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第四章・夢幻の蜜月
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トンネルを抜けたふたりは、城下の様々な場所を歩き巡った。
彫刻の森。
絵画が並ぶ美術廊。
大鐘の時計塔。
美しき景観と人々の暮らしを見せ語りながら、レインハールはマルディーヴァの手を引き、片時も離そうとはしなかった。
——そして、太陽が地平に近づく頃。
レインハールに導かれたマルディーヴァは、街外れのとある林道へと足を踏み入れ、感動の笑みと声を上げた。
「まぁ……!なんて綺麗なお花畑……!」
林道を進んだ先、ぽっかりと拓けた原っぱ。そこには、無数の白に彩られた花畑があった。
咲誇る花々は、花弁を夕風に揺らし、辺り一面を甘い香りで包んでいる。
そんな優美な風景の中、レインハールはマルディーヴァの手を離し、静かに花畑へとしゃがみこんだ。
「ここはね、僕だけの秘密の場所なんだ。アルティス兄様にも内緒の、僕だけの隠れ家なんだよ」
「こんな素敵な場所を知っていたのね。……ねぇ、この白いお花は、なんていうお花なの?」
「ここに咲いてる花はね、マーガレットって言って、婚礼用の花束によく使われる花なんだ」
マルディーヴァの満面の笑みに、花を摘むレインハールが得意げに語る。
「花にはね、花言葉っていうものがあって、いろんな意味が込められているんだよ」
「そうなのね。じゃあ、このマーガレットってお花には、どんな意味があるの?」
「マーガレットの花言葉は信頼とか、誠実とか……あとは」
——心に秘めた、愛。
それを言葉にすれば、この蜜月が、ひびれてしまう気がして。
レインハールはそっと口をつぐみ、摘んだ花の茎を編む。
「まだあるけど、それは内緒」
「まぁ。イジワルなのね、レインハールは」
「ふふっ、ごめんね?お詫びに、はい、これ」
立ち上がり、マルディーヴァへと差し出したのは——マーガレットの花で出来た、小さな花冠だった。
「これは……?」
「花冠だよ。今日、僕の元へ来てくれたマルディーヴァへのプレゼントなんだ。……受け取ってくれる?」
言葉よりも雄弁な瞳に想いを告げられ、マルディーヴァの仮初の心臓が、喜びに高鳴る。
「……ええ。喜んで」
マルディーヴァが、白いドレスの裾を指先でそっと摘み——淑やかに、膝を折る。
頭を垂れれば、レインハールの手によって、艶やかな髪の上に花の冠が載せられる。
「……どうかしら?」
「……すごく、似合ってる。マルディーヴァの薄い金の髪に、白い花が映えているよ」
はにかむマルディーヴァに、胸を熱くしたレインハールが声を震わせる。
「本当に、すごく……綺麗だ」
レインハールの目に、涙が滲んだ。それがどんな想いによるものなのか——レインハールにも、わかりはしない。
「ありがとう、レインハール。ねぇ、よかったら私にも作り方を教えてくれる?今日はレインハールの誕生日だもの。私からもプレゼントをしたいわ」
「僕に作ってくれるの?じゃあ、お揃いにしようか」
「ええ、そうしましょう。でも、私に作れるかしら?」
「大丈夫、僕がちゃんと教えてあげるよ。まずは花を用意しようか」
ふたりは身を寄せ合い、共に花畑へとしゃがみ込む。
一本、二本と摘みあげ——やがて十二本の花が、ふたりの手によって編み込まれていく。
「これで……いいのかしら」
「そう、そこをくぐらせて、ここと結ぶんだ。うん、上手上手」
「出来たわ。……レインハールのよりも、クタクタになってしまったけれど」
「初めてでここまで出来たなら上出来だよ。……僕に、載せてくれる?」
「ええ、もちろんよ」
レインハールが、マルディーヴァの前に恭しく跪いた。
マルディーヴァはすっと立ち上がると、自分によく似た金の髪の頭頂に手を伸ばし、不出来な冠を授ける。
そして——その額に、そっと唇を寄せる。
震える指先よりも柔らかく、羽根のような口付けが、レインハールの額に触れた。
——その瞬間。
レインハールは、マルディーヴァだけの王となる。
「……ありがとう、マルディーヴァ。……すごく嬉しいよ。ずっと、大事にする」
「そうしてもらえたら嬉しいけれど……でも、きっと、すぐに枯れてしまうのでしょう?」
瞳に溢れる幸せを浮かべ、しかし、マルディーヴァは切なげに眉を寄せる。
——いつか枯れゆく、花の王冠を見つめて。
「花の命は短いもの。きっとこの花冠が枯れる時、私は思ってしまうわ。……人の命も、きっとこんな風に消えてしまうって」
「……マルディーヴァ」
沈むレインハールを前に、マルディーヴァが、ふっと表情を緩める。
「ごめんなさい。せっかくの誕生日に、暗いことを言ってしまったわ」
殊更声を明らめ。
そして、レインハールに背を向ける。
「レインハールには、きっとこれから素敵な未来が訪れるわ。輝かしくて、愛と幸せに包まれた日々が、きっと貴方を待っている」
そう祝福したマルディーヴァの顔は——背けられたまま、何も見えない。
「マルディーヴァ」
レインハールは、彼女を振り向かせたかった。
向き合い、見つめ合い、抱きしめ合いたかった。
その愛を伝えるために——レインハールは、マルディーヴァへと決意の手を伸ばす。
「……マルディーヴァ。僕は——」
——リーン、ゴーン。
——リーン、ゴーン。
……伝えようとした告白が、ふいに、夕空に響いた時計台の大鐘の音に攫われた。
——リーン、ゴーン。
——リーン、ゴーン。
鐘は鳴り続く。
白昼の夢から醒める刻を、無情に告げるように。
思わぬ邪魔だてに、レインハールは、憎らしげに城下の空を睨んだ。
その瞬間——言葉は止み、沈黙が風に溶ける。
「ごめんなさい。……もう、帰らなくちゃ」
東の空に宵色が染み出したその刻限に、逢瀬の終わりを認め。
マルディーヴァは自ら別れを切り出し、レインハールへと振り向いた。
——女神の微笑みは、比類なき美しさを湛え。
咲き誇る万花すらも、色を忘れる。
「……もう……行っちゃうの?」
「ええ。この姿は、仮初の姿。太陽が沈む頃には消えてしまう、不完全な器なの」
「……そう、なんだ」
レインハールが、虚しさに肩を落とす。
そんな幼くも愛しき王に——女神は、至上の笑みを贈る。
「レインハール。忘れないで」
それは、永久の神の慈悲。
「例え会えなくても、私はスピリールの向こうの神の世から、ずっと貴方を想っているわ」
それは——永久の愛の約束。
「また、お話ししましょう。貴方がシンクスに来てくれるのを、私はいつでも待っているわ」
「……うん。必ず行くよ。絶対に行く」
レインハールが、マルディーヴァの手を取る。
その細い小指を、自らの小指と絡め——強く、結び契った。
「……これは?」
「指切りっていうんだ。僕と君の、約束の印」
「……そうなの。じゃあ、約束ね」
「約束だよ。だから、マルディーヴァ。今日のこと——ずっと、忘れないでいて」
「もちろんよ。貴方と一緒に見た景色を、繋いだ手を、もらったこの花冠を、私は永遠に覚えているわ」
ふたりはしばしの間、時を忘れ、静かに見つめあった。
互いだけを瞳に映し、想いの全てを、視線に捧げあった。
太陽が沈み、夢幻の姿が消える——その瞬間まで。
彫刻の森。
絵画が並ぶ美術廊。
大鐘の時計塔。
美しき景観と人々の暮らしを見せ語りながら、レインハールはマルディーヴァの手を引き、片時も離そうとはしなかった。
——そして、太陽が地平に近づく頃。
レインハールに導かれたマルディーヴァは、街外れのとある林道へと足を踏み入れ、感動の笑みと声を上げた。
「まぁ……!なんて綺麗なお花畑……!」
林道を進んだ先、ぽっかりと拓けた原っぱ。そこには、無数の白に彩られた花畑があった。
咲誇る花々は、花弁を夕風に揺らし、辺り一面を甘い香りで包んでいる。
そんな優美な風景の中、レインハールはマルディーヴァの手を離し、静かに花畑へとしゃがみこんだ。
「ここはね、僕だけの秘密の場所なんだ。アルティス兄様にも内緒の、僕だけの隠れ家なんだよ」
「こんな素敵な場所を知っていたのね。……ねぇ、この白いお花は、なんていうお花なの?」
「ここに咲いてる花はね、マーガレットって言って、婚礼用の花束によく使われる花なんだ」
マルディーヴァの満面の笑みに、花を摘むレインハールが得意げに語る。
「花にはね、花言葉っていうものがあって、いろんな意味が込められているんだよ」
「そうなのね。じゃあ、このマーガレットってお花には、どんな意味があるの?」
「マーガレットの花言葉は信頼とか、誠実とか……あとは」
——心に秘めた、愛。
それを言葉にすれば、この蜜月が、ひびれてしまう気がして。
レインハールはそっと口をつぐみ、摘んだ花の茎を編む。
「まだあるけど、それは内緒」
「まぁ。イジワルなのね、レインハールは」
「ふふっ、ごめんね?お詫びに、はい、これ」
立ち上がり、マルディーヴァへと差し出したのは——マーガレットの花で出来た、小さな花冠だった。
「これは……?」
「花冠だよ。今日、僕の元へ来てくれたマルディーヴァへのプレゼントなんだ。……受け取ってくれる?」
言葉よりも雄弁な瞳に想いを告げられ、マルディーヴァの仮初の心臓が、喜びに高鳴る。
「……ええ。喜んで」
マルディーヴァが、白いドレスの裾を指先でそっと摘み——淑やかに、膝を折る。
頭を垂れれば、レインハールの手によって、艶やかな髪の上に花の冠が載せられる。
「……どうかしら?」
「……すごく、似合ってる。マルディーヴァの薄い金の髪に、白い花が映えているよ」
はにかむマルディーヴァに、胸を熱くしたレインハールが声を震わせる。
「本当に、すごく……綺麗だ」
レインハールの目に、涙が滲んだ。それがどんな想いによるものなのか——レインハールにも、わかりはしない。
「ありがとう、レインハール。ねぇ、よかったら私にも作り方を教えてくれる?今日はレインハールの誕生日だもの。私からもプレゼントをしたいわ」
「僕に作ってくれるの?じゃあ、お揃いにしようか」
「ええ、そうしましょう。でも、私に作れるかしら?」
「大丈夫、僕がちゃんと教えてあげるよ。まずは花を用意しようか」
ふたりは身を寄せ合い、共に花畑へとしゃがみ込む。
一本、二本と摘みあげ——やがて十二本の花が、ふたりの手によって編み込まれていく。
「これで……いいのかしら」
「そう、そこをくぐらせて、ここと結ぶんだ。うん、上手上手」
「出来たわ。……レインハールのよりも、クタクタになってしまったけれど」
「初めてでここまで出来たなら上出来だよ。……僕に、載せてくれる?」
「ええ、もちろんよ」
レインハールが、マルディーヴァの前に恭しく跪いた。
マルディーヴァはすっと立ち上がると、自分によく似た金の髪の頭頂に手を伸ばし、不出来な冠を授ける。
そして——その額に、そっと唇を寄せる。
震える指先よりも柔らかく、羽根のような口付けが、レインハールの額に触れた。
——その瞬間。
レインハールは、マルディーヴァだけの王となる。
「……ありがとう、マルディーヴァ。……すごく嬉しいよ。ずっと、大事にする」
「そうしてもらえたら嬉しいけれど……でも、きっと、すぐに枯れてしまうのでしょう?」
瞳に溢れる幸せを浮かべ、しかし、マルディーヴァは切なげに眉を寄せる。
——いつか枯れゆく、花の王冠を見つめて。
「花の命は短いもの。きっとこの花冠が枯れる時、私は思ってしまうわ。……人の命も、きっとこんな風に消えてしまうって」
「……マルディーヴァ」
沈むレインハールを前に、マルディーヴァが、ふっと表情を緩める。
「ごめんなさい。せっかくの誕生日に、暗いことを言ってしまったわ」
殊更声を明らめ。
そして、レインハールに背を向ける。
「レインハールには、きっとこれから素敵な未来が訪れるわ。輝かしくて、愛と幸せに包まれた日々が、きっと貴方を待っている」
そう祝福したマルディーヴァの顔は——背けられたまま、何も見えない。
「マルディーヴァ」
レインハールは、彼女を振り向かせたかった。
向き合い、見つめ合い、抱きしめ合いたかった。
その愛を伝えるために——レインハールは、マルディーヴァへと決意の手を伸ばす。
「……マルディーヴァ。僕は——」
——リーン、ゴーン。
——リーン、ゴーン。
……伝えようとした告白が、ふいに、夕空に響いた時計台の大鐘の音に攫われた。
——リーン、ゴーン。
——リーン、ゴーン。
鐘は鳴り続く。
白昼の夢から醒める刻を、無情に告げるように。
思わぬ邪魔だてに、レインハールは、憎らしげに城下の空を睨んだ。
その瞬間——言葉は止み、沈黙が風に溶ける。
「ごめんなさい。……もう、帰らなくちゃ」
東の空に宵色が染み出したその刻限に、逢瀬の終わりを認め。
マルディーヴァは自ら別れを切り出し、レインハールへと振り向いた。
——女神の微笑みは、比類なき美しさを湛え。
咲き誇る万花すらも、色を忘れる。
「……もう……行っちゃうの?」
「ええ。この姿は、仮初の姿。太陽が沈む頃には消えてしまう、不完全な器なの」
「……そう、なんだ」
レインハールが、虚しさに肩を落とす。
そんな幼くも愛しき王に——女神は、至上の笑みを贈る。
「レインハール。忘れないで」
それは、永久の神の慈悲。
「例え会えなくても、私はスピリールの向こうの神の世から、ずっと貴方を想っているわ」
それは——永久の愛の約束。
「また、お話ししましょう。貴方がシンクスに来てくれるのを、私はいつでも待っているわ」
「……うん。必ず行くよ。絶対に行く」
レインハールが、マルディーヴァの手を取る。
その細い小指を、自らの小指と絡め——強く、結び契った。
「……これは?」
「指切りっていうんだ。僕と君の、約束の印」
「……そうなの。じゃあ、約束ね」
「約束だよ。だから、マルディーヴァ。今日のこと——ずっと、忘れないでいて」
「もちろんよ。貴方と一緒に見た景色を、繋いだ手を、もらったこの花冠を、私は永遠に覚えているわ」
ふたりはしばしの間、時を忘れ、静かに見つめあった。
互いだけを瞳に映し、想いの全てを、視線に捧げあった。
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