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7、従弟の婚約者(仮)と気まずい二人きり。
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ゴトゴトと馬車は揺れている。
実は結構揺れているが、今はそんなことを気にする余裕がない。
目の前には猛じゅ……じゃなかった、団長。
心なしか、さっきからずっとソワソワして、前髪を必要以上に指で撫でていた。
今まで前髪そんな撫でた事ないだろ!なんて思いつつ、目の前の現状に若干……いや、結構な勢いで引いている。
なので引き攣った笑みを浮かべているオルトなのだが、それに気がついていないのか空気が読めないのか、シスルは『婚約者』の家庭環境や両親の事をしつこく聞いてきた。
ハヴィの母ちゃんが何が好き?とかこっちはホントどうでもいい。
というか、ちょっと待ってよ。その前に、その前にだ。
そんなことよりもっと明確な情報が色々知りたいのだが。
なのでシスルの投げかけてくる質問をオール無視して、質問返しする事にした。
「団長、いつハヴィと婚約したんですか?」
自分の質問に一瞬頬を染める団長。
いやそういうの要らないから。なんてまた顔が引き攣っちゃう。
正直ハヴィとは今まで生きてきた中で、学校生活や遊び、勤務にプライベートなど実家の家族よりベッタリと一緒にいるのだ。
なんなら今も寄宿舎の部屋まで同じだし。
お互い今までの恋愛に関しても、性癖……というか嗜好的なコアな部分についても相談しあっているぐらい、腹を割りあってる。
割り合わなくてものまで割りあっている。あれ?何でだ。何で割ってんだろ?
とりあえず何でだかわからないけど、いわゆる知らない事がないのだ。
なのに、なのにだ。
オルトは全てを曝け出してたのに、ハヴィは違ったのだろうか。
婚約なんて大事なことを、自分に言わないことある?
しかも団長が好きだったとか一瞬でも聞いた事ないのだが?
モヤモヤとする気持ちとどれが真実なのかわからない不安と。そして田舎道を走る馬車の揺れに、だんだんと気持ち悪くなってきた。
うええと胃液と戦いながらチラリと横目で団長の返事を待つ。
あれ?なんかこの人、すごい得意げな顔してるんだが。
何その顔、なんか知ってんだろ的な様子の顔。
いやいや、こっちはなんも聞いてないつの。聞いてたらこんな質問する訳がないじゃない。
いくら待っても返答がなく、もう一度同じ質問を投げかけてみる。
「ハヴィといつ、婚約したんですか?」
質問の答えが欲しくてちらりと様子を伺うように見上げると、モスグリーンのキラッキラな目で微笑んでいる乙女な団長が見えた。
うええ、何で質問した僕をそんな目で見ているんだ……。
全く意図が分からず、オルトは団長から視線を逸らした。
団長はモスグリーンの目と王太子と同じ、金色の髪の毛をサイドで後ろに流し固めている。
チョロリとたれた前髪も、若干おしゃれな感じに見える、あら不思議。
体格はさすが団長!ということもあり、長身で筋肉質。そして自慢の筋肉はムキっムキで、誰よりも強そうだ。
強さなら第一騎士団も敵わない……らしい、知らんけど。
彫りが深い顔立ちで、少し垂れた目が親しみやすそうである。
外国の絵本の挿絵に出てくる、ムッキムキ王子様みたいな、そんな感じ。
そして何を隠そう、こんなんでもこの国の王様の弟君なのだ。
本当の王子様っていうオチね、やるぅ。
だけどこの人も脳筋一筋であり、剣がなければ拳があるじゃない精神がハヴィと共通する所である。
王位なんか興味がないらしく、今の王太子が生まれた時点でとっとと廃位して爵位をもぎ取り、騎士となったらしい。
というか何故廃位したんだろう?と疑問に思う。
どう考えてもあの王太子に比べたら、この人のが100倍マシな気がするが。
団長はオルトやハヴィより7つ上の28歳。
結構モテるらしいけど、結婚は自分が本当に好きな人ととか、ロマンチックな面があるらしい?知らんけど。
ゆっくりな速度でゴトゴト揺れる馬車の中。
さっきの質問の返事が返ってこず、沈黙が気まずい。
なので自前の指をギリギリと噛み締めながら、脳内で独り言を言い続けるしかする事がない。
目の前の団長は未だに得意げな顔でこちらを見ている。
何ならもう得意げな顔が、イケメンの顔芸に見えて飽きてきたので、窓の外に視線を移した。
見慣れた風景になってきた所で、そろそろ目的の場所へ着くなぁと、認識して。
あの木、よく登りそこなって落ちたなぁとか、あの川でハヴィがこけそうになって僕を掴んだせいで、何故か僕が頭から落ちたなぁとか。
どっちも落ちた思い出しかないんかーいってね、自分で突っ込んじゃう。
ハァ、あー、気が重い。
てか何回でもいうけど、婚約ってなんなんだよ!聞いてないって!
だって昨日まで微塵も話題に出ないこともおかしくない?
だがしかし、ずっと何か言いたそうに顔芸な笑顔の上司。
確信ある笑顔にそちらも嘘だと決め付けられず……ただもう早く着いてくれと願うばかりだった。
上司だからあんま深く突っ込んでも聞けないじゃんね。
ここだけの話、とか同じ団員なら突っ込んで聞けるけど、この人の生態をよく知らないからマジで突っ込めない。
というかもう、なんか聞いてあげない事にする。
聞いて欲しそうなこの顔も、だんだんとムカついてきたからね。
てかハヴィ……キミ好きな人いたでしょ。
なんでこの人と婚約しちゃったの……。
というか、本当に婚約しちゃったの?
質問に答えずニッコニコな筋肉だるまの事は無視をして、オルトは遠くを見ながら現実逃避した。
*
クロアに着くとハヴィの姉ちゃんズ、マフィとラフィが門番のように仁王立ちしていた。
めっちゃいい笑顔。まるでどっかの国の仏像のよう……。
オルトを見つけるなり飛んできて、ガシガシと気が済むまで頭を撫でまわされたが、すぐに団長に気がつき会釈をした。
オルトに向ける笑顔とは違う、よそ行きな顔で家の中へと案内していた。
オルトは黙ったまま、後ろからついていく。
いつも商談などで使っている応接間に案内されると、そこにはハヴィの両親……伯父さんと伯母さんもいて、ここでもオルトは髪の毛をむしられるほどに撫でられることとなった。
いつもこうだよ!一体僕を何歳だと思ってんの、もう僕は小さい子供じゃないんだけど!
と反抗すると、やっとペットのような撫で回しから解放された。
ここまでいつもの事。会うたびいつもこうなるのだ。
しかもハヴィにはしなくて、いつもオルトだけがこうなっていた。
鳥の巣のようになった髪の毛を手で整えながら、職務で来たことを思い出すようにピシッと胸を張る。
「クロア伯爵殿、こちら王国第二騎士団団長、シスル団長です。」
小さい頃から知ってる家族に形式ばった言葉を披露するのも恥ずかしかったけど、これも仕事なんでね……。
というか家族の前とは言えど、上司の前で変なことは出来ないからね。
ビシッと決めたオルトの紹介に、シスル団長はにこやかにお辞儀をして、ハヴィの父と挨拶を交わした。
「で、ハヴィから連絡あった?」
ソファーに座りながら開口一番、伯父さんがにこやかに口を開いた。
「いやそれ僕が聞きたいことですよ!」
オルトの焦った顔に、ハヴィの父はワハハと笑う。
いやナニ呑気な対応してんのと。まぁナニが言いたいかはわかるけどもさ。
「まぁ便りのないのは元気な証拠って言うしね!」
今度はマフィ姉さんが伯父さんと顔を合わせながらアハハと笑う。
それに釣られるようにラフィ姉さんも同じ顔で笑った。
クロアはいつもこんな感じだ。
これがデフォルト。
にこやかに笑い合い、和やかで楽しい雰囲気。
大らかで実子も親戚の子もその友達も分け隔てなく、懐に取り込んだら大事にしてくれる。
他所からは和やかで呑気に見えて、実はまぁ、呑気じゃないんだけどね。
だがこののほほんとした空気についていけないのはシスル団長だった。
「ストーン公爵子息がハヴィくんを誘拐してしまったのですよ!?」
と、声を荒げた。そしてそのまま団長は言葉を続ける。
「実はご挨拶が遅れましたが、ハヴィくんと先日婚約の約束をしまして」
オルトは知ってたはずだったが、うん、知ってたんだけど驚いたよね。
いやぁ、よくここでその話をブッ込めるなあと。いやあ感心感心。
我、上司ながら感心です。ぶっ込み度、百点!
だがしかしそんなブッ込まれてもクロア家、動じず。
一瞬キョトンとした顔をしたが、何事もない笑顔で『へえーそうなんだ』的な感じで、まるで興味がない様な顔して頷いている。
そんな顔してラフィ姉さんがぶっ込み返した。
「というか、本当にうちの弟と婚約したんですか?」
笑顔だけど笑顔じゃない、そんな感じの笑顔のラフィ姉さん。
まぁそうだろうとも、と納得するように頷くオルト。
オルト自身も未だ信じられず、というよりも60%ぐらい疑っていたから。
あのハヴィが……ハヴィエス・クロアが婚約するなんてね。
ハヴィを知ってる人なら絶対驚いちゃう案件だった。
そんな空気を感じているのか気づいてないのか、満面の笑みで団長が続ける。
そしてスッと自分の左手を自慢する様に掲げると、反対の手で薬指を指差した。
「もちろんです!指輪もすでに渡して、とても喜んでもらえました。多分今もこれと同じデザインの指輪が彼の左手にはまっていると思います。」
と微笑んだ後、今までの笑顔が嘘の様に真顔となり、ギッと膝の上で拳を握った。
「……なので私の婚約者が誘拐され、とても遺憾に思っております。」
団長の体が震えると同時に、膝の上で握った拳に怒りがこもった。
団長の言葉に姉さんたちがお互いの顔を見合わせる。
そして二人でニッコリと笑い合うと伯母さんに目配せをした。
伯母さんは団長にどうぞとお茶を出しながら微笑み、こういった。
「まぁ、あの子は基本何事にも縛られず、自由です。
逃げ出したきゃ本人が逃げてくると思いますし。
私どもはあの子が動くまで様子を見ます。
まぁ連れ去ったのがアンセルなら、うちは心配しておりませんのよ。」
そういって伯母さんはオホホと笑った。
これに納得しなかったのは団長で。
「動ける状態ではなかったとしたら?
そんな状態で助けは求められませんよね?」
団長も笑っているが笑っていない。
もちろんクロアのメンツも団長を歓迎しているのかしてないのか、オルトにも全くわからない攻防戦だ。
団長の言葉に伯母さんはまたオホホと笑った。
「必ず動ける時が来るはずですわ。
あの子は強く育てました。本当に助けて欲しいなら、必ず私たちを頼ってくるでしょう。
それにあの子は一途です。もし貴方があの子の愛する方なら尚の事、私たち家族より先に貴方に連絡がくるはずです。」
ニッコリと笑う伯母さんに団長は同じ微笑みを返す。
まるで狸と狐の化かし合い。どっちが狸か狐かは置いといて、笑顔の裏は何が隠されているのか誰もわからないのだ。
ヒヤヒヤとするオルトを他所に、伯母さんの言葉にヒントを得たように考え込んだ団長は、すぐにまた微笑んだ。
「なるほど、そうですね。私に連絡が来る……そうか、ハヴィならそうするか……。」
後半独り言のような呟きだったが、伯母さんの言葉に納得した様子で、団長はすぐ『失礼しよう』と席を立った。
立ったのだが、ふと立ち止まりまた考え込んだ。
正直伯母さんのいうことはもっともだと思う。
なにせ誘拐犯(笑)のアンセルも小さい頃からの知り合い。
この家の庭で三人で駆け回り、喧嘩もしながら仲良く釣りもしたし木登りもした。
王太子と婚約が決まってからもほぼ毎日一緒に遊んだし、学園でもべったり一緒にいたぐらいの仲だから。
オルトが心配だったのはハヴィが誘拐されたと言うよりも、今後どう動けばハヴィやアンセルが有利なのかを心配しているのだ。その助けになればと。
ましてはハヴィが団長に惚れて団長と婚約していると言うなら、ハヴィはどんな手を使っても必ず連絡をして来るだろう。
しかし団長の言うとおりもしや本当に連絡取れない状況なのだとしたら。
ナニが事実でナニが嘘なのか。
見当がつかない僕にはできる事を決めかねていた。
こうなら伯母さんのいう通りハヴィからの連絡を待つしかないのか?
いやこっちにいるならいるで、僕にも出来る事もあるはず。
チラリと団長を見る。
団長は俯き拳を握りしめたまま。
しばらくそのままで固まっていたが、顔を上げた時はいつもの笑顔だった。
「そうですか、お義父さんお義母さん。
でも騎士団としては『誘拐』された『僕の婚約者』を救い出すと言う事が第一ですので、どうかそれをご理解ください。私はやはり、愛する人が心配です。」
団長の言葉にマフィ姉さんがオルトをチラリと見た。
オルトは何も言えず、ただ困ったように笑みを浮かべた。
だって、オルト自身この人何を言ってるのか、この言葉の意味が理解出来ていなかったからだ。
団長が言った言葉に伯父さんがただ『そうですか』と笑顔で答えた。
それだけだった。
実は結構揺れているが、今はそんなことを気にする余裕がない。
目の前には猛じゅ……じゃなかった、団長。
心なしか、さっきからずっとソワソワして、前髪を必要以上に指で撫でていた。
今まで前髪そんな撫でた事ないだろ!なんて思いつつ、目の前の現状に若干……いや、結構な勢いで引いている。
なので引き攣った笑みを浮かべているオルトなのだが、それに気がついていないのか空気が読めないのか、シスルは『婚約者』の家庭環境や両親の事をしつこく聞いてきた。
ハヴィの母ちゃんが何が好き?とかこっちはホントどうでもいい。
というか、ちょっと待ってよ。その前に、その前にだ。
そんなことよりもっと明確な情報が色々知りたいのだが。
なのでシスルの投げかけてくる質問をオール無視して、質問返しする事にした。
「団長、いつハヴィと婚約したんですか?」
自分の質問に一瞬頬を染める団長。
いやそういうの要らないから。なんてまた顔が引き攣っちゃう。
正直ハヴィとは今まで生きてきた中で、学校生活や遊び、勤務にプライベートなど実家の家族よりベッタリと一緒にいるのだ。
なんなら今も寄宿舎の部屋まで同じだし。
お互い今までの恋愛に関しても、性癖……というか嗜好的なコアな部分についても相談しあっているぐらい、腹を割りあってる。
割り合わなくてものまで割りあっている。あれ?何でだ。何で割ってんだろ?
とりあえず何でだかわからないけど、いわゆる知らない事がないのだ。
なのに、なのにだ。
オルトは全てを曝け出してたのに、ハヴィは違ったのだろうか。
婚約なんて大事なことを、自分に言わないことある?
しかも団長が好きだったとか一瞬でも聞いた事ないのだが?
モヤモヤとする気持ちとどれが真実なのかわからない不安と。そして田舎道を走る馬車の揺れに、だんだんと気持ち悪くなってきた。
うええと胃液と戦いながらチラリと横目で団長の返事を待つ。
あれ?なんかこの人、すごい得意げな顔してるんだが。
何その顔、なんか知ってんだろ的な様子の顔。
いやいや、こっちはなんも聞いてないつの。聞いてたらこんな質問する訳がないじゃない。
いくら待っても返答がなく、もう一度同じ質問を投げかけてみる。
「ハヴィといつ、婚約したんですか?」
質問の答えが欲しくてちらりと様子を伺うように見上げると、モスグリーンのキラッキラな目で微笑んでいる乙女な団長が見えた。
うええ、何で質問した僕をそんな目で見ているんだ……。
全く意図が分からず、オルトは団長から視線を逸らした。
団長はモスグリーンの目と王太子と同じ、金色の髪の毛をサイドで後ろに流し固めている。
チョロリとたれた前髪も、若干おしゃれな感じに見える、あら不思議。
体格はさすが団長!ということもあり、長身で筋肉質。そして自慢の筋肉はムキっムキで、誰よりも強そうだ。
強さなら第一騎士団も敵わない……らしい、知らんけど。
彫りが深い顔立ちで、少し垂れた目が親しみやすそうである。
外国の絵本の挿絵に出てくる、ムッキムキ王子様みたいな、そんな感じ。
そして何を隠そう、こんなんでもこの国の王様の弟君なのだ。
本当の王子様っていうオチね、やるぅ。
だけどこの人も脳筋一筋であり、剣がなければ拳があるじゃない精神がハヴィと共通する所である。
王位なんか興味がないらしく、今の王太子が生まれた時点でとっとと廃位して爵位をもぎ取り、騎士となったらしい。
というか何故廃位したんだろう?と疑問に思う。
どう考えてもあの王太子に比べたら、この人のが100倍マシな気がするが。
団長はオルトやハヴィより7つ上の28歳。
結構モテるらしいけど、結婚は自分が本当に好きな人ととか、ロマンチックな面があるらしい?知らんけど。
ゆっくりな速度でゴトゴト揺れる馬車の中。
さっきの質問の返事が返ってこず、沈黙が気まずい。
なので自前の指をギリギリと噛み締めながら、脳内で独り言を言い続けるしかする事がない。
目の前の団長は未だに得意げな顔でこちらを見ている。
何ならもう得意げな顔が、イケメンの顔芸に見えて飽きてきたので、窓の外に視線を移した。
見慣れた風景になってきた所で、そろそろ目的の場所へ着くなぁと、認識して。
あの木、よく登りそこなって落ちたなぁとか、あの川でハヴィがこけそうになって僕を掴んだせいで、何故か僕が頭から落ちたなぁとか。
どっちも落ちた思い出しかないんかーいってね、自分で突っ込んじゃう。
ハァ、あー、気が重い。
てか何回でもいうけど、婚約ってなんなんだよ!聞いてないって!
だって昨日まで微塵も話題に出ないこともおかしくない?
だがしかし、ずっと何か言いたそうに顔芸な笑顔の上司。
確信ある笑顔にそちらも嘘だと決め付けられず……ただもう早く着いてくれと願うばかりだった。
上司だからあんま深く突っ込んでも聞けないじゃんね。
ここだけの話、とか同じ団員なら突っ込んで聞けるけど、この人の生態をよく知らないからマジで突っ込めない。
というかもう、なんか聞いてあげない事にする。
聞いて欲しそうなこの顔も、だんだんとムカついてきたからね。
てかハヴィ……キミ好きな人いたでしょ。
なんでこの人と婚約しちゃったの……。
というか、本当に婚約しちゃったの?
質問に答えずニッコニコな筋肉だるまの事は無視をして、オルトは遠くを見ながら現実逃避した。
*
クロアに着くとハヴィの姉ちゃんズ、マフィとラフィが門番のように仁王立ちしていた。
めっちゃいい笑顔。まるでどっかの国の仏像のよう……。
オルトを見つけるなり飛んできて、ガシガシと気が済むまで頭を撫でまわされたが、すぐに団長に気がつき会釈をした。
オルトに向ける笑顔とは違う、よそ行きな顔で家の中へと案内していた。
オルトは黙ったまま、後ろからついていく。
いつも商談などで使っている応接間に案内されると、そこにはハヴィの両親……伯父さんと伯母さんもいて、ここでもオルトは髪の毛をむしられるほどに撫でられることとなった。
いつもこうだよ!一体僕を何歳だと思ってんの、もう僕は小さい子供じゃないんだけど!
と反抗すると、やっとペットのような撫で回しから解放された。
ここまでいつもの事。会うたびいつもこうなるのだ。
しかもハヴィにはしなくて、いつもオルトだけがこうなっていた。
鳥の巣のようになった髪の毛を手で整えながら、職務で来たことを思い出すようにピシッと胸を張る。
「クロア伯爵殿、こちら王国第二騎士団団長、シスル団長です。」
小さい頃から知ってる家族に形式ばった言葉を披露するのも恥ずかしかったけど、これも仕事なんでね……。
というか家族の前とは言えど、上司の前で変なことは出来ないからね。
ビシッと決めたオルトの紹介に、シスル団長はにこやかにお辞儀をして、ハヴィの父と挨拶を交わした。
「で、ハヴィから連絡あった?」
ソファーに座りながら開口一番、伯父さんがにこやかに口を開いた。
「いやそれ僕が聞きたいことですよ!」
オルトの焦った顔に、ハヴィの父はワハハと笑う。
いやナニ呑気な対応してんのと。まぁナニが言いたいかはわかるけどもさ。
「まぁ便りのないのは元気な証拠って言うしね!」
今度はマフィ姉さんが伯父さんと顔を合わせながらアハハと笑う。
それに釣られるようにラフィ姉さんも同じ顔で笑った。
クロアはいつもこんな感じだ。
これがデフォルト。
にこやかに笑い合い、和やかで楽しい雰囲気。
大らかで実子も親戚の子もその友達も分け隔てなく、懐に取り込んだら大事にしてくれる。
他所からは和やかで呑気に見えて、実はまぁ、呑気じゃないんだけどね。
だがこののほほんとした空気についていけないのはシスル団長だった。
「ストーン公爵子息がハヴィくんを誘拐してしまったのですよ!?」
と、声を荒げた。そしてそのまま団長は言葉を続ける。
「実はご挨拶が遅れましたが、ハヴィくんと先日婚約の約束をしまして」
オルトは知ってたはずだったが、うん、知ってたんだけど驚いたよね。
いやぁ、よくここでその話をブッ込めるなあと。いやあ感心感心。
我、上司ながら感心です。ぶっ込み度、百点!
だがしかしそんなブッ込まれてもクロア家、動じず。
一瞬キョトンとした顔をしたが、何事もない笑顔で『へえーそうなんだ』的な感じで、まるで興味がない様な顔して頷いている。
そんな顔してラフィ姉さんがぶっ込み返した。
「というか、本当にうちの弟と婚約したんですか?」
笑顔だけど笑顔じゃない、そんな感じの笑顔のラフィ姉さん。
まぁそうだろうとも、と納得するように頷くオルト。
オルト自身も未だ信じられず、というよりも60%ぐらい疑っていたから。
あのハヴィが……ハヴィエス・クロアが婚約するなんてね。
ハヴィを知ってる人なら絶対驚いちゃう案件だった。
そんな空気を感じているのか気づいてないのか、満面の笑みで団長が続ける。
そしてスッと自分の左手を自慢する様に掲げると、反対の手で薬指を指差した。
「もちろんです!指輪もすでに渡して、とても喜んでもらえました。多分今もこれと同じデザインの指輪が彼の左手にはまっていると思います。」
と微笑んだ後、今までの笑顔が嘘の様に真顔となり、ギッと膝の上で拳を握った。
「……なので私の婚約者が誘拐され、とても遺憾に思っております。」
団長の体が震えると同時に、膝の上で握った拳に怒りがこもった。
団長の言葉に姉さんたちがお互いの顔を見合わせる。
そして二人でニッコリと笑い合うと伯母さんに目配せをした。
伯母さんは団長にどうぞとお茶を出しながら微笑み、こういった。
「まぁ、あの子は基本何事にも縛られず、自由です。
逃げ出したきゃ本人が逃げてくると思いますし。
私どもはあの子が動くまで様子を見ます。
まぁ連れ去ったのがアンセルなら、うちは心配しておりませんのよ。」
そういって伯母さんはオホホと笑った。
これに納得しなかったのは団長で。
「動ける状態ではなかったとしたら?
そんな状態で助けは求められませんよね?」
団長も笑っているが笑っていない。
もちろんクロアのメンツも団長を歓迎しているのかしてないのか、オルトにも全くわからない攻防戦だ。
団長の言葉に伯母さんはまたオホホと笑った。
「必ず動ける時が来るはずですわ。
あの子は強く育てました。本当に助けて欲しいなら、必ず私たちを頼ってくるでしょう。
それにあの子は一途です。もし貴方があの子の愛する方なら尚の事、私たち家族より先に貴方に連絡がくるはずです。」
ニッコリと笑う伯母さんに団長は同じ微笑みを返す。
まるで狸と狐の化かし合い。どっちが狸か狐かは置いといて、笑顔の裏は何が隠されているのか誰もわからないのだ。
ヒヤヒヤとするオルトを他所に、伯母さんの言葉にヒントを得たように考え込んだ団長は、すぐにまた微笑んだ。
「なるほど、そうですね。私に連絡が来る……そうか、ハヴィならそうするか……。」
後半独り言のような呟きだったが、伯母さんの言葉に納得した様子で、団長はすぐ『失礼しよう』と席を立った。
立ったのだが、ふと立ち止まりまた考え込んだ。
正直伯母さんのいうことはもっともだと思う。
なにせ誘拐犯(笑)のアンセルも小さい頃からの知り合い。
この家の庭で三人で駆け回り、喧嘩もしながら仲良く釣りもしたし木登りもした。
王太子と婚約が決まってからもほぼ毎日一緒に遊んだし、学園でもべったり一緒にいたぐらいの仲だから。
オルトが心配だったのはハヴィが誘拐されたと言うよりも、今後どう動けばハヴィやアンセルが有利なのかを心配しているのだ。その助けになればと。
ましてはハヴィが団長に惚れて団長と婚約していると言うなら、ハヴィはどんな手を使っても必ず連絡をして来るだろう。
しかし団長の言うとおりもしや本当に連絡取れない状況なのだとしたら。
ナニが事実でナニが嘘なのか。
見当がつかない僕にはできる事を決めかねていた。
こうなら伯母さんのいう通りハヴィからの連絡を待つしかないのか?
いやこっちにいるならいるで、僕にも出来る事もあるはず。
チラリと団長を見る。
団長は俯き拳を握りしめたまま。
しばらくそのままで固まっていたが、顔を上げた時はいつもの笑顔だった。
「そうですか、お義父さんお義母さん。
でも騎士団としては『誘拐』された『僕の婚約者』を救い出すと言う事が第一ですので、どうかそれをご理解ください。私はやはり、愛する人が心配です。」
団長の言葉にマフィ姉さんがオルトをチラリと見た。
オルトは何も言えず、ただ困ったように笑みを浮かべた。
だって、オルト自身この人何を言ってるのか、この言葉の意味が理解出来ていなかったからだ。
団長が言った言葉に伯父さんがただ『そうですか』と笑顔で答えた。
それだけだった。
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僕の婚約者のセレンが、僕に婚約破棄だと言い出した。
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僕を断罪するセレンに、僕は涙を流す。
でも、実はこれには訳がある。
知らないのは、アイルだけ………。
さぁ、楽しい楽しい劇の始まりさ〜♪
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