ゆかりさんとわたし

謎の人

文字の大きさ
19 / 79
1話 ゆかりさんとわたしと、図書室にて

追及

しおりを挟む
 
 
「それで、どうしてこうなったの?」


 腕を組んで鬼の形相を浮かべる図書室司書の先生の前には、四人の生徒。
 真っ赤に汚れた制服姿の男子生徒と女子生徒。
 そして何故か図書委員さんとわたし。
 怒られる所以などありません。しかし、騒ぎの現場に居たとなると、疑いの目を向けられてしまうのも仕方のないことなのでしょう。

 果たしてわたしは、今日運が良かったのか悪かったのか。
 直接的な危害を加えられなかっただけ不幸中の幸いというのでしょうか。それでも、もう少しましな状況にしてもらいたいものでした。

 あの後、先生はひとしきり逢引き男女を叱りつけて、すぐ後ろにいたわたしと図書委員さんを見つけて、怒り口調で何があったのかを問いただし、何も見ていないことを聞くと、


「とにかく。他の先生にもこのことを知らせて、ここの片付けをします。その後で職員室に来なさい。四人ともよっ!」


 眉を吊り上げて、そう言い放ちました。言い訳の余地は与えられませんでした。
 笑顔の絶えない優しい先生だと思っていたのに……。

 そんなわけで事態は他の先生も知るところとなり、部活動の活気ある声が響く中、わたしたちは赤い色水で濡れた床を拭いたり、司書の先生に倣って汚れてしまった本を本棚からプラスチックの箱へ移したり、呼び掛けに応じてやってきた先生方に、何があったのか、何をやらかしたのか、としつこく質問される目に遭いました。
 極めつけは下校時刻がとっくに過ぎた後、暮れゆくオレンジの光に満たされた職員室で、司書の先生の前に並んで項垂れています。
 泣きそうでした。


「何とか言いなさい!」


 どんっ、と机が叩かれます。この先生、こんなに強気で怖い感じの人でしたっけ?
 恫喝されて委縮する中、唯一の男である逢引き男子が不貞腐れた声を発します。


「別に。オレらは何もしてねえっすよ、先生。ただ本棚に背中をぶつけただけで」


 そんな勇気に後押しされて、逢引き女子も続きます。


「そうですよ、センセー。あたしたち、何にも知りませんよ。急になんかが破裂して。誰かのイタズラだったんじゃないですかぁ?」


 司書の先生は眉根を寄せたまま、逢引き男女に訊ねます。


「そもそも、あなたたち二人は放課後に図書室で何をしていたの?」


 逢引き男子が後頭部を掻きながら目を逸らします。


「そんなん、本を借りようと思って」


 逢引き女子も逢引き男子の手を取って、


「ね? 二人でおもしろい本探していたんだよねえ?」


 平然と嘘をつく二人です。
 よくもまあ、激怒する先生を前にそんな不遜な態度を取れるものです。
 わたしには真似できません。したくもありません。
 二人の言葉が嘘だと知っているのは、わたしの他にもうひとり。
 ちらりと隣に佇む彼女の顔を覗くと、


「…………」


 図書委員さんは無表情で黙ったままでした。強く拳を握り、怒りを無理やり押し込めているようにも見えます。
 途中で口を挟んでも感情的な口論にしかならないことを知っているのです。それでは逢引き男女と同列に扱われてしまいます。
 きっと、この場における絶対的な存在である司書の先生から、発言の機会を与えられる瞬間を待っているのでしょう。

 そんな様子を知ってか知らずか。司書の先生はこちらを向いてはくれません。
 逢引き男女にさらに突っ込んだ質問をします。


「少し言葉を変えましょう。図書室で、半裸で、一体何をしていたの?」
「あれは……、ほら、なんか汚れちまったし」
「そうそう。濡れたワイシャツが気持ち悪くて、思わず……だよねえ?」
「……そう。なるほどね」


 司書の先生は、二人に明らかな疑惑の視線を向けています。
 先生は図書室司書ですから、それは図書室についてよく知っています。当然、よく利用する生徒の名前と顔は覚えていらっしゃいます。特に放課後遅くになっても本を借りに来るような、読書好きな生徒のことは。
 この二人にそういう覚えはないようです。


「じゃあ、あなたたちはどうかしら?」


 司書の先生はひとまず二人を放って、わたしと図書委員さんの方へ顔を向けます。
 若干表情が和らいでいて、少し安心。


「相原さんは、今日の図書当番よね」
「はい」


 図書委員さん改め、相原さんはこくりと頷きます。


「じゃあ何か見ていないかしら?」
「見てはいません。ですが、聞いてはいました」


 相原さんはひとつ間を置き、眼鏡の奥の瞳を真っ直ぐ司書の先生に向けて、溜めに溜めた感情を言葉に変えて吐き出します。


「先生。そこの二人は嘘をついています」

 
 
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

鐘ヶ岡学園女子バレー部の秘密

フロイライン
青春
名門復活を目指し厳しい練習を続ける鐘ヶ岡学園の女子バレー部 キャプテンを務める新田まどかは、身体能力を飛躍的に伸ばすため、ある行動に出るが…

〈社会人百合〉アキとハル

みなはらつかさ
恋愛
 女の子拾いました――。  ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?  主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。  しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……? 絵:Novel AI

私がガチなのは内緒である

ありきた
青春
愛の強さなら誰にも負けない桜野真菜と、明るく陽気な此木萌恵。寝食を共にする幼なじみの2人による、日常系百合ラブコメです。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

とある高校の淫らで背徳的な日常

神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。 クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。 後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。 ノクターンとかにもある お気に入りをしてくれると喜ぶ。 感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。 してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。

とある男の包〇治療体験記

moz34
エッセイ・ノンフィクション
手術の体験記

処理中です...