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開かない本棚 出題編
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1
受験生にとって貴重な夏休みはやはり受験生である僕にとっても大切な期間で、勉強の毎日だった。たまに沙月さんが「りふる」に連れていってくれて、甘い物を食べたりはしたけど、流石にこればっかりは休憩として目を瞑って欲しい。これでさえ遊びにカウントされてしまっては息が詰まってしまう。というか母がちょっとは家を出ろ、と言って追い出すほどなのに。
つまり、さして語ることのない夏休みが終え、二学期が始まった。まだ残暑が続くが、暑さも徐々に鳴りを潜め始めている。これからは僕の好きな涼しい季節になることだろう。
中にはもう既に受験を終えた人もいるようで、そういった人達は肩の荷が下り、気楽そうにしている。羨ましいとは思うが、その為にきっと人よりも早く受験に取り掛かっていての成果なのだろう。それをしてこなかった僕に彼ら彼女らを妬む権利はどこにも無い。せめて上辺だけでも祝福しておこう。
そんな受験を終え、残りの学校生活を盛大に遊んで過ごそうと言っている集団の中には、あまり人の事を覚えない僕でさえはっきりと瞬時に名前を思い出せるクラスメイトが二人いた。絵羽沙苗と橋野恵美だ。彼女ら、特に絵羽さんは援交写真事件の時に深く関わったし、僕の尊敬する人生観の持ち主ということで強く記憶に刻まれているのだ。橋野さんは優秀にも指定校推薦で大学に合格し、絵羽さんはAO入試で大学に合格したようだ。聞くところによると、二人は同じ大学に合格したらしい。いくら幼馴染とはいえ、大学まで同じとは滅多にないのではないかと思う。今ではすっかり大学までの残り時間をどう有意義に学生らしく使うかに専念していた。
いきなり絵羽さんと橋野さんの名前を出したのには訳がある。今回は、三河さんではなく、この二人から奇妙な話を持ちかけられたからである。
2
いい加減、勉強のし過ぎでノイローゼになりそうだ。朝起きて、学校へ行き勉強し、放課後に家に帰り勉強し、晩御飯を食べて勉強し、風呂を入った後にもう一度勉強し。とにかく一日中勉強漬けの毎日で流石に僕も嫌気が差してくる。ただ僕の親は別段、うるさく「勉強しろ」と言ってくる親ではないのが他の人に比べてマシな所なんだろう。
しかしそれでも嫌になってしまうものは仕方がない。いい加減シャーペンを持つ手が痛く、参考書のページを捲る手が擦り切れそうになって、消しゴムを掛ける手首が腱鞘炎を起こしそうになっている。あ、また書き間違えた。
脳内で現実に苦言を呈するのもいい加減にして、勉強に集中しよう。間違えてしまった個所に消しゴムを掛ける。僕の過ちを何事もなかったかのようにまた解答欄を空白にしていく。代わりに参考書の上に消しカスが散乱する。汚いので手で払って、視界から追いやる。
今日は沙月さんの家庭教師の日ではない。部活も集まりが悪いし休みにした。それならさっさと家に帰ってしまえばいいのだけど、気分を変えて図書館で勉強することにしたわけである。同じような考えの生徒は沢山いるようで、図書館の本を広げずに参考書を広げている生徒の方が圧倒的に多かった。
やはりみんな、家だと誘惑が多いのだろう。僕だってそうだ。ゲームとか漫画や小説やテレビとか。そう言った誘惑といちいち戦うのは疲れる。その点、図書館というのは本こそあれど、しかし本しかないのだ。しかも静かな空間と来た。これほど勉強に打ってつけの場所は他には中々ないだろう。それこそ、沙月さんが横にいる家庭教師の日ぐらいなものだろう。
「よ、沢藤」
不意に僕に声をかけてきた女生徒がいた。特に親しいというわけではないが、それでも他人というにはあまりにも関わりすぎた絵羽さんがそこにいた。
絵羽沙苗。去年、あらぬ嫌疑を噂され、それを裏付けるかのような写真を貼りだされたまごう事なき被害者。僕は彼女を救うことはできなかった。何もできなかった。それに対して僕は少なからず罪悪感があった。申し訳なさがあった。しかし彼女は僕にありがとう、と言った。何もできなかった僕を嘲笑するでもなく、感嘆するでもなく、感謝したのだ。その言葉に僕はどれだけ救われたことか。
そして彼女は同性愛者だ。少なくともそう呼んで差し支えないだろう。なぜなら絵羽さんは幼馴染である橋野恵美という女学生の事に対して恋愛感情を抱いているのだ。
「やぁ絵羽さん、こんにちは。こんなところで奇遇だね」
ニッコリと笑顔で返事する。こういう時の僕は基本的には上っ面だけの、八方美人な笑顔で対応するのだが、こと絵羽さんに対してはそうではない。結構本心からの笑顔で接することができるのだ。なぜなら彼女は僕の尊敬するに値する人間だからだ。
僕は生きるとはどういう事なのか、という永遠のテーマを抱えて生きているわけなのだけど、彼女は数少ない自分なりの答えを見つけているからだ。例えそれが橋野さんへの恋愛感情を隠すための建前だったとしても。僕は彼女のそんな考えを最大に尊敬している。
「恵美がさ、図書委員の手伝いしてるんだ」
絵羽さんが顎で図書館のカウンターの方向を示す。その方向にはカウンター内で本の貸し出し等を行っている橋野さんの姿があった。
僕達が橋野さんの方を見ているのを気付いたようで、控えめに手を振ってきた。しかし僕はそれには応えない。応えるべきなのは僕なんかではなく、絵羽さんだからだ。
「橋野さんを待ってるんだね」
「そゆこと」
絵羽さんは去年の一件で、今まで仲良くしていた派手な女子グループからハブられ、しかし彼女はへこむことなく、橋野さんと一緒にいるようになった。元々絵羽さんは橋野さんと仲良くしたかったのだから、結果オーライと言ってもいいかもしれない。
「受験勉強がんばってるんだね」
僕の向かいに絵羽さんが座る。
「僕はまだまだだからね。そういえば絵羽さんと橋野さんは合格したんだよね。おめでとう」
「ん、サンキュ」
彼女は決して謙遜はしない。僕のひょっとすると嫌味とも取られかねない賛美を言葉のままの意味で受け取る。僕としては決して嫌味で言っているつもりはないからそれでいいのである。
「沢藤は部長さんと付き合えたの?」
「ぶっ」
思わず吹き出してしまった。
「なんでそれを…っ!」
「え~?見てたら分かるよ?」
……。嘘だろ。僕ってそんなに分かりやすい性格してたかな。と思い返してみたらやっぱりわかりやすいのかもしれなかった。
「はぁ…。でも沙月さんと付き合ってはないよ」
「へ?そうなの?」
ちょっと理由とかを話すのは躊躇われたので適当にお茶を濁しておいた。しかし絵羽さんは流石に逃がしてくれずに中々に諦めてくれない。
どうしたものかと思っていると、手が空いた橋野さんがこっちに来た。
「あれ、恵美、まだ時間じゃないよね」
「うん、そうなんだけど、ちょっと沢藤君に相談したいことがあって…」
「え、僕に?」
「うん、あのね、変なことがあって…」
3
僕としては絵羽さんの包囲網から逃がしてくれたお礼として橋野さんの話を聞かないわけにはいかなかった。
「あのね、棚が、開かないの」
そう言われて案内された、図書館の中にある本棚の一つを調べることにした。棚自体は普通の観音開きの引き戸型の棚で真ん中に鍵を掛けるための穴がある。上は普通の本棚になっており、今でも貸し出し可能の本が並べられている。
試しに棚を開けようとするが、橋野さんの言う通り鍵がかかって開かなかった。
「で、この棚の鍵が数週間前に喪失した、と」
橋野さんの話はこうだ。
図書館の中にある棚の鍵は全て図書館のカウンター内で図書委員が管理している。そしてこういった引き戸の棚は本来であれば鍵は掛けないのだという。この棚は市の図書館に寄贈する本などを一時的に保管している棚らしい。こう聞けば図書委員の誰かが鍵を失くしてしまったのか、それかより悪い考えをするなら盗んだ、かである。
しかし、それは考えにくいそうだ。何故なら。
「棚の中には何も入ってない?」
「うん、そうなの。何も入っていない棚の鍵を隠す理由が分からなくて…」
なぜ、数週間も前に損失した鍵を作らないのは何故かとすぐに疑問に思った。見た感じ単純な作りの鍵だったのでそんなに高い支出にはならないはずだ。しかし答えは単純だった。困らなかったから。他にも沢山棚はあるし、そんなに困るほど一気に本を寄贈するわけでもない。だからこの棚を使うことは非常に少なかったらしい。
「それにきっと鍵を持っているのは図書委員の誰かだと思うし…」
あまり大事にしたくない、というのが橋野さんの言い分だった。まぁ、そりゃそうだろう。
「それに何か理由があって鍵を持って行ったのなら返してくれるかもだし」
それも尤もだ。だからこそこの何も入っていない棚の鍵を盗んだ理由を考えなくてはいけない。
パっと思いつくのはこの棚の中に何かを隠している場合だ。というかそれしか思いつかない。中に何かを隠し、誰かに見られたくないがために鍵を思わず持ち帰ってしまった。というところじゃないだろうか。
「でもさ、誰にも見られたくないなら家の自分の部屋に隠さない?」
と絵羽さん。確かにそうなんだよね。だからこそ僕もそこで詰まっている。ここでなければいけない理由が分からないのだ。
「そうなんだよね…。ね、橋野さん。鍵の管理してるとこ見せてもらってもいいかな」
「え、ちょっと待ってね」
橋野さんはカウンターの方へ行った。何をしにいったのかと思ったら図書委員の担当顧問に話していた。きっと許可を得ているのだろう。
数十秒ほど話したらこっちに戻ってきた。
「カウンター内に入っていいって」
有難く中に入らせてもらう。
鍵は貸し出しカードなどを保管しているアルミ製の棚の横に取り付けられたコルクボードにナンバリングされて掛けられていた。図書委員の人間でなければ鍵に触ることもできないが、図書委員でさえあれば誰でも簡単に持ち出せそうだ。
「先生は常に図書室にいるのでしょうか」
「いいえ、むしろこっちにいる方が珍しいわ」
図書委員の顧問はやはり普段は授業の準備等で職員室にいるそうだ。だから図書館に来るのは滅多にないらしく、今日は偶々らしい。
「具体的に鍵が無くなったのはいつ?」
「それが分からないの」
「分からない?」
「うん。無くなったって気づいたのは先週なの。ただ気付いたのがってだけだから、ひょっとしたらもっと前になくなってたのかも。あまり下の棚は触らないから鍵も触らないの」
なるほど。ちょっと推理しようにも材料が非常に少ない。今回は「WHO」ではなく「WHY」を問われているのだからそこまで難問ではないはずなんだろうけど。
「恵美、ここ汚れてるよ」
「え?」
絵羽さんが橋野さんの右手首を握る。橋野さんの手首はてかりがある黒色の何かが付いていた。
「何これ、いつの間に…。ちょっと洗ってくるね」
といって橋野さんはお手洗いにいった。
黒い何かか…。何であんなものが付いたのだろう。
「どう、沢藤、何か分かりそう?」
「んー、ちょっと色々と情報が足りてないかな…」
結局その日は分からないまま下校時間になってしまったので、仕方なく解散することになった。
4
自転車を漕いで帰ろうと跨ったタイミングで母からメールが来た。
『帰りに牛乳と卵買ってきて!』
仕方ない、ちょっと遠回りになるが、スーパーに寄って帰ろう。
スーパーは家に帰る道を少し逸れた場所にある。母もいつもここで買い物をしている。しかしスーパーなんて学生はあまり寄らないので滅多に道を曲がることはない。しかもそのスーパーは行くときはちょっとした坂道になっているのでそれもまたちょっと躊躇う要因だった。
しかしいつも夕飯やお弁当を作ってくれている母には頭が上がらない。ここはきちんとお使いを果たそう。
母に了解の返信をして自転車を漕ぎ始めた。
段々と日が昇っている時間も短くなってきているのを自転車を漕いでいると、暗くなってきて危ないことから感じる。もう、言っている間に冬になる。冬は沙月さんの誕生日だな、なんて考えていた。
おっと、ここを曲がっておかないと。
普段は曲がることのない道を曲がってスーパーに向かう。スーパーに向かう途中には小さな幼児向け本を中心に扱っている本屋がある。そういえばこの本屋に小さなときは絵本を買いに父に連れてきてもらったな、なんて横目で漫画大賞の応募のポスターが店に不相応にあるな、なんて思いながら回想に浸っていた。
しかし回想なんてものに浸っていると、自転車を漕ぐのが危ない。すぐに我に返って、また調子よく自転車を漕ぐ。もうすぐスーパーだ。
「あれ、先輩!」
「こんばんは、三河さん、奇遇だね」
なんとスーパーに僕が着くと入れ替わりの様に、三河さんが両手一杯に買い物袋を引っ提げて現れた。どちらかというと現れたのは僕側なんだろうけど。
「先輩もお買い物ですか…?」
「まぁ、母にお使いを頼まれてね。すぐに終わるからちょっと待っててよ。荷物、重いでしょ。運ぶの手伝うよ」
見知った顔を知らんぷりするほど僕は冷酷な人間ではない。まぁ、それで二年前に沙月さんに良いように使われたんだけどね。しかし三河さんは三河さんだ。きっと沙月さんのような恐ろしい企みをしていたりはしないだろう。安心して手伝って良いだろう。
「いや良いですって!ご迷惑ですし…」
僕の迷惑を気遣うなら普段べったりしないで欲しいかな。
「良いよ。ついでだし。ちょっと待ってて」
そう言って僕はスーパーの中に入る。まだ店内は冷房を効かせている。少し肌寒いかな。さっさと目的の牛乳と卵を買って、外に出る。三河さんが外に備え付けられたベンチに座って待っていた。
「お待たせ」
三河さんの買い物袋を一つ僕の自転車の籠に入れて、自転車を押しながら三河さんと夕暮れ時の道を歩く。二年前に沙月さんとしたように。
「すみません、気を使わせてしまったみたいで」
「いいよ、気にしないで」
そうは言ったが、買い物袋の中身は夕ご飯の食材と思える。三河さんが作っているのかと気になってしまった。
「はは、キャラじゃないでしょう?両親が共働きで家に居る事の方が少ないので、私が家事を担当しているんです。弟達も、食べ盛りですから」
良かった、ご両親が健在のようだ。しかも三河さんには弟さんがいるようだ。どちらかというと妹気質の様に思っていたのでそこは驚きだった。
「三人弟がいるんです。一つ下は今中学二年でバスケに夢中で、二つ下は元気な小学五年生で、いつも泥だらけになって帰ってきて、末っ子はやんちゃざかりの小学二年生なんです。両親がいないの寂しいはずなのに、そんな事一言も言わなくって。だからせめて私が母の代わりに愛情を注ごうと思ってまして…」
どうしてこうも女性というのは強いのだろうか。三河さんだってまだ高校一年生じゃないか。友達と遊びに行きたいに違いない。もっと色んなことをしたいに違いない。でも、三河さんはそうせずに弟さんのために家事をし、弟さんの面倒を見ている。立派すぎると感心する。
「それに家は貧乏ですからね!ちょっとでも節約しないと!」
右手に持った買い物袋を天高く掲げてそう高らかに叫ぶ。子沢山故なのだろうか、その貧乏というのは。
気にはなったがそれ以上追及するのは無神経の様に思えた。僕はそっと、自転車を押して、せめて思い買い物袋を半分持つぐらいしかできなかった。
「っていうか先輩、今日部活なかったのに帰りおそくないですか?」
「あぁ、図書館で勉強していてね。そこでちょっと面白い話があってね」
事の経緯を三河さんに話してみた。
「なるほど、開かない棚ですか…。中には何も入っていない棚の鍵を盗む必要性…。となると誰にも見られたくないものを中に隠したんでしょうね」
「でもそれなら自分の家の部屋に隠さない?」
僕と同じことを考えた三河さんに対して僕は絵羽さんと同じ反論をする。
「いえいえ、先輩。家族だからこそ見られたくないものなんて沢山ありますよ」
「例えば?」
「私はそうですね、男兄弟ばかりなので下着とか。逆に弟はエロ本とか私に死んでも見られたくないでしょうね」
なるほど、確かに僕もスマホの中のデータを見られるのは死んでもごめんだ。沙月さんなら僕に隠れてこっそり見てそうだけど。
「三河さんは誰にも知られたくない何かがその中にある、と?」
「えぇ!その通りです!」
5
次の日。あれからは家で勉強しており、あまり開かない棚のことは考えられていなかった。今日も図書館に寄って考えるつもりだったが、新聞部も開けなきゃいけないし、今日は沙月さんの家庭教師の日だ。寄るのは昼休憩の時間しか無さそうだった。
今となってはほぼ受験対策の受けなくとも何も問題なさそうな授業を聞きながら、この後の予定を脳内で組み立てる。と言って部活をする。帰る。沙月さんと勉強。終わりである。
とりあえず目下目先の予定はこの授業が終わったら図書館に行くか。僕の特に嫌いでも好きでもない世界史の受験対策の授業を適当に板書しながら時間が過ぎるのを過ごす。歴史系の科目は何故かそんなに好きになれない。テストも暗記するだけだから勉強するのも結構後回しにしてしまいがちだ。
さぁ、退屈な授業も終わりを迎えた。昼休憩の時間だ。三限目が終わった時の休憩時間に弁当は食べてしまっていたから、すぐに図書館へと向かう。
今回の件は、三年になってから直面した問題の中では一番軽い問題のはずだ。多分、何かを見落としているか、情報が欠けているだけに過ぎないと思う。
図書館の扉を開く。まだ中には誰もいない。それもそうだ、昼休憩なんだからみんな昼食を取っているに違いない。
開かない棚に手を掛ける。やはり扉は鍵がかかっており、開かない。正直なところ、もう一度図書館に来たからと言って謎が解明できるとは思っていなかった。犯人はきっと新しい手かがりなんて親切に残していないだろうし。
ではなぜ、図書館に来たのかというと、あることを確認しておきたかったのだ。
「あ、すみません、もう人来てたんですね」
全く見知らない女の子が入ってくるなり、僕に向かってそう言った。リボンの色が黄色なので学年は二年生のようだ。
誰だろう、どこかであったかな、なんて考えていると、その子はカウンターの中に入っていった。つまり、今日の担当の図書委員ということだ。
彼女はカウンターに入るなり、本を読みだした。まぁ、貸し出しの管理さえキチンとしていれば全く問題はないだろうから、当番の時に本を読もうが課題をやろうが何でもいいのか。
「ちょっとごめん、聞きたいことがあるんだけど、いいかな」
いつもの営業スマイルを構えて彼女に話しかける。
「は、はい、何でしょうか」
「鍵が損失していて開かない棚があるよね。橋野さんから聞いたんだ」
「はぁ、橋野先輩からですか。確かにありますね」
「橋野さんからその理由を解いて欲しいって頼まれてね。その棚の鍵が無くなったのっていつか分かる?」
「いえ、私も橋野先輩に聞いて初めて知ったので」
「そっか、ありがとう。あ、それと、カウンターに腕を置くと黒く汚れるかもしれないから気を付けてね」
「えっ」
僕がそう言うと彼女はカウンター内の机の上を確かめた。ふぅん、そっか。
これ以上僕がここに来た目的も達成したし、飲み物でも買って教室に戻ろうかな。
「じゃあ、頑張ってね」
僕はそう言い残して立ち去った。
自販機の前には昼休憩にジュースを買いに来た生徒でごった返していた。まだの人はともかく、既に買った人はここから退いてほしいなぁ。しかし僕はそうは思っても口には出さない。口は災いの元、というしね。
自販機の前で順番が来るのを待っていると、肩を叩かれた。振り返ると、絵羽さんがいた。
「よっ」
「こんにちは、絵羽さん」
二人して仲良く自販機に並ぶ。
「どう、分かりそう?」
一切主語や述語が入っていない問いかけだが、何のことかは流石に分かる。
「うん、大体は検討ついたよ」
「え、マジ!?」
絵羽さんは小さく、私と恵美がいくら考えても分からなかったのに、なんて唇を尖らせて言っていた。
絵羽さんはやはり性的倒錯は抱えているものの、普通の人だ。好きな人のために全力を出し、好きな人の事で一喜一憂する、そんな普通の女の子だ。そんな絵羽さんが酷い目に遭っていいはずがない。だから僕は去年の援交写真事件の事をまだ引き摺ってしまっている。事の真相は何も伝えてない。なぜ絵羽さんがあんなことに巻き込まれたのか一切説明していないのだ。僕は絵羽さんにどう謝ればいいのか分からないでいた。
「で、真相は何なの!?」
目を輝かせて僕に聞いてくる。今の段階では推論でしかない僕の考えを絵羽さんに話した。
「なるほどねぇ…。凄いね沢藤!去年も思ったけど、頼りになるよね!」
絵羽さんの純粋な笑顔が今の僕にはとても辛かった。
受験生にとって貴重な夏休みはやはり受験生である僕にとっても大切な期間で、勉強の毎日だった。たまに沙月さんが「りふる」に連れていってくれて、甘い物を食べたりはしたけど、流石にこればっかりは休憩として目を瞑って欲しい。これでさえ遊びにカウントされてしまっては息が詰まってしまう。というか母がちょっとは家を出ろ、と言って追い出すほどなのに。
つまり、さして語ることのない夏休みが終え、二学期が始まった。まだ残暑が続くが、暑さも徐々に鳴りを潜め始めている。これからは僕の好きな涼しい季節になることだろう。
中にはもう既に受験を終えた人もいるようで、そういった人達は肩の荷が下り、気楽そうにしている。羨ましいとは思うが、その為にきっと人よりも早く受験に取り掛かっていての成果なのだろう。それをしてこなかった僕に彼ら彼女らを妬む権利はどこにも無い。せめて上辺だけでも祝福しておこう。
そんな受験を終え、残りの学校生活を盛大に遊んで過ごそうと言っている集団の中には、あまり人の事を覚えない僕でさえはっきりと瞬時に名前を思い出せるクラスメイトが二人いた。絵羽沙苗と橋野恵美だ。彼女ら、特に絵羽さんは援交写真事件の時に深く関わったし、僕の尊敬する人生観の持ち主ということで強く記憶に刻まれているのだ。橋野さんは優秀にも指定校推薦で大学に合格し、絵羽さんはAO入試で大学に合格したようだ。聞くところによると、二人は同じ大学に合格したらしい。いくら幼馴染とはいえ、大学まで同じとは滅多にないのではないかと思う。今ではすっかり大学までの残り時間をどう有意義に学生らしく使うかに専念していた。
いきなり絵羽さんと橋野さんの名前を出したのには訳がある。今回は、三河さんではなく、この二人から奇妙な話を持ちかけられたからである。
2
いい加減、勉強のし過ぎでノイローゼになりそうだ。朝起きて、学校へ行き勉強し、放課後に家に帰り勉強し、晩御飯を食べて勉強し、風呂を入った後にもう一度勉強し。とにかく一日中勉強漬けの毎日で流石に僕も嫌気が差してくる。ただ僕の親は別段、うるさく「勉強しろ」と言ってくる親ではないのが他の人に比べてマシな所なんだろう。
しかしそれでも嫌になってしまうものは仕方がない。いい加減シャーペンを持つ手が痛く、参考書のページを捲る手が擦り切れそうになって、消しゴムを掛ける手首が腱鞘炎を起こしそうになっている。あ、また書き間違えた。
脳内で現実に苦言を呈するのもいい加減にして、勉強に集中しよう。間違えてしまった個所に消しゴムを掛ける。僕の過ちを何事もなかったかのようにまた解答欄を空白にしていく。代わりに参考書の上に消しカスが散乱する。汚いので手で払って、視界から追いやる。
今日は沙月さんの家庭教師の日ではない。部活も集まりが悪いし休みにした。それならさっさと家に帰ってしまえばいいのだけど、気分を変えて図書館で勉強することにしたわけである。同じような考えの生徒は沢山いるようで、図書館の本を広げずに参考書を広げている生徒の方が圧倒的に多かった。
やはりみんな、家だと誘惑が多いのだろう。僕だってそうだ。ゲームとか漫画や小説やテレビとか。そう言った誘惑といちいち戦うのは疲れる。その点、図書館というのは本こそあれど、しかし本しかないのだ。しかも静かな空間と来た。これほど勉強に打ってつけの場所は他には中々ないだろう。それこそ、沙月さんが横にいる家庭教師の日ぐらいなものだろう。
「よ、沢藤」
不意に僕に声をかけてきた女生徒がいた。特に親しいというわけではないが、それでも他人というにはあまりにも関わりすぎた絵羽さんがそこにいた。
絵羽沙苗。去年、あらぬ嫌疑を噂され、それを裏付けるかのような写真を貼りだされたまごう事なき被害者。僕は彼女を救うことはできなかった。何もできなかった。それに対して僕は少なからず罪悪感があった。申し訳なさがあった。しかし彼女は僕にありがとう、と言った。何もできなかった僕を嘲笑するでもなく、感嘆するでもなく、感謝したのだ。その言葉に僕はどれだけ救われたことか。
そして彼女は同性愛者だ。少なくともそう呼んで差し支えないだろう。なぜなら絵羽さんは幼馴染である橋野恵美という女学生の事に対して恋愛感情を抱いているのだ。
「やぁ絵羽さん、こんにちは。こんなところで奇遇だね」
ニッコリと笑顔で返事する。こういう時の僕は基本的には上っ面だけの、八方美人な笑顔で対応するのだが、こと絵羽さんに対してはそうではない。結構本心からの笑顔で接することができるのだ。なぜなら彼女は僕の尊敬するに値する人間だからだ。
僕は生きるとはどういう事なのか、という永遠のテーマを抱えて生きているわけなのだけど、彼女は数少ない自分なりの答えを見つけているからだ。例えそれが橋野さんへの恋愛感情を隠すための建前だったとしても。僕は彼女のそんな考えを最大に尊敬している。
「恵美がさ、図書委員の手伝いしてるんだ」
絵羽さんが顎で図書館のカウンターの方向を示す。その方向にはカウンター内で本の貸し出し等を行っている橋野さんの姿があった。
僕達が橋野さんの方を見ているのを気付いたようで、控えめに手を振ってきた。しかし僕はそれには応えない。応えるべきなのは僕なんかではなく、絵羽さんだからだ。
「橋野さんを待ってるんだね」
「そゆこと」
絵羽さんは去年の一件で、今まで仲良くしていた派手な女子グループからハブられ、しかし彼女はへこむことなく、橋野さんと一緒にいるようになった。元々絵羽さんは橋野さんと仲良くしたかったのだから、結果オーライと言ってもいいかもしれない。
「受験勉強がんばってるんだね」
僕の向かいに絵羽さんが座る。
「僕はまだまだだからね。そういえば絵羽さんと橋野さんは合格したんだよね。おめでとう」
「ん、サンキュ」
彼女は決して謙遜はしない。僕のひょっとすると嫌味とも取られかねない賛美を言葉のままの意味で受け取る。僕としては決して嫌味で言っているつもりはないからそれでいいのである。
「沢藤は部長さんと付き合えたの?」
「ぶっ」
思わず吹き出してしまった。
「なんでそれを…っ!」
「え~?見てたら分かるよ?」
……。嘘だろ。僕ってそんなに分かりやすい性格してたかな。と思い返してみたらやっぱりわかりやすいのかもしれなかった。
「はぁ…。でも沙月さんと付き合ってはないよ」
「へ?そうなの?」
ちょっと理由とかを話すのは躊躇われたので適当にお茶を濁しておいた。しかし絵羽さんは流石に逃がしてくれずに中々に諦めてくれない。
どうしたものかと思っていると、手が空いた橋野さんがこっちに来た。
「あれ、恵美、まだ時間じゃないよね」
「うん、そうなんだけど、ちょっと沢藤君に相談したいことがあって…」
「え、僕に?」
「うん、あのね、変なことがあって…」
3
僕としては絵羽さんの包囲網から逃がしてくれたお礼として橋野さんの話を聞かないわけにはいかなかった。
「あのね、棚が、開かないの」
そう言われて案内された、図書館の中にある本棚の一つを調べることにした。棚自体は普通の観音開きの引き戸型の棚で真ん中に鍵を掛けるための穴がある。上は普通の本棚になっており、今でも貸し出し可能の本が並べられている。
試しに棚を開けようとするが、橋野さんの言う通り鍵がかかって開かなかった。
「で、この棚の鍵が数週間前に喪失した、と」
橋野さんの話はこうだ。
図書館の中にある棚の鍵は全て図書館のカウンター内で図書委員が管理している。そしてこういった引き戸の棚は本来であれば鍵は掛けないのだという。この棚は市の図書館に寄贈する本などを一時的に保管している棚らしい。こう聞けば図書委員の誰かが鍵を失くしてしまったのか、それかより悪い考えをするなら盗んだ、かである。
しかし、それは考えにくいそうだ。何故なら。
「棚の中には何も入ってない?」
「うん、そうなの。何も入っていない棚の鍵を隠す理由が分からなくて…」
なぜ、数週間も前に損失した鍵を作らないのは何故かとすぐに疑問に思った。見た感じ単純な作りの鍵だったのでそんなに高い支出にはならないはずだ。しかし答えは単純だった。困らなかったから。他にも沢山棚はあるし、そんなに困るほど一気に本を寄贈するわけでもない。だからこの棚を使うことは非常に少なかったらしい。
「それにきっと鍵を持っているのは図書委員の誰かだと思うし…」
あまり大事にしたくない、というのが橋野さんの言い分だった。まぁ、そりゃそうだろう。
「それに何か理由があって鍵を持って行ったのなら返してくれるかもだし」
それも尤もだ。だからこそこの何も入っていない棚の鍵を盗んだ理由を考えなくてはいけない。
パっと思いつくのはこの棚の中に何かを隠している場合だ。というかそれしか思いつかない。中に何かを隠し、誰かに見られたくないがために鍵を思わず持ち帰ってしまった。というところじゃないだろうか。
「でもさ、誰にも見られたくないなら家の自分の部屋に隠さない?」
と絵羽さん。確かにそうなんだよね。だからこそ僕もそこで詰まっている。ここでなければいけない理由が分からないのだ。
「そうなんだよね…。ね、橋野さん。鍵の管理してるとこ見せてもらってもいいかな」
「え、ちょっと待ってね」
橋野さんはカウンターの方へ行った。何をしにいったのかと思ったら図書委員の担当顧問に話していた。きっと許可を得ているのだろう。
数十秒ほど話したらこっちに戻ってきた。
「カウンター内に入っていいって」
有難く中に入らせてもらう。
鍵は貸し出しカードなどを保管しているアルミ製の棚の横に取り付けられたコルクボードにナンバリングされて掛けられていた。図書委員の人間でなければ鍵に触ることもできないが、図書委員でさえあれば誰でも簡単に持ち出せそうだ。
「先生は常に図書室にいるのでしょうか」
「いいえ、むしろこっちにいる方が珍しいわ」
図書委員の顧問はやはり普段は授業の準備等で職員室にいるそうだ。だから図書館に来るのは滅多にないらしく、今日は偶々らしい。
「具体的に鍵が無くなったのはいつ?」
「それが分からないの」
「分からない?」
「うん。無くなったって気づいたのは先週なの。ただ気付いたのがってだけだから、ひょっとしたらもっと前になくなってたのかも。あまり下の棚は触らないから鍵も触らないの」
なるほど。ちょっと推理しようにも材料が非常に少ない。今回は「WHO」ではなく「WHY」を問われているのだからそこまで難問ではないはずなんだろうけど。
「恵美、ここ汚れてるよ」
「え?」
絵羽さんが橋野さんの右手首を握る。橋野さんの手首はてかりがある黒色の何かが付いていた。
「何これ、いつの間に…。ちょっと洗ってくるね」
といって橋野さんはお手洗いにいった。
黒い何かか…。何であんなものが付いたのだろう。
「どう、沢藤、何か分かりそう?」
「んー、ちょっと色々と情報が足りてないかな…」
結局その日は分からないまま下校時間になってしまったので、仕方なく解散することになった。
4
自転車を漕いで帰ろうと跨ったタイミングで母からメールが来た。
『帰りに牛乳と卵買ってきて!』
仕方ない、ちょっと遠回りになるが、スーパーに寄って帰ろう。
スーパーは家に帰る道を少し逸れた場所にある。母もいつもここで買い物をしている。しかしスーパーなんて学生はあまり寄らないので滅多に道を曲がることはない。しかもそのスーパーは行くときはちょっとした坂道になっているのでそれもまたちょっと躊躇う要因だった。
しかしいつも夕飯やお弁当を作ってくれている母には頭が上がらない。ここはきちんとお使いを果たそう。
母に了解の返信をして自転車を漕ぎ始めた。
段々と日が昇っている時間も短くなってきているのを自転車を漕いでいると、暗くなってきて危ないことから感じる。もう、言っている間に冬になる。冬は沙月さんの誕生日だな、なんて考えていた。
おっと、ここを曲がっておかないと。
普段は曲がることのない道を曲がってスーパーに向かう。スーパーに向かう途中には小さな幼児向け本を中心に扱っている本屋がある。そういえばこの本屋に小さなときは絵本を買いに父に連れてきてもらったな、なんて横目で漫画大賞の応募のポスターが店に不相応にあるな、なんて思いながら回想に浸っていた。
しかし回想なんてものに浸っていると、自転車を漕ぐのが危ない。すぐに我に返って、また調子よく自転車を漕ぐ。もうすぐスーパーだ。
「あれ、先輩!」
「こんばんは、三河さん、奇遇だね」
なんとスーパーに僕が着くと入れ替わりの様に、三河さんが両手一杯に買い物袋を引っ提げて現れた。どちらかというと現れたのは僕側なんだろうけど。
「先輩もお買い物ですか…?」
「まぁ、母にお使いを頼まれてね。すぐに終わるからちょっと待っててよ。荷物、重いでしょ。運ぶの手伝うよ」
見知った顔を知らんぷりするほど僕は冷酷な人間ではない。まぁ、それで二年前に沙月さんに良いように使われたんだけどね。しかし三河さんは三河さんだ。きっと沙月さんのような恐ろしい企みをしていたりはしないだろう。安心して手伝って良いだろう。
「いや良いですって!ご迷惑ですし…」
僕の迷惑を気遣うなら普段べったりしないで欲しいかな。
「良いよ。ついでだし。ちょっと待ってて」
そう言って僕はスーパーの中に入る。まだ店内は冷房を効かせている。少し肌寒いかな。さっさと目的の牛乳と卵を買って、外に出る。三河さんが外に備え付けられたベンチに座って待っていた。
「お待たせ」
三河さんの買い物袋を一つ僕の自転車の籠に入れて、自転車を押しながら三河さんと夕暮れ時の道を歩く。二年前に沙月さんとしたように。
「すみません、気を使わせてしまったみたいで」
「いいよ、気にしないで」
そうは言ったが、買い物袋の中身は夕ご飯の食材と思える。三河さんが作っているのかと気になってしまった。
「はは、キャラじゃないでしょう?両親が共働きで家に居る事の方が少ないので、私が家事を担当しているんです。弟達も、食べ盛りですから」
良かった、ご両親が健在のようだ。しかも三河さんには弟さんがいるようだ。どちらかというと妹気質の様に思っていたのでそこは驚きだった。
「三人弟がいるんです。一つ下は今中学二年でバスケに夢中で、二つ下は元気な小学五年生で、いつも泥だらけになって帰ってきて、末っ子はやんちゃざかりの小学二年生なんです。両親がいないの寂しいはずなのに、そんな事一言も言わなくって。だからせめて私が母の代わりに愛情を注ごうと思ってまして…」
どうしてこうも女性というのは強いのだろうか。三河さんだってまだ高校一年生じゃないか。友達と遊びに行きたいに違いない。もっと色んなことをしたいに違いない。でも、三河さんはそうせずに弟さんのために家事をし、弟さんの面倒を見ている。立派すぎると感心する。
「それに家は貧乏ですからね!ちょっとでも節約しないと!」
右手に持った買い物袋を天高く掲げてそう高らかに叫ぶ。子沢山故なのだろうか、その貧乏というのは。
気にはなったがそれ以上追及するのは無神経の様に思えた。僕はそっと、自転車を押して、せめて思い買い物袋を半分持つぐらいしかできなかった。
「っていうか先輩、今日部活なかったのに帰りおそくないですか?」
「あぁ、図書館で勉強していてね。そこでちょっと面白い話があってね」
事の経緯を三河さんに話してみた。
「なるほど、開かない棚ですか…。中には何も入っていない棚の鍵を盗む必要性…。となると誰にも見られたくないものを中に隠したんでしょうね」
「でもそれなら自分の家の部屋に隠さない?」
僕と同じことを考えた三河さんに対して僕は絵羽さんと同じ反論をする。
「いえいえ、先輩。家族だからこそ見られたくないものなんて沢山ありますよ」
「例えば?」
「私はそうですね、男兄弟ばかりなので下着とか。逆に弟はエロ本とか私に死んでも見られたくないでしょうね」
なるほど、確かに僕もスマホの中のデータを見られるのは死んでもごめんだ。沙月さんなら僕に隠れてこっそり見てそうだけど。
「三河さんは誰にも知られたくない何かがその中にある、と?」
「えぇ!その通りです!」
5
次の日。あれからは家で勉強しており、あまり開かない棚のことは考えられていなかった。今日も図書館に寄って考えるつもりだったが、新聞部も開けなきゃいけないし、今日は沙月さんの家庭教師の日だ。寄るのは昼休憩の時間しか無さそうだった。
今となってはほぼ受験対策の受けなくとも何も問題なさそうな授業を聞きながら、この後の予定を脳内で組み立てる。と言って部活をする。帰る。沙月さんと勉強。終わりである。
とりあえず目下目先の予定はこの授業が終わったら図書館に行くか。僕の特に嫌いでも好きでもない世界史の受験対策の授業を適当に板書しながら時間が過ぎるのを過ごす。歴史系の科目は何故かそんなに好きになれない。テストも暗記するだけだから勉強するのも結構後回しにしてしまいがちだ。
さぁ、退屈な授業も終わりを迎えた。昼休憩の時間だ。三限目が終わった時の休憩時間に弁当は食べてしまっていたから、すぐに図書館へと向かう。
今回の件は、三年になってから直面した問題の中では一番軽い問題のはずだ。多分、何かを見落としているか、情報が欠けているだけに過ぎないと思う。
図書館の扉を開く。まだ中には誰もいない。それもそうだ、昼休憩なんだからみんな昼食を取っているに違いない。
開かない棚に手を掛ける。やはり扉は鍵がかかっており、開かない。正直なところ、もう一度図書館に来たからと言って謎が解明できるとは思っていなかった。犯人はきっと新しい手かがりなんて親切に残していないだろうし。
ではなぜ、図書館に来たのかというと、あることを確認しておきたかったのだ。
「あ、すみません、もう人来てたんですね」
全く見知らない女の子が入ってくるなり、僕に向かってそう言った。リボンの色が黄色なので学年は二年生のようだ。
誰だろう、どこかであったかな、なんて考えていると、その子はカウンターの中に入っていった。つまり、今日の担当の図書委員ということだ。
彼女はカウンターに入るなり、本を読みだした。まぁ、貸し出しの管理さえキチンとしていれば全く問題はないだろうから、当番の時に本を読もうが課題をやろうが何でもいいのか。
「ちょっとごめん、聞きたいことがあるんだけど、いいかな」
いつもの営業スマイルを構えて彼女に話しかける。
「は、はい、何でしょうか」
「鍵が損失していて開かない棚があるよね。橋野さんから聞いたんだ」
「はぁ、橋野先輩からですか。確かにありますね」
「橋野さんからその理由を解いて欲しいって頼まれてね。その棚の鍵が無くなったのっていつか分かる?」
「いえ、私も橋野先輩に聞いて初めて知ったので」
「そっか、ありがとう。あ、それと、カウンターに腕を置くと黒く汚れるかもしれないから気を付けてね」
「えっ」
僕がそう言うと彼女はカウンター内の机の上を確かめた。ふぅん、そっか。
これ以上僕がここに来た目的も達成したし、飲み物でも買って教室に戻ろうかな。
「じゃあ、頑張ってね」
僕はそう言い残して立ち去った。
自販機の前には昼休憩にジュースを買いに来た生徒でごった返していた。まだの人はともかく、既に買った人はここから退いてほしいなぁ。しかし僕はそうは思っても口には出さない。口は災いの元、というしね。
自販機の前で順番が来るのを待っていると、肩を叩かれた。振り返ると、絵羽さんがいた。
「よっ」
「こんにちは、絵羽さん」
二人して仲良く自販機に並ぶ。
「どう、分かりそう?」
一切主語や述語が入っていない問いかけだが、何のことかは流石に分かる。
「うん、大体は検討ついたよ」
「え、マジ!?」
絵羽さんは小さく、私と恵美がいくら考えても分からなかったのに、なんて唇を尖らせて言っていた。
絵羽さんはやはり性的倒錯は抱えているものの、普通の人だ。好きな人のために全力を出し、好きな人の事で一喜一憂する、そんな普通の女の子だ。そんな絵羽さんが酷い目に遭っていいはずがない。だから僕は去年の援交写真事件の事をまだ引き摺ってしまっている。事の真相は何も伝えてない。なぜ絵羽さんがあんなことに巻き込まれたのか一切説明していないのだ。僕は絵羽さんにどう謝ればいいのか分からないでいた。
「で、真相は何なの!?」
目を輝かせて僕に聞いてくる。今の段階では推論でしかない僕の考えを絵羽さんに話した。
「なるほどねぇ…。凄いね沢藤!去年も思ったけど、頼りになるよね!」
絵羽さんの純粋な笑顔が今の僕にはとても辛かった。
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