57 / 78
4話 捕らわれの姫君
悲劇のヒロインがそこに居ました
しおりを挟む「……王都には、毎日たくさんの人が訪れるわ。本当にたくさんの、過酷な旅路を乗り越え、強靭な肉体と精神を持ち合わせた冒険者たちが行き来していた。……婚約者がいるのよ。腕の立つ冒険者の一団の中に」
先程の自暴自棄と打って変わって落ち着いていて、懺悔室に座っているかのようです。
一国の姫君を思わせる品格が、ようやく感じられました。
「凄いのよ、彼らは。強大な怪物どもを薙ぎ倒し、数えきれないほど町や村を救い、王都へと道を繋げて来たの。彼らの功績は民の間で語り広がり、何度も王城へ呼ばれてお父様から褒賞を賜って来たわ。パーティーを組むのは、栄誉と称賛を共に積み上げてきた誉れ高き戦士たち。そんな強者たちをまとめる冒険団の団長が、あたしの婚約者よ」
「一介の冒険者と一国の姫が、婚約?」
「馬鹿にしないで。一介のじゃないわ、この国で唯一〝勇者〟の称号を持つ最強の冒険者よ」
お姫様は胸の前で指を絡め、瞼の裏にその懐かしい姿を思い浮かべます。
「……自慢なの、幼い頃からずっと、彼が活躍する姿を見てきたから。彼が本当に一番の称号を勝ち取った時は嬉しくて、誇らしくて……」
「勢いに任せて無理を押し通したと?」
お姫様は小さく頷きました。
「……だから、会いたい……っ。最後にひと目だけでもいいから……っ」
紅く染まる頬を涙が伝います。
一滴零れ落ちてしまえば、あとは止め処なく。
唇を震わせ、声を詰まらせ、それでもお姫様は想いを言葉にするのを止めませんでした。
「あたしはこんなに汚れてしまったけどっ、彼に初めてを捧げられなかったけどっ、それでも……。会いたくて会いたくて仕方がないの……っ」
この場にいない大切な人へ、ずっと堪えて来た想いの丈をぶつけます。
「助けて……っ! あたしをここから助けてよ……っ」
悲しみに沈み、絶望に怯える、悲劇のヒロインがそこに居ました。
怪物に侵され真っ黒に歪んでしまった彼女の心は、それでも最後の最後で希望の光を求めたのです。
手前勝手を承知の上で、なおも助けを求める悲痛な涙声を耳にしながら、私は静かに問いかけます。
「その人は強いの?」
「……ええ、強いわ。誰よりも強い! 魔神王を打ち倒すべき男よ!」
「その人はかっこいい?」
「ええ、最高に! 近隣の各国の王妃から求愛されるほどに。でもそれを全部断って、あたしを婚約者に選んでくれた……。結婚するのよ、彼と結ばれる日を心から楽しみにしていたわ……」
「その人は優しい?」
「ええ、とっても。……だから、思わずにはいられないの。こんなあたしでも、もう一度って。愛してくれるんじゃないかって……。だから、だから……っ」
彼女の願いをきちんと聞き届け、私は「よし」と手のひらを打ち合わせます。
「それじゃあ、自分から会いに行かないとね」
「……え?」
お姫様は呆然と顔を上げ、赤く染まった目元で私を見つめました。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
存在感のない聖女が姿を消した後 [完]
風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは
永く仕えた国を捨てた。
何故って?
それは新たに現れた聖女が
ヒロインだったから。
ディアターナは
いつの日からか新聖女と比べられ
人々の心が離れていった事を悟った。
もう私の役目は終わったわ…
神託を受けたディアターナは
手紙を残して消えた。
残された国は天災に見舞われ
てしまった。
しかし聖女は戻る事はなかった。
ディアターナは西帝国にて
初代聖女のコリーアンナに出会い
運命を切り開いて
自分自身の幸せをみつけるのだった。
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。
カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。
だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、
ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。
国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。
そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
少し冷めた村人少年の冒険記 2
mizuno sei
ファンタジー
地球からの転生者である主人公トーマは、「はずれギフト」と言われた「ナビゲーションシステム」を持って新しい人生を歩み始めた。
不幸だった前世の記憶から、少し冷めた目で世の中を見つめ、誰にも邪魔されない力を身に着けて第二の人生を楽しもうと考えている。
旅の中でいろいろな人と出会い、成長していく少年の物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる