲物を包み込んで捕食するため、彼らの身体に触れることは消化液を浴びることと同義です。
本来なら皮膚が少しひりひりする程度で済みますが、巨体であればそれだけ溶解力も強力なはず。
遠距離戦はまずい。
接近戦はさらに危険です。
「立てますか? ローブ、脱いで!」
「え、何言って?」
「急いで、溶けます!」
「うわ、やだっ!」
避けそこなったローブの端に、スライムの溶解液が付着していました。
裾を掠めただけでもぼろぼろに溶かされ、徐々に侵食していきます。
オリビアさんはしゅうしゅうと煙を上げるローブを振り払うように投げ捨て、転がるように走り出します。
「やっ!」
時間稼ぎにでもなれば、と私は投げナイフを放ちます。
巨体と言えど、スライムと対敵するのであれば、中距離からの遠距離攻撃によって外装を吹き飛ばし、直接核を叩く。
それが正攻法のはず。
しかし、
「な……っ」
身体が大きすぎて核まで刃が届きません。
ゲル状の粘液に絡め取られた投げナイフは、いともたやすく溶かされていきます。
鉄をも溶かす溶解力。
それがゴムのような弾力を以て襲い掛かってきます。
紛うことなき、圧倒的な脅威でした。
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