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14ー友達
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秋晴れの爽やかな月曜日の午前。
駅のホームに、浅野の姿があった。表情は強張っていて、心臓はゆっくりと不快に脈を打ち、微かに手汗もある。
「……」
電車に乗って大学に行く。
浅野は、自分のトラウマに向き合うことこそ、自立するための方法だと考えて、電車通学をはじめたのだった。
電車が乾いたブレーキ音と共に停車した。浅野を迎え入れるように開かれたドア。
浅野は、意を決して電車に足を踏み入れるーー
…
大学内は、学生たちの活気で溢れていた。
来月には学園祭が迫っている。とくに浅野たち1年生は、大学生活で一番のビックイベントに夢と期待を募らせていた。
浅野は文学部の模擬店を手伝うことになっていて、そのまとめ役も買って出た。
どうせサキは、掛け持ちのサークルに呼ばれて忙しい。みんなに感謝されて、自分も暇を持て余さずに済むし、一石二鳥だ。
事務室につづく長い廊下を歩いている時だった。
「浅野さん、いつもこういう役やってるけど、やっぱ評価とか気にしてるの?」
そう聞いた男の子は、同じくリーダー役に立候補したうちの一人だ。顔はまだ幼さが残っていて、丸い目と長いまつげが印象的だった。
「うん、まあ……、潤井くんはなんで?」
潤井はいつもテンションが高くて可愛い反面、浅野を圧倒させていた。
「俺も同じ!大学って自分から動かないと何もないから、急に焦ってきてさ」
その視線は浅野を通り越して、隣の守道を見ていた。
「?」
「守道さんは、なんで立候補したの?」
勇気を振り絞って、もう一人にも聞いてみた。少し冷たいオーラがあって、まだ壁があるように感じた。
「やってみたかったから」
返って来たのは、たった一言だった。
しかし、守道の方を見てみると彼女の目は輝いていて自信に溢れていた。浅野は一瞬、見とれてしまう。独特な雰囲気は、人を惹きつける何かがあった。
…
事務室は少し混んでいて、相談する声や話し声で騒がしかった。
浅野は、一人で待つ方が効率的だと思い、守道と潤井を先に準備室に行くように言った。ここでも浅野は、慣れていない二人のために、自然とまとめ役をしていた。
チグハグな会話をしながら、潤井が守道を追いかけるように歩いていく。浅野はその後姿を微笑ましく見送った。
潤井はイチゴオレを持って片瀬を探し回っていた、少し前の自分を見ているような気分にさせた。
今は、推しから“友達”になった二人。
片瀬がどういう意図で、友達と言ったのかわからない。以前と近づいたと思っていいのか?それを喜ぶのも違う気がして、複雑な気持ちだった。
その時、ちょうど事務室から片瀬が出て来て、顔を見上げた。浅野に気づいた片瀬は表情は微妙に固まった。
「……」
たった数日なのに、何カ月も会っていなかったような感覚だった。
「久しぶり……もう元気になった?」
記憶が鮮明にフラッシュバックして、今すぐにでも逃げ出したい衝動に駆られる。浅野は、慌てて言葉を連ねた。
「はい……。心配かけて、迷惑もかけて、すみませんでした」
片瀬は鼻から息を漏らした。
「そうやって、何でも一人で背負わなくていいんだよ。しんどい時は、もっと周りに頼ればいいのに」
「!」
聞き覚えのあるセリフと寂しそうな表情は、あの時のサキと同じだった。何か言おうか、何を言うべきか迷った。
そうしているうちに、片瀬は鞄から小さいペットボトルを出して、浅野に渡した。温かいミルクティーだった。
イチゴオレのお返しだと言って、片瀬が笑う。
久しぶりに見た片瀬の優しい笑顔に、浅野は釘付けになっていた。突然、浅野の心臓の音が速く大きくなっていった。
…
少し並んで、事務室から出て来た浅野の手には、倉庫の鍵とミルクティーのペットボトルが握られていた。
道守と潤井がこっちにやって来るのが見えて、鍵を持つ手を振る。
これから倉庫に行って、看板用の破材をいくつか持ってくるよう言われてる。特に大した仕事でもないし、一人で行って来られそうだ。
「なんで?一緒に行こうよ!」
潤井が言うと、守道も賛同した。
浅野はハッとして、手に持ったミルクティーを見た。
誰のせいでもない。だけど、誰かに頼む前に自分でやった方が楽だと思ってしまう。まさに、こういう所なのかもしれない。
浅野よりもこういう活動に不慣れな潤井と守道は、従順な助手という感じで、浅野の反応を待っていた。
「そうだね!せっかく立候補したんだし、一緒にやろう」
浅野が元気に言うと、潤井と守道の表情も少し驚いて明るくなる。
「そうだよ。せっかく3人いるんだし分担しよ!」と、潤井が胸を張る。
「それに、ちゃんと働かないと評価にならない」と、守道も続けて言った。
3人は倉庫に向かって、歩き出す。
「ていうか、守道さんも評価とか興味あったの?」
「?」
守道の表情は「当たり前じゃん」と、ちょっと図々しく言っていて、浅野も潤井も、思わず吹き出して笑った。
駅のホームに、浅野の姿があった。表情は強張っていて、心臓はゆっくりと不快に脈を打ち、微かに手汗もある。
「……」
電車に乗って大学に行く。
浅野は、自分のトラウマに向き合うことこそ、自立するための方法だと考えて、電車通学をはじめたのだった。
電車が乾いたブレーキ音と共に停車した。浅野を迎え入れるように開かれたドア。
浅野は、意を決して電車に足を踏み入れるーー
…
大学内は、学生たちの活気で溢れていた。
来月には学園祭が迫っている。とくに浅野たち1年生は、大学生活で一番のビックイベントに夢と期待を募らせていた。
浅野は文学部の模擬店を手伝うことになっていて、そのまとめ役も買って出た。
どうせサキは、掛け持ちのサークルに呼ばれて忙しい。みんなに感謝されて、自分も暇を持て余さずに済むし、一石二鳥だ。
事務室につづく長い廊下を歩いている時だった。
「浅野さん、いつもこういう役やってるけど、やっぱ評価とか気にしてるの?」
そう聞いた男の子は、同じくリーダー役に立候補したうちの一人だ。顔はまだ幼さが残っていて、丸い目と長いまつげが印象的だった。
「うん、まあ……、潤井くんはなんで?」
潤井はいつもテンションが高くて可愛い反面、浅野を圧倒させていた。
「俺も同じ!大学って自分から動かないと何もないから、急に焦ってきてさ」
その視線は浅野を通り越して、隣の守道を見ていた。
「?」
「守道さんは、なんで立候補したの?」
勇気を振り絞って、もう一人にも聞いてみた。少し冷たいオーラがあって、まだ壁があるように感じた。
「やってみたかったから」
返って来たのは、たった一言だった。
しかし、守道の方を見てみると彼女の目は輝いていて自信に溢れていた。浅野は一瞬、見とれてしまう。独特な雰囲気は、人を惹きつける何かがあった。
…
事務室は少し混んでいて、相談する声や話し声で騒がしかった。
浅野は、一人で待つ方が効率的だと思い、守道と潤井を先に準備室に行くように言った。ここでも浅野は、慣れていない二人のために、自然とまとめ役をしていた。
チグハグな会話をしながら、潤井が守道を追いかけるように歩いていく。浅野はその後姿を微笑ましく見送った。
潤井はイチゴオレを持って片瀬を探し回っていた、少し前の自分を見ているような気分にさせた。
今は、推しから“友達”になった二人。
片瀬がどういう意図で、友達と言ったのかわからない。以前と近づいたと思っていいのか?それを喜ぶのも違う気がして、複雑な気持ちだった。
その時、ちょうど事務室から片瀬が出て来て、顔を見上げた。浅野に気づいた片瀬は表情は微妙に固まった。
「……」
たった数日なのに、何カ月も会っていなかったような感覚だった。
「久しぶり……もう元気になった?」
記憶が鮮明にフラッシュバックして、今すぐにでも逃げ出したい衝動に駆られる。浅野は、慌てて言葉を連ねた。
「はい……。心配かけて、迷惑もかけて、すみませんでした」
片瀬は鼻から息を漏らした。
「そうやって、何でも一人で背負わなくていいんだよ。しんどい時は、もっと周りに頼ればいいのに」
「!」
聞き覚えのあるセリフと寂しそうな表情は、あの時のサキと同じだった。何か言おうか、何を言うべきか迷った。
そうしているうちに、片瀬は鞄から小さいペットボトルを出して、浅野に渡した。温かいミルクティーだった。
イチゴオレのお返しだと言って、片瀬が笑う。
久しぶりに見た片瀬の優しい笑顔に、浅野は釘付けになっていた。突然、浅野の心臓の音が速く大きくなっていった。
…
少し並んで、事務室から出て来た浅野の手には、倉庫の鍵とミルクティーのペットボトルが握られていた。
道守と潤井がこっちにやって来るのが見えて、鍵を持つ手を振る。
これから倉庫に行って、看板用の破材をいくつか持ってくるよう言われてる。特に大した仕事でもないし、一人で行って来られそうだ。
「なんで?一緒に行こうよ!」
潤井が言うと、守道も賛同した。
浅野はハッとして、手に持ったミルクティーを見た。
誰のせいでもない。だけど、誰かに頼む前に自分でやった方が楽だと思ってしまう。まさに、こういう所なのかもしれない。
浅野よりもこういう活動に不慣れな潤井と守道は、従順な助手という感じで、浅野の反応を待っていた。
「そうだね!せっかく立候補したんだし、一緒にやろう」
浅野が元気に言うと、潤井と守道の表情も少し驚いて明るくなる。
「そうだよ。せっかく3人いるんだし分担しよ!」と、潤井が胸を張る。
「それに、ちゃんと働かないと評価にならない」と、守道も続けて言った。
3人は倉庫に向かって、歩き出す。
「ていうか、守道さんも評価とか興味あったの?」
「?」
守道の表情は「当たり前じゃん」と、ちょっと図々しく言っていて、浅野も潤井も、思わず吹き出して笑った。
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