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3話 すずの鬱屈

一方的な憂さ晴らし

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「あらあ、しぐれが見当たらないのね? ああ、あの弱虫、今は保健室のベッドの上だっけ? あはっ、ざまあっ」
「……」

「何よ、だんまり? 二人一緒じゃなくちゃどうにもなんないの? それとも鈴先輩が怖い? そうだよねえ、あんた、手も足も出ずに負けちゃったんだもんねえ?」
「……」

「どおしたの? 変身しないの? あの気持ち悪い筋肉ダルマにさあ? きゃははっ」
「……」

「……おい、無視かよ。なんとか言い返してみなさい、よっ!」


 無言のまま歩みを止めないまりあにしびれを切らし、美羽は飛び上がってステッキを振り上げる。

 ステッキの先端に収縮する淡い紫の光。

 溜め込んだ魔力を付与されたステッキによる強撃が、容赦なくまりあに襲い掛かる……が、その攻撃がまりあへ届くことはなかった。


「―――え……っ!?」


 視界が揺れた。
 青葉の匂いが鼻孔に満ち、一瞬遅れて痛みが全身の神経を叩く。

 美羽は、回避を選択する余地すら与えられず、芝生の上に叩きつけられていた。


「な、なに、が……っ?」


 苦悶に歪んだ美羽の顔に浮かぶのは、ことに対する疑問と戦慄。

 答えを求めて視線を上げるも、そこにまりあの姿はなく。
 芝生を踏みしめる音だけが、後ろから聞こえてきた。

 無視された。

 それを悟った瞬間、目の奥でチカチカと怒りの火が瞬いた。


「……っ! こん、のおおおおっ! 舐めがやってええええっ!」


 倒れた身体を全力で跳ね起こし、突撃。

 完全に死角を捉えた攻撃、そのはずだった。


「……ごっ、うえぇ……っ?」


 まりあの拳に腹部を貫かれ、衝撃が背中へと駆け抜けた。

 口から胃液を撒き散らしながら、美羽はどうしてこうなったのかを考えた。

 油断はしていない、鬱憤を晴らすつもりで全力で殴りに行った。

 にもかかわらず、あっさりと攻撃を躱され、瞬殺された。

 変身していない、素のまりあに対して、だ。

 つい先月屋上の一件で、そんなことはありえないと証明されたのではなかったのか。

 抱いた疑問に何ひとつ解を得られぬまま、美羽は膝から崩れ落ちた。







 決着を見届ける前に鈴は動き出していた。

 大の字に倒れ伏した美羽と入れ替わり、まりあの眼前に降り立つ。

 敵を見据える瞳には、先程までの余裕はなくなっていた。


「何をした?」


 短く問いかける。
 この状況がイレギュラーなのは、美羽にとってばかりではない。

 まりあは強くなっていた。

 屋上で美羽と戦った時よりも、公園で鈴と戦った時よりも。
 昨日よりも、今朝よりも。

 圧倒的に力強く激変していた。


「これは勝負なんかじゃない」


 呟くような宣言が、まりあの口から零れ落ちる。

 鈴は怪訝に眉を潜めた。


「……何だって?」
「これは、あなたと私が望んだような、真っ向勝負なんかじゃないよ」


 まりあは面を上げ、鈴を真正面から見返す。

 恐れも怒りもなく。
 凪のように揺れることなく静かでありながら、瞳の奥底に秘められた迫力に圧倒される。

 つい先刻にも見た、覚悟を決めた者の顔。

 鈴は、再度問う。


「それじゃあ、君は何をしに来たの?」
「一方的な憂さ晴らし」


 答えると同時にまりあは炎を吹き上げ、魔法少女へと変身した。
 
 
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