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4話 捕らわれの姫君
誇れる自分のまま
しおりを挟む私は強気な笑みで応え、彼女を焚きつけます。
本当にこのままで良いのか、と。
「想えば相手に届くだなんて、のんびりしたことしている場合? 言いたいことがあるのなら、伝えに行けばいいじゃない。『あたしを助けて』って」
「でも、ここから出ることは……」
「身体はね。でも伝えるべきはあなたの言葉であり、心でしょう?」
額をくっつけんばかりに身を乗り出し、私は取引を持ちかけます。
ちゃんとお互いに利する点がある、有益なお話です。
「私はあなたのお世話を成功させた暁に、晴れて自由を手に入れる。そうしたら王都へ行って、あなたの婚約者にあなたの気持ちを伝えてあげる」
「彼に……?」
「ええ。そうしたら彼があなたを助けに来てくれる。でしょう?」
「本当、に……? 彼が来てくれるの……? あたしを、助けに……」
「ええ、必ず」
潤んだ瞳が縋るような色合いを見せたのも束の間、ふっと力のない笑みに変わります。
「無理よ。あなたも女だから。そう簡単に解放されるだなんて思えないわ」
彼女の心に巣食う深い闇は、わずかな光を拒絶します。
確かに想像の通り。
私が女である以上、お腹に怪物の仔を仕込まれて、最後は臓物をぶちまけて死ぬ運命は覆しようがありません。
「でも、それがいつどこでか、までは決められていないの」
「……どういうこと?」
「私は怪物の子共を仕込まれた身体で王都へ向かう。そうできるよう、魔神王に進言して手助けしてもらう」
運び屋となった娘さんたちは皆、故郷へ返されます。
どことも知らぬ土地から来たよそ者を簡単に受け入れてはくれないでしょうが、攫われた娘が帰って来たとなれば話は別。
門前払いされない可能性が出てくるのです。
人の持つ情を逆手に取ったうまい手です。
であれば、それを利用させてもらいましょう。
幸いにも、私の素性は魔神王に知られていません。
王都が故郷だと偽り、涙を流しながら最期にひと目見せて欲しいとでも懇請すれば、それでオーケー。
王都へ入ろうとした時点で、きっと門番に止められてしまうでしょう。
無理やり突破しようとして捕まるか、腕利きの冒険者に囲まれて殺されるか、二つに一つ。
「それでも私は王都まで行ける。あなたの想いを持って辿り着くことができる」
「……」
呆然と目を見開く彼女の手を取り、促します。
自らの足で立ち上がり、命尽きる時まで戦い抜くことを。
「さあ手紙を書いて、お姫様。あなたの想いを文字に込めて、あなたの王子様へと届けましょう。そうしたいのでしょう?」
「……どうして、そこまでしてくれるの?」
困惑に揺れる瞳を前に、私はゆっくりと首を横に振ります。
「言ったでしょう。これは取引よ、お姫様。私だってただでは死にたくない。ほんのわずかな助けでも、魔神王を挫く力になれたとそう思いたい」
精一杯強がって、清々しく笑って見せます。
「誇れる自分のまま死にたいの」
「あ、ああ……」
零れる吐息。
お姫様の瞳にゆっくりと希望の光が宿り、
「……ああ、あぁああぁぁぁ……っ」
溢れ出た感情そのすべてが、悲痛な嘆きに変わります。
「ああっ、あたしはっ、なんて馬鹿なことを……っ!」
両手で顔を覆い、ガタガタと身体を震わせて、お姫様は慟哭します。
絶望で麻痺していた心が正常な倫理観を取り戻し、今ようやく犯した罪の重さを理解したのです。
目をかっ開き、
手足を震わせ、
胸を掻き抱きながら、
己の振る舞いを思い起こして涙腺は崩壊します。
滂沱とともに言葉にならない懺悔を並べ、壊れたように謝罪を繰り返し、何度も何度も頭を下げて。
まるで小さな子供のように、いつまでも泣き続けました。
そして、
「いつか、きちんと償えるかしら……」
悄然とした彼女の口から、そんな呟きが零れました。
「何事も遅過ぎるということはないと思う」
ないと思いたいです、私自身のためにも。
私はハンカチを差し出し、真っ赤に泣き腫らした目元を拭ってやりました。
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