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第三章・ひとときの逢瀬
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時の針は進み、レインハールの誕生日がやって来た。
その日は生誕と成人を祝した式典が予定されており、朝から城内は慌ただしい様相だった。
レインハールは、そんな祝福の空気の中、いつも通りシンクスへと向かう。
マルディーヴァと話したい。その一心で。
シンクスへと続く両扉を開く。
すると、正面に臨むスピリールが、やけに輝いている気がした。
誰もいないはずの聖域。
そこに——見たこともない、美しい女性がひとり、佇んでいた。
「レインハール」
薄く色づいて咲く桃の蕾のような唇が、歌うように名を呼んだ。
長い睫毛の向こう、金を宿した若葉色の瞳が、真っ直ぐにレインハールを見つめている。
その絶世の美女の姿に、レインハールは絶句する。
「……え?もしかして……マルディーヴァ……?」
頷く彼女の波打つ髪が、日に透けた緑葉のように煌めき揺れた。
「ええ。エインセラに頼んで、今日一日だけ、魔術の力で人の姿を用意してもらったの。……エインセラには、強く咎められたのだけど。どうしても今日だけと、必死にお願いしたのよ」
「本当に……?本当にマルディーヴァなの?」
「もちろんよ。私の声をいつも聞いてくれているレインハールなら、本当だってわかるでしょう?」
神々しいまでの微笑みに捉われ、レインハールは、夢見る心地で見つめ続ける。
「だってそんなの……信じられなくて。もしかして、僕が会いたいって言ったから、無理して来てくれたの?」
「無理をしているのは間違いないけれど——貴方のためじゃないわ。これは、私のため。私がどうしても貴方に会いたいと思ったから。貴方の誕生日を、どうしてもお祝いしたいと思ったから」
透き通るような頬に、朱が差す。
美しき女性——マルディーヴァは、真っ白なドレスの裾を揺らし、ゆっくりとレインハールへ歩み寄る。
「……だから、今日は少しだけ。私に、貴方の時間をくれる?」
レインハールの瞳に、マルディーヴァの笑顔が焼き付く。
その可憐さに胸を高鳴らせ、レインハールは、一も二もなく声を張り上げた。
「……っ、もちろんだよ!僕、ずっとこんな日が来て欲しいって夢見てたんだ!マルディーヴァと会って、手を取って、一緒に歩きたいって……!それが……本当に叶うなんて……」
「……レインハール。もしかして、泣いているの?」
揺れた言葉の端に、マルディーヴァが心配そうに覗き込む。レインハールは詰まらせた感動を飲み込むと、滲んだ瞳のまま、照れたように微笑みを返す。
「あはは……ごめん。本当に嬉しかったから」
「私もよ、レインハール。貴方に会えたことが……本当に嬉しい」
感極まるレインハールに負けじと、マルディーヴァもまた、喜びに震える胸の内を差し出す。
大きな瞳が、宝石のように輝き——そっと伸びた両手が、レインハールの手をあたたかく包み込む。
「こうして見つめ合えることも、こうして手を取り合えることも。本当に、本当に嬉しいわ」
「マルディーヴァ……」
包まれた手に、レインハールの視線が落ちる。
滑らかな、人の肌の感触。
確かに存在するその心地に心を攫われ、レインハールは気忙しさに戸惑いながらも、自らマルディーヴァの手を包み返した。
「……っ、あ、あのさ!今日は一日、僕に付き合ってくれる!?マルディーヴァと一緒に行きたいと思っていたところ、たくさんあるんだ!」
言って、レインハールの脳裏に式典のことが浮かんだ。
王の一族として、自らが成人する証として、最も大切な公務の日。
——しかし。
「もちろんよ。私を連れて行ってくれる?」
その愛しい笑みに勝るものなど、何もなく。
「……うん!行こう、マルディーヴァ!」
——迷いもなく、レインハールはマルディーヴァの手を引いて、駆け出して行った。
***
レインハールはマルディーヴァの手を引き、人目を避けるようにして城内を歩いていた。
足を忍ばせ、城下に続く秘密の道を目指す。
やがてその道がある裏庭へとたどり着き、ほっと安堵したのも束の間。
城下へと続くバラのトンネルの前で——レインハールは、呼び止められてしまう。
「レインハール様?何故こんなところに?間もなく式典の時間ではないのですか?」
声をかけたのは、レインハールの勉学の老師、レジーだった。
「成人を迎える晴れの日に、こうしてこっそり麗しい女性を連れていらっしゃるとは。……もしかして、レインハール様の婚約者様ですかな?
「いえ……私は……」
刻まれた目尻の皺を深め、レジーがマルディーヴァへと視線を向ける。
困惑するマルディーヴァのその手を、レインハールはぎゅっと握る。
「婚約者ではないよ。でも、僕がずっと大切に想っていた女性なんだ」
堂々と顔を上げ、レインハールは胸を張る。
その凛々しい姿に、レジーは感嘆の声を上げる。
「おや、それはそれは!レインハール様にそのような想い人がいらっしゃったとは思いませんでした。しかし、これだけお美しい方ならお気持ちはわかりますなぁ」
「……彼女は確かに美しいけれど、それだけではないよ。彼女はとても心が清らかで、優しいんだ。……まるで、女神様みたいに」
そう言って、レインハールはマルディーヴァをちらりと振り返る。その口元に、柔らかで悪戯な笑みを添えながら。
「おぉ……レインハール様がそこまでおっしゃるなんて……良い出逢いをなされたのですなぁ」
しみじみと呟くレジーが、つい、と道を開く。
譲られたレインハールは、驚きに大きく目を見張る。
「どうぞ、お行きくだされ。私めは、何も見なかったことにいたしましょう」
「……ありがとう、レジー」
「いえ、レインハール様の幸せそうなお顔が見れて大変嬉しゅうございました。どうぞ、良いお誕生日を」
「本当に感謝するよ。……さぁ、行こうか」
師に見送られ、レインハールはマルディーヴァと共にバラのトンネルを抜ける。
——色とりどりのバラが、ふたりのひとときの逢瀬を祝福する。
木漏れ日落ちる、緑葉の屋根の先。
眩い光に包まれた出口には——賑わいに満ち満ちた、マルディーヴァの城下が待っていた。
その日は生誕と成人を祝した式典が予定されており、朝から城内は慌ただしい様相だった。
レインハールは、そんな祝福の空気の中、いつも通りシンクスへと向かう。
マルディーヴァと話したい。その一心で。
シンクスへと続く両扉を開く。
すると、正面に臨むスピリールが、やけに輝いている気がした。
誰もいないはずの聖域。
そこに——見たこともない、美しい女性がひとり、佇んでいた。
「レインハール」
薄く色づいて咲く桃の蕾のような唇が、歌うように名を呼んだ。
長い睫毛の向こう、金を宿した若葉色の瞳が、真っ直ぐにレインハールを見つめている。
その絶世の美女の姿に、レインハールは絶句する。
「……え?もしかして……マルディーヴァ……?」
頷く彼女の波打つ髪が、日に透けた緑葉のように煌めき揺れた。
「ええ。エインセラに頼んで、今日一日だけ、魔術の力で人の姿を用意してもらったの。……エインセラには、強く咎められたのだけど。どうしても今日だけと、必死にお願いしたのよ」
「本当に……?本当にマルディーヴァなの?」
「もちろんよ。私の声をいつも聞いてくれているレインハールなら、本当だってわかるでしょう?」
神々しいまでの微笑みに捉われ、レインハールは、夢見る心地で見つめ続ける。
「だってそんなの……信じられなくて。もしかして、僕が会いたいって言ったから、無理して来てくれたの?」
「無理をしているのは間違いないけれど——貴方のためじゃないわ。これは、私のため。私がどうしても貴方に会いたいと思ったから。貴方の誕生日を、どうしてもお祝いしたいと思ったから」
透き通るような頬に、朱が差す。
美しき女性——マルディーヴァは、真っ白なドレスの裾を揺らし、ゆっくりとレインハールへ歩み寄る。
「……だから、今日は少しだけ。私に、貴方の時間をくれる?」
レインハールの瞳に、マルディーヴァの笑顔が焼き付く。
その可憐さに胸を高鳴らせ、レインハールは、一も二もなく声を張り上げた。
「……っ、もちろんだよ!僕、ずっとこんな日が来て欲しいって夢見てたんだ!マルディーヴァと会って、手を取って、一緒に歩きたいって……!それが……本当に叶うなんて……」
「……レインハール。もしかして、泣いているの?」
揺れた言葉の端に、マルディーヴァが心配そうに覗き込む。レインハールは詰まらせた感動を飲み込むと、滲んだ瞳のまま、照れたように微笑みを返す。
「あはは……ごめん。本当に嬉しかったから」
「私もよ、レインハール。貴方に会えたことが……本当に嬉しい」
感極まるレインハールに負けじと、マルディーヴァもまた、喜びに震える胸の内を差し出す。
大きな瞳が、宝石のように輝き——そっと伸びた両手が、レインハールの手をあたたかく包み込む。
「こうして見つめ合えることも、こうして手を取り合えることも。本当に、本当に嬉しいわ」
「マルディーヴァ……」
包まれた手に、レインハールの視線が落ちる。
滑らかな、人の肌の感触。
確かに存在するその心地に心を攫われ、レインハールは気忙しさに戸惑いながらも、自らマルディーヴァの手を包み返した。
「……っ、あ、あのさ!今日は一日、僕に付き合ってくれる!?マルディーヴァと一緒に行きたいと思っていたところ、たくさんあるんだ!」
言って、レインハールの脳裏に式典のことが浮かんだ。
王の一族として、自らが成人する証として、最も大切な公務の日。
——しかし。
「もちろんよ。私を連れて行ってくれる?」
その愛しい笑みに勝るものなど、何もなく。
「……うん!行こう、マルディーヴァ!」
——迷いもなく、レインハールはマルディーヴァの手を引いて、駆け出して行った。
***
レインハールはマルディーヴァの手を引き、人目を避けるようにして城内を歩いていた。
足を忍ばせ、城下に続く秘密の道を目指す。
やがてその道がある裏庭へとたどり着き、ほっと安堵したのも束の間。
城下へと続くバラのトンネルの前で——レインハールは、呼び止められてしまう。
「レインハール様?何故こんなところに?間もなく式典の時間ではないのですか?」
声をかけたのは、レインハールの勉学の老師、レジーだった。
「成人を迎える晴れの日に、こうしてこっそり麗しい女性を連れていらっしゃるとは。……もしかして、レインハール様の婚約者様ですかな?
「いえ……私は……」
刻まれた目尻の皺を深め、レジーがマルディーヴァへと視線を向ける。
困惑するマルディーヴァのその手を、レインハールはぎゅっと握る。
「婚約者ではないよ。でも、僕がずっと大切に想っていた女性なんだ」
堂々と顔を上げ、レインハールは胸を張る。
その凛々しい姿に、レジーは感嘆の声を上げる。
「おや、それはそれは!レインハール様にそのような想い人がいらっしゃったとは思いませんでした。しかし、これだけお美しい方ならお気持ちはわかりますなぁ」
「……彼女は確かに美しいけれど、それだけではないよ。彼女はとても心が清らかで、優しいんだ。……まるで、女神様みたいに」
そう言って、レインハールはマルディーヴァをちらりと振り返る。その口元に、柔らかで悪戯な笑みを添えながら。
「おぉ……レインハール様がそこまでおっしゃるなんて……良い出逢いをなされたのですなぁ」
しみじみと呟くレジーが、つい、と道を開く。
譲られたレインハールは、驚きに大きく目を見張る。
「どうぞ、お行きくだされ。私めは、何も見なかったことにいたしましょう」
「……ありがとう、レジー」
「いえ、レインハール様の幸せそうなお顔が見れて大変嬉しゅうございました。どうぞ、良いお誕生日を」
「本当に感謝するよ。……さぁ、行こうか」
師に見送られ、レインハールはマルディーヴァと共にバラのトンネルを抜ける。
——色とりどりのバラが、ふたりのひとときの逢瀬を祝福する。
木漏れ日落ちる、緑葉の屋根の先。
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