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3話 アルルとリンネ
まあ、本人が良いならそれで
しおりを挟む「そういえば」
「何です?」
真っ直ぐで平坦な道をしばらく歩くと、しばし。
やや手持無沙汰になって、つい前を行く背中に問いかけてしまいました。
「この間の助けてもらった時のこと。リンネさんはどうしてこんなところにいたの? ギルドの援軍として駆け付けたわけではないんでしょう?」
助け出された後、増援として派遣された冒険者の中に神官服の女性はいなかったと聞かされ、少々面を喰らったものでした。
よくよく思い返してみると確かに、彼女は私たちが進む予定だった脇道のその先から現れました。
私たちが行くよりも先に、既にそこにいたのです。
あんなところで一人きり一体何をしていたのでしょうか。
「何を、といいますか。小腹が空いたのでスライムを探しに。ライフワークの一環です」
「え? でも小銀を稼ぐつもりならギルドを通さないと報酬もらえないのでは?」
「空腹を満たすだけなら必要ありません。スライムがそこに居ればそれで」
「……ああ、そうか。文字通り、スライムイーターね……」
どれほど強大な相手だろうとスライムであるなら問題ない、と豪語します。
リンネさんの存在そのものが対スライム用決戦兵器。
頼もしいやらなんやら。
そういえば、仕組みについてはうやむやになっていました。
神官が用いる奇跡によるものと彼女は言いますが。
あり得なくはないのでしょう、焼け爛れた体中の皮膚が元通りになるくらいですから。
加護、祝福、あるいは奇跡と称されるそれらの力を結集すれば、不可能なことなどない気がします。
しかし、何となくすっきりしません。
「いくら女神様のお力と言えど、そうはならんでしょうに」
万能の力ではないはずです。
魔法の行使に魔導書を用いるように、絶大な奇跡の施行には複数の者の祈りが必要不可欠。
たった一人の利己的な願いを聞き届けてくれるような気前の良い神様など存在しないのです。
この際とばかりにしつこく問い質すと、リンネさんはあっさりと応じてくれました。
「あらかじめスライムを食べておけば良いのです」
「んん?」
「スライムの体液は、スライムの持つ溶解力に対して強く、中和させる効果があります」
「えっと……つまり、あらかじめスライムを捕食しておけば、スライムを食べられると。……え、どういうこと?」
訳が分かりません。
「スライムが物を溶かすと言っても、それはあくまで捕食するためであって、常に溶解力を保持し続けているわけではありません。周囲を溶かし続けることになりますから。その仕組みは人間と同じです。物を食べ、消化しようとするから消化液が分泌されます」
「それじゃあ、その前に核を潰してしまえば、あの巨大スライムでも無傷で倒せるってことなんだ?」
「理屈の上ではそうなります」
と、リンネさんは頷きます。
「まず無害なスライムの体液を体内に取り込み、内臓をコーティングしてしまうのです。こうすることで恐ろしい溶解液を含んだスライムでも安全に捕食することができます」
「ほほう」
なるほど、納得です。
が、ひと言申さずにはいられません。
「え、そこまでして食べたいの、スライム?」
「当然です」
「当然なんだ……」
「スライムはいい。ほんのり甘くてすっきり爽やかな食感は一度食べたら病み付きになりますよ、うふふ」
リンネさんは恋を語るように薄く頬を染め、夢見るように瞳を輝かせます。
「わたしはいつか教会を出て、冒険者として世界を旅して回り、これぞという逸品スライムを見つけ出すのが夢なのです」
「これまた大層な志をお持ちで」
皮肉ではなく。
とても壮大だと思いました。
冒険者というより美食屋?
いいえ、偏食家というべきでしょうか。
「スライムのおかげで世知辛いこのご時世にあっても飢え知らず。まさに女神様が与えてくださったご加護と言えるでしょう。心から感謝です」
「……」
まあ、本人が良いならそれで。
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