スライムイーター ~捕食者を喰らう者~

謎の人

文字の大きさ
45 / 78
4話 捕らわれの姫君

……何でこんなことになっているのでしょうね

しおりを挟む
 
 
「何です?」


 リンネさんが先を促すと、魔神王は弓なりに口端を吊り上げ、自慢げにマントをはためかせました。


「ふははっ。近々、我が妃の腹より後継ぎが生まれる! それを祝して、姫の故郷である王都を襲撃するのだ! 我が子の初陣にはちょうど良い!」
「跡継ぎ? 姫? 王都?」


 どうやら、こういうことらしいです。

 彼は魔神王ですから、当たり前のように人類の敵であり、人間にとっての脅威です。

 長い歴史の中で争った回数はいざ知れず。
 純然たる力を持つ魔神王軍と、数の上で圧倒する王国軍の戦いは、お互いに痛み分け。

 有史以来続く拮抗状態を打破するため、戦力の増強と士気の向上は必須。

 魔神王は後継ぎとなる子を作ることで、その両方を高める作戦に出ました。

 半年ほど前のこと。

 嫁候補の一人として王都からお姫様を攫ってくると、その場で一方的に、泣き喚く彼女を押さえつけて無理やりに、二人の愛を形にしました。
 その時孕ませた子の誕生を今か今かと心待ちにしている、と。

 大まかにまとめるとそんな感じ。


「生まれてすぐに初陣? そんなに早く立ち上がれるの?」
「怪物の王たる子供です。脆弱な赤子の時期を母体の中で過ごしてしまうのかも知れません」
「あー、それだと生むのが大変そう……」


〝遊牧の村〟で世話をしていた家畜たちのことを思い返します。

 特に、大型の四足動物は難産なことが多いのです。


「怪物の仔は場合によって、母体を突き破って生まれてくると聞いたことがあります」
「うわあ……」


 リンネさんお得意の、えぐい豆知識が披露されます。


「時として、怪物に連れ去られた若い娘が故郷へと帰って来ることがあります。が、怪物どものもとより返された娘は、その場で殺してしまいます」
「どうして? 命からがら逃げ出して来たのに」
「そうしなければ体内から怪物の仔が誕生し、周囲の町や村を根こそぎ滅ぼされかねないのです」


 むしろ、それが怪物側の狙いでした。

 無理やり連れて来られ、異形なる存在に孕まされた村娘さん方は皆、解放されると同時に故郷へとひた走るそうで。
 さしずめ、体の良い運び屋扱いなのでしょう。

 そうして人知れず先兵を送り込んだのち、魔神王自ら軍を率いて蹂躙していくのが定石。

 そうして内側から風穴を開け、優位に戦いを仕掛けるのです。

 どこかの連中と手口が似ていました。
 小賢しい人間が考え付くことに、大した差などないのかも知れません。


「同じことをお子さんでもやろうと?」
「馬鹿を言うな、小娘。仮にも我が自ら選んだ女だぞ。そんなぞんざいに扱えるものか。そういうのは、貴様らのような馬鹿どもの役割だ」
「ほう。意識を乗っ取られたとしても、人を愛する心は残っているのですね」
「当然だ」


 魔神王は鷹揚に頷きます。

 これは意外な答えでした。
 人と怪物が手を取り合える日が、いずれ来るのかも知れません。
 私は拝めそうにありませんけど。

 無念に思う私に同調したわけではないのでしょうが、タイミング良く魔神王も声のトーンを落とします。


「もっとも、あやつが子供のお産に堪え切れればの話だが……」
「何か不安なことでも?」
「年若い娘のことだからな、心身に対する不安を挙げればきりがない。事実、初夜から半年経つが、我が妃は部屋に引き籠りっぱなしだ」
「あらあら」
「今は調教の際に活力剤を無理やり流し込んでどうにか持ち堪えさせているが、お産を控えている身だ、体力面での衰えは無視できん」
「それは塞ぎ込みたくもなるでしょう」


 まだ見ぬお姫様に素直に同情を示します。


「……ほう? どれだけ抜けていようと貴様も女か。……ふむ、ちょうど前の世話係がいなくなったところだったな」


 魔神王は興味ありげに片眉を上げ、顎に手を当てて不穏な考えを巡らせます。
 ちら、と私を一瞥しました。


「小娘、貴様に仕事を与える。心して聞け」
「何なりと」
「姫の世話をしろ。何としてでも気力体力ともに充溢させ、我との夜伽に耐えられるようにするのだ」
「既に孕ませたあとでは?」
「王たる者の子だ。生まれ出でる瞬間に我自ら直接魔力を注ぎ込んでやる必要がある。それには今の状態を解消せねばならん」


 随分とけったいな倦怠期があったものだと思いましたが、口は挟まずにおきました。


「いいか。我が妃となる姫の身に万が一のことがあれば、貴様をこの世の地獄に突き落としてくれようぞ」


 つまり、そうなるまでは身の安全を約束すると。

 出揃った条件と現在の状況を頭の中でよくよくすり合わせ、リンネさんに確認を取ります。


「悪くない取引、だよね?」
「ええ、上々です。さすがは、アルル様」


 最低限命の保証を取り付けたのです。
 交渉の成果としてこれ以上望むべくもないでしょう。


「……ふん、なかなかどうして。やはりただの小娘とは思えんな。女としての魅力はないが、面白い奴は好きだぞ」


 にやりと弓なりを描く瞳。
 悦の入り混じる不敵な笑み。

 先程とは異なる好奇を宿した眼差しに、舐めるように見つめられます。


「我がこの世を掌握したのち、貴様らにも何か役割を与えてやろう。もっとも、それまで生きていられればの話だが」


 こうして、私たちの命運は依然として魔神王に握られたまま、先行きの見えない捕虜生活がスタートしました。

 ……何でこんなことになっているのでしょうね。
 
 
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。

カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。 だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、 ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。 国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。 そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

少し冷めた村人少年の冒険記 2

mizuno sei
ファンタジー
 地球からの転生者である主人公トーマは、「はずれギフト」と言われた「ナビゲーションシステム」を持って新しい人生を歩み始めた。  不幸だった前世の記憶から、少し冷めた目で世の中を見つめ、誰にも邪魔されない力を身に着けて第二の人生を楽しもうと考えている。  旅の中でいろいろな人と出会い、成長していく少年の物語。

処理中です...