悪役令息に誘拐されるなんて聞いてない!

晴森 音月

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14、密談と、知らない間の急展開。

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「オルトさ、団長になんて言って出てきたの?」

幸せな気持ちで三度寝しようとしたら、入れ違いで今度はオルトがやって来たので渋々起き上がる事にしたアンセル。
だが、起き上がると言っても頭だけ。あとは横になったままでオルトを見つめていた。

アンセルの質問にオルトは得意げに笑う。

「一応給料出る方向で、休暇中。
ハヴィを片っ端から血眼になって探してきますと言ったよ。」

「……ここに来るのバレてないの?」

「バレる訳がない。」

アンセルの部屋に一人できたオルト。
すれ違ったハヴィはオルトの横を走り去り、只今赤い顔で、時折叫びながら中庭で筋トレをしているらしい。
何があったかは聞かないが、ハヴィはアンセルにしばらくは近付かないのだろう。
そのことを突っ込むと、お陰でゆっくりと内緒話が出来るじゃんと、アンセルは少し笑った。
その微笑みを見たオルトは、うへぇと顔を顰めると『腹黒ザンバラ悪魔』と呟いた。

「私ならオルトに監視をつけるけどなぁ」

「監視はついているよ。別のオルトにね。」

「ん、もしかして。」

「そそ。」

オルトはニヤリと笑った。
高くつくからね、これは全て終わったら公爵に請求するから!と、アンセルの前で得意げに踏ん反り返った。

別にいいけど、とアンセルがしれっというと、だから金持ちはとプンプンしていた。
やっぱ従兄弟だな怒るとそっくりと笑うアンセルに、オルトの頬がさらに膨らむのだった。

オルトにはとてもよく似た妹がいる。
どちらかというとオルトとより何故かハヴィに似た顔立ちなのだが、背格好や体型はオルトによく似ていた。
というかこの3人、いや、クロアは何処となく共通点が多い。
みんな本当に似ているのだ。
全部がそっくりと言うわけではないのだが、全員が集まると『ああ、クロア家だな』と言う感じなそっくりさなのだ。

時折オルトは妹を影武者に使う時がある。
妹は愛より金が好きなので、オルトが出す金額によっては何ヶ月でもオルトのふりをしてくれるのだった。

「レミから逐一報告が来るけど、ついてきているのは3人らしい。レミ自体は旅行気分であっちこっち旅できて楽しい」と言ってたらしい。

「……その費用も私が持つよ。」

「まじ!?ラッキー!」

そういうとオルトはニヤリと笑った。

「まぁここが見つかるのも時間の問題かな」

「そうなの?」

「うん、どうやらシスルは権力を味方につけたらしい。」

アンセルはペラペラとオルトの顔の前で何枚かの紙を振ってみせる。
それを奪い取って目を落とすオルトに、アンセルはため息を漏らした。

「もう時間がないかな。」

「どうするんだよ誘拐犯?」

「そろそろハヴィが自覚してくれなきゃ、この冒険は終わらないんだよね」

「一応お前の断罪は無くなったから、追放も解除されたはず。
なので誘拐にはならないし、幼馴染同士で傷ついた心を癒す旅行ってことにしたら……」

「シスルはどうしても私を誘拐犯にしたいようだよ」

「は?」

「ふふ、は?ってハヴィの口癖がうつってる」

「ああ、つい出ちゃったけど……え、どういうこと?」

アンセルは側に置いてた別の紙をオルトに差し出した。
それを読んだオルトは立ち上がり「僕、騎士団に戻る」と足早に部屋から出ていった。

いなくなったオルトの後に落ちる紙をアンセルが拾い集める。

『アンセル・ストーンを王弟の婚約者誘拐罪で指名手配要請。』

文字を見つめたままアンセルはふふッと笑う。

「さぁ、どうしようかな」

王弟の婚約者だってよ、ハヴィさん。
今すぐ動いて否定したいけど、今はまだその時ではない。

それよりどうすればハヴィを手に入れられるのだろうと。
否定よりこっちが先かもしれないと、アンセルは枕に頬杖をついた。
ふと、オルトの最後との言葉を思い出す。

『別のことに気を取られてんじゃねえ』と。

だってしょうがないじゃん、ずっと食べたかったご馳走が目の前なんだもの。
手を伸ばしたら、もう届く位置にいる。
指名手配とかなんかに構ってられないんだよね、私は。

そう言いながらフフフと笑みが溢れる。
邪魔なものが排除できたと思ったら、次の邪魔者が現れるとか、何だか何かの物語のようだと、アンセルは思った。
果報は寝て待て、と古い異国の言葉を昔、父が言っていた。
ならば時が来るまで寝て待つしかない。欲しいものはもうすぐ手に入れる、絶対に。
そう心に強く思いながら、再びベッドへと寝転んだ。



「どういうことですか?」

オルトはバンッとシスルの机を叩いた。そして一枚の紙を突きつける。

「……どういうこと、とは?」

しれっとした顔でオルトを見つめる上司に、さらにイライラが募る。
オルトとしては今回の事は全て王太子のせい!と言うことで、あの二人がこの誘拐ごっこに飽きて帰ってきたら、有耶無耶にしようとしてたのだ。
しかもアンセルとハヴィは幼馴染で、アンセルの傷心旅行に付き合ってたテイにする筈が。
その辺りの裏工作はあの王太子をやりこめた時に報告書として作成済みだ。
なのに何故。なぜこうなった。

「アンセルはハヴィを誘拐なんかしていません。」

オルトがシスルに強い口調で主張するが、どうも騎士団やシスルと自分との間の温度が違う気がして落ち着かない。
自分が何を話しても、理解さえしてもらえないような空気なのだ。

てか婚約に関してもシスルの勘違いじゃないか。
だが自分がハヴィと会ってたことも言えないので、そこを訂正することが出来ない。
どうしたものかと頭を掻きながら自分の腰に手を当てると、何やら硬いものが当たった。

嫌な予感がして上着のポケットの中に手を入れる。

「……!」

ああ、この感触。
この触り心地に覚えがあるぞ僕は。

後ろの首筋に冷たいものが流れているのがわかる。

アンセルめ、やりやがったな……!というかいつの間に。
冷や汗は首筋から背中にかけて流れ出す。

えぇ、これ僕に託されたって事?
考えられるは渡された書類を見ている間か、騎士団に帰ると振り向いた時か。
何にせよアンセルが自分に近づいた記憶がないのがまた、不気味すぎて怖い。

緊張し過ぎて何だか気持ち悪い。
唾液を飲み込む度に鳴る喉に、目の前の団長も首を傾げていた。

もう行くしかない。それしか残されていない。
オルトはただ成らぬ緊張感に、団長を見つめたまま立ち尽くしていた。
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