スライムイーター ~捕食者を喰らう者~

謎の人

文字の大きさ
40 / 78
3話 アルルとリンネ

まさかのお手上げ

しおりを挟む
 
 
「少々お待ちを。不用意に動かないように」


 注意を促しつつ、リンネさんはランタンの火力を最大まで引き上げます。

 一気に照明範囲を押し広げ、数メートル先にある岩壁までも照らし出しました。

 状況把握に必要な視覚情報を手にした私は、上下左右に視線を振ります。


「どこだここ」


 視界に映るは、つるつると濡れた天然色の岩壁と岩床。

 青みがかったような不思議な色合いを照り返す水たまり。

 あちこちに乱立した白い石柱。

 そして、怪物の巨大な体躯。

 遠くの方でぽっかりと口を開ける穴の先は、どこまでも続く闇ばかり―――……では、なく、てぇ……。


「今のって……?」


 凍りついた思考のままに視線を振り戻したその先に、いたのです。
 身の丈二メートルを超えようかという、正真正銘の怪物が。

 何より驚嘆したのは、現れたそれが一瞬人間に見えたこと。

 二本の脚で立ち、手の先に器用な五指を持ちながら、しかし真面な人の形をしていません。

 筋骨隆々の肢体に牡牛の頭部を持つその異形な存在は、紛うこと無き圧倒的な脅威でした。


「……ヴォ」


 呼気に混じる獣の如き唸り声。
 向こうもこちらを視認していると気づいた瞬間、私はどうしようもなく立ち尽くしていました。


「……えっと」


 あまりの唐突さ、突拍子のなさに呆然とし、同時に思い至りました。
 これが冒険なのだと。 

 今、私は洞窟探索をしているのです。
 襲い来る危機のただ中に身を置いているようなもの。

 どんなことでも起こり得る。

 だからと言ってこれは、あまりにも……。


「これ、どうするの……」


 震える問いかけに応える声はありません。

 かろうじて首を曲げ、リンネさんを伺うと、


「……」


 酷く頼りなさげに眉を曲げ、考えあぐねるように口元を引き結んでいました。


「嘘でしょ!?」


 まさかのお手上げ。


「ヴヴヴ」


 こちらに近づく音は、死刑宣告のカウントダウン。

 天を貫かんと伸びる二本の角。
 堅牢な鎧じみた筋肉を従える巨躯。
 紅眼から放たれる圧倒的な重圧。

 徐々に大きくなる彼の化け物を前にして改めて思います。

 いろんな意味で、これは無理です。

 半人半牛の怪物は凶悪な顔面に似合わぬつぶらな瞳で私たちを見つめ、
 そして、


「ヴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」


 身の毛もよだつ大音声を張り上げました。


「うわ……っ」
「く……っ」


 鼓膜を叩く激しい吠え声に打ち据えられ、私たちは堪らず頭を抱え、身を竦ませます。

 すぐ近くでガシャン、という軽い音がしたかと思うと、辺りを照らす明かりの明度が数段落ちました。

 炸裂した砲声の衝撃波に晒されて、リンネさんがランタンを落としてしまったのです。

 地面に広がるオイルを伝い、ゆらゆらと残り火が燃え広がる中、仄暗いオレンジに照らされて、牡牛の怪物が悠然と歩を進ませます。

 浅く開かれた真っ赤な口内の奥から熱せられた呼気を吐き出し、一歩、また一歩と、身動きできない私たちに迫りり―――……。

 岩のようにごつごつした無骨な手のひらが、見開いた視界を覆い尽くしました。
 
 
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。

カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。 だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、 ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。 国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。 そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

少し冷めた村人少年の冒険記 2

mizuno sei
ファンタジー
 地球からの転生者である主人公トーマは、「はずれギフト」と言われた「ナビゲーションシステム」を持って新しい人生を歩み始めた。  不幸だった前世の記憶から、少し冷めた目で世の中を見つめ、誰にも邪魔されない力を身に着けて第二の人生を楽しもうと考えている。  旅の中でいろいろな人と出会い、成長していく少年の物語。

処理中です...