37 / 78
3話 アルルとリンネ
こうなったら自棄でした
しおりを挟む「リンネさん一度冷静に、ね?」
「しかしアルル様。ここは急いでこの横穴について調査し、スライムをですね」
「スライムから離れて!」
思わず声を張り上げます。
「さっきからスライムスライムって。だいたい敵はそれだけじゃないって、さっきあなたが言っていたことでしょう? もっと強くて大きな怪物が出てきてしまったらどうす―――る?」
その時です、説教を遮ってリンネさんが飛びかかってきました。
突然のことに思考が停止します。
さすがは第二級の冒険者。その瞬発力は私の目では追い切れません。
「やっ、何をっ?」
抱きかかえられるまま、横っ飛びに倒れ込みます。
状況を把握するよりも先に、べちゃん、という粘着質な足音が鼓膜を震わせました。
一瞬前まで私が立っていたその場所に、巨大スライムが落ちてきたのです。
まったく気が付きませんでした。
天井に張り付き、虎視眈々と獲物を狙っていたに違いありません。
「無事ですか、アルル様! さ、走りますよ! こちらへ!」
「ええっ、いやでも、これはっ」
どさくさに紛れて猛然とトンネルの奥へと駆けていくリンネさん。
何故でしょう、奇襲に対し一度距離を取るという行動選択に間違いはないのですが、チャンスとばかりに嬉々と瞳を輝かせる様を見せつけられると、素直に腹が立ちます。
躊躇い、迷い、一度足を止めてしまいました。
いち早くギルドへ向かわなければならないというのに、水路はスライムの巨大ボディの向こう側。
どうにかして横をすり抜けて、戻らなければなりません。
「いけるか……」
もらったばかりの新兵器、”黒刀”を正中線に構えます。
応じるように巨大スライムが身を膨らませ、跳躍の前準備。
トンネル内は水路と違って天井はそこまで高くありませんから、直線的な体当たりと予測できます。
奴の体液に捕まればアウト。
衝突の瞬間核を叩き、そのまま勝負を決めなくては命はありません。
「……」
「……」
両者じりじりと近づき、仕掛ける間合いへ入ります。
場に一発触発の空気が満ちる中、
「―――っ!」
私は回れ右をして、全力で走り出していました。
無理。
あんなでかいの相手にできない。
だって捕まったら一発アウトですよ? チートですよ、チート。
情けなくも背中を見せた獲物へ向けて、巨大スライムは容赦なく触腕を伸ばします。
「ひいいっ」
めちゃくちゃに振り回した黒刀が、迫り来る触腕をかろうじて弾き、その先端を喰らい潰しました。
しかし、まるで怯むことなくスライムは巨体をのたうち、追い迫ります。
「リンネさん! リンネさん!」
「はい、ここに」
助けを呼ぶと、リンネさんは走る速度を落として私と並走し始めました。
彼女に向かい、必死になって叫びます。
「さっさと食べてよ、あれ!」
「いいえ。このまましばらく追われましょう。都合が良いです、わたしにとって」
「利己的な理由に私を巻き込むな!」
涼しい顔してとんだ性悪女です、この人。
「時に助け合い、時に足を引っ張り合う。それこそ冒険者。これこそ冒険の醍醐味。さあさ、心行くまで楽しみましょう」
「だから嫌なの、誰かとパーティー組むなんて!」
仲間。
窮地に立たされた時それはもはや足枷でしかありません。
見捨てるか見捨てられるか、究極の二者択一を迫るものでしかないのです。
少なくとも私はそういう世界で生きてきて、今も大して変わりないように思います。
「幸か不幸か、道は真っ直ぐ一本道です。迷うことなく全力で駆け抜けましょう」
「ああもう!」
こうなったら自棄でした。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
存在感のない聖女が姿を消した後 [完]
風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは
永く仕えた国を捨てた。
何故って?
それは新たに現れた聖女が
ヒロインだったから。
ディアターナは
いつの日からか新聖女と比べられ
人々の心が離れていった事を悟った。
もう私の役目は終わったわ…
神託を受けたディアターナは
手紙を残して消えた。
残された国は天災に見舞われ
てしまった。
しかし聖女は戻る事はなかった。
ディアターナは西帝国にて
初代聖女のコリーアンナに出会い
運命を切り開いて
自分自身の幸せをみつけるのだった。
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。
カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。
だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、
ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。
国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。
そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
少し冷めた村人少年の冒険記 2
mizuno sei
ファンタジー
地球からの転生者である主人公トーマは、「はずれギフト」と言われた「ナビゲーションシステム」を持って新しい人生を歩み始めた。
不幸だった前世の記憶から、少し冷めた目で世の中を見つめ、誰にも邪魔されない力を身に着けて第二の人生を楽しもうと考えている。
旅の中でいろいろな人と出会い、成長していく少年の物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる