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4話 捕らわれの姫君
……何でこんなことになっているのでしょうね
しおりを挟む「何です?」
リンネさんが先を促すと、魔神王は弓なりに口端を吊り上げ、自慢げにマントをはためかせました。
「ふははっ。近々、我が妃の腹より後継ぎが生まれる! それを祝して、姫の故郷である王都を襲撃するのだ! 我が子の初陣にはちょうど良い!」
「跡継ぎ? 姫? 王都?」
どうやら、こういうことらしいです。
彼は魔神王ですから、当たり前のように人類の敵であり、人間にとっての脅威です。
長い歴史の中で争った回数はいざ知れず。
純然たる力を持つ魔神王軍と、数の上で圧倒する王国軍の戦いは、お互いに痛み分け。
有史以来続く拮抗状態を打破するため、戦力の増強と士気の向上は必須。
魔神王は後継ぎとなる子を作ることで、その両方を高める作戦に出ました。
半年ほど前のこと。
嫁候補の一人として王都からお姫様を攫ってくると、その場で一方的に、泣き喚く彼女を押さえつけて無理やりに、二人の愛を形にしました。
その時孕ませた子の誕生を今か今かと心待ちにしている、と。
大まかにまとめるとそんな感じ。
「生まれてすぐに初陣? そんなに早く立ち上がれるの?」
「怪物の王たる子供です。脆弱な赤子の時期を母体の中で過ごしてしまうのかも知れません」
「あー、それだと生むのが大変そう……」
〝遊牧の村〟で世話をしていた家畜たちのことを思い返します。
特に、大型の四足動物は難産なことが多いのです。
「怪物の仔は場合によって、母体を突き破って生まれてくると聞いたことがあります」
「うわあ……」
リンネさんお得意の、えぐい豆知識が披露されます。
「時として、怪物に連れ去られた若い娘が故郷へと帰って来ることがあります。が、怪物どものもとより返された娘は、その場で殺してしまいます」
「どうして? 命からがら逃げ出して来たのに」
「そうしなければ体内から怪物の仔が誕生し、周囲の町や村を根こそぎ滅ぼされかねないのです」
むしろ、それが怪物側の狙いでした。
無理やり連れて来られ、異形なる存在に孕まされた村娘さん方は皆、解放されると同時に故郷へとひた走るそうで。
さしずめ、体の良い運び屋扱いなのでしょう。
そうして人知れず先兵を送り込んだのち、魔神王自ら軍を率いて蹂躙していくのが定石。
そうして内側から風穴を開け、優位に戦いを仕掛けるのです。
どこかの連中と手口が似ていました。
小賢しい人間が考え付くことに、大した差などないのかも知れません。
「同じことをお子さんでもやろうと?」
「馬鹿を言うな、小娘。仮にも我が自ら選んだ女だぞ。そんなぞんざいに扱えるものか。そういうのは、貴様らのような馬鹿どもの役割だ」
「ほう。意識を乗っ取られたとしても、人を愛する心は残っているのですね」
「当然だ」
魔神王は鷹揚に頷きます。
これは意外な答えでした。
人と怪物が手を取り合える日が、いずれ来るのかも知れません。
私は拝めそうにありませんけど。
無念に思う私に同調したわけではないのでしょうが、タイミング良く魔神王も声のトーンを落とします。
「もっとも、あやつが子供のお産に堪え切れればの話だが……」
「何か不安なことでも?」
「年若い娘のことだからな、心身に対する不安を挙げればきりがない。事実、初夜から半年経つが、我が妃は部屋に引き籠りっぱなしだ」
「あらあら」
「今は調教の際に活力剤を無理やり流し込んでどうにか持ち堪えさせているが、お産を控えている身だ、体力面での衰えは無視できん」
「それは塞ぎ込みたくもなるでしょう」
まだ見ぬお姫様に素直に同情を示します。
「……ほう? どれだけ抜けていようと貴様も女か。……ふむ、ちょうど前の世話係がいなくなったところだったな」
魔神王は興味ありげに片眉を上げ、顎に手を当てて不穏な考えを巡らせます。
ちら、と私を一瞥しました。
「小娘、貴様に仕事を与える。心して聞け」
「何なりと」
「姫の世話をしろ。何としてでも気力体力ともに充溢させ、我との夜伽に耐えられるようにするのだ」
「既に孕ませたあとでは?」
「王たる者の子だ。生まれ出でる瞬間に我自ら直接魔力を注ぎ込んでやる必要がある。それには今の状態を解消せねばならん」
随分とけったいな倦怠期があったものだと思いましたが、口は挟まずにおきました。
「いいか。我が妃となる姫の身に万が一のことがあれば、貴様をこの世の地獄に突き落としてくれようぞ」
つまり、そうなるまでは身の安全を約束すると。
出揃った条件と現在の状況を頭の中でよくよくすり合わせ、リンネさんに確認を取ります。
「悪くない取引、だよね?」
「ええ、上々です。さすがは、アルル様」
最低限命の保証を取り付けたのです。
交渉の成果としてこれ以上望むべくもないでしょう。
「……ふん、なかなかどうして。やはりただの小娘とは思えんな。女としての魅力はないが、面白い奴は好きだぞ」
にやりと弓なりを描く瞳。
悦の入り混じる不敵な笑み。
先程とは異なる好奇を宿した眼差しに、舐めるように見つめられます。
「我がこの世を掌握したのち、貴様らにも何か役割を与えてやろう。もっとも、それまで生きていられればの話だが」
こうして、私たちの命運は依然として魔神王に握られたまま、先行きの見えない捕虜生活がスタートしました。
……何でこんなことになっているのでしょうね。
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