スライムイーター ~捕食者を喰らう者~

謎の人

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3話 アルルとリンネ

武器を手に取る理由

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 行軍は続きます。

 前回もかなりの数を倒して回ったというのに、スライムは相変わらず至るところに潜んでいて、むしろ前より酷い有様でした。三歩歩けば会敵します。

 そのたびにリンネさんに任せきりなのもあれだったので、私は私でクリーナーを振り回し、順当にスライムを倒していきました。

 核の回収も忘れません。収入源が減るのはいただけませんが、これの正しい使い道が分かった以上、極力収集に努めようかと思いました。


「あ、見つけた」


 前回と同じく脇道に逸れ、しばらく歩いたところで目的の物を発見します。オリビアさんの魔導書です。
 群がっていた小さなスライムを数匹吸い込み、無事回収します。


「この本は溶けてなくてよかった」
「魔力を宿す本ですから。スライムの力など寄せ付けないのでしょう」
「ふうん、そういうものか」


 納得の返事を返しつつ、私は手元のクリーナーをしげしげと見つめます。
 先程からだいぶ吸引力が弱くなり、あからさまに性能が落ちてきています。


「その武具、オイルで内部をコーティングしてあるようですね?」
「うん。少しでも溶けないようにできないかと思ってやってみた」
「正しい処方です。さすが、アルル様」
「うーん。でも、もう限界みたい」


 吸い込んできたスライムの中に、何匹か溶解力に富んだ個体が居たに違いありません。恐らく、前回逃がした個体が繁殖したのです。
 
 地下水道の立ち入りが制限されてからというもの、ひと時の栄華を誇ったのは、この仄暗い地下に住みついていた小動物たち。
 自然界のルールに従い、スライムはそれらを栄養として喰らって、その数を飛躍的に増大させたのでしょう。

 送風口の先は溶けかけ、ノズルにも小さな穴が見られました。市販のオイルではスライムの溶解力には勝てないようです。

 小物でこれとなると、巨大スライム相手ではとても太刀打ちできません。


「どうしたものか……」


 道中、考えてみました。
 要は、魔力であれ何であれ、適する形でコーティングできれば、もっとちゃんとした武器が手に入るわけです。


「リンネさんと同じ理屈で、無害なスライムの体液を内側に塗っておけば強化できるのかも」
「やってみる価値は大いにあります。しかし、どうでしょう。スライムは乾燥に弱いですから、相性悪いかと」
「ううむ……」


 悩ましいところです。ことが済んだら街の武器屋に持ち込んでみようかと思います。

 ひとまず、スイッチが入らなくなったクリーナーを、魔導書と一緒にその辺に放置します。


「後で持ちに来よう」
「ふむ、荷物となる武具は捨て置きますか。正しい判断です」


 討伐目的の任務中に武器を手放すなど、本来なら愚策以外の何ものでもありません。
 けれど、スライム相手ならリンネさん一人いれば大丈夫でしょうし。


「とはいえ、正直心細いかも」


 投げナイフくらいは装備していますが、使い物にならないことは立証済み。
 対一ならまだしも、群れをなして襲い来るスライムすべてを速攻で倒せるほどの力量もなく。


「何か、長物買っておくべきだったかな」


 もちろん、そんなお金はありませんでしたけれど。


「ではこれを」
「ああ、どうも―――ってこれは!」


 年長者からのご厚意に甘え、快く受け取ったそれは身の丈ほどの木刀。

 私はぎょっとして、肝を冷やしました。リンネさんが背負っていた"黒刀"です。

 刀身は黒々と光を照り返し、持ち手から切っ先へかけて太く強くなっていく様は、まさに人を殴る形をしていました。
 見た目ほどの重さはなく、持ち手の位置に気を付ければ取り回しも十分に軽快行えるでしょう。


「ふふ、単なる木刀と思うなかれ。これは"スライムの核"を加工し、コーティング素材として利用してあるのです」
「"スライムの核"……ということはもしや?」


 乾燥させ、仮死状態となった核は、水気に触れることで水分を吸収し、身体を復活させようとします。その特性を活かし、武器に付与させたのだとしたら……。


「即ち、その一振りはスライムに溶かされることなく、その身を削り喰らう。対スライム用に作っていただいた、わたし専用の武器です」


 自慢げに豊かな胸を張るリンネさん。
 私は、とんでもないと首を振ります。


「そ、そんな大層なもの受け取れるわけがっ」
「しかし、身を守るための手段は必要でしょう? わたしのことならご心配なく。捕食しますので」
「いや、でも、ねえ?」


 リンネさん、ちょっと嬉しそうなのやめてもらいたいんですけど。まさかとは思いますが、便利な武器を手放す機会を図っていたわけでもあるまいし……。

 さすがにそこまでは、ねえ?


「扱いに関しても問題ありません。あなた様の身のこなしは、どうにも素人とは思えませんので」
「……や、見習いだよ? 冒険に出たこともない一介の掃除人に過ぎないよ?」
「その割に妙に荒事に慣れている様子。出身は遠方の村とのお話でしたが?」


 じっ、と見つめられます。

 この人が向けてくる純真な眼差しは心の底まで見通してくるようで、少し苦手です。後ろめたいことがある分、たじたじでした。


「ええ、まあ。そのう……」
「なるほど、人に歴史あり」


 あえて追求して来ないところが怖いです。

 いや、たぶんだけどきっと私は、今リンネさんが想像した以上の悪事に手を染めているわけで。
 仮にも女神様に仕える彼女にそんな借金の自慢しても仕方ないし、黙っておきましょうか。


「あの。高名な神官様にあえてお尋ねしたいんだけど……。女神様って本当に天罰とか与えるの?」
「さあ」
「おい」


 割と真剣に聞いたのに……。

 むくれる私に対し、リンネさんは悪びれもせず、くすくすと愉快に微笑みます。


「少なくとも楽しい生き方を見つけたのなら、それに殉ずるべきです。人生いつ終わるか分かりませんから。先の二人のように、ね」
「……」


 付け加えられたひと言のおかげか、私はぐっと手元の木刀を握り締めていました。
 
 そうです、私は一度"冒険"を乗り越えたばかり。そこで何を見て、どう思ったのか。どんなことを学んだのか。
 再び"冒険"に身を投じている今、その教訓を生かせなければ、リーフさんやクランさんの二の舞です。

 そんなもったいない死に方をして、果たして先に逝った彼らは何を言うでしょうか。残されたオリビアさんは、何を想うのでしょうか。

 せっかく冒険者になったのだから、無様を晒すのはもう少し先でも良いはずです。


「これ、少しの間借りとくね」
「ふふ、その意気です」

 
 私がリンネさんを見つめれば、彼女は不敵な笑みで迎え入れてくれました。 

 戦う意思、というと大袈裟でしょうね。これは単なる生への執着であり、小さな覚悟。
 自分の身は自分で守れ、と。そういう話です。

 再び先陣を切るリンネさんに続き、行軍を再開させます。
 
 
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