46 / 78
4話 捕らわれの姫君
応援どうも
しおりを挟むリンネさんと別れ、私は独りミノタウロスに連れられて、石造りの通路をひた歩きます。
トンネルを歩くより遥かに足裏への負担が少なくて、改めて整備が行き届いた建築のありがたみが身に沁みます。
ふと、気になりました。
このお城、誰がいつ作ったんでしょう。
魔神王が復活を記念して作ったのでしょうか?
その割に随分と古い建物に見えますけれど……。
先導する筋肉の塊は、やがて一つの扉の前で止まります。
扉は鉄格子が付き、監視窓までありました。
独房を模した個室のようです。
「よし、入れ」
小窓から中を確認したミノタウロスは器用にも鍵で扉を開き、低い声で促します。
低音が耳に心地良いワイルドボイスです。
というか、しゃべれたんですね。
見た目に反して中々流暢です。
「魔神王様の側近として、人の言葉を授けていただいたのだ」
「ああ、なるほど。人間が宿主になると、怪物とも意思疎通ができるんだ」
良いことです。
「ふん、人間の相手などうんざりだ」
憎々しげに吐き出します。
心底人間を毛嫌いしているようです。
それでも、やりたくない役割に従事しているのであれば、私が口出しできることはありません。
立派です。
「姫の相手は簡単じゃない。これまで幾人もの娘が姫の世話係となり、十日と経たずに皆いなくなった。意味が分かるか?」
「殺されたと?」
「そういうことだ。貧乏くじ引かされたな、お嬢ちゃん」
強面の怪物からいただく憐憫の言葉に、つい乾いた笑いが零れます。
お姫様をどうこうするのは、それくらい困難を極めるということらしいです。
まあ、こうして身の安全を保証されているだけ見返りとしては十分ですし。
既に腹は括ってあるので、何でも来いです。
「……謁見の間でも思ったが、妙なお嬢ちゃんだ」
よし、と意気込む私を見て、ミノタウロスは怪訝そうにつぶらな瞳を細めます。
「お嬢ちゃんの連れもそうだ。拷問用のスライムの世話なんて誰もやりたがらないのに、拷問部屋を見るなり、ここが悪いだの、もっとこうしろだのと目を輝かせて」
どうやら、リンネさんにはリンネさん向きの役割が与えられているようです。
大量のスライムを前に仁王立ちする楽しげな無表情が瞼の裏に浮かびます。
「変わり者に違いはないかと」
「……そうか」
ミノタウロスは話を打ち切り、部屋へ入るよう促しました。
私は素直に従い、薄暗い独房の中へ。
そこで囚われのお姫様と対面します。
無骨な石壁に囲まれるだけの冷たく暗い部屋に、不釣り合いにも天涯付きのベッドが置かれ、清潔なシーツの上に赤色のフリルドレスを纏った女の子が仰向けに転がっていました。
歳は私より一つか二つ上くらい。
蝶よ花よ、と大層愛でられそうな幼顔には、しかしにこやかな笑みなどなく。
無機物な人形のように冷たく凝り固まって、生気の抜け落ちた瞳はただただ虚空を見つめていました。
「初めまして、お姫様。あなたの世話係を命じられました、アルルと申します」
「……」
異様な雰囲気に若干腰が引けつつも挨拶すると、無言が返ってきました。
隣に立ったミノタウロスが「気にするな、いつものことだ」とフォローしてくれます。
「こちらの言葉には無反応。出した飯にも手をつけない。魔神王様は何とかしろとおっしゃるが、我々が近づいただけで泣き、ひと言を掛ければ狂ったように喚き出す。始末に負えない」
雄々しい顔に苦悶を覗かせ、隠しもせずに日々の苦労を吐露します。
「最近は捕虜の娘を世話係として使っていたのだが、あまり効果が見られない」
「もしや、私たちを殺さなかったのも?」
「ああ。女は極力捕虜にするよう心がけていた。何かと使い勝手がいい」
口ぶりから察するに、女と見るや手当たり次第だったようです。
もしかすると、行方知れずとなっているマインさんはこの城に?
探ってみる価値ありと言葉を吟味していると、だいぶくたびれた吐息が漏れ聞こえてきました。
「随分と難儀しているようで」
つい、ねぎらってしまいます。
「少しでも加減を間違えればうっかり殺してしまいかねない。なんて脆弱な生き物なんだ、さっさと皆殺しにしてしまえばいいのに」
淡々とした口調で物騒なことを口走ります。
「お嬢ちゃんは、なるべく長く保ってくれることを期待する」
言葉尻には皮肉より切実な何かが入り混じっていました。
バックに魔神王の陰が見え隠れしている中、扱いも分からぬお姫様の世話係をするのは相当な苦行だったようで。
「失礼なことを聞くようだけど。あなたほどの力自慢がどうして魔神王に従うの? 外の世界でも十分生きて行けるでしょう?」
聞くと、ミノタウロスはゆるく首を振り、
「何もおかしなことはない。王たるものに付き従うのは当然の道理だ。魔神王様はいずれこの世の全てを支配下に置く。傘下に入るのが早いか遅いかの違いだ」
「そうなるって、魔神王が世界を掌握する未来がやって来るって、本当に思ってる?」
「ああ」
短いながらも確信めいた声でした。
勝ち組への道筋を信じたいという利己的な妄執ではなく、魔神王への純然たる信頼。
冒険者の誰しもが勇者や英雄を夢見て、期待に胸膨らませるのと同じです。
「彼ならきっと、今度こそ、我々の世界を勝ち取ってくれる。だから、ここに居るのは間違いじゃない。ここは俺みたいなのがいてもいい場所なんだ」
彼は言葉少なくは生い立ちを語ります。
かつて人間たちによって故郷の森を追われ、当て所なくさ迷っていたところを魔神王に拾われたそうです。
「もう俺の知っている故郷はどこにもない。ただの焼け野原だ。人間が憎い。皆殺してやりたい。……俺は何か間違っているか?」
「人間の私に聞くのは間違いでしょうね」
彼はふっと口端を小さく吊り上げ、
「それもそうだ。しゃべり過ぎた、忘れてくれ」
恥じ入るように一度顔を伏せると、次には対峙した敵を見定めるような瞳で私を一見し、部屋の鍵を差し出しました。
「せいぜい足掻いて見せろ、人間」
「応援どうも」
足音を響かせ去っていくミノタウロスの背を見送り、私は部屋の中へと踵を返しました。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
最愛の番に殺された獣王妃
望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。
彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。
手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。
聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。
哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて――
突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……?
「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」
謎の人物の言葉に、私が選択したのは――
存在感のない聖女が姿を消した後 [完]
風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは
永く仕えた国を捨てた。
何故って?
それは新たに現れた聖女が
ヒロインだったから。
ディアターナは
いつの日からか新聖女と比べられ
人々の心が離れていった事を悟った。
もう私の役目は終わったわ…
神託を受けたディアターナは
手紙を残して消えた。
残された国は天災に見舞われ
てしまった。
しかし聖女は戻る事はなかった。
ディアターナは西帝国にて
初代聖女のコリーアンナに出会い
運命を切り開いて
自分自身の幸せをみつけるのだった。
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。
カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。
だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、
ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。
国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。
そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる