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エピローグ
おやすみなさい
しおりを挟む呆然と真っ白になった頭で、それでもわたしは訊ねずにはいられません。
「どう、して?」
だってゆかりさんはあの古風な家から出ることができないはずで、唯一行けるところといえば、自分の身体が眠る病室くらいで。
わたしのところに来ようとしても行くことができないと、以前ぼやいていたはずなのに。
「さっき、みぃちゃんの言葉を聞いて思い出したのよ。いいえ、思い直したといった方がいいかもね。考えを改めたの」
「思い直す?」
「私の未練。幽霊になった理由。あの家でみぃちゃんと一緒に遊ぶこと。あの家で待ってくれているみぃちゃんに会いに行くこと」
ゆかりさんは歌うように軽やかに言葉を紡ぎます。
無理をしないで、なんて気の利いたことは言えず、わたしはただただ聞き惚れます。
「でもそれって、みぃちゃんの居る所へ行ければそれが一番良いでしょ? だからそういう風に思い直したの。あなたと一緒に居ることこそが私の未練なんだって」
思い直した。
眠ってしまった肉体から抜け出した理由を、心残りを、あの家で待つわたしに会いに行くことからわたしの隣に居ることへ。
「でも、そんなことできるの? そんな簡単な思い込みで? そんな、めちゃくちゃな……」
「幽霊、特に生霊は強い想いによって生み出されるって、前に教えてくれたでしょう? 私が大切にしている想いはあの家じゃなくて、みぃちゃんだもの。自分の身体の所には行けるのに、みぃちゃんの所に行けないわけないのよ。思えばこれまでがおかしかったんだわ」
あの家で再び出会う約束をしたからあの家に居なければならないと、そういう思い込みをしていたせいで敷地から出ることができなかった。
本当はそうではなくて。
ゆかりさんの心残りは、幽霊になった理由は、わたし自身にあって。
だからわたしにしか彼女は認識できないし、わたしが望んだ場所に現れることができるのだと、ゆかりさんは続けます。
「さっきそのことに思い至ったの。一緒に居たいって強く望めばもしかしたらって。せっかくだから試してみようと思って、みぃちゃんに無理を言って帰ってもらったわけ。ふふ、驚いた?」
「ゆかりさん……」
驚きが嬉しさに変わるまで、そう時間はかかりませんでした。
潤んだ瞳から涙が零れるのを見て、ゆかりさんはそっとわたしに寄り添います。
もうひとりではないからと。
寂しい思いをしなくていいのだと。
そんな風に語りかけてくれます。
「スケッチブック持って来られなかったから、たくさんおしゃべりして疲れてしまったわ。肩、貸して」
「うん……っ、いいよ……。いくらでも貸すよ。むしろわたしの全部あげてもいいくらい……」
途切れ途切れの言葉は、全部涙に滲んで。
それでも伝えたい想いが溢れてきます。
「それくらい、嬉しい……っ」
「そう。ふふ、思い切って見るのもたまには悪くないわねえ」
ゆかりさんはそう言ってくすくす笑って、涙ぐむわたしの頬を撫でてくれました。
からかった後の反応を楽しみながら、愛おしげに眼差しを細めて。
その日、わたしは初めてゆかりさんと一緒に眠りにつきました。
ゆかりさんの家でお泊まりをしたことは何度かありましたが、同じ時間に同じ布団で横になっていたことはありませんでした。
少し窮屈な、でもとても優しくて温かいお布団の中。
ゆかりさんの存在をとても近くに感じます。
幽霊であっても、不安定であっても、確かにわたしの隣に居てくれる彼女の存在を。
甘酸っぱい果実を口いっぱいに頬張っているような幸せを味わいながら、心満たされる眠りにつきました。
「おやすみなさい、ゆかりさん」
薄らいだ輪郭を揺らしながら静かに寝息を立てるゆかりさんに、わたしの言葉は届いたのでしょうか。
目が覚めたら聞いてみたいと思います。
明日の話題ができたことに満足して、わたしもゆっくりと瞳を閉じました。
良い夢が見られるように、心の中で小さく願いながら。
完
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