33 / 78
3話 アルルとリンネ
魔神王の影
しおりを挟む「そう思っていたのですが、しかし……」
両手を組み、女神様への感謝の祈りを捧げていたリンネさん。
不意に声のトーンが沈みます。
「何か問題でも?」
「実はここ最近、ギルド本部からの召集を受けて王都グランセルに赴いていたのです」
「へえ」
そういうこともあるようです。
冒険者ギルドは、たいていどの街にも設置されおり、その街に住む冒険者の職業斡旋所として機能しています。
ただまあ、当たり前の話として、難易度の高いクエストには有能な人材を抜擢したいわけです。
ギルドが二つ名のシステムを採用しているのも、この辺りが理由でしょう。彼女のように名乗りを上げれば、それだけ別の街から声がかかる機会も増えるのです。
さておき、ベテランに位置づけられる第二級冒険者をわざわざ招集したということは、王都でそれだけ大きな事件があったという証左。
そのあたりのことについて、オリビアさんから何か聞いていた気がします。
「ひょっとしてお姫様誘拐の?」
「おや、ご存知でしたか。まさにそれです」
リンネさんは然りと頷き、事の発端を語り始めます。
それは、お姫様の婚前祝いのパレードで起こりました。
王都から出立し、各地を巡る巡業が始まろうとしたその矢先のこと。怪物からの奇襲を受け、お姫様はあっという間に攫われてしまったのだとか。
「当然、護衛の兵士や腕利きの冒険者も護衛にあたっていました。数日かけて街道を行く顔見せのパレードですから。賊の襲撃を予期して、護りは固めていたそうです」
「そんな状況でどうやって攫われたと?」
「事件を目撃した者は複数いました。皆一様に、『突然地面が割れ、そこから怪物が生まれ出でた』と証言しているようです」
「なんのこっちゃ」
「ええ、当然誰も取り合いません。彼らは王より多大な責任を背負わされ、投獄されました。肝心の話を聞くこともできず、詳しい状況は分からずじまいです」
「ええっ?」
それはさすがにやり過ぎなのでは? というか、最悪な状況を悪化させて如何とするのやら。
「一人娘を攫われ、国王は乱心に陥っているのでしょう。今回の件もそう。事件の整理ができていないうちから、三級以上の冒険者すべてに召集をかけ、王都へ集結させました。ろくに情報もない状態で、無意味な人海戦術を繰り出そうなど、愚策もいいとこ」
話を聞く限り、かなりの大騒ぎになっているようです。
「若い娘が怪物に攫われる案件は世に溢れるほどありますが、近頃王都付近で連続している誘拐事件は少々毛色が違うようでして。事件の背景には魔神王復活の予兆があると、もっぱらの噂でした」
「ま、魔神王?」
魔神王。
それは、世に数多犇めく怪物たちの頂点に君臨する最強の存在。
彼の者の力は海を割り、大地を砕くとか。古い古い、おとぎ話の中の登場人物です。
「実在しますよ、魔神王」
「嘘でしょ!?」
私が驚きに声を上げたのも、無理からぬことでした。
ほとんどの子供たちにとって、魔神王という存在は絵空事。戒めのために言い聞かせる物語の中のやられ役なのです。
私も幼い頃に読み聞かされました。『悪いことばかりしていると、魔神王の手先にされて、馬車馬のようにこき使われるようになってしまうぞ』と。
盗賊が、どの面下げて語るのやらって感じです。
「それって、本物を見た人がいるっていうの?」
「さあ。古い文献に記録があるくらいで」
「……なんだ、結局荒唐無稽な世迷いごとか」
びっくりさせないでよ、と肩を竦めて見せます。
大人びた雰囲気のせいか、彼女が真剣な顔をすると、妙に説得力が宿ってしまって困りものです。
「確かに姿を見たという人間はいないでしょう。しかし、魔神王を打ち倒すことが冒険者の最大の使命であることに変わりはありません」
「そういえばそんな話もあった気が……」
いつだったか、リオンさんから説明を受けていました。ありきたりな伝統や慣習の類だと思って、聞き流してしまいましたけど。
「冒険者がそうであるように、魔神王へ対抗するための手段がいくつも考案され、今なお世に残されています。例えば、この街もその役割の一つです。王都から程ない距離に位置するここには、有事の際死守防衛ラインが引かれます」
それは、この国で一番栄えている都が、何者かの手によって陥落した事態を想定して、作り出された取り決め。
水の街として見目麗しく栄えているアクアマリンですが、建前上は血の雨が降りそうな役割を持っている、と。
「引っ越しを検討した方が良さそう……」
「もちろん、すべては憶測に過ぎません。現に、いつまで経っても大した異変は起きないし、目新しいスライムはいないしで、退屈になって帰ってきてしまったのです」
「おいおい……」
呆れて突っ込みますが、どうやら本題はここからのようです。
「そうしてこの街をしばらく留守にしている間に、わたしの食事処が何者かによって潰されていたのです」
リンネさんは瞳を伏せ、憐憫の吐息をつきます。
「食事処? ああ、スライムの……ってまさか!」
「街中のスライムは脆弱な怪物です。一見どこにでもいるように見えて、実は限られた場所にしか生息しないのです。そのスポットのほとんどが、綺麗さっぱり掃除されていました」
背中を冷たい汗が伝います。もはや心当たりしかありませんでした。
そんな私の様子をつぶさに観察し、リンネさんはくすり、と怪しく口元を歪めます。
「ええ。ずっと探し回っていたのです、その界隈を賑わせている憎き掃除屋を。見つけたらどうしてくれようか……、と」
「そ、それで地下水道に?」
「その通り。ここなら時折水流に乗って新鮮なスライムが流れ着きますから。彼の者もきっと現れるに違いないと。そして、現れたわけです」
向けられる怨嗟の視線が突き刺さるようでした。
私はたじたじになりながら、意味がないと知りつつ、彼女からやや距離を取ります。
「そのう……。その掃除屋さんをそんなに恨んでいるの?」
「実はそうでもありません。スライムの集まるポイントを潰されたのには腹が立ちましたが、同時に興味も沸きました」
……おや? と首を傾げると、リンネさんは元の穏やかさを取り戻していました。
「人々が行き交う街中で怪物が繁殖するのにはそれなりの理由があるのです。悪い気の堪りやすい吹き溜まりとでもいうのでしょうか。弱いスライムはゴミや汚れを食べて生きるもの。彼らが繁殖できる環境はそう簡単になくなりません。それがきれいさっぱりと。それができる暇人は新米冒険者くらいですが、一日二日やったところで焼け石に水。それを毎日毎日繰り返していた変人は果たして何者だろう、と」
酷い言われようでした。
「ええ、きっとスライム好きに違いありません」
「はい?」
何故そんな結論に至るのか。
戸惑う私を置いてきぼりにして、リンネさんは独り熱く拳を握ります。
「来る日も来る日も根気よくスライムだけを倒し続ける新人冒険者。大変興味を抱きました。彼の者となら、スライムについて熱く語り合えるとに違いないと」
そして、屈託のないにっこりスマイルを浮かべて、
「あなたにお会いするのを、心待ちにしていました」
「……申し訳ないです、こんなんで」
私は半笑いを返すしかありませんでした。
大いに期待を持たせてしまったようですが、蓋を開ければ、掃除屋の小娘だったわけですから。非常に居た堪れない空気が漂い始めます。
「いえいえ。良き友人と巡り合え、先行きがとても楽しみです」
おかしな期待を向けられても困る、と言外に告げてみますが、どうやら効果は望めません。
どうにも妙な気に入られ方をしているようでした。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
最愛の番に殺された獣王妃
望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。
彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。
手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。
聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。
哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて――
突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……?
「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」
謎の人物の言葉に、私が選択したのは――
存在感のない聖女が姿を消した後 [完]
風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは
永く仕えた国を捨てた。
何故って?
それは新たに現れた聖女が
ヒロインだったから。
ディアターナは
いつの日からか新聖女と比べられ
人々の心が離れていった事を悟った。
もう私の役目は終わったわ…
神託を受けたディアターナは
手紙を残して消えた。
残された国は天災に見舞われ
てしまった。
しかし聖女は戻る事はなかった。
ディアターナは西帝国にて
初代聖女のコリーアンナに出会い
運命を切り開いて
自分自身の幸せをみつけるのだった。
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。
カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。
だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、
ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。
国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。
そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる