魔導具なら買い取ります!古道具屋『がらんどう』

なかな

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走る

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 5階の広いリビングに、バルコニー側の掃き出し窓から日差しが入り込む。

 父が開けたガラス戸の大穴は、昨年末に業者の方が急ぎ取り換えをしてくれた。

「何をしたら、こんな穴が開くんですかっ!?」

 業者の方にもの凄く驚かれたけれど、ユーリはいつも通り笑顔で威圧し誤魔化していた。
 そういう所はいつも通りのユーリだったんだけどな‥。

 いつからユーリは番人を辞めようと考えていたのだろう?『身代わりの魔導具』が完成した時から?
 それとも私が王宮を出たいと言った時から?

 ユーリは責任感が強い人だから、ずっとシードのそばを離れないと思っていた。
 ユーリの事は、分かったフリしないって決めていたのに‥。

 私は馬鹿だな。


”カリカリカリッ”

 いつか聞いたような引っ掻き音が聞こえてくる。

 新しくなった綺麗なガラス戸の向こうに、柔らかそうなフワフワのお腹が見えるっ。

「ステラさんっ!」

 会いたかった黒いモフモフの姿が、ガラスの向こうで落ち着きなく動き回る。

 私は大急ぎでガラス戸を開けると、1月の乾いた冷たい風にさらされているステラさんを室内へと引き入れた。

「会いたかった!」

 私は重たいでっぷりとしたステラさんの体を、包み込むように抱き上げた。

ーー「ちょっ、ミツリちゃん!いきなり抱き上げないでよっ!」

「ごめん、ごめん、感動の余りっ。ステラさんにも、もう会えないんじゃないかと思ったから。」

ーー「そうよね。ホント、ユーリ様にも困りものよっ。どうしてあんなに頑ななのかしら。」

「ユーリの居場所、知ってるの?」

ーー「それを、ミツリちゃんに伝えに来たの。私の言うことも全く聞き入れないし、思春期の頃に戻ったみたいよ。何であんなに捻くれちゃったのかしら。」

 ユーリの思春期とか、ものすごく面倒臭そうだな。
 ステラさんも大変だったね‥。

ーー「ユーリ様は日本で訪れた場所を転移して回っているようなの。さっきまでは目黒の辺りに居たわ。ミツリちゃん分かる?。」

 目黒‥、確か、綾月さんに会いに行った庭園美術館があった所だ。

「うん、分かる。行ったことあるから、そこに行けばユーリに会えるんだね。」

ーー「ううん。今はそこから離れて、別の場所に転移してるみたい。ちょっと遠いし、私も行った事ないからよく分からないんだけど。」

 遠くて、ユーリが行ったことのある場所‥。

「横浜‥。横浜かもっ。」

ーー「ミツリちゃんがそう思うなら、そうかも知れない。でも遠いし、ミツリちゃんが向こうに行ってもまた、ユーリ様が転移したら会えないんじゃ。」

「だとしても、今ユーリがそこに居るんだったら行くしかないっ!私、行ってくるっ!」

ーー「待ってっ!私はミツリちゃんを守ってあげたいけど、この場所を動くとユーリ様に気づかれちゃうから付いていけないの。そこの人に一緒に行ってもらって!」

 ステラさんが示す先に父ランドールがいた。
 つまらなそうに指先に集めた魔力でカトラリーを変形させている。

「お父さんには、ここにある『身代わりの魔導具』を守っていてもらわないといけないから‥。」

 この部屋には、何にも代え難い大事な物が置いてある。
 父をこの部屋から連れ出す訳にはいかない。

ーー「でも、ミツリちゃんが1人で出歩いたら私、ユーリ様に何て言われるか。」

 ステラさんはいつになく体を縮めて小さくなっている。
 ユーリの使い魔だから、ユーリが1番怒ることも知っているのだろう。

「大丈夫。私にはこれがあるから。」

 私は胸元で光る、アイスブルーのペンダントをステラさんに見せる。

「これがあるから、何かあっても大丈夫でしょ。」

ーー「そうね、でも‥。」


「それを、貸せっ。」

 私が取り出したペンダントを、引きちぎってお父さんが奪っていく。

「何するの!?やっぱりまた捨てろとか言うつもり?!」

「騒ぐな。」

「お父さんでも、それを壊したらもう口聞かないから。謝ったって絶対許さないっ!」

「黙ってろ、勘違いだ、ほらっ‥。」

 お父さんは私の首にネックレスを掛け直し、千切れたチェーンも指でなぞって直した。

「あいつの力を込めた魔石を持って近づくとか馬鹿か。勘づいて逃げられるに決まってるだろ?俺の魔力を注いで隠してやったから、これで行け。」

「お父さん‥。」

「こっちは‥、直ぐに魔力を消せないからこれだな。」

 そういうと、私の左腕にはめた腕輪の位置に重ねた両手を当て、何かを唱え始めた。

「魔力を探られないよう、腕輪に結界を張っておいた。何処もかしこもあいつの魔力で気にくわねぇな‥。後で腕輪に俺の魔力を山ほど流して、消し去ってやる。」

「ありがとう。また腕輪にお父さんの魔力が満ちていたら、嬉しいよ。」

 お父さんは私の言葉に呆気に取られたような顔をした後、クチャっと笑った。

「‥俺はここ数日で、こんな仕事は飽き飽きだ。あいつが帰ってこないと、これがずーっと続くんだろ?俺が正気でいられる内に、あいつを連れて帰って来い。」

「うん、分かった。」

「俺は、その横浜とかいう場所には行った事が無いから、転移で連れて行ってやれない。自分の足で行けよ、走れるな?」

「電車くらい使うよ‥。後は、走る。」

「あいつが転移で消える前に、絶対掴まえろ。俺が困る。」

「了解っ!」

 私は、2人に見送られながら、渋谷駅まで走った。
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