3 / 11
買えないパン 出題編
しおりを挟む
1
皆さんの通っていた学校に学食ないし購買で人気のメニューというものはあっただろうか。人気のあまり、学食が開く時間になると競争が始まったりとか。漫画の世界かと笑うかもしれないがこの僕の通う高校にはそれがあるのだ。
二時間目の授業が終わると同時に学食の購買部が開く。そこにはパンを始めサンドウィッチといった軽食に、シャーペンや消しゴミといった文房具から何と体操服なども販売している。たまに体育等で体操服が破れたりした生徒が買いに来るらしい。
そんな購買部だが、いつも競争が始まるわけではない。隔週の金曜日にだけ近くのパン屋がこの購買部の為だけに作り、この購買部でしか売らないという人気のメロンパンがあるのだ。作り方は良く知らないのだが、聞くところによると、普通のメロンパンとは違い、実際にメロンを使ったクリームが中に入っているらしい。そのクリームが甘いために普通のメロンパンのように周りに砂糖をまぶしたりはしていないらしい。ただ、揚げパンの様に揚げており、パンの生地が非常にもっちりとしており、一度食べると病みつきになるらしい。
しかし僕は食べたことがない。母が毎日早い時間に起きてお弁当を作ってくれているのだ。購買でパンを買って食べて、お弁当が食べられないとなると母に申し訳が立たない。だから僕は基本的に買い食いはしないのだ。
というのは建前で、実際、一度買ってみようと思った事がある。しかし、あの人混みを見て買う気が失せてしまった。というのが本当の所である。
今回はそんな購買の人気パンに関するお話だ。
2
夏も本番になり、例年通り部室がサウナの様になってきた今日この頃。部員達も暑いのが嫌で部室に来るのは最低限になってきた。それも仕方ない。こんなに暑いといるだけで苦しくなってくる。僕も部員が早く帰ってくれるのはありがたいのだけど、例外はどこにでも存在する。
三河さんだ。今日も暑いのだから、早くお友達と一緒に冷房の効いた女子力アップするようなお店に行けばいいのに、何故か今日もずっと部室でスマホを弄っている。
「三河さん帰らないの?」
「バイトまで時間が中途半端なんです!」
暑い日も元気なのは良いことだよ。僕のいないところでならね。
と心の中で毒づく。直接口で言うほど僕だって性格は悪くない。
「そういえば先輩、黄金メロンパン食べたことありますか!?」
ガタッと席を立って距離を詰めてくる。暑いから離れて欲しい。
しかし黄金メロンパンという名前に聞き覚えはなかったが、名称から察するにあの購買に隔週金曜日限定でやってくる名物の人気パンの事だろう。
「残念ながら」
「そうですか。最近黄金メロンパンが誰も買えないって話なんですよ」
三河さんはあまり関心が無いのだろう、他人事だった。僕も他人事だった。
「ふーん。人気だしね」
「あ、そういう事じゃないんです。どれだけ早く二限が終わって走って向かっても、既に売り切れてるらしいんです」
「一番近い所で授業してるクラスの誰かが買い占めてるんでしょ」
それ以外有り得ないだろう。実際に購買部に一番近い教室は美術室だ。金曜の二限でどこかのクラスが美術室で授業を受けており、終わった瞬間に走って買いに行く。それだけの話だろう。
「いえ、だから、さっき言った走っていった人って言うのが先輩の言う美術室で授業を受けていた人の事なんです」
「じゃあこうだ。他にチャイムより早く終わるクラスがあって、そのクラスの奴らが」
「二ヶ月間ずっとですか?」
「なんだって?」
二ヶ月間ずっと?二ヶ月間もあの人気のパンを買い占めてる奴がいると。なんという驚異的な足の速さを誇っているのだろうか。いやそういう問題ではないな。
立地は美術室が一番近く、それ以外は美術室の真上にある音楽室ぐらいなものだ。音楽の授業を受けているクラスがチャイムが鳴るより先に授業が終わって、そのクラスの人間が買い占めているとか…。いやでも美術の授業もチャイムより先に終わることも結構な頻度である。二ヶ月間もずっと音楽のクラスが先に終わって買い占めているとは到底思えない。
「気になりますよね!」
三河さんが目を輝かせていた。
あぁ、これはやってしまったかもしれない。また前回の机の一件の様になるのが落ちか。彼女に抵抗するだけ無駄だろう。
「分かった、調べてみよう。明日は幸いにもそのメロンパンが販売される日だ。見てみよう」
こうしてまたも彼女に持ってこられた謎を調査することになった。また受験勉強に割く時間が減ってしまう。沙月さんにいい加減に怒られてしまう。
「しかし、そんなに美味しいものなんですかね、黄金メロンパン」
確かに毎回必ず決まって買い占めている人間がいるという事実がそのメロンパンの美味しさを何よりも証明している。そこまで美味しいものなのであれば在籍中に一度は食べておかないと損なような気がしてきた。
「確かにそっちも気になるね」
「調査中に買えるといいですね!」
「そのメロンパンっていくらなの?」
「確か四百五十円と聞いてます」
「高くない?」
「限定ですし、そんなものでは」
「いや、そうじゃなくて、そんな値段のパン、買い占めるほど金銭に余裕がある人間なんだなって」
「あっ」
学生にとってパン一つに四百五十円は決して安くない。むしろ高い。他のパンであれば高くても百五十円で買えてしまうのが校内の購買部の特徴だ。だからこそその黄金メロンパンという限定パンの高さが目立つ。
まぁ、高くても美味しいのであれば隔週だけだし、二週間に一回の贅沢として買ってもいいかもしれない。ただ、それを買い占めるとなると大人でもきつい値段になる。それを学生が一ヶ月に二回もできるものなのだろうか。
この学校ではアルバイトは禁止されている。しかし合って無い様なルールのため、バイトしている学生は少なくないし、教師も知って見過ごしている現状だ。だからバイト代さえあれば二回買い占めることはできるかもしれない。しかしそんなことにバイト代をつぎ込むだろうか。
「お金持ちの人が買い占めてるとか…?」
「かもしれない」
高校生ともなるとクラスメイト達との交遊に金銭は割きたいだろう。メロンパンを買い占めてなお、交遊に使える金銭があるというのはそれなりにお金持ちでないと難しいだろう。
「よし、早速だけど、購買のおばちゃんに話を聞きに行こう」
時刻は四時半。購買はやっていないが、片づけをしている時間だろう。せめて購買の担当の人に話を聞くだけでもしようという魂胆だ。
「行きましょう!」
三河さんはそのままバイトに行くつもりらしく、鞄を持っていこうとしていた。都合がいい。僕も今日はそのまま下校するとしよう。鞄を持って、部室の鍵を掛けて購買部に向かう。
グラウンドからは熱気の溢れる声が。体育館からは活気にあふれたシューズが床に擦れる音が。特別棟からは血気盛んな楽器の合唱が。みんな何かしらに打ち込んでいるのが音となって耳に入ってくる。僕もその中の一人と言って差し支えないだろう。音こそ発していないが、それでもこの三年間新聞部に身を捧げてきた。その中で大きな事件に二回も関わり、僕としては非常に濃い高校生活になったと思う。
それが決していい事とは思わないし、傷つく人があまりにも多すぎる事件ばかりだった。経験しないに越したことは無い。それでも僕にとっては沙月さんと大きく関わることになるきっかけばかりだった。どれも犯人が沙月さんだなんて突込みは無粋と思ってほしい。
でも時々ふと思うのが、違う部に入っていたらどうなっていたのかと。どうしようもない意味のない妄想。それに沙月さんに会ったことが僕にとっていい出会いになったと思う。きっと後悔はしないだろう。
「なに遠い目してるんですか、先輩」
三河さんが顔を覗き込んできた。こうして近くで見てみると、沙月さんほどではないにしろ、結構可愛らしい子だなと思った。しかしその考えは一瞬で頭からかき消すことにした。
こんな事思ってみろ、沙月さんは如何なる手段、方法を駆使してでも僕に報復し、三河さんを排除するだろう。あれ、沙月さんってひょっとして結構なメンヘラなのだろうか。いや、ヤンデレというやつなのか。僕にはその二つの違いがよく分かっていないのだけども。
そんなくだらない考えをしている内に目的地であった購買部に着いた。外に設置されている自動販売機にはまだ部活途中の生徒が飲み物を買いに数人いたが中には購買のおばちゃん只一人だけだった。昼間は埋め尽くす様に棚全部にパンやサンドウィッチといったものが並べられているのに、今ではすっかり空っぽだった。つまり今日も商売繁盛、良いことだ。
「どうしたんだい、こんな時間に」
こんな時間に、というセリフは深夜と言った時間に聞くものだが、それに対して時間はまだ夕方で太陽も沈んでいない。場違いなセリフが飛び出してしまう程に僕達の来訪は場違いだったのだ。
「ちょっと聞きたいことがありまして」
さてここからは様式美と言って差し支えないような自己紹介と目的を簡単に話す。どうも新聞部です、明日にも販売される黄金メロンパンについてお聞きしたいのです、と。
「どうしたんだい?」
「最近、あの黄金メロンパンが何者かに買い占められて他の生徒が買えないとか何とか」
「あぁ、そうだね、買い占める子がいるね」
どんな金持ちなのか、さぁ、お聞かせ願おうか。
「でもね、いつも違う子が買い占めにくるよ。チャイムが鳴ると同時にね」
…なんだって?
3
「沙月さんは黄金メロンパンって食べたことありますか」
家庭教師の休憩時間の時に沙月さんに聞いてみた。
「あら、懐かしい。ありますよ、一度だけ。あれは絶品でした。また食べてみたいですね」
沙月さんが凄く恍惚した表情を浮かべていた。沙月さんが言う程なのだから余程美味しいのだろう。沙月さんは滅多に褒めたりはしないのだから。
「黄金メロンパンがどうしたんですか?」
「実は______」
沙月さんに事の顛末を話した。沙月さんはふむ、と言って髪を撫でる。沙月さんが考え事をするときの癖だ。こればっかりは沙月さんにも難題なのかもしれない。
「ふむ、おおよその検討は付きました」
「えっ」
沙月さんは今の僕の話しだけで分かったという。結構僕も考えたのだけど、皆目見当もつかなかったのに。
「どういう事なんですか?」
「ふふ、教えてあげません。自分の学校の事なんですから、在校生が解きなさい」
それはもう、楽しそうに悪戯っぽく笑う。その仕草がやけに似合っていて、とても愛らしい。援交写真事件の時や七不思議事件の時の様な復讐成功で悦に浸っていた時の笑顔とはかけ離れていた。女の子らしいそれだった。
そのまま休憩時間は終わり、授業を再開した。今日は僕が初めて数学で苦手と感じた微分積分を徹底して教えてもらった。
さぁ、そして一週間の半分を占める沙月さんを交えての夕飯タイムだ。ただ以前の様な「沙月さんが作ったものはどれでしょ~?クイズ」はあの一回きりで、それ以降は行われなかった。
今日の夕飯は八宝菜を始めとした中華系統で染められていた。とても味の濃い夕飯になった。いや決して文句ではない。只の率直な感想に過ぎない。
沙月さんも「美味しいです」と笑顔を母に向けている。こうして見ていると沙月さんは実は僕の姉ではないのかと錯覚してしまう程に、我が家に馴染んでいる。というか母が気に入りすぎている。母は沙月さんを目に入れても痛くないかのように可愛がっており、まるでぬいぐるみを抱きしめるかのように母は沙月さんを膝に乗せ、抱きしめながら二人でティータイムと洒落こんでいる。沙月さんも最初こそは照れて逃げていたが、今では諦めて、というかむしろ受け入れて母からの愛情を全身で感じているようだ。
ダメだ、やはり我が家が侵食されている!
「お父様は次はいつ頃にお帰りになられるのでしょうか?」
「ん~、明後日の土曜日に帰ってくるって聞いてるよ。伸びることもあるかもだけど」
「そうですか、分かりました」
「それより、まだ敬語取れないねぇ」
「流石にそれはちょっと…」
母は沙月さんを娘としている。母曰く「親に敬語を使う子がいるもんか」との事。だから母は沙月さんにタメ口で話す様に強要している。パワハラレベルで。しかし沙月さんは親の様に思っている母にでも流石に他人。しかも生徒の親だ。敬語はしっかりしておきたいらしい。というかそのせいでタメ口で話す僕に母は嫉妬しているらしい。無茶な。
「でも、ありがとうございます、お母様」
「ママって呼んで!」
「流石にそれはちょっと…」
まぁ、沙月さんも困ったように苦笑いしているだけで決して嫌そうにはしていないからいいかな。さて、と。
「沙月さん、そろそろ」
「あら、もうそんな時間なの。お母様、今日はこの辺でお暇しますね」
「もうここに住んじゃえばいいのに」
それだけは辞めてくれ、僕の胃が持たない。
「魅力的なお話です。でも、大学に通っている間はどうしても」
「卒業したらおいで!」
「考えておきますね」
母を篭絡することで僕の包囲網って完全にできあがるのか?いや、僕が一人暮らしするためにこの家を出よう。
僕が一人暮らしを決意した瞬間だった。
さて、何の時間かと言うと、別に何か用事があってとかそういうわけじゃなく、単純に夜が更けてきたのだ。だから沙月さんを今の住居にまで送るのだ。父がいれば車を出してくれるのだけど、残念ながら父以外に車の免許を持っている人間はこの家に居ないため、僕が沙月さんを家まで送る。しかし僕も未成年。あまり夜遅くに外を出歩くわけにはいかないので、補導されない時間ギリギリを考慮してこの時間には僕の家を出よう、という時間を設定しているのだ。その時間が近づいてきたのである。
沙月さんは荷物をまとめ、と言っても問題集と筆記用具を入れられる程度の小さな鞄だけなのだからすぐに準備も終わる。
僕は先に外に出て、自転車を用意する。深夜徘徊で補導されるのを気にする癖に二人乗りによる交通法で補導されることを全く気にしないというのも変な話なのだが、まぁ、好きな人を後ろに乗せて自転車を漕ぐというのは一種の青春を象徴する思い出の一ページだろう。そして僕も思春期真っ盛りの男子高校生なのだから思い出の一ページを描くのが当然と言えよう。なんならそれを法律を盾に邪魔してくる警察の方が無粋というものだろう。
さて、自転車を玄関の前に運び、沙月さんが座ることになる後ろの荷台には痛くないようにクッションを置いた。これは沙月さんのリクエストだ。言われる前に気付いてください、と冷たい目で言ってくる沙月さんに何だか少し擽られる何かを感じたのだけど、あれは何だったのだろうか。
「では次は土曜日にお邪魔します」
「お邪魔します、じゃなくてただいまでいいんだよ」
「ふふ、ありがとうございます。では、『行ってきます』」
沙月さんが後ろに乗る。さぁ、片道十分の一時を堪能しよう。背中に感じる微かな膨らみを!
「健吾、貴方脚派なのでしょう?」
「さらっと脳内覗くの辞めてくださいな」
煩悩に塗れていた分、あまり強くは言えなかった。しかしこればっかりは僕も男なのだ、許して欲しいものだ。
「沙月さんの全てが好きですよ」
「あら、なんて軽い言葉なのでしょう。踏んであげますから止まりなさい」
「踏まれるのはいいとして、外では辞めてください」
と言いつつ、僕の腰に回している腕に一層力が入るのを感じた。なんやかんやで嬉しいんじゃないか。え、沙月さんチョロくない?大丈夫?
いや、別に上っ面で言ったわけではないんだけど。僕は性癖の話でいえば胸より脚派なのも確かだけど、対象が沙月さんという事であればちょっと変わってくる。髪の一本から足の先まで全てを僕は愛おしいとさえも思える。さて、僕を気持ち悪いと思ったのなら、それは正常だ。その感性をずっと持ち続けて欲しい。
「健吾、月が綺麗ですよ」
「そんな使い古された告白されましても」
「いや、本当に綺麗なんですよ」
そう言われて、自転車を停めて見上げる。満月の月が綺麗に照らされていた。
「本当です________ね」
途中言葉を詰まらせてしまったのは、訳がある。沙月さんに不意打ちを受けてしまったからである。
首筋に柔らかい何かの感触を感じた後に、チュウ、と吸われる感覚に襲われた。
「えっ」
「何だか、今日の健吾は私以外の女の匂いがしたので、マーキングです」
首筋に、沙月さんのキスマークが残された。
「今日はここまでで大丈夫です。では健吾、また明後日に」
「____________え、あ、はい」
「そうそう、健吾。メロンパンですがヒントを一つだけ。『個は全。全は個』です」
放心している僕を残して沙月さんはスキップ気味に夜の道に消えて行った。
4
まず、何故か首筋にキスマークを付けて帰ってきた息子に母が放った一言は「一緒に住むようにあんたから言えばどうかしら?」だった。親の一言ではなかった。
次の日はまだ金曜日の為に学校に行かなくてはいけない。この首筋に残ったキスマークを付けたまま。キスマークというのはてっきり口紅が着いた跡だと思っていたけど、実際は吸われたことによる皮膚下での鬱血した跡の事なのだと知った。これが結構しつこく残る様だった。
このまま学校に行けば間違いなく目立つ。先月の三河さんの僕のクラスでの目立つ行為のお陰で僕は嫌な目立ち方をしてしまった。またしてもこういった目立ち方をするのは御免被りたいのだが、さてはて、絆創膏貼ったのでは却ってアピールしているようなものだ。
はてどうやってこの沙月さんのマーキングをどうしようかと洗面所で十五分ほど自分と睨めっこしていると母が化粧品の一つ、ファンデーションである程度隠してくれた。完全に消えたわけではないけど、この程度なら目立たないし、気づかれたりしてもほんの少し赤くなっているだけでキスマークとは思わないだろう。
母に感謝して、沙月さんには多少の恨み言をしつつ学校に出た。案の定、クラスメイトには何も気づかれないまま過ごすことが出来た。何事もないままに二時間目が終わる。
さて、勝負の時間だ。まったく…、僕は運動だけはからっきしでダメなのに。なぜに全速力で走らなくてはいけないのか。どうせ勝てないと分かっている勝負なのに。
キーンコーンカーンコーン、とチャイムを合図にクラスメイトの大半が一斉に走り出す。僕もその中に負けじと混ざり、押しつぶされないように必死に走った。結果的にはやはり運動部には負け、より近い教室で授業をしていた教室の生徒に負け、つまり完敗だった。既に何人もの生徒で購買は埋め尽くされており、もはや購買部に入ることすら叶わない状況になっていた。
中にいる生徒から聞こえる声は何々を頂戴ではなく、何円だよ、ではなく。不平不満の声だった。
「また売り切れなの!?」
とかまぁ、そう言った感じの。つまり、やはりというべきか、黄金メロンパンとやらはまたも何者かに買い占められていたのだ。
まぁ、何かの奇跡が起きて買えたらラッキー程度に思っていたので、残念でも何でもない。僕がしたかったのは運動が大の苦手である僕が全力で走って、購買に何分で着くかを測るためだけだった。時間にして約三分。決して遅くないはずだ。ならば、一番近い美術室で授業を受けているクラスがあるなら、一分もかからないはずだ。買えないにしても、買っている所を目撃するぐらいはできるはずだ。
第二の目的は一番初めに、いや、買い占めている人間がいるから二番目に来た人間に話を聞きにきたのだ。しかしその必要もない。二番目に来たであろう生徒が「また売り切れなの!?」と言った。つまり、買っている人間を見られていないということだ。
となると、必然的に買いに来ている人間は…。でも毎回買い占めに来る生徒は違うというし…。何なんだ一体。全く持って今回は推測が立たない。本当に訳が分からない。
「あ、先輩!」
黄金メロンパンが売り切れとなり、購買部の人間がだいぶ減ってきた時に三河さんがやってきた。
「やぁ、おはよう、三河さん」
「ダメそうですね」
僕が手に何も持っていないのを見て察したようだ。
「まぁね。三河さんは?」
「私はジュースを買いに来たんです!」
女の子らしい可愛らしい長財布を手に自販機の方へ歩いていく。僕は長財布というのがあまり好きになれなくて、折り畳み式の財布を使っている。長財布だとポケットに入らないから苦手なのだ。
三河さんはジュースを買ったのに、まだ自販機の前で悩んでいた。
「えーと、確か…紗季がアップルジュースで…香苗は…豆乳系のやつで…」
どうやら友人にジュースを買いに行くならついでに、と友人にお使いを頼まれたようだった。パシリにされてなければいいけど、三河さんの性格を考えると、そういう事にはなってないだろう。
(そうか…。あぁ、だから沙月さんはあんなことを…)
未だに悩んでいる三河さんの様子を見てようやく分かった。犯人を絞るのはまだ時間がいるけど、これも時間の問題だ。
買えないパンの秘密は________
皆さんの通っていた学校に学食ないし購買で人気のメニューというものはあっただろうか。人気のあまり、学食が開く時間になると競争が始まったりとか。漫画の世界かと笑うかもしれないがこの僕の通う高校にはそれがあるのだ。
二時間目の授業が終わると同時に学食の購買部が開く。そこにはパンを始めサンドウィッチといった軽食に、シャーペンや消しゴミといった文房具から何と体操服なども販売している。たまに体育等で体操服が破れたりした生徒が買いに来るらしい。
そんな購買部だが、いつも競争が始まるわけではない。隔週の金曜日にだけ近くのパン屋がこの購買部の為だけに作り、この購買部でしか売らないという人気のメロンパンがあるのだ。作り方は良く知らないのだが、聞くところによると、普通のメロンパンとは違い、実際にメロンを使ったクリームが中に入っているらしい。そのクリームが甘いために普通のメロンパンのように周りに砂糖をまぶしたりはしていないらしい。ただ、揚げパンの様に揚げており、パンの生地が非常にもっちりとしており、一度食べると病みつきになるらしい。
しかし僕は食べたことがない。母が毎日早い時間に起きてお弁当を作ってくれているのだ。購買でパンを買って食べて、お弁当が食べられないとなると母に申し訳が立たない。だから僕は基本的に買い食いはしないのだ。
というのは建前で、実際、一度買ってみようと思った事がある。しかし、あの人混みを見て買う気が失せてしまった。というのが本当の所である。
今回はそんな購買の人気パンに関するお話だ。
2
夏も本番になり、例年通り部室がサウナの様になってきた今日この頃。部員達も暑いのが嫌で部室に来るのは最低限になってきた。それも仕方ない。こんなに暑いといるだけで苦しくなってくる。僕も部員が早く帰ってくれるのはありがたいのだけど、例外はどこにでも存在する。
三河さんだ。今日も暑いのだから、早くお友達と一緒に冷房の効いた女子力アップするようなお店に行けばいいのに、何故か今日もずっと部室でスマホを弄っている。
「三河さん帰らないの?」
「バイトまで時間が中途半端なんです!」
暑い日も元気なのは良いことだよ。僕のいないところでならね。
と心の中で毒づく。直接口で言うほど僕だって性格は悪くない。
「そういえば先輩、黄金メロンパン食べたことありますか!?」
ガタッと席を立って距離を詰めてくる。暑いから離れて欲しい。
しかし黄金メロンパンという名前に聞き覚えはなかったが、名称から察するにあの購買に隔週金曜日限定でやってくる名物の人気パンの事だろう。
「残念ながら」
「そうですか。最近黄金メロンパンが誰も買えないって話なんですよ」
三河さんはあまり関心が無いのだろう、他人事だった。僕も他人事だった。
「ふーん。人気だしね」
「あ、そういう事じゃないんです。どれだけ早く二限が終わって走って向かっても、既に売り切れてるらしいんです」
「一番近い所で授業してるクラスの誰かが買い占めてるんでしょ」
それ以外有り得ないだろう。実際に購買部に一番近い教室は美術室だ。金曜の二限でどこかのクラスが美術室で授業を受けており、終わった瞬間に走って買いに行く。それだけの話だろう。
「いえ、だから、さっき言った走っていった人って言うのが先輩の言う美術室で授業を受けていた人の事なんです」
「じゃあこうだ。他にチャイムより早く終わるクラスがあって、そのクラスの奴らが」
「二ヶ月間ずっとですか?」
「なんだって?」
二ヶ月間ずっと?二ヶ月間もあの人気のパンを買い占めてる奴がいると。なんという驚異的な足の速さを誇っているのだろうか。いやそういう問題ではないな。
立地は美術室が一番近く、それ以外は美術室の真上にある音楽室ぐらいなものだ。音楽の授業を受けているクラスがチャイムが鳴るより先に授業が終わって、そのクラスの人間が買い占めているとか…。いやでも美術の授業もチャイムより先に終わることも結構な頻度である。二ヶ月間もずっと音楽のクラスが先に終わって買い占めているとは到底思えない。
「気になりますよね!」
三河さんが目を輝かせていた。
あぁ、これはやってしまったかもしれない。また前回の机の一件の様になるのが落ちか。彼女に抵抗するだけ無駄だろう。
「分かった、調べてみよう。明日は幸いにもそのメロンパンが販売される日だ。見てみよう」
こうしてまたも彼女に持ってこられた謎を調査することになった。また受験勉強に割く時間が減ってしまう。沙月さんにいい加減に怒られてしまう。
「しかし、そんなに美味しいものなんですかね、黄金メロンパン」
確かに毎回必ず決まって買い占めている人間がいるという事実がそのメロンパンの美味しさを何よりも証明している。そこまで美味しいものなのであれば在籍中に一度は食べておかないと損なような気がしてきた。
「確かにそっちも気になるね」
「調査中に買えるといいですね!」
「そのメロンパンっていくらなの?」
「確か四百五十円と聞いてます」
「高くない?」
「限定ですし、そんなものでは」
「いや、そうじゃなくて、そんな値段のパン、買い占めるほど金銭に余裕がある人間なんだなって」
「あっ」
学生にとってパン一つに四百五十円は決して安くない。むしろ高い。他のパンであれば高くても百五十円で買えてしまうのが校内の購買部の特徴だ。だからこそその黄金メロンパンという限定パンの高さが目立つ。
まぁ、高くても美味しいのであれば隔週だけだし、二週間に一回の贅沢として買ってもいいかもしれない。ただ、それを買い占めるとなると大人でもきつい値段になる。それを学生が一ヶ月に二回もできるものなのだろうか。
この学校ではアルバイトは禁止されている。しかし合って無い様なルールのため、バイトしている学生は少なくないし、教師も知って見過ごしている現状だ。だからバイト代さえあれば二回買い占めることはできるかもしれない。しかしそんなことにバイト代をつぎ込むだろうか。
「お金持ちの人が買い占めてるとか…?」
「かもしれない」
高校生ともなるとクラスメイト達との交遊に金銭は割きたいだろう。メロンパンを買い占めてなお、交遊に使える金銭があるというのはそれなりにお金持ちでないと難しいだろう。
「よし、早速だけど、購買のおばちゃんに話を聞きに行こう」
時刻は四時半。購買はやっていないが、片づけをしている時間だろう。せめて購買の担当の人に話を聞くだけでもしようという魂胆だ。
「行きましょう!」
三河さんはそのままバイトに行くつもりらしく、鞄を持っていこうとしていた。都合がいい。僕も今日はそのまま下校するとしよう。鞄を持って、部室の鍵を掛けて購買部に向かう。
グラウンドからは熱気の溢れる声が。体育館からは活気にあふれたシューズが床に擦れる音が。特別棟からは血気盛んな楽器の合唱が。みんな何かしらに打ち込んでいるのが音となって耳に入ってくる。僕もその中の一人と言って差し支えないだろう。音こそ発していないが、それでもこの三年間新聞部に身を捧げてきた。その中で大きな事件に二回も関わり、僕としては非常に濃い高校生活になったと思う。
それが決していい事とは思わないし、傷つく人があまりにも多すぎる事件ばかりだった。経験しないに越したことは無い。それでも僕にとっては沙月さんと大きく関わることになるきっかけばかりだった。どれも犯人が沙月さんだなんて突込みは無粋と思ってほしい。
でも時々ふと思うのが、違う部に入っていたらどうなっていたのかと。どうしようもない意味のない妄想。それに沙月さんに会ったことが僕にとっていい出会いになったと思う。きっと後悔はしないだろう。
「なに遠い目してるんですか、先輩」
三河さんが顔を覗き込んできた。こうして近くで見てみると、沙月さんほどではないにしろ、結構可愛らしい子だなと思った。しかしその考えは一瞬で頭からかき消すことにした。
こんな事思ってみろ、沙月さんは如何なる手段、方法を駆使してでも僕に報復し、三河さんを排除するだろう。あれ、沙月さんってひょっとして結構なメンヘラなのだろうか。いや、ヤンデレというやつなのか。僕にはその二つの違いがよく分かっていないのだけども。
そんなくだらない考えをしている内に目的地であった購買部に着いた。外に設置されている自動販売機にはまだ部活途中の生徒が飲み物を買いに数人いたが中には購買のおばちゃん只一人だけだった。昼間は埋め尽くす様に棚全部にパンやサンドウィッチといったものが並べられているのに、今ではすっかり空っぽだった。つまり今日も商売繁盛、良いことだ。
「どうしたんだい、こんな時間に」
こんな時間に、というセリフは深夜と言った時間に聞くものだが、それに対して時間はまだ夕方で太陽も沈んでいない。場違いなセリフが飛び出してしまう程に僕達の来訪は場違いだったのだ。
「ちょっと聞きたいことがありまして」
さてここからは様式美と言って差し支えないような自己紹介と目的を簡単に話す。どうも新聞部です、明日にも販売される黄金メロンパンについてお聞きしたいのです、と。
「どうしたんだい?」
「最近、あの黄金メロンパンが何者かに買い占められて他の生徒が買えないとか何とか」
「あぁ、そうだね、買い占める子がいるね」
どんな金持ちなのか、さぁ、お聞かせ願おうか。
「でもね、いつも違う子が買い占めにくるよ。チャイムが鳴ると同時にね」
…なんだって?
3
「沙月さんは黄金メロンパンって食べたことありますか」
家庭教師の休憩時間の時に沙月さんに聞いてみた。
「あら、懐かしい。ありますよ、一度だけ。あれは絶品でした。また食べてみたいですね」
沙月さんが凄く恍惚した表情を浮かべていた。沙月さんが言う程なのだから余程美味しいのだろう。沙月さんは滅多に褒めたりはしないのだから。
「黄金メロンパンがどうしたんですか?」
「実は______」
沙月さんに事の顛末を話した。沙月さんはふむ、と言って髪を撫でる。沙月さんが考え事をするときの癖だ。こればっかりは沙月さんにも難題なのかもしれない。
「ふむ、おおよその検討は付きました」
「えっ」
沙月さんは今の僕の話しだけで分かったという。結構僕も考えたのだけど、皆目見当もつかなかったのに。
「どういう事なんですか?」
「ふふ、教えてあげません。自分の学校の事なんですから、在校生が解きなさい」
それはもう、楽しそうに悪戯っぽく笑う。その仕草がやけに似合っていて、とても愛らしい。援交写真事件の時や七不思議事件の時の様な復讐成功で悦に浸っていた時の笑顔とはかけ離れていた。女の子らしいそれだった。
そのまま休憩時間は終わり、授業を再開した。今日は僕が初めて数学で苦手と感じた微分積分を徹底して教えてもらった。
さぁ、そして一週間の半分を占める沙月さんを交えての夕飯タイムだ。ただ以前の様な「沙月さんが作ったものはどれでしょ~?クイズ」はあの一回きりで、それ以降は行われなかった。
今日の夕飯は八宝菜を始めとした中華系統で染められていた。とても味の濃い夕飯になった。いや決して文句ではない。只の率直な感想に過ぎない。
沙月さんも「美味しいです」と笑顔を母に向けている。こうして見ていると沙月さんは実は僕の姉ではないのかと錯覚してしまう程に、我が家に馴染んでいる。というか母が気に入りすぎている。母は沙月さんを目に入れても痛くないかのように可愛がっており、まるでぬいぐるみを抱きしめるかのように母は沙月さんを膝に乗せ、抱きしめながら二人でティータイムと洒落こんでいる。沙月さんも最初こそは照れて逃げていたが、今では諦めて、というかむしろ受け入れて母からの愛情を全身で感じているようだ。
ダメだ、やはり我が家が侵食されている!
「お父様は次はいつ頃にお帰りになられるのでしょうか?」
「ん~、明後日の土曜日に帰ってくるって聞いてるよ。伸びることもあるかもだけど」
「そうですか、分かりました」
「それより、まだ敬語取れないねぇ」
「流石にそれはちょっと…」
母は沙月さんを娘としている。母曰く「親に敬語を使う子がいるもんか」との事。だから母は沙月さんにタメ口で話す様に強要している。パワハラレベルで。しかし沙月さんは親の様に思っている母にでも流石に他人。しかも生徒の親だ。敬語はしっかりしておきたいらしい。というかそのせいでタメ口で話す僕に母は嫉妬しているらしい。無茶な。
「でも、ありがとうございます、お母様」
「ママって呼んで!」
「流石にそれはちょっと…」
まぁ、沙月さんも困ったように苦笑いしているだけで決して嫌そうにはしていないからいいかな。さて、と。
「沙月さん、そろそろ」
「あら、もうそんな時間なの。お母様、今日はこの辺でお暇しますね」
「もうここに住んじゃえばいいのに」
それだけは辞めてくれ、僕の胃が持たない。
「魅力的なお話です。でも、大学に通っている間はどうしても」
「卒業したらおいで!」
「考えておきますね」
母を篭絡することで僕の包囲網って完全にできあがるのか?いや、僕が一人暮らしするためにこの家を出よう。
僕が一人暮らしを決意した瞬間だった。
さて、何の時間かと言うと、別に何か用事があってとかそういうわけじゃなく、単純に夜が更けてきたのだ。だから沙月さんを今の住居にまで送るのだ。父がいれば車を出してくれるのだけど、残念ながら父以外に車の免許を持っている人間はこの家に居ないため、僕が沙月さんを家まで送る。しかし僕も未成年。あまり夜遅くに外を出歩くわけにはいかないので、補導されない時間ギリギリを考慮してこの時間には僕の家を出よう、という時間を設定しているのだ。その時間が近づいてきたのである。
沙月さんは荷物をまとめ、と言っても問題集と筆記用具を入れられる程度の小さな鞄だけなのだからすぐに準備も終わる。
僕は先に外に出て、自転車を用意する。深夜徘徊で補導されるのを気にする癖に二人乗りによる交通法で補導されることを全く気にしないというのも変な話なのだが、まぁ、好きな人を後ろに乗せて自転車を漕ぐというのは一種の青春を象徴する思い出の一ページだろう。そして僕も思春期真っ盛りの男子高校生なのだから思い出の一ページを描くのが当然と言えよう。なんならそれを法律を盾に邪魔してくる警察の方が無粋というものだろう。
さて、自転車を玄関の前に運び、沙月さんが座ることになる後ろの荷台には痛くないようにクッションを置いた。これは沙月さんのリクエストだ。言われる前に気付いてください、と冷たい目で言ってくる沙月さんに何だか少し擽られる何かを感じたのだけど、あれは何だったのだろうか。
「では次は土曜日にお邪魔します」
「お邪魔します、じゃなくてただいまでいいんだよ」
「ふふ、ありがとうございます。では、『行ってきます』」
沙月さんが後ろに乗る。さぁ、片道十分の一時を堪能しよう。背中に感じる微かな膨らみを!
「健吾、貴方脚派なのでしょう?」
「さらっと脳内覗くの辞めてくださいな」
煩悩に塗れていた分、あまり強くは言えなかった。しかしこればっかりは僕も男なのだ、許して欲しいものだ。
「沙月さんの全てが好きですよ」
「あら、なんて軽い言葉なのでしょう。踏んであげますから止まりなさい」
「踏まれるのはいいとして、外では辞めてください」
と言いつつ、僕の腰に回している腕に一層力が入るのを感じた。なんやかんやで嬉しいんじゃないか。え、沙月さんチョロくない?大丈夫?
いや、別に上っ面で言ったわけではないんだけど。僕は性癖の話でいえば胸より脚派なのも確かだけど、対象が沙月さんという事であればちょっと変わってくる。髪の一本から足の先まで全てを僕は愛おしいとさえも思える。さて、僕を気持ち悪いと思ったのなら、それは正常だ。その感性をずっと持ち続けて欲しい。
「健吾、月が綺麗ですよ」
「そんな使い古された告白されましても」
「いや、本当に綺麗なんですよ」
そう言われて、自転車を停めて見上げる。満月の月が綺麗に照らされていた。
「本当です________ね」
途中言葉を詰まらせてしまったのは、訳がある。沙月さんに不意打ちを受けてしまったからである。
首筋に柔らかい何かの感触を感じた後に、チュウ、と吸われる感覚に襲われた。
「えっ」
「何だか、今日の健吾は私以外の女の匂いがしたので、マーキングです」
首筋に、沙月さんのキスマークが残された。
「今日はここまでで大丈夫です。では健吾、また明後日に」
「____________え、あ、はい」
「そうそう、健吾。メロンパンですがヒントを一つだけ。『個は全。全は個』です」
放心している僕を残して沙月さんはスキップ気味に夜の道に消えて行った。
4
まず、何故か首筋にキスマークを付けて帰ってきた息子に母が放った一言は「一緒に住むようにあんたから言えばどうかしら?」だった。親の一言ではなかった。
次の日はまだ金曜日の為に学校に行かなくてはいけない。この首筋に残ったキスマークを付けたまま。キスマークというのはてっきり口紅が着いた跡だと思っていたけど、実際は吸われたことによる皮膚下での鬱血した跡の事なのだと知った。これが結構しつこく残る様だった。
このまま学校に行けば間違いなく目立つ。先月の三河さんの僕のクラスでの目立つ行為のお陰で僕は嫌な目立ち方をしてしまった。またしてもこういった目立ち方をするのは御免被りたいのだが、さてはて、絆創膏貼ったのでは却ってアピールしているようなものだ。
はてどうやってこの沙月さんのマーキングをどうしようかと洗面所で十五分ほど自分と睨めっこしていると母が化粧品の一つ、ファンデーションである程度隠してくれた。完全に消えたわけではないけど、この程度なら目立たないし、気づかれたりしてもほんの少し赤くなっているだけでキスマークとは思わないだろう。
母に感謝して、沙月さんには多少の恨み言をしつつ学校に出た。案の定、クラスメイトには何も気づかれないまま過ごすことが出来た。何事もないままに二時間目が終わる。
さて、勝負の時間だ。まったく…、僕は運動だけはからっきしでダメなのに。なぜに全速力で走らなくてはいけないのか。どうせ勝てないと分かっている勝負なのに。
キーンコーンカーンコーン、とチャイムを合図にクラスメイトの大半が一斉に走り出す。僕もその中に負けじと混ざり、押しつぶされないように必死に走った。結果的にはやはり運動部には負け、より近い教室で授業をしていた教室の生徒に負け、つまり完敗だった。既に何人もの生徒で購買は埋め尽くされており、もはや購買部に入ることすら叶わない状況になっていた。
中にいる生徒から聞こえる声は何々を頂戴ではなく、何円だよ、ではなく。不平不満の声だった。
「また売り切れなの!?」
とかまぁ、そう言った感じの。つまり、やはりというべきか、黄金メロンパンとやらはまたも何者かに買い占められていたのだ。
まぁ、何かの奇跡が起きて買えたらラッキー程度に思っていたので、残念でも何でもない。僕がしたかったのは運動が大の苦手である僕が全力で走って、購買に何分で着くかを測るためだけだった。時間にして約三分。決して遅くないはずだ。ならば、一番近い美術室で授業を受けているクラスがあるなら、一分もかからないはずだ。買えないにしても、買っている所を目撃するぐらいはできるはずだ。
第二の目的は一番初めに、いや、買い占めている人間がいるから二番目に来た人間に話を聞きにきたのだ。しかしその必要もない。二番目に来たであろう生徒が「また売り切れなの!?」と言った。つまり、買っている人間を見られていないということだ。
となると、必然的に買いに来ている人間は…。でも毎回買い占めに来る生徒は違うというし…。何なんだ一体。全く持って今回は推測が立たない。本当に訳が分からない。
「あ、先輩!」
黄金メロンパンが売り切れとなり、購買部の人間がだいぶ減ってきた時に三河さんがやってきた。
「やぁ、おはよう、三河さん」
「ダメそうですね」
僕が手に何も持っていないのを見て察したようだ。
「まぁね。三河さんは?」
「私はジュースを買いに来たんです!」
女の子らしい可愛らしい長財布を手に自販機の方へ歩いていく。僕は長財布というのがあまり好きになれなくて、折り畳み式の財布を使っている。長財布だとポケットに入らないから苦手なのだ。
三河さんはジュースを買ったのに、まだ自販機の前で悩んでいた。
「えーと、確か…紗季がアップルジュースで…香苗は…豆乳系のやつで…」
どうやら友人にジュースを買いに行くならついでに、と友人にお使いを頼まれたようだった。パシリにされてなければいいけど、三河さんの性格を考えると、そういう事にはなってないだろう。
(そうか…。あぁ、だから沙月さんはあんなことを…)
未だに悩んでいる三河さんの様子を見てようやく分かった。犯人を絞るのはまだ時間がいるけど、これも時間の問題だ。
買えないパンの秘密は________
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ
零
BL
鍛えられた肉体、高潔な魂――
それは選ばれし“供物”の条件。
山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。
見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。
誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。
心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる